第12話 匂い

 ……次第に雨も止み。


 魔王の城へと向かっていた勇者パーティは、すんなりと魔王城とされる古城へと到着した。

 確かに険しい山腹に佇む、難攻不落の堅城で雰囲気もある。

 しかし城に到達するまで、四天王とされる存在はおろか魔王軍にすら遭遇しなかった。

 おかげで剣を振るったのは巨大なトカゲの魔物を夕食に、と張り切った時ぐらいである。

 流石にクロードは違和感を感じていた。


「やけに簡単に到着してしまったね。まったく、魔王はやる気があるのかな? 僕が討伐してあげようと張り切っているのだからすこしは抵抗してくれないと困るのだが?」


 巨大な城門の前で不満を口にする。

 ヨランダとエマは同調したように首を捻り、ミカエラもこくりと頷いて肯定しているようだ。

 鋼鉄で出来た城門は堅く閉ざされていて、押しても引いても開けることができない。


「困ったな、ここ以外に入り口があるのだろうか?」


 まあ、聖剣を使えばなんとでもなるのだが。

 クロードはこうやって実力を全て出さないのも勇者のつとめであると考えている。

 なぜなら勇者パーティはクロードだけではないのだ。

 ヨランダは盾騎士。エマは剣聖。そしてミカエラは聖女。

 皆、美しく勇者をサポートする役割をもっている。

 クロードに言わせてみれば、勇者に奉仕するのも彼女たちの立派なつとめなのだ。

 可憐な赤髪を揺らしエマが一歩前へ出る。


「やってみてもいいですか?」


「エマ。君の剣なら、こんな鉄の塊は一刀両断できるだろう?」


「はい。お任せください。【剣閃】!!」


 剣聖の能力で強化された剣の一撃は、魔王城の扉をいとも簡単に半分に両断した。

 それでは飽き足らず、粉々になるまで扉を斬り分けたエマは最後にカチン。と鍔鳴りを響かせる。

 一瞬で見事な剣捌きであった。

 エマの美しい剣技に、クロードはパチパチと手を鳴らして褒め称えた。


「すごいすごい! さすがは【剣聖】エマだね。僕のパーティにふさわしい女だよ。えらいぞ?」


「ありがとうございます。うれしいですクロード」


「………………あ?」



 ――バチィッ!!



 エマの身体が、横薙ぎに吹っ飛ばされる。

 クロードが手の平の裏側で、思いっきり殴ったのであった。

 壁にたたきつけられたエマは口を切ったのか唇から血が滲んでいた。


「エマ、君なんて言った? クロード? クロード様と呼べとあれほど言ったよね? 子爵令嬢風情の成り上がりが、魔王を討伐したら帝国の公爵を約束されているこの僕向かって呼び捨てとはどういう了見だい?」


「……申し訳ございませんでしたクロード様。配慮に欠けていました」


「困るよ、勘違いしてもらったら。あ、ミカエラだけは僕を呼び捨てしていいから」


 ミカエラに対して微笑むクロード。

 ――あんたらなんてだだの村人じゃないっすか。

 ヨランダがミカエラを鋭い目で睨みつけたが、クロードの視界に入ったのでいつもどおりの母性溢れる孤児院仕込みスマイルをこしらえる。

 ヨランダの視線を避けるように目を伏せながら、エマに対し駆け寄るミカエラ。

 回復魔法を使えばすぐに傷は癒える。


「……余計なお世話だ」


 エマはミカエラの手を払い、回復魔法を拒否した。

 仕方なく、最後尾にならびついていくミカエラ。

 勇者一向は難なく魔王の城へと足を踏み入れた。



「どうして」


 書斎机が空中を舞う。


「どうして魔王が魔王の城にいないんだ!? くそがぁ! もう帝国と約束してるんだぞ空気読めよ魔王がぁ!!」


 バギャ!!となにやら破壊している音がする。

 クロードが魔王の間らしき部屋で暴れているらしい。

 ミカエラは、キッチンらしき部屋のテーブル、五つの椅子のうち一つに腰掛けていた。

 まるで人間が暮らす厨房に近いが、生活感は少ない。

 もしかしたら長らく使われていなかったのかもしれない。

 ミカエラは天井を眺めながら、家族での食事を思い出していた。

 パパとママ。私、…………。

 気がつくとヨランダがウェーブのかかった髪をいじりながら対面に座っていた。

 暴れるクロードから逃れてきたらしい。


「勇者様が荒れてるっすよ。落ち着かせてくださいよ第一婦人?」


「……ヨランダはどうしてクロードと一緒に旅してるの?」


「あたしは強いものに味方する。それだけっす。これまでもこれからも、強いものに味方し続けるっす。そうすれば、いつまでも食えなくなることはないっすよね?」


「孤児院の子供達はそれで納得する?」


「……あんたのそーいうとこマジ嫌いっすわ。はっきり言うっす。死んで欲しいっす」


 ヨランダは吐き捨てるようにミカエラに対しそう告げた。

 ミカエラは、どうして聞いてしまったのだろうと後悔した。

 どうにもならない気持ちを誰かにぶつけたかったのかもしれない。


 やがて落ち着いたらしいクロードは、今日はここで一泊すると宣言した。

 敵の本拠地での宿泊など、頭がどうかしているのでは?

 などと言えるものは誰もいなかった。


「今日はミカエラ、君が来るんだ」


「お願いクロード、今日は……」


「駄目だぞミカエラ。僕が来いと言っている」


「はい……」

 


 ミカエラが呼ばれて向かった先には、何の変哲もないベッドがあった。

 まるで人間が使うかのようなそれは、魔王の城にはとてもとても不釣合いな代物だった。

 簡素で睡眠をとることだけが目的とされたような、シンプルなもの。

 どうしてなのか、クロードにはそれが気に入ってしまったようだ。


「ねえ、ミカエラ。今日はここでするよ? 可笑しいよね。魔王も寝るのかよ? はは、しかもこんなボロなベッドでさぁ……でも、なんだか君と一緒だと興奮するよねぇ?」


 誰が寝ていたか知らないクロードはケラケラ笑ってそのベッドを馬鹿にした。

 魔王は案外貧乏なんじゃないか。

 こんな奴に世界が滅ぼされるはずがない。

 クロードは愉快でたまらない様子だ。


 クロードは次から次へと魔王を馬鹿にして笑った。

 ミカエラは唇をかんでその様子を眺めていた。


「ミカエラもそう思うよね?」


 と聞かれたので、


「はい。そう思います」


 と答えた。

 やがてクロードはいつもどおりの行為を始めた。

 ミカエラは嬌声をあげ、いつもより喜んで反応してみせ、クロードは満足げに果てた様子であった。



「こんな固いベッドじゃ寝られないよ。ヨランダの膝枕で寝てくるから、君は自由にどこかで寝ていいからね?」


「はい。わかりました」


「ん?」


「はい。とても気持ちよかったですクロード。わかりました」


「よし。ミカエラは本当に可愛いな」


 唇をむさぼられ、頭を撫でられたミカエラはクロードの足音を横になりながら聞いていた。

 遠ざかり、聞こえなくなるまで。

 やがてミカエラの口から、押し殺した声が堰を切ったように溢れ出す。



「ふっ……えぐ、えっぐ。背中、暖かい、なぁ。初めて触っちゃった……」


 何も無い中空をさまよう手は、ベッドのシーツをぎゅっと掴む。

 裸で放り出されたミカエラは手繰り寄せるようにそのシーツを抱き締めた。



「ベルくんの……匂い」



 二度と感じることはないだろうと思っていたその感覚に、ミカエラは覚悟が揺るぎそうになる。

 涙をそのシーツで拭う。もう誰にも見られてはいけない。


 バレていない。分かるはずがない。


 この場所が彼に繋がるとわかるのは、唯一私だけ。

 私だけが知っている匂い。

 今こうして私が感じている彼のぬくもりだけが、彼につながる手がかりなんだ。

 愚かなクロード。



「嘘つきは、私だ……」



 大好きだよ……。

 ミカエラは丸くシーツにくるまり、永遠に迎えに来ない誰かに抱き締められることを願いながら眠りにつく。


 あのとき彼を守れたのは私だけだった。

 クロードの能力にいち早く気がつき、慢心していることを察した。

 もしベルくんが私のためにクロードと戦ったら、クロードはベルくんを痛めつけて殺すだろう。

 だから私は、あえて誰にも打ち明けなかった。

 クロードは思ったとおり、ベルくんを一番傷つける方法……勇者パーティから追い出した。

 命を奪わなかったのは慢心だよクロード。


 彼はきっと生き延びる。そしていつか……。


 クロードがベルくんの描いた壮大な物語に気付くまで、きっとかなり時間を要するだろう。



 だったら私は、彼を守る隠れ蓑になろう。



 追放されて、ショックで引きこもってるかも。

 でも。

 きっと世界を救うために再び立ち上がってくれるだろう彼のために、私は聖女を演じよう。




 それが彼の望む自動人形(マリオネット)の役割ではなかったとしても……。

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