3-10

「に、し……ぅ」


「おや、気がついたかね」


 反射的に声のした方に振り返ると、白衣の女性がポニーテールを揺らして振り返った。


「……マザーさん?」


「そうとも。朝霞くんでなくてガッカリしたかね?」


「何でそこであいつが出てくるんですか」


「さて、なぜだろうね」


 くすくすと愉快そうに肩を揺らしているところ申し訳ないが、本当に身に覚えが無いぞ。何で俺が寝起きにあんなヤツと顔を合わせなきゃならないんだ。

 俺の様子にはて、とマザーさんが首を傾げる。


「なんだ、無自覚か。夢でも見ているのかと思ったが違うのかね? うわごとでずっと朝霞くんを呼んでいたから、てっきり」


「は、はぁ!? 何で俺があんなヤツのこと!」


「私が知るわけないだろう。残念だが、ここに彼女はいないよ」


 そう言われてようやく、ここが西野邸の一室、最初にコンプレスとの戦闘に巻き込まれた晩に俺が運び込まれた部屋だと気付く。

 あの時と同じように部屋の真ん中に布団が敷かれ、俺はそこに寝かされている。あの時と違うのは廊下には西野も老爺もおらず、代わりに枕元に胡座をかいて座ったマザーさんがいることだった。


「俺は、どうしてここに?」


「慌てずとも一つ一つ話してやる。その前に、傷の具合はどうだね?」


「傷?」


 どこも痛くなんて、と思ったところで両足と、顔の真ん中あたりの圧迫感に気付く。ようやく意識が覚醒していろんな感覚が戻ってきたらしい。


 まず顔に触れてみると鼻の辺りにキツめに包帯が巻かれていた。触ってみると鈍い痛みが走るが、それほど重傷というわけでも無さそうだ。骨でも折れたかと思っていたのだがどうやら俺の鼻っ柱は俺が思うより頑丈だったらしい。額や頬にもいくつかガーゼが当てられていたが、こちらは本当にただの切り傷だろう。

 次いで足を、と思い上体を起こそうとした途端、視界が明滅した。


「ぃがっ!」


「……足の方はやはり厳しいようだな。どれ、起こしてやろう」


 いまのは痛み、だったのか? あまりに強烈な感覚で何が起きたのかわからなかった。マザーさんに支えてもらいながら、なるべく下半身に力を入れないようにしてどうにか上半身を起こす。

 布団をめくってみると、包帯でぐるぐる巻きにされた俺の両足がこんにちはした。


「……なんか、重傷っぽく見えますね」


「重傷だからな」


 重傷だった。


「まったく無茶をしたものだ。あれだけ深々と動物に喰らいつかれるなどなかなか出来ることではないぞ」


「あの、俺の足は」


「心配しなくても治るそうだ。傷は深いが致命的な筋や靭帯でなかったようで幸いだな。もっとも、動かせば激痛が伴うのは変わらん。まともに歩けるようになるにはもうしばらく療養が必要だな」


「もうしばらくって」


「爺さんが言うには数週間から一ヶ月だそうだ。ああ、その傷を診て処置を施したのも爺さんだ、あとで礼を言っておきたまえ」


「……はい」


 あの人本当に何者なんだろうか。

 怪我そのものより、一ヶ月も動き回れないというのがショックだ。一ヶ月も何もせず、大人しく寝こけていることなんて出来る気がしない。


「それで、あの、俺はどうして」


「ああそうだったな。順を追って説明しよう。キミがあの男、ワイルドガウンに無謀な挑戦をしてから、今日で三日目だ。キミは丸二日ほど眠っていたことになるな」


「二日もですか」


「あれだけ無茶をしたんだ、もう少し休んだって文句は言われないさ。あの晩キミを助けたのはコンプレスと私だ。コンプレスを寝かしつけようとしていたところで妙なメールを受け取ってね。あの公園に印をつけた地図とキミの名前だけが書いてあった。無視しようかとも思ったんだが、行って正解だったみたいだ」


「すみません、ご迷惑を」


「気にするな。こちらとしてもほんの気まぐれのようなものだ」


 マザーさんの反応は淡白だ。まぁ、照れ隠しとか気を遣ってとかで言っているわけではないのだろう。わざわざ出向いてくれたのは気まぐれというよりは善意だったのかもしれないが、この人は俺のことも、西野も奏先輩も、助けるべき人間としては見ていない気がする。


 ちょっとした知り合いが、何やら無茶苦茶なことをしていて、それを助けられる場所にいただけ。そんな感じだと思う。いつだったか、奏先輩とそんな話をしたっけな。


「ま、あのまま野垂れ死にされても寝覚めが悪かっただけさ。汚い手を使われたとはいえ、キミにはここに居着かせてもらうきっかけを作ってもらった恩があることだしね。それに、キミを積極的に助けたのは私ではなくコンプレスだ」


「コンプレスが、俺を?」


「身内を大事にしろと教えたからね。あれはあれでキミのことをそれなりに気に入っているらしい」


 それは驚きだ。特に好かれるようなことをした記憶も無いんだが……トランプで奏先輩の汚い罠にかかりそうになっているのを何度か助けたくらいか。あいつ戦闘と力仕事以外はまったくアテにならないからな。これは別に馬鹿にしているわけじゃない。マザーさんに確かめたところ精神年齢は十歳前後の子供程度らしいし、年相応だと思っている。


「犬を引きずって這い進むキミを見て、私が何か言うより先に飛び込んでいったよ。少々妬けるな。キミの救出が優先だったから、あの男には逃げられてしまったがね」


「あとで礼を言っておきます」


「ああ、そうしてくれたまえ」


 意識を失う前に見たあの大きな影はコンプレスだったわけだ。


 ……あいつじゃ、なかったんだな。


 馬鹿らしい。共通点らしい共通点なんて身長くらいで、シルエットというか体格だって全然違うのにな。いくら朦朧としていたとはいえコンプレスの後ろ姿をあいつと間違うなんて、どうかしていたとしか思えない。


「それで、どうしてあんな無茶を?」


「…………」


「水澄くんの事件と関係があるのかね?」


「…………」


 素直に話すべきか迷う。事情を話したらこの人はどんな反応をするだろうか。間抜けだと言われるか、無謀だと言われるか、怒られるか、呆れられるか。いずれにしてもあまりいい顔はされないだろうな。


 この人は大人だし、第三者だ。客観的に見て、俺のしていることが肯定されるようなものでないことくらいは分かっている。感情論で復讐なんぞ企てて、返り討ちに遭ったなんて目的も手段も行動も結果も全てお粗末なものだ。それでも諦める気になんてならないのが困りものなわけだが。


「あの男が犯人なのか」


「……はい」


 嘘をつくだけの気力が無かった、というのが正直なところだろうか。俺は隠すよりも聞かれたことだけに答えるという楽な道を選んだ。


「そうか。動機、目的は復讐か?」


「はい」


「ふふっ、そこには即答するんだな。水澄くんはよほど想われていたと見える」


「……まぁ」


「なんだ、随分と素直だな。もう少し動揺するかと思ったのだが。それではこれからどうするんだね、復讐を続ける気か?」


「そのつもりだ、って言ったらどうします?」


「別に私はどうもしないさ。気の済むまで頑張りたまえ、と言うくらいだな」


「え、いいんですか?」


「いいも悪いもない。私にはキミのやりたいことを止める権利は無いさ」


 ……意外だ。無駄なことはやめろ、と言われるものだとばかり思っていたのに。


「キミがどう思っているか知らないが、復讐は必要なことだよ。成功するにしろ失敗するにしろ、自分の感情を制御するためのプロセスだ。復讐は何も生まないとよく言うが、何かを生み出すことだけが人生に必要なわけじゃない。時には何かを失うことや、虚しい思いをすることが次へ進むのに必要なこともある」


「それは経験則ですか?」


「まぁそんなところだな。そもそも、私やコンプレスのような立場で、キミに『どんな理由であれ人殺しはいけません』なんて言ったところで何の重みも無いじゃないか」


「……そうですね」


 こうしていると忘れそうになるが、コンプレスもマザーさんも人殺しだ。直接人を殺したわけではないにしても、中に人がいることを承知でいくつもの建物を倒壊させ、何人もの人間が犠牲になった。だから多分、二人にとって人を殺すこと自体は何ら特別ではない。


 彼女達にとって重要なのは恐らく、人を殺すだけの意味が自分の行動にあるのかということなのだ。


「だからこれは単なる忠告なんだがな」


「何ですか」


「人殺しとか、復讐とか、そういうことの是非を私が言うのは筋違いだ。だからその道の先達として言えることがあるとすれば、虚しさも喪失も時には必要だが、どんなものでも完全に失ってしまえば二度と手に入らないということだ」


「奏先輩のことですか?」


「それは手遅れだとキミもわかっているだろう。同じことを繰り返すつもりかね?」


「……よくわかりません」


「もう四日、朝霞くんがここに帰ってきてない」


 え? 西野が家に帰ってない? そういえばさっきも「ここに彼女はいないよ」と言われたような。単にいまこの場にいないということではなく家に帰っていないということだったのか。


「あいつ、家にも帰らずにどこで何をしてるんですか?」


「連絡がつかないんだよ。だからどこにいるかも、何をしているかも知らん」


「家出ですか?」


「あの子がそんなことをするタイプに見えるかね?」


「人は見かけによらないって言いますよ」


「キミが知っているのはあの子の見かけだけか?」


「当然です。人の内面なんてどれだけ近くにいたって見えるわけないんですから」


「だが推し量ることは出来る」


「その結果が正解とは限りませんよ」


「だから私はキミの目にどう見えるか訊いたのだよ」


「…………」


 俺が返答に詰まると、マザーさんが勝ち誇るようにフフンと笑う。べ、別に言い負かされたわけじゃないんだからね! ちょっと一本取られただけなんだからね! あれ、それって言い負かされてるじゃん。


「それで? 西野朝霞はキミの目にどう見えているんだ?」


 どう見えている、のだろう。

 信用に値しない、不安定な正義を振りかざす、他の連中と変わらないどこにでもいるヒーロー。そのはずだし、別にそのことに疑いは無い。あいつだって自分の頭と感情に従って行動している以上、その正義には間違いなくヒューマンエラーが存在する。いつ、どんな形で現れるにせよ、その正義には見逃せない歪みがあり、それはやはり他のヒーローどもとそう大きな違いなんて無いってことだ。


 それが、俺の価値観に照らし、なるべく冷静であろうと心がけて出てくる、バルクガールの評価。バルクガールの評価、か。


 バルクガールと西野朝霞は、多分違う。別人だというのではなく、俺の中で評価の対象として異なる。

 バルクガールを評するということは、一人のヒーローとして彼女を見ること。だが西野朝霞を評するということは、ヒーローの側面も持つ知り合いの中学生を評価するということだ。


 以前にも少しだけ考えて、いや考えそうになって逃げ出したこと。


 バルクガールとしてではない、西野朝霞という少女を俺はどう見ているのか。どう見ればいいのか。

 俺がヒーローを信用しないのは、所詮人間であることは変わらないのにまるで自分が絶対的な正義であるかのように振る舞うからだった。


 だがそもそも、俺の知る西野朝霞はそれほど積極的、能動的な人物ではないし、それ故に自分の思想や主張を振りかざすこともあまり無い。彼女言うところの命の恩人というやつが多少関係しているのかもしれないが、少なくとも俺との場合においては彼女が我を通すということはあまり無かったように思う。……いやまぁ、その「恩人」とやらにやたら固執したりお兄ちゃん呼びだったり例外はあるが、それは西野老人や奏先輩の影響もあったのかもしれない。


 自分がヒーローであるということに必要以上に固執しないし、どちらかといえば自分の意思よりも俺や奏先輩、ときにはマザーさんのような周囲の人間の言葉や意思を尊重することが多かった気がする。それは確かにヒーローとしてはエラーの部類ではある。だが、変身時に限らず普段からそんな調子だということを考えれば、それはバルクガールではなく西野朝霞の性格の一端なのだろう。いち女子中学生としては、多分美徳に分類していい性質だ。


 もちろんたかだか一ヶ月かそこらの付き合いで見えてくることなどたかが知れている。それが間違っている可能性なんて十二分にある。


 しかし少なくとも、一ヶ月は一緒にいられたという確固たる事実も存在する。奏先輩の死がなければ、まだ続いていたであろうと思える程度の結びつきはあった。

 極論だが、例えば相手がワイルドガウンだったら、奏先輩のとりなしがあったとしても俺は絶対に行動を共にしなかっただろう。因縁が無いというだけかもしれないが、とりあえずヒーローであるというだけで遠ざけるほど、あいつのことが嫌いだったわけではないのだ。


 俺は、ヒーローが嫌いだ……。

 だからもう、お前とも関わらない。


 数日前、西野に言ったことを思い出す。ヒーローが嫌いだから。それは決して嘘ではなかったけれど、さりとて本心でもなかったってことか。目を逸らしていた真実を直視する。


 俺はヒーローが嫌いだ。欺瞞に満ちた正義を振りかざすヒーロー達は、いつか絶対に期待を裏切るから。正義が曇って、信じていたヒーローと、そんなものを信じていた自分に幻滅する時が来るから。信じた分だけ失望が大きくなるから。


 だから俺は、信じそうになった彼女を切り捨てたんだ。


 失望する前に。裏切られる前に。いつかその時が来る前に、信頼が生まれてしまう前に距離を置きたかった。今ならまだ、西野朝霞との交流を一時の出来事として処理できると思ったから。逆に言えば、今を過ぎれば俺は彼女との関係を、例えいつか途絶えたとしても単なる過去と切り捨てられなくなると感じていたのだ。


 そんな風に危惧するくらいには、俺は彼女の人間性を好ましく感じていた。たかだか一ヶ月の付き合いで、その先まで心配になるくらいに受け入れてしまっていた。


「答えは出たかね?」


「……誠に遺憾ながら」


「ははっ、本当に嫌そうな顔だな。ま、その顔を見れば分かる。どうせ彼女が戻って来ないのはキミのせいなのだろう?」


「どうですかね。思い当たる節が無いではないですが、家に帰らない理由になるかどうか」


「どちらにせよ、彼女と何かあったわけだ。仲直りしろとは言わない。ここで彼女を拒絶するのも選択肢の一つだ。だが、一度失った繋がりを同じ形で取り戻すことは出来ない。そのことは覚えておくといい」


「…………」


「必要なら車くらいは出そう。爺さんから好きに使っていいと言われているのでね。朝霞くんに会いに行くにしても、復讐の続きをするにしても、足は必要だろう?」


「その時は、頼みます」


「うむ、じっくり考えたまえ。なに、朝霞くんが出て行って四日、キミが復讐に失敗して三日だ。今さら一日二日ほど過ぎたところで状況はそうそう変わらんだろう」


 普通は四日も女の子が家を空けたら心配するものだと思うけど……この辺はさすがに裏社会の住人というか。多分マザーさんが言ってるのって、四日も生き延びたならあと数日はいけるし死んでいるなら数日過ぎても変わらん、みたいなドライな話だと思う。これがコンプレスのことだったら話は違っただろうけど。


 話は終わったとばかりに、マザーさんは立ち上がると部屋を出て行った。


 じっくり考える、か。

 マザーさんのアドバイス通りに頭を働かせてみる。しかし実際のところ、答えなんてもう出てしまっているようなものだと思う。ついさっき、自分の気持ちは確かめたばかりだ。


 西野朝霞を拒絶する理由は無くなった。だから今考えなくてはならないことは、俺が次に何をするべきか、だ。


 俺に拒絶の意思が無いからといって関係が修復できるとは限らない。俺は一度、ハッキリと西野を拒絶しているのだ。向こうが俺との関係を修復したがっていると考えるのは傲慢だろう。

 それにワイルドガウンのことも放置するわけにはいかない。ヤツがいまどこにいるかもわからないが、本格的に行方をくらませられたら俺ではお手上げになる。まだ俺への復讐に執着してくれていればまた会うこと自体はできそうだが、それならそれで何か手を打たないと今度こそ俺が殺されるだけだ。


 何をするべきで、何を優先すべきなんだろう。


 ピリリリリ。


 無機質な電子音に思考が遮られる。音のした方を見ると、見慣れた自分の携帯が着信を告げる明かりを点滅させていた。


「……え?」


 咄嗟に手を伸ばして着信表示を見た途端、思わず声が漏れる。


 発信者の名前は、水澄奏。それは現在、どうあっても電話をかけてくるはずの無い人物だ。


 誰かが先輩の携帯を使って? けれど何のためにそんな真似を? 真っ先に思い浮かんだのは行方不明だという西野だ。自分の携帯からかければ俺が電話に出ないと思って他の電話を使うことはあるかもしれない。だが、それにしたってなぜ今さら、それも先輩の携帯から。あるいはワイルドガウンや神酒洲灘女も候補の一人だ。奴らは奏先輩の死に関与している。携帯電話を入手していてもおかしくない。


 この番号で発信してくるのは愉快ではないが、無視するわけにはいかない。俺は一度大きく深呼吸して電話を耳に当てるとなるべく落ち着いた声で「もしもし」とだけ応じた。


『おー、やっと出よった。もー気ぃ持たさんとちゃっちゃと出ぇや』


「……は?」


『何やねんその間抜けな声は。ほんの数日会わへんかっただけでウチの声まで忘れてしもたん? おねーさん悲しいでー』


 忘れるはずが無い。だがそれはあり得ない。しかし現実に電話はかかってきていて、けれど彼女の死亡も現実に報道されていて。なんだ、なにが起きてるんだ?


「か、奏先輩、ですか?」


『当たり前やん。他の誰やっちゅーねん』


 電話の向こうの先輩は本当に当たり前のことのように、一切の動揺も躊躇いも無くとんでもないことを言ってのける。


「当たり前、って、え? ま、待ってください、先輩いまどこに、っていうか生きて、いや、今日までなにして」


『はいストップー。質問が多いで。ウチかて一度にそんないくつも答えられへんわ』


「いや、だって先輩、死んだって……連絡も無かったし、大学にもいなかった、し」


『せやなー』


 え、それだけ?


『まぁ大学、っちゅーかいつもの部屋におるんやけどね』


「いつもの部屋って、俺が行った時には誰もいませんでしたよ?」


『あー、そんときはまだウチはおれへんかったな。アンタその後は顔出してへんやろ? それで顔合わせとらんだけや』


「だけ、って……生きてたんなら連絡の一つくらい!」


『あーちゃうちゃう。生きてたわけやあらへんよ。水澄奏は死んだ。それはホントのことや』


「ぁ、え? だって、先輩はいまこうして電話を」


『ふふん、ウチを誰やと思うとんねん。死んだくらいで黙ってたまるかいな』


 意味が分からない。何を言ってるんだこの人は。水澄奏は死んだと、電話の向こうの水澄奏が認めている? 死人が電話をかけてきている? 幽霊とか、死後の世界とか、奏先輩がそんなオカルトに関心があったと聞いた覚えは無い、けど。


『もちろんオバケやないで。んん、まあホラーっちゅうよりはSFやな』


「え、SF……?」


 どっちにしたって納得はできない。何を言ってるのかさっぱりわからない。

 だがその直球のようでいてまるで説明する気の無い物言いは確かに先輩のものだ。声も口調も記憶のままで別人とはとても思えない。


『ま、ウチのことは直接会って話せばええやろ。こないだは災難だったみたいやな。無策でワイルドガウンに突っ込んだのはアホやと思うけど……まーなんや、その』


 しばらく「あー」とか「うー」とか唸っていた先輩だったが、やがてこほんと咳払いを一つして仕切り直すと、さっきまでよりいくぶん小さな声でこう言った。


『ウチのことで怒ってくれて嬉しかったで』


「……いえ、当然のことですから」


『ん、そっか。シシシ』


 ああ、先輩だなこれは。

 意図的なのか天然なのか知らないけど、先輩は俺をやる気にさせるのが上手い。いまだってそうだ。こんなことを言われたら、諦めるなんて選択肢は無いじゃないか。


 復讐はする。西野にも謝って、出来る限り関係を修復する。悪党どもを倒そうと言い出したのも、西野と俺を繋ぎ続けたのも先輩だ。理屈は分からないがその先輩がこうして電話をしてくれている。先輩が喜んでくれるなら、それに応えたくなるってものだ。


「あの、先輩。お願いがあります」


『ええよ、聞いたる。あ、でもその前に――』

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