平凡美術部の俺が描く恋模様。

なかの豹吏

平穏な日々

 


 桜も散り、新しいクラスにも馴染んできた五月の初旬。 中学校生活も最後となった三年生の間宮新まみやあらたは、廊下でクラスメイトの女子と会話をしていた。


「またおんなじクラスになったね」

「……うん」


 か細い声で返事をするのは、新と一年から遂に三年まで同じクラスになった縁のある女子、鶴本凪つるもとなぎ


 彼女とはクラスメイトの関係だけではなく、同じ美術部にも所属している。 凪は穏やかで物静かな人柄なので、平穏を好む新にとっては気の合う相手なのだ。


「三年目も、よろしくお願いします」


 新は中学生活を全て同じ教室で共にする事になったクラスメイトにお辞儀をすると、


「こちらこそ」


 凪もまた、小さく会釈をしてお辞儀を返す。

 改まった挨拶に、顔を上げた凪の頬は僅かに朱に染まり、垂れ気味な瞳が優しく新に微笑んでいる。

 肩につかないくらいの短めな黒髪で、前髪はやや左目側を分け目にして流していて、右目の下にある小さなほくろが見え隠れする。 小柄な所も安心感を感じるのか、新には凪が学校での癒しの存在になっていた。


「間宮くんは、行く高校大体決めてるの?」

「いや? まだ具体的には……」


 その質問にまだピンと来ないらしく、言われてそう言えば……程度の反応を見せる新。 成績的に高望みをしなければそれなりの高校は狙える彼にとって、急いで決める必要性を感じていなかったらしい。


「決まったら……教えて?」


 何故か目を逸らして話す凪が少し不自然に感じたが、新はそれ以上には思わず、「うん、わかった」と応えた。



 ――その後、廊下に他の生徒達の騒めきが起こり出す。




「ああ、森永くん……なんて神々しい……」

「手に入らなくてもいい、誰のものにもならないで……」


「連城さんが歩くと廊下にさえ花が咲く」

「俺達には高嶺の花どころか、雲の上に咲く花だな」



 口々に称賛の声が上がり、羨望の眼差しを受け歩く二人の男女。



 彼こそが全校女子生徒の憧れ、生徒会長森永泰樹もりながたいき


 身長こそ男子にしてはやや小柄ではあるが、その少女漫画を現実に移植したようなルックスと、中性的な清潔感で演劇部の花形として輝き、舞台を観た観客は宝塚と勘違いしてしまうという程。


 恋に恋する夢見がちな女子中学生を二次元、三次元の垣根なく恋に堕としてしまう……



 ――――『醒めない夢を見せる男』、と呼ばれている。



 その隣を当然のような顔で歩くのが、副会長の連城れんじょうみやび。


 演劇部と掛け持ちの会長を支える為か部には所属していないが、その運動神経は規格外。 なにをやらせても “このスポーツ私が創りました” 、とばかりの顔でこなしてしまう。 更に当然の如く成績は常に学年五指に名を連ねる頭脳を持つ才女。


 備わってないものは無いのでは、と感じる完璧な彼女の容姿は、生まれつき色素の薄い儚げな薄茶色の髪が腰の手前まで美しく伸び、きめ細かく柔らかな前髪は微かな風にも揺れる。

 その髪と同じ色の瞳は不思議と強い意志を感じさせ、崇高な精神を持つ現代のジャンヌダルクのそれを思わせる。 その上で神秘的にすら感じる美しい顔立ち、この歳にして醸し出す特異的とも言える妖艶さは、見る男子達に恋心と性を芽生えさせてしまう……



 ――――『背徳の蜃気楼』、そう呼ばれている。



 もはや現実でありながら非現実な二人に、憧れは抱いても近づこうとする者はそう多くなかった。 必然として生まれるこの選ばれし二人が恋仲だという噂もまた、皆が踏み出せない要因の一つなのだろう。



「……すごい、存在感だね」

「まぁ……ね」


 呟きを零す凪に、新も幾度となく見た光景を眺めて応える。 同じ学校の生徒でありながら、全く無関係とも言える存在が通り過ぎようとした時、麗しの副会長は冷やかさすら感じる流し目を新に向け囁く。


「間宮くん、ネクタイ曲がってる」

「えっ……」


 そのまま足を止めることなく、言葉の余韻を揺れる後ろ髪と、うっとりとする甘い香りで閉じるようにして過ぎ去って行った。


 そそくさとネクタイを締め直す新。

 まさかの一声に狼狽える彼を見て、凪はまた遠くなっていった二人の後ろ姿に目を向ける。


「真っ白で、大人みたいな身体」


 凪には生徒会長の泰樹よりも、隣のみやびが羨ましく映ったようだ……が、


「つ、鶴本さん……ちょっと言い方が……」


 自分と比べてあまりに発育が良いみやびに出た溜息のようなものだったが、初心うぶな新には刺激的に伝わってしまったようだ。


「そ、そんなつもりじゃ……!」


 気恥ずかしそうに鼻を掻く新に気付き、凪はそれの何倍も顔を赤くして、逃げるように何処かへ去って行ってしまった。



 ―――一人廊下に残された新は呟く。



「ま、俺には今の生活で十分だな」







 ◆





 学校から自宅に戻り、自分の部屋に居る新だったが、まだ制服から着替えてはいないようだ。


 グレーのブレザーを脱いで、ワイシャツと赤に斜めのネイビーが入ったネクタイを緩めた格好になった新は、お盆に二つのジュースを乗せて床に置いた。


「ありがとっ」



 明るい声音で語尾を跳ねさせる声。



「いえいえ。 それで、今日はどうしたの?」



 対応から見て気心の知れた相手のようだが、



「ちょっと相談があって……でもそれよりっ!」



 少し萎んだ後、また明るい声が跳ね上がる。




「新と同じクラスになれて、良かったぁ……」




 しみじみと言ったのは、大きなシャチのぬいぐるみを抱きしめて笑う……







 ―――『背徳の蜃気楼』こと、連城みやびその人だった。



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