第18話 マリッジブルー?

ちょっと待って……落ち着けあたし……。


魔界の空気がどうとかいうのは、なんかよくわからなかったけど、とにかく大丈夫なのね、どうでもいいけど。


問題は……あたしが引っかかってるのは何?


愛した相手が魔王だってこと?……よね……。


でも魔王とか魔界とか言ったって、別にそれが即ち悪ってことじゃないんじゃないの?実は。


だってアロゥが魔王で統治してるわけでしょ?


そんなの……超いい王様で超いい世界なんじゃないの?


優しくて賢くて強くて顔も良くて、実際否定すべきところが何一つも見付からないもの。


……そう……それは有り得るわ……。


実は聞いたこと無いのよね、魔王がいよいよ人間界を侵略しに来る、なんて話とか。


だいたい人間の世界の方がよっぽどロクでも無いんじゃないの?


人のこと裏切って勝手に結婚したり勝手にパーティー解散したり、弱ってるとこにつけこんで乙女を汚して金品を強奪したり……、到るところでハラスメント的なことだっててんこ盛りよ、あぁ、ほんとロクなもんじゃないわ。


政治家や貴族たちは貧しい民を放ったらかして贅沢三昧、魔界なんか無くたって人間同士の戦争も尽きず、犯罪だって減りゃしないし、妬み嫉みでお互い騙し合って抜け駆けし合って、人のこと蹴落としてさ。


そうよ、だからどうせアレでしょ、魔界や魔王が悪だなんてのも、人間側がそういうことにしておいた方が都合がいいってだけの、なんかこう、超国家的秘密結社的なアレの陰謀、扇動、情報操作なのよ。


で、あたしはほら、そんな薄汚れた人間社会の歯車になんてならずに、真面目に健気に清く正しく頑張って生きてきたから、なんていうか……選ばれた、そう、まさしく選ばれたのよ、ロクなもんの方の世界に。


それもそっちの世界の王……魔王の……妻として……!


ふ……ふふ……ふふふ……。


……あぁ……でも……どうしよう……、こんな急に来て、服もモロに勇者みたいだし汚れてるし、髪型とかも変じゃないかな……。


お城に着いた途端に笑い者、なんてのは嫌だわ……。


っていうかそれを言い出したらもう根本的にアウトなんじゃないかしら。


お姫様がこんなに体鍛えてるのもおかしいし、中途半端に身長も高いし、胸もぶりんぶりん言うほど無いし、おしとやかでご高尚なお言葉遣いもできないし……。


それに妻といったら家事……。


そんなの実家でもサボって野山で遊び回ってたから、養成所でサバイバル術としてちょっとかじったぐらい。


あげく子供ができたりなんかしたら、子育てなんて……子供の頃の妹弟の相手なんかほとんど一方的な独裁みたいなもんよ、何のスキルにもなってないわ。


……っていうか……子育て……子供……子作り……。


アロゥと……子……作り……!


「……キャミル……キャミル……!?」


「ひやあぁあぁー!?」


完全に自分の世界に入ってしまっていたキャミルは、アロゥが何度も呼びかけてやっと現実に帰ってきたが、ちょうど子作りのやり方のイメトレが頭の中で始まっていたところに、その相手が現実にも目の前にいたことで、パニックになり顔を真っ赤にしてうずくまってしまった。


「だ……大丈夫ですか!?キャミル!?

どうもさっきからずっと上の空で様子がおかしいというか……。

やはり……この城で私の妻として共に暮らすというのが……」


再び不安げなアロゥがその背に声をかけると、しばらく固く目を閉じて頭を抱えていたキャミルだったが、


「……え……?

この城……この……城……?」


はっと目を開き、立ち上がって周囲を見回した。


「し……ろ……ほんとだ、お城みたいなすごい部屋だ……。

あれ……いつの間にあたし……」


白昼夢に耽っている間に、魔界への入口でアロゥの問いにまた「はい!!」とか返事をして、特別な魔法で開いた大扉を抜け連れられるがままに魔界へ入り魔王の城へと至り、広大な客間に通されていたらしい。


ヤバい、あたしの妄想癖ももはやここまで来て……。


いやいや、事が事なだけに仕方無い、そう、仕方無いわよね。


魔界がどんなところなのかも、きっとアロゥが「ここが私の城です」とか言って案内してくれたはずの魔王城の外観とかこの部屋までの道のりも、魔界や魔王城にいるはずの恐ろしい姿の魔獣たちも、何もかも全く一つも記憶に無くたって……。


だって……あぁ、アレ、そう、アレだわ、いわゆるマリッジ・ブルーってやつ、そう、それよ、あたし今ちょっといつもと違う感じに、なんかナーバスになってんだわ、うん。


「キャミル?」


「あ……は、はい……!

ご、ごめんね、なんか、ちょっとやっぱり、話が急展開だから頭がついていけてないのかもしんない。

でも大丈夫、大丈夫だから!

アロゥの、魔王アロゥの、つ……妻になるのよ、あたし!

うん、あなたの妻になるの、そこに迷いなんか無いわ、本当よ!」


アロゥに向き直って、若干まだ、何よりも自分の夢遊状態の深さにうろたえているのを必死に隠しながら微笑んだ。


「そうですか……良かった……。

ならば私も一安心です……。

ではキャミル、私は挙式の準備をしなければなりませんから、そうですね……数日は駆け回ることになるかもしれませんが……、必ずお迎えに上がりますから、それまでこの部屋でお好きなようにくつろいでいて下さい。

必要なものはここで全て揃うはずですし、何かご用があれば控えの者にお申し付けを。

着いた早々から寂しい思いをさせてしまって申し訳ありませんが、大切な婚礼のためです。

少しだけ我慢なさっていて下さいね、キャミル……」


「へ…………あ……はぁ…………はい……」


キャミルの両肩を抱きそっとその額にキスをして済まなそうに微笑んで去って行くアロゥを、こんな謎の世界の謎の城で数日一人にされるとか、またしても急に発表されて、キャミルは頭が真っ白になりながらぼんやりと手を振り見送った。


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