好きの日

目覚ましが鳴る30秒くらい前に目が覚めた。


布団の中でスタンバイして、アラームが鳴った瞬間に音を止める。フハハハハ!俺の勝ち!


などと、アラームに謎のマウントを取ってから布団を出る。



今日は友達と遊びに行く。顔を洗って支度を済ませて、キッチンに置いてあるパンを取る。


昨日パン屋さんで買ったのだ。パンが好き。ご飯も好きだけど、私の体は小麦があまり得意ではないらしい。だから普段はお米を食べる。たまに「小麦全解放の日」を作って、その日は好きなだけパンを食べていいことにしている。だからパンはちょっと特別なのだ。


今日は朝からいい気分なので、ついでにカフェオレも飲むことにした。


カフェオレが好き。でもこちらも、小麦と同じような理由であんまり飲めない。コーヒーはもっと無理。でもいつか、お洒落な喫茶店でブラックコーヒーを涼しい顔で飲み干したい、という野望を持っている。なんだか飲めると大人っぽい気がするので。


久しぶりのパンとカフェオレはたまらなく美味しい。体は色々と制限があるけど、その分食べた時の喜びはひとしおだよ。


ご飯が終わったら、鼻歌を歌いながら家事をする。昨日から同じ曲が頭から離れない。嫌でも脳が旋律に乗せられて歌ってしまう。歌うことが好き。私は絶妙な音痴なんだけどね。音楽が好きなんだ。


食器を片付けて、洗い終わった洗濯物をピンと伸ばして干す。きちんと生活ができている自分が好き。きちんとした自分が好きになるくらい、荒廃している時もある。だからちゃんと生きている自分は褒めてあげたいし、そうじゃない自分も好きになれたら最高だ。


家事が終わったら、次は服を選びに行く。

今日はこの間買った面白いシャツを着ていこうと思う。表が白黒で、誰にも見えない、裏地だけがカラフルな色のシャツ。カラフルなものが好き。同じくらいモノクロも好き。だからこのシャツは最高だ。一目惚れして買ったんだ。

普段の私は工業製品みたいな生活をしているので、工業製品みたいな見た目にして、工業製品みたいな性格で、工業製品の服を着ている。

もちろんこのシャツも工業製品だよ。でも一目惚れで買ったから、着ている時は工業製品な気持ちではない。


しばらくすると時計がころんころんと鳴った。履き慣れた靴を履いて、家を出る。


外は思ったより暑くて、日差しが痛い。カバンから折り畳みの日傘を出して広げる。

私の日傘は濃い青色だ。だから日差しを通すと、傘の下が海の中のような色になる。直径1mほどの海に包まれて歩く。肌が水の中にいるような色になって綺麗だ。脳と耳の間の空間で、波が絡まる音を想像する。なんだか海底を歩いているような気持ちになって、私はどんどん楽しくなる。


それに、日差しはあったかくて好き。8月くらいになると命を狙いにきてるんじゃないかと不安になるけど、基本的に晴れの日が好きだ。周りが明るいというだけで明るい気持ちになる。私は単純なのだ。


駅に着くまでの間、友達に教えてもらった曲をイヤホンで流す。アップテンポで鮮やかな曲だった。

人からオススメされるのが好きだ。自分の知らない世界を教えてくれるから。自分で探すのがめんどくさいっていうのもあるんだけどね。

曲は特にそうかもしれない。私のプレイリストはラジオのようだ。色んな人の好きが詰まった私だけのラジオ。オススメされた曲を聴きながら「この人はこの曲を聴くとどんな気分になるんだろう?」と考えたりする。勝手に想像してごめんと、友達たちには謝っておく。


そんなこんなで駅に着く。


ホームで待っていると、電車が前を勢いよく突っ切った。鋭く風が動いて、髪の毛がボサボサになる。あまりにぐちゃぐちゃにされたので思わず笑ってしまう。そういえば以前、電車が来る度に飛び込んで死ぬという、妄想をする短編を書いた。私もそんなことをしていた時期があった。でも今は猛スピードでやって来る電車に恐怖を感じる。すごい成長だ。今でも簡単に闇落ちするけど、少なくとも今日は良い気分だ。


風が気持ちいい。鳥がピーチクパーチク鳴いている。木漏れ日がしっとりしている。向かいのホームのおばあちゃんたちが、楽しそうに会話している。女子高生が凛とした顔で遠くを見つめている。


綺麗だなあ。


今日は好きの日だ。


好きなものがはっきりわかる日。自分の声がはっきり聞こえる日。


瞳になるには向かない日。


やってきた電車の中で、この文章を書いた。


ものすごく書きにくかった。やっぱり私は、暗い文章の方が書きやすい。明るい話には気の利いたオチもつけられない。まあそれはいつもなんだけどね。

もっと上手く書けるようになりたい。もっと表現したい。創り出したい。でも今日は、書くのはやめておこうと思うよ。せっかく周りが好きで溢れているんだし。


好きという気持ちは、私の文章にするには勿体ない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る