17話:女神に候ふ者

「あ、あのぉ~……はん魔王抵抗ていこう運動にご興味があるのでしょうかぁ~?」


 あ! 人間広告塔サンドウィッチマンことわすれてた。

 なんとなく罠臭わなくさい感じもするけど、風雅ふうがとあたしなら大丈夫。

 そりゃ、ま~た魔族ゴシックとかだったら面倒めんどうだけど、魔族がはっする特有とくゆうのヒリヒリ感がない。

 少なくとも、こいつは魔族ではない。


革命闘士かくめいとうしとやらに興味がある。魔王へ対抗たいこうできるだけの情報があるのであれば、それに参加しよう」

「お、おお~、そりゃ~良かった、よかった」


 えー!?

 名無ななしの魔族から逃げている最中さいちゅう偶々たまたま見付けた集落しゅうらくタララカン・カッツォーで、卒然いきなり氏素性うじすじょうも分からない、しかも広告ぶら下げた胡散臭うさんくさい募集内容に飛び付いちゃうのー?

 ちょっと、迂濶うっかり過ぎない?


「それでしたら、わたしにいて来てくださいな」

「――うむ」

「ちょっと歩きますけど大丈夫ですか?」

「大丈夫、だ。俺が歩みを止めた事など、一度もない」


 風雅の独断どくだんで決めた人間広告塔サンドウィッチマンの男に着いて行く事になる。

 本当ホント熟々つくづく自分勝手なおとこなんだから――




 ――どれくらい歩いたのだろうか?


 タララカン・カッツォーという街が、それなりに大きな集落である事は分かった。

 文明水準は中世から近世水準レべル。十分な人口と都市機能をゆうながら、広大な農耕地のうこうちや狩りとなる自然を内包ないほうしている。


 正確には、このタララカン・カッツォーという街は、あたし達の知っている“まち”とは抑々そもそも概念がいねんが違うようだ。

 地方、あるいは、地域、その縮小版しゅくしょうばんようは人々の居住区きょじゅうく、そう呼んだ方が余程よほど適格しっくりといく。

 幾重いくえにも分かれた小さな街道かいどうを中心に、数多あまた村落そんらくが集合している、そんな印象。そのため、建物が密集している中心地とまばらな人家の過疎地かそち交互こうご見掛みかける。

 最初にこの街に着いたその場所は、即ち、タララカン・カッツォーの中心地の一つだった、というわけだ。

 名無しの魔族から逃げている時、人家というものを全く目にしかった事実から、此処ここ荒野ワイルダネスとは明らかに違うと認識できる。牧歌的ぼっかてきだが住民達によって殺伐さつばつとしている、そういった雰囲気ふんいき

 つまり、人々が住まう土地イコール街、そういった感じなのかも知れない。勿論、推測すいそくに過ぎない。


 推測でしかない理由わけは、兎角とかくここ迄、住民達と話をして来なかったから。倫理観モラル欠落けつらくよう民度みんどの低い土地で、その住人との闇雲やみくもな接触は、揉め事トラブルの原因。

 正直しょうじき無闇矢鱈むやみやたら紛紜いざこざまれたくはない。

 広告看板の男は何かをさっしてなのか、或いは元々そういう気質きしつからなのか、一心不乱いっしんふらんに歩き続けるだけで話し掛けてこない。

 風雅もまた、無口なまま、その男に着いて行くだけ。時折ときおり、左手首にめた装身具アクセサリ時計とけい”とかいうその至宝しほうに視線を落とす。

 当初とうしょ、あたしは他愛たあいのないおしゃべりをし乍ら歩いてたんだけど、単調たんちょう田舎道いなかみちへのきとつかれから、段々だんだん口数くちかずが減り、唯々ただただ足を前にみ出すだけになっていた。


 日もかたむいてきた頃、何度目なんどめかの人口密集地みっしゅうち辿たどり着いていた。

 今迄いままで見てきた街並まちなみの中では一番、さかえている繁華街はんかがい一目ひとめ見て、そこが歓楽街かんらくがいであろう事が分かる。

 それだけに、あやしい感覚にさいなまれる。


「もうぐですよ」


 久しりに広告看板男の声を聞いた。

 あたしがその男性を信用していない所為せいか、何となくだけどふくみがあるように感じる。

 いち早く夜のとばりりた建物の影から路地ろじに入る。

 人々の往来おうらいが無いというてんにおいては全く同じものの、裏路地に続くその閉鎖的な小道こみちは、開けた田舎いなか小径こみちとは全く異質の、人工の無機質むきしつ殺風景さっぷうけい雰囲気ニュアンスつつまれている。

 人の手が加わった無人の道。しかし、そこに立ちる一歩手前迄てまえまで、多くの人々が行きっていたという事実が、両者の印象を大きくへだたせ、神秘的ミステリアスとも退廃的デカダンスともつきづらい一抹いちまつの不安をぎらせる。


 ――ジャリッ。

 路地裏の小道を十分に奥迄おくまで進んでから、不意ふいに立ち止まる看板の男。古びた石畳いしだたみ散乱さんらんした砂利じゃりめるかのように、力強く立ちくす。

 なにか、


流石さすが流浪人エトランゼ。見知らぬ土地を随分ずいぶんと歩いたでしょうに、息一つ切らさず落ち着いておられるとはおそった」


 看板の男こいつ……

 声色こわいろが違う! 中の人せいゆうが変わったのか、とうたがほど

 出会でくわした当初の、あの恟々おどおどしたはなくちではない。


「そうう君も大したものだ、疲れるだろうに。徐々そろそろその扮装ふんそういたらどうだ?」

「――ほぉ~う、……気付いていた、か」


 ――!?

 外套ローブを脱ぎてた侏儒族しゅじゅぞくを思わせる矮躯わいくであった看板の男は、今や6フィートインチある風雅より2インチ程、目線が高い。

 赤髪あかがみを短かめにり込んだその青年が小柄こがらけるとは、一体どんな仕掛からくりが?

 変装へんそう、と呼ぶにはあまりにもが過ぎる。


「俺は強襲忍者アサルト・アサシンのボワゾ=ハン・シノービィ。維新軍いしんぐん客家ハッカ・靈懺泊エインヘリアル”にぞくする革命闘士ドールの一人」

「――俺は、」

召喚勇者ブレイヴ、だろ? その中でも特異な事例レアケース女神に候ふ者プラウダ】に相違そういあるまい」

「……――その通りだ。名を桐生きりゅう風雅ふうが


 待って!

 え? なに? なんなの?

 女神のあたしが全然、話に着いて行けない。

 強襲忍者きょうしゅうにんじゃとかいう剣呑けんのんな名称は、恐らく職能クラスだと思う。

 維新軍ってのは、およそ反魔王勢力の事だとして、客家靈懺泊はっかりょうざんぱくってのが組織の名称かな?

 ただ此処迄ここまでだいい。この世界シャクンタラカーカ紐付ひもづいた固有こゆう名詞と考えれば知らなくて当然。

 むしろ引っ掛かるのは、“女神に候ふさもらう者”ってほう

 勇者をブレイヴと呼ぶのは分かる。傑度レベルワンの勇者を呼ぶから。風雅が100もの世界を救ってきたのが真実であれば、傑度レベルファイブの勇者<絶対者エターナル>。もっとも、この呼び方は神々が勇者を指して等級とうきゅうけしただけの事なので、この世界の住人が知らなくても問題ない。

 女神に候ふ者プラウダってのが初耳はつみみ


 ――そう云えば、

 風雅が身に付けている、あの装身具そうしんぐ――時計。

 風雅はを“至宝プラウド”と呼んでたっけ。

 どこぞの女神からもらった、って云ってたような?

 語感ごかんひびきがているだけに、なにかしら関係あるのかも?


「フーガ。あんたがプラウダというのであれば、伺候しこうする女神の御名みなを教えて貰おうか」

「女神の名が必要なのか? 俺本人が勇者であれば問題なかろう、女神が誰であれ」

「最近は物騒ぶっそうでね~……あんたがはべる女神が、俺達の敵とも限らんわけさ」

「――そうなのか?」

「そ~いうこと。んなわけでさ、あんたの女神の名は?」

「――ラヴクラフティ」

「!? ラヴクラフティ……だとぉ?」


 ――えっ? え!? えーッ?

 ちょ、ちょっと~!

 なんか、反応しちゃってんじゃん!

 だ、大丈夫なの、風雅!? アーンド、あたし!!!

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