15話:急がば迷わず全力転進!

貴様きさまの名など、覚えぬ、知らぬ、いらぬ。不要、興味がない。貴様はただ、名も魔族まぞくのオレに倒されるだけの凡俗モブに過ぎん」

「――なんときざむ?」

「ン? なに?」

「お前の墓標エピタフには、なんと刻めばいい?」

「フッ――好きにすればいい」

「そうか。なら、桐生きりゅう風雅ふうがたおされし魔族、此処ここに眠る、にしておくか。覚えておけ」

「ほう――凄い自信だ。見せてみろ、貴様の本気を! オレをたぎらせてみよ」


 風雅は大股おおまたを開いて腰を落として体勢たいせいを低くし、両腕を高々たかだかかかげ、前後左右に大きく揺々ゆらゆらと動かす。

 異様いよう――

 一種異様いっしゅいようかまえ。

 その真剣しんけん眼差まなざし、緊張感。見た事もない構えから感じ取れる緊迫感きんぱくかん

 にも関わらず、闘気オーラ微塵みじんも感じさせない。

 静かなる闘争心とうそうしんか? たおやかなほどに落ち着き、しかし、その張りめた空気感くうきかん。まるで嵐の前の静けさ。

 もしかして、これは――“必殺剣ひっさつけん”の予感!


「ラヴ!」


 !?――

 これは……『直通念話ライン』。

 権能けんのう種子眞言マントアルーン>を使ってまで、あたしに伝えなきゃいけない程、切迫せっぱくした状況なの?

 名も無き魔族ゴシックがきょろきょろとあたりを見回している。

 ――一体、なにを?


「ラヴ! 聞こえるか?」

「うん、聞こえてるよ」

「今、第貳だいに権能フィーバー淨玻璃鏡ミラーミラーゴーン>を使い、俺と君の姿をやつから見えなくしている」

「え? なんで??」

気取けどらせぬため

「あっ! そっか! あいつの死角から二人かりで連携攻撃するのね!」

「違う!」

「違うの?」


 あの魔族の使う権能は防御系ぼうぎょけいだと思う。

 あたし達の攻撃を寸分違すんぶんたがわず抑止よくしするくらいだから、かなりの集中力をともない、ピンポイントで押しとどめているはず

 だから、死角方向から同時攻撃を仕掛しかければ命中させるチャンスが生まれる。

 そういう作戦じゃないの?


「どうするの、風雅?」

「にげる!」

「えっ? なに??」

げる、全力で!」

「!? ええーーっ!!?」


 逃げるって!?

 あの“魔王”ドグラマグラさえ倒した勇者なのに、名前もついてない魔族から逃げるの?

 確かに、余所よその世界だったら、この魔族の強さって魔王クラスかも知れないけどさ?

 シャクンタラカーカに来て、初めて出会でくわした敵から早々そうそうに逃げるって、その選択肢、おかしくない!?

 勇者なんだから、ちょっとは誇りプライドを持ってよね!


「どーして逃げるのよ、風雅! 確かに雑喉ザコと呼ぶには、アイツ強過つよすぎる気もするけど、風雅なら倒せない相手ってわけじゃないでしょ!」

「奴は“重力じゅうりょく”をあやつる。相性あいしょうが悪い」

「相性って……」


 ――相性。

 確か、前にもそんな事、ってたような気がする。

 それにしたって、逃げ出すのはちょっと……


「苦戦する可能性がある、って事でしょ? それでも相手は魔族なんだから、倒しておいたほうがいいと思うんだけど」

「無論、たおせる。だが、少し時間がかかってしまうだろう。それに――」

「それに?」

「奴は特異点シンギュラリティを観測し、俺をその対象ターゲットだと云った」

「うん、確かにそう云ってたと思う」

「それはつまり、召喚しょうかんそのものを指している。勇者召喚の儀式を特異点とくいてんと見なしている公算こうさんが高く、召喚された者、すなわち、勇者を標的ターゲットにしているであろう事が予想つく」

「あー、……うん」


 風雅の推測すいそくは正しいと思う。

 女神のあたしではなく、風雅をねらっていたのは間違いない。

 でも、だからと云って、逃亡をはかる理由にはならないと思うんだけど……


「恐らく、奴以外の魔族も勇者を狙っている筈だ。しかも、召喚もない勇者に狙いをつけて」

「!? ああ、そっか! 召喚したばかりの勇者は、この世界の事を何も知らない。馴染なじんでないんだ!」

「そうだ。実際、俺もこの世界の事は何も知らん。この世界の事を何も分かっていない召喚間もない勇者であれば、仮に才能があったとしても勝ち残るのは難しい。して、複数の強力な魔族におそわれでもしたら、一溜ひとたまりもあるまい」

「云われてみれば……」

「一瞬でけりをつける事ができればいいが、奴とは相性が悪い。戦っている最中さいちゅう、他の魔族までやって来てしまえば、愈々いよいよ不利になる」


 そうか!

 合点がてんがいく。

 何故なぜ、イヲタ程の実力ある女神が苦戦を強いられ、ピンチにおちいったのか?

 勇者をんだ!


 イヲタがどれ程すぐれた女神であっても、協会の支援バックアップおよばない閉ざされた世界“蝕魔界ケイオスダムド”にあっては、しんの力を発揮はっきする事は出来ない。ようは、非想非非想天エンパイリア備蓄びちくしている奇蹟きせきの力を引き出せない。

 だからこそ、勇者の存在が必要不可欠ふかけつになる。でも、その勇者達がこの世界に馴染む前に次々と倒されたとしたら、手立てだてがなくなってしまう。攻略の糸口いとぐちそのものをふうじられてしまう。

 イヲタは、――

 ――イヲタは多分、勇者達を失ってしまったんだ!


 この世界シャクンタラカーカは、想像よりもおそろしい場所なのかも知れない。

 正確には、このシャクンタラカーカの魔王が、あたし達が考えている以上にり手なのかも。

 ナグルマンティと同じ感じで攻略しようなんて考えたら、そく終焉ゲームオーバーだ!

 でも、どーしよう?

 狂怖テラークラスの魔王を倒す為の準備はしてきたつもりだけど、ヤバめな蝕魔界しょくまかい対策なんてしてきてないよ!


「ど、どーしよー、風雅!」

「――なにが、だ?」

「これから、どーすればいいのか分かんないよ!」

「――大丈夫だ。考えがある」

「ほ、ほんと?」

「作戦名は――」

「作戦名は?」

「――<>だ」

「……あ~、――……はい」

「――だから、取りえず、全力で!」

「……――お、おう」

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