りそまお~理想の開拓スローライフは魔王城から~

絵羽おもち

第1章 まったり冒険な開拓準備

第1話 はじめまして、魔王さん

 書斎のように多数の書物が並び、雑多に物が散乱する部屋の中。


 そこにいたのは、禍々しい魔の気を放つ、人外の存在――。

 恐ろしくもどこか美しい、超越せしモノの姿――。


 ミッドナイトブルーを基調とし、金糸装飾や宝石が惜しげもなく用いられた豪華な衣装。

 黄金の糸で編まれ繊細な魔術文様が凝縮されたマント。


 黄金色の長い髪を垂らした高貴なる男がそこにたたずんでいた。


 その存在感に圧倒され、誰もが立ちつくしていた。


 ――何故、こんなことになってしまったのだろう。

 カデュウという、ただの平凡な新人冒険者に過ぎなかったはずだ。

 はじめての冒険でしかなかったはずだ。


 ――なのに、何故。


「余の前によくぞ現れた。――歓迎しよう。喝采しよう。余の前に立つ栄誉を誇るが良い」


 高貴なる存在がカデュウへと語りかける。

 ただ喋っただけだというのに、部屋に立ちこめる重圧が増していく。


「……どなたか存知ませんが、はじめまして。迷い込んでしまいまして申し訳ありません」


 おそるおそる、カデュウは口を開いた。

 あいさつして状況を伝え、他意はないのだと伝えるために。


 高貴なる存在が邪悪な笑みを浮かべ、手に持っていた書物を棚に投げ入れた。

 乱暴なようでいて、とてもスムーズに棚に収まる。


「ほう、つまり」


 その瞳が小さく光を灯した。

 恐怖の威厳を伴って。


「余が誰だかわからぬ、と」


 高貴なる存在は目をつむり、そして見開いた。


「――つまり。余に名乗れと申すか、ハーフエルフ」


 重い声だった。

 怒りともあざけりとも違う、どこか感慨がこもったもの。


「良い。知らぬであれば致し方あるまい」


 そして高貴なる存在が名乗りを上げた。


「余こそが、ア・ゲイン・エル・ユーザ。クラデルフィアの魔を統べし、デボスティア・アーゼ」


 大仰に両腕を開き、威厳ある動きを見せて。

 誰もが知る、その名を口に出した。


「――すなわち、魔王」


 ――ああ、本当に。

 何故、こんなことになってしまったのだろう。


 ――しかし、それでも。いかなる状況にあっても常に最善を考えなければならない。それが先生の教えだ。


「余を殺しに来たものであろうが、迷い込んだ無知なるものであろうが同じこと。1000年の悲願が果たされる時が来た」


 何もできない。何もしてはならない。今はその時ではない。

 できないことよりも、できることをすべきなのだ。

 人の命など簡単に潰せる者が、会話の前に人ふぜいを殺すことなど、ない。

 そう、信じる。


「――人よ。我が前に立つハーフエルフよ。その命が惜しいならば」


 魔王の言葉を待つ。

 ごくり、と喉が鳴ったことをカデュウが自覚する。

 そして放たれたその言葉は、想像もつかないものであった。


「街を作ってくれ、――暇だから」

「……まち?」


 書物やら何やらが散らばる部屋の中で、魔王がそう告げた。




 遥か昔に栄華を極めし古代ミルディアス帝国を滅ぼしたという、魔王。

 伝説の英雄たちによって倒されたとされる存在から、変なことを頼まれた。

 生きて目の前にいることが驚きなのだが、驚いている場合ではない。

 先生の教えに従い、常に状況を整理し、すぐに切り替える。


「……街、ですか。……わかりました、いいですよ」


 熟考した上で、カデュウは決断した。


 現状、食料も水もない。

 転移事故によって身一つで飛ばされたからだ。

 魔王がどうとか以前に飢え死にしてしまう状況であった。

 ならば状況が変わりそうな行動を起こすべき、と考える。


 その切り返しの速さに魔王も、驚きをみせた。


「貴様、やたら話が早いな……。ぐだぐだしないだけ結構なことだが」

「神の遺産とやらでここに強制転移させられて、食料がないんです」


「お腹空いたです」

「……はらへった」


 カデュウと共に魔王の前に立つ2名。

 奇妙な薄い布の服を着ている、長い黒髪の少女。

 白く煌びやかな意匠が施された服装の、小さな背丈で栗色の髪の女の子。


「ところで、魔王さん。この子たち、誰なんですか?」

「知らん。貴様と同じく神の遺産の転移に巻き込まれた者であろう。仲良くやれ」


 カデュウ自身も信じられないような状況なのだ。

 同じように信じられない現象によって、他の人が来ていてもおかしくはない。

 まずはあいさつをしようと、カデュウは名乗り出た。


「僕はカデュウ、君たちの名前は?」

「アイス・ジンコーです」


 黒髪の少女、アイスが元気良く答える。

 大き過ぎず小さ過ぎない、手頃な身体つきをしている。


「……イスマイリ・サファ・ユッディーン」


 栗色の髪の小さな子、イスマイリも無表情に呟いた。


「ところで、食べ物無いんですか、できればパスタが良いんですが」

「お腹空いたです」

「……はらぺこ」


 カデュウに合わせて、アイスとイスマイリも一緒になって、魔王にお願いする。

 人間、切羽詰まると怖がっている場合ではないのだろう。


「余、食事の要求されたのはじめて。まあ、飲み物ぐらいはくれてやろう」


 そりゃあ魔王に食事をたかる奴なんかいなかっただろう。

 ともあれ、奥の樽から赤色のワインのようなものをグラスにいれてくれた。

 酒類は飲んだことがないが、ブドウジュースだと思って栄養に変えることにする。


「この飲み物、味が薄いです……」

「……血を飲んでる感」


 他のふたりはワインらしき謎の液体に文句をつけていた。

 マイペースな子たちだ。

 確かに味が薄いし、ブドウ感がないのだが。


「余は封印されて以来、996年間、ここにいるだけであった。……暇だった」

「そんなに長くここにいたら暇でしょうね……」


「元々は余も人間であった。久方ぶりに民の営みを見守りたいのだよ。そこで街だ」


「人間だったんですか? まあ、世界征服とかでなければお手伝いしますよ」

「そういうのは、なんというかもう、飽きた。厄介な魔王の衝動は過ぎ去ったしな」


 飽きたのか。

 ともかく、封印もされて出れないのだろうし、街作りなら特に害はなさそうだ。

 面白そうだし。


「それで、予算や人員はどうすればいいのですか? パスタは?」

「良いようにせよ。当面の人手なら貴様ら三人がいるだろう。パスタは無い」


 要するに全て丸投げということらしい。

 さすが魔王、非道な命令であった。

 特にパスタが無いという、非人道的なことは許されない。


 予算0食料0で、はらぺこな子たち三人からはじめる街作り。

 開始直後に飢え死にである。


「何、心配するな。余も無茶だとはわかっている。これでも売って予算とするが良い」


 そう言うと、魔王は近くで本に埋もれていた剣を差し出した。

 派手ではないが、それなりの装飾が施された鞘に収まっている。

 実用重視のものなのだろう。


「以前、余の城を襲いに来た連中が落としていった代物だ」

「つまり冒険者の遺品ですね」

「早い話がそうなる」


 刀身を少し確認する。

 1000年近く経っているとは思えない良好な状態であった。

 おそらくは付与魔術が施された逸品。


「今の時代に何が価値があるかなど余にはわからんが、多少の金にはなろう」


 確かに武器の価値はそこまで大きな変化はないはずだ。

 骨董品ということで価値が上昇している場合も考えられる。

 特に古代帝国の著名付与魔術師の作ならば、凄い値段になるだろう。


「おお、そうだな。そういう物で良ければ褒美もやろう」


「さあ、これを着るが良い。古代ミルディアス帝国の付与魔術師ネグラールの傑作よ」

「伝説の防具職人じゃないですか! しかも軽装ですね、嬉しいなあ!」


 カデュウは嬉々としてその軽やかで着心地の良い服を装着した。

 ――してしまった。

 無料で手に入る、伝説の職人のマジックアイテム、という響きに釣られて。



「おおー、かわいいです!」


 とても元気良くアイスが喜んだ。


「……びゅーてぃふる」


 うむ、とイスマイリもうなずいている。


「良く似合っておるぞ」


 魔王からのお墨付きも出た。



「――これ、女物じゃないですかぁ!?」



 紫色の髪に映える、白を基調とした黒と金彩の服。

 艶のある光沢がその品質を物語る、紛れもない最高級品。

 両脚は妖精銀フェアリウムの糸で編まれており、チェインメイルなどというよりタイツと言うべき密度と薄さであった。


 ハーフエルフの少年で、ただでさえ女顔だと言われていたカデュウである。

 その女装は完璧で、どこから見ても麗しの美少女の姿なのだ。


「え? 女の子じゃなかったんです? またまたー」

「……おもちかえり」


 服を着る前から女の子と認識されてた感が、カデュウには物凄くショックであった。

 そして抱きついてきたイスマイリはどこに帰る気なんですか。


「性別などと細かいことは気にするな」

「ちっとも細かくないです!」


 その訴えもむなしく、魔王は『やれやれわがままだな』、みたいな仕草をする。


「僕は女の子じゃないです、男の子ですー。こんなの脱いで……あれ?」


 カデュウが服を脱ごうとするが……。


「ぬ、脱げない……? まさか呪われている!?」


「ふむ、996年前に死んだ奴の服だから、ありえる話だな」

「やっぱり遺品ですよねー!」


「元からそういう服だったのかもしれんぞ。だが、性能は物凄いのだぞ」


 確かに、かなり身体が軽やかになっている印象だ。

 様々な強化魔術が編み込まれているようで、凄く快適である。


「……恥ずかしいですけど。……脱げないのでは仕方ありません」


 ひとまず、あきらめるほかなかった。

 快適だし。


「他の者にもそのうち褒美を授けるぞ。その辺、漁って何か見つかったらな」


「ありがたみのない出所ですね……、しかも呪われてたりするんでしょ」


「はっはっは。細かいことは気にするな」


 カデュウに言われ、笑ってごまかす魔王。

 もっと細かいことに配慮して。特に性別とか。


「よし、それでは行ってまいれ。仔細は全て任す。無事に帰ってこい」

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