ドタバタの朝

 カーテンの隙間から太陽の光りが漏れ、未だまどろみでうとうとしている葵の意識を無理やり覚醒させようとしてくる。

 寝起きで働かない頭を無理やり働かせ、葵はぼーっとする体を起こそうとする。


 しかし、葵の体は生徒会の仕事による疲労感の為か、とても重かった。それこそ、不自然なくらいに。


 あまりにも重たいため、不思議になった葵は自身の体を見下ろす。

 すると、原因は思いのほかあっさりと見つかった。


 葵のお腹の上に、愛莉の顔が乗っかっていたのだ。すやすやと気持ちよさそうな顔で。

 次第と覚醒し始めた葵の脳は、昨日あった出来事を思い出してしまう。うとうととしていた愛莉をベッドまで運んだところまでは良かったのだが、葵まで一緒に寝てしまうのは完全にミスだった。


 本来ならばもう少し生徒会の仕事を進めておこうと思っていたのだが、寝てしまったことにより若干の遅れとなってしまう。とはいえ挽回できないほどというわけではないが、今日が昨日よりも忙しくなることは予想できた。


 昨日睡魔の誘惑に負け寝てしまったことを後悔しつつ、葵は無防備な寝顔を見せてくれている愛莉を見て、一緒に寝てよかったと思った。

 っといってもいつまでも寝ているわけにはいかないので、葵は愛莉の頬を優しくぺちぺちと叩く。すると、ゆっくりとではあるが愛莉は目を覚ました。流石の寝起きの良さだった。


 「ふぁぁぁ……あおいくん?おふぁよぉ~」


 あくびを噛み殺しつつ、愛莉はニコッと葵に笑顔を見せてくれた。


 「おはよ。で、起きたならさっさと俺の腹の上からどいてくれ。動けん」


 「朝からせっかっちだな~。えい!」


 葵は早く起きて、寝てしまったことによって遅れた仕事を出来る限り進めておきたいという気持ちで愛莉にお腹の上からどくように言ったのだが、どうやら愛莉には全く通じていなかったらしい。

 お腹の上から退くどころか、逆に体重をかけてきた。


 「愛莉さんや。朝起きたら俺のベッドで寝てて、俺の腹を枕にしていることに関しては何にも思わんのかい?」


 葵の言葉を聞いてようやく状況を理解したのか、愛莉は周りを見渡すと今自分がいるのが葵の部屋のベッドの上と気づいたのだろう。恥ずかしさからか、途端に起き上がり顔の半分を掛け布団で隠す。


 「葵くん…………まさか私の寝込みを襲うなんて。サイテーだよ」


 「そうだな~。悪かった。で、俺に言うことは?」


 「……ベッドに引きずり込んでしまって申し訳ありませんでした」


 「お、ちゃんと昨日のこと覚えてるんだ」


 「ばっちり覚えちゃってるよ……恥ずかしい」


 「抱っこ要求してきたり、凄い俺にあまえ――」


 「葵くん?」


 昨日の出来事は愛莉からしても恥ずかしいのか、少し怒気の混じった声で葵の言葉は打ち切られてしまう。

 こんなことで愛莉に機嫌を損ねられてもつまらないので、葵は昨日のことについて追及をするのはやめにした。


 「とりあえず起きるか?」


 「そうだね……なんか、朝から葵くんの家にいるって久しぶりな気がする」


 「最近はあんまなかったもんな。俺からしたら朝から愛莉がいてくれると、朝食がうまいから助かるんだけどな」


 「じゃあ今日は朝から頑張っちゃおっかな!」


 「お、期待してるわ…………じゃあ、まずは、起きるか」


 「……そうだね」


 冬の朝の布団の暖かさと言うものは、抗いがたい魔力を持っている気がする。生徒会の仕事で疲労感もたまっているため、その魔力はいつもより強く、葵はなかなか布団から出る気になれなかった。

 それは愛莉も同じようで、愛莉も出よう出よう言っているが、一向に布団から出る気配がない。

 このままだと二度寝してしまいそうな予感がした。


 「うし、葵。起きます」


 葵はそう言うとゆっくりと立ち上がる。


 「……私も起きますよぅ」


 立ち上がった葵を見て、愛莉も仕方ないと言った雰囲気で立ち上がる。


 「昨日生徒会の仕事中途半端なところで寝ちゃったから、キリのいいところまで進めとくわ」


 「分かった。じゃあ私は朝ご飯つくっちゃうね」


 昨日に引き続き、ふたりはしっかりと役割分担を決めてから動き出す。


 愛莉は料理を始める前に、洗面化粧台に向かっていった。ご飯をつくる前に顔を洗ったり、髪型を整えたりと学園に行ける準備を整えておくらしい。葵からしたら、寝起きで髪の毛がぼさっとしている愛莉も可愛らしいと思うのだが、そうはいかないらしい。


 葵も朝起きたら顔を洗うくらいはするが、その程度なので、可愛いを維持するのも大変なんだなと人ごとのようにしみじみと考える。


 あくびを噛み殺し、愛莉の作る朝食をひとまずの楽しみにして、葵は朝から生徒会の仕事に取り掛かる。

 パソコンを起動させると、スリープモードになっていただけのパソコンはすぐに生徒会の仕事ができる状態になる。


 すぐに仕事に取り掛かろうとするが、作業の途中で中断してしまったためどこまでやったか、どうやってやるのかを思い出すのに時間を食われる。


 本当にふとした動作だった。特に意識したわけでもない、習慣のように体に染みついている動作。

 何処まで仕事を進めたか思い出すために、意識をパソコンから自身の脳へと切り替える。その際に座っている椅子の背もたれに体重をかける。特にみるべき場所のなくなった瞳は所在なさげに家の一点を見つめていた。途中で思いついたかのように視線の先が壁から時計に移り、今の時刻が葵の瞳に映った。


 八時十三分だった。ちなみに学園の一限目が始まるのは八時半。家から学園までは歩いて二十分ほどかかる。それを踏まえたうえで、もう一度時計を見る。時刻はやはり八時十三分を指し示していた。


 葵は朝起きたタイミングで時計を確認すべきだったのだ。そうすれば、もう少し早くこの事実に気づくことが出来たかもしれない。


 葵は多少寝起きが悪いところがありはするものの、一人暮らしだ。毎朝自力で起きている。大抵同じ時間に。そのせいだろうか。今日もいつもと同じ時間だろうという謎の確信があった。

 どれだけ後悔したところで、後の祭りだ。過ぎた時間が戻ることは決してない。


 それどころか、葵が今自分の置かれている状況に呆然としている間に、時計の針は僅かに動き、時刻は八時十四分になってしまった。


 「あ、あ、あ、あ、愛莉!」


 慌てた葵は震える声で、洗面化粧台にいる愛莉に声をかける。

 これが自分一人なら遅刻も仕方ないかと割り切るのだが、愛莉が一緒のため葵は大変焦っていた。葵のせいで愛莉まで遅刻させるわけにはいかなかった。


 「ど、どうしたの?そんなに慌てて⁉」


 突然、慌てた様子で現れた葵に、愛莉は驚いているようだ。時間がないため、葵は大事なことを真っ先に口にする。


 「大変だ!今、八時十四分!」


 「え?ほんとに?」


 それが本当ならば、遅刻しかねないと愛莉は気付いたのだろう。


 「Hey!今何時」


 「八時十四分です」


 葵は咄嗟にスマホの人工知能に問いかける。すると賢いスマホの人工知能は、葵の呼びかけに反応し今の時刻を教えてくれる。

 そこで愛莉も葵が慌てている理由を理解したのだろう。途端に焦りだす。


 「わ、わ、わ!ど、どうしよう葵くん⁉」


 「どうしようって……走るしかないだろ?」


 愛莉が慌てだしたことにより、途端に葵の心は冷静さを取り戻していく。人間、慌てているときに自分よりも慌てている人を見たら冷静になるものだ。今の葵がまさにそれだった。


 「愛莉、着替えて走るぞ」


 「うん、わかった!」


 葵の言葉を受けて、愛莉は急ぎ制服を部屋まで取りに行くと着替え始めた。葵はリビングにかけてあった制服を手に取ると、着替える。愛莉が着替え終え出てきたころには葵の準備は整っており、準備万端だった。


 「よし!行くぞ」


 そういうと葵と愛莉はドアを開け、走り始める。こういう時に鍵を閉める必要のないオートロックは便利だ。


 着替えなどの準備に時間を割いてしまったため、時間はかなり厳しい。

 葵は運動してはいないものの、身体能力は悪くない。体力はあまりないものの、十分くらいなら身体能力にものを言わせて走ることは出来る。


 愛莉は体型を維持するために多少の運動はしているようだが、身体能力はそこまで高い方ではない。そのため、最初のうちは大丈夫だったものの、次第に遅れだす。

 葵は咄嗟に愛莉の手を取ると、ペースを少し緩める。そうすることで無理やりではあるものの、愛莉を引っ張る。


 家から学園までの通学路を走り抜け、学園についたころには葵も愛莉も息が絶え絶えで、肩で息をしていたがどうやら間に合いはしたようだ。

 息を整えつつ、ふたりは教室に入る。時間ギリギリになってしまったため、教室にはクラスメイトの全員がそろっており、全員の視線が教室に入る葵と愛莉に向けられる。


 葵と愛莉が一緒に入ってきたことに、教室内はざわつきだす。ふたりとも息が切れていることから一緒に登校してきたことは簡単に予想できる。そしてうかつにも、手をつないだままだった。そのことが、クラスメイトの邪推を生む。

 しかし、疲労感からそんなことにも気づかなかった葵と愛莉は自席につくと、大きく息を吐く。


 「……何とか間に合ったな」


 走ったことでギリギリ間に合ったことに安心しつつ、葵は授業の準備をするためにカバンの中を漁る。

 寝坊してしまったため仕方ないのだが、朝食を食べそこね、葵のお腹は空腹を訴える。

 そんなときに、カバンの中に入れた心当たりがないものが入っていることを発見する。


 それは、十数秒でエネルギーチャージが出来るゼリー飲料だった。お腹が空き、喉も乾いていたため、まさにそれは天からの恵みだった。

 葵はそれを隣の席に座っている愛莉に渡す。


 「これ飲んでエネルギーだけでもチャージしとけ」


 「え?あ、うん」


 一瞬不思議そうな顔をした愛莉だったが、葵の手に握られているゼリー飲料を見て葵の言いたいことが分かったのか、ゼリー飲料を受け取り、手早くエネルギーチャージを始めた。

 数秒ほどエネルギーチャージして満足したのか、ゼリー飲料を葵に返してくる。


 「はい、ありがと」


 「もういいのか?」


 「もう大丈夫かな」


 「おっけ。じゃあ、残りは貰っちゃうわ」


 葵はそう言うと、ゼリー飲料を吸い上げる。僅か十秒ほどでエネルギーチャージした葵は、疲労感を感じている自身の体に鞭を打つ。

 今日はまだ水曜日。そして生徒会の仕事はまだまだ残っているのだと。


 程なくして授業が始まったが、葵の頭は生徒会の仕事について考えてばっかりだった。今の葵の脳は生徒会の仕事のことでいっぱいだった。


 そのため、葵は簡単なことにも気づけなかった。

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