第05話 姫の帰還

 城へ戻り、カリアは真っ先に両親の元へと向かった。

 カリアが扉を開けた先には、玉座に座った両親が、やってきた貴族たちと何やら話し合っている姿があった。



「カリア、なぜここに?」


「何かあったのですか?」


「……お父様っ、お母様っ!」


「「――っ!」」



 カリアの父親であり、ライアス王国の現国王であるブライ・ライアスと、カリアの母親であり、王妃であるハリア・ライアスは数年ぶりの娘の言葉に、言葉を取り戻した娘とは反対に言葉を失っていた。



「カリア、やっと……」



 母親のハリアはやっと言葉を発せたが、そこから先は言葉が出なかった。胸の奥から込み上げてくる熱い何かに遮られて声を出せなかったのだ。

 父親のブライは、涙を零してこそいないものの、その目は涙で潤っていた。

 カリアの足は両親の元へ向かって走り出し、ブライとハリアそれを優しく受け止め、抱きしめた。


「「カリアっ!」」

「お父様っ! お母様っ!」


 今までその場では別の話をしていたのだが、そんな家族の感動の一幕に自然に拍手が巻き起こる。娘が声を失ってどれだけ陛下と王妃が苦しんでいたかをその場にいたものは知っていたから。

 そんな雰囲気が落ち着いてきた頃、王であるブライはカリアをここまで連れて来て、扉の前でその様子を見つめていたルバルドに声を掛ける。



「ルバルドよ、本当にありがとう。何か望みはあるか? 儂に出来ることなら――」


「お気持ちは嬉しいのですが、陛下、カリア姫の呪いを解いたのは私の手柄ではありません」



 その言葉に、その場にいた全員の視線がルバルドに集まる。



「では、カリアの呪いを誰が……」



 そのぽつりとした問いかけには、カリア本人が答えた。



「私と同じぐらいの歳の男の方です。私もその方も名乗っていなくて、名前も分からないのですが……」


「そうか。それでは探しようが――」


「いえ、あなた。それでも、カリアの呪いを解いてくれたのです。お礼の一つもしなければ、私たち王家の名前に傷が付きますわ」


「それもそうだな。ルバルド、悪いが人探しを頼めるか」



 ルバルドはその言葉に、歯切り悪く答える。



「陛下、そのことなのですが、私に心当たりが……」



 そう、ルバルドには心当たりがあった。王都に戻ってきたときに門番に話を聞いていたのだ。ソラは見つからないと思っていたが、頬に殴られたような傷があった少年を、門番はよく覚えていた。その後、ルバルド兵士長の補佐であるスフレアに連れられて王都へ入っていったというだけで十分目立っていた。さらに、門番からルバルド名義の書簡を持っていたという話まで聞いていた。兵士長にはそれ専用の書簡があるため、見る者が見ればすぐに分かる。それに加えて、ルバルドが書簡を使うタイミングはかなり限定されていた。これらのことから、ルバルドはカリアの呪いを解いた相手を半ば確信していた。




「それはまことか、ルバルド! それで、その者は今どこに⁉」


「私の予想が正しければ――」



 ルバルドはそこで一呼吸置く。その間に、辺りからごくりと生唾を飲み込む音が聞こえる。国の最高級クラスの実力を持つ魔導士や呪術師ですら匙を投げたというカリアの呪いを解いてしまった人間。それも、カリア姫と同じぐらいの歳だ。明らかに未知の力、もしくは圧倒的な才能の持ち主。国の上層部に身を置く、その場にいる者からすれば生唾を呑まずにはいられなかったのだ。そして、ルバルドは続きの言葉を紡ぐべく、口を開く。



「城内にいると思われます」



 ルバルドの口から紡がれた予想外のその言葉に、その場にいたもの全員が驚きのあまり言葉を失った。





 ソラはその頃、スフレアと共に兵舎の食堂で食事をとっていた。



「あまり美味しくないでしょう?」


「いえ、村での食事に比べればずっと美味しいです」



 いくら一介の兵士の食事と言えど、守るのは王都だ。その食事は当然のごとく、田舎の小さな村の物とはレベルが違う。



「そういえば、ソラの出身を聞いていませんでしたね。何という村なのですか?」


「魔女の村と言う場所です」


「あぁ、その名前なら私も聞いたことがあります」



 魔女の村。別に魔法が得意な者がいる訳でもないのに、ソラのいた村は不思議と昔からそう呼ばれていた。その特異な名前故に有名ではあるが、その名前の由来は、今となっては知る者はほとんどいない。なにせ、魔女の村がある辺りは本当に何もないのだ。そんな場所を名前だけに興味を惹かれて調べようとするものなど、村の中にすらいなかった。



「何か名前だけは有名みたいですね。たまに来る商人の方からそんな話を聞いたことがあります」


「そうですね。私も名前は聞いたことがあるとは言いましたが、あの辺には行ったことが無いです」


「何もない村ですからね」


「そんな村を守るために、ソラは兵士を志願したのでしたね」



 そんな会話をしていると、少しずつ城の喧騒が兵舎まで響くようになってきた。



「今日はやけに賑やかですね。特に催しのようなものはなかったはずですが……」



 そう言いながら、スフレアはソラの皿が空になっていることを確認する。



「今日はもう疲れたでしょう? 先ほど案内した部屋で休んでください。明日の朝、迎えに行きます。兵士の訓練は朝早くからあるのであまり夜更かしはしないで下さいね」


「分かりました。スフレアさんはまだ休まないんですか?」


「私は城の様子を少し見て来ようと思います。何かあったらいけませんし」


「それなら僕も――」


「流石に剣も握ったことのないソラが来ても出来る事は無いと思いますよ」



 その言葉に何か言い返したかったソラだったが、今の自分では何も言い返せないことが分かって余計に悲しくなっていた。



「じゃあ、食器は僕が片付けておきますよ」


「そいうことならお願いしますね。ではお休みなさい」


「はい。今日一日ありがとうございました」



 そんなソラのお礼にスフレアは笑顔で返し、城の方へ向かって行った。

 ソラは自分の分とスフレアの分の食器を所定の位置に持って行き、食堂へ来る前に案内してもらった兵舎の部屋に入り、スフレアに言われた通りすぐに横になった。いつもと違う寝床に少し戸惑ったが、スフレアの言われたように疲れていたのか、ソラはすぐに意識を手放した。

 だが、ソラが深い眠りへと落ちる前に複数のこちらへと近づく足音が聞こえてきた。それから少しして、ソラのいる部屋の扉が叩かれる。



「ソラ君、いるか? 俺だ、ルバルドだ」


(こんな時間になんだろう……。というか、ルバルドさんって確かカリア姫の護衛でどこかに行ったんじゃなかったっけ?)


「います! すぐ行きます!」



 ソラが扉を開けると同時に、ルバルドは口を開いた。



「ソラ君、こんな唐突なことを聞いて申し訳ないんだが、王都の門でカリア姫と会わなかったか」


「会って……ない……で……す……」



 ソラの目線は、まるで悪いことをした子供が親に嘘を吐く時のように徐々に、しかし、確実に斜め下へと移動していった。そんなソラを見て、ルバルドと話を聞いて付いてきたスフレアはそれが嘘だと見抜きながら、なぜ嘘を吐くんだろうと首を傾げていた。

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