第57話 勝利と無力さ

登場人物

―ジョージ・ウェイド・ランキン…息子を失った退役軍人、『ワンダフル・ピープル』紙の記者。



一九七五年、九月下旬:ニューヨーク州、マンハッタン、ミッドタウン、ジョージの自宅


 それから少し経った頃であった。日々が流れ、全てが終わったようにも思えたが、しかしまだやるべき事は多かった。しかしジョージにできる事には限界もあった。

 殺された犠牲者達の遺族について考えた。結局のところ、どうすべきなのかは今も答えが出ていなかった。確かに、これ以上はもうあの腐った怨霊が誰かに危害を加える事は不可能のはずだ。

 だがそれを遺族に証明する事はできない。自分が殺したとでも告げるのか? ジョージは匿名性の面、つまりそうやって明かし続ける事でいずれどこかから己の行為にいらぬ疑いが及ぶ事を恐れた。

 匿名の手紙を犠牲者遺族に忍ばせるやり方にも、いい加減限界を感じていた。それはただの嫌がらせなのではないか。

 しかし例えばどこかから政府機関が嗅ぎ付けたりして、下らない質問攻めや理不尽な裁判になったりすれば、その間に殺せるはずの怪異どもを逃してしまう可能性があった。

 そうだ、己は殺しているのだ。法律上、怪異を殺す事に罰則は無いはずだが、しかし新たな解釈や法案という事にでもなったらどうするのか。

 少なくともマット・フォーダーはそれを誰かに報告したりはしないと思っているが、その他の人々についてはリスクが考えられた。

 そのような賭けは危険であり、善意の噂だとしても実害が及ぶかも知れなかった。ジョージはあくまで、己にとってこの超自然的な実体との闘争とその殺害が使命だと思っていた。

 何もしないのであれば結構、だが誰かを傷付けるような類いであれば殺す。そうし続けなければならないと考えていた。魔王から得た力を、それの由来がどうであれ役立てたかった。

 そして息子との数少ない思い出が残っている自室で死闘を演じた事で改めてこの事を意識したらしかった――全ては救えないとしても、可能な限り他の誰かに己のような理不尽な死別を味わって欲しくなかった。

 ジョージの場合は交通事故による息子の死であり、犠牲者遺族はあくまで悪意ある何かによって大切な誰かを殺される形であるが、それはどうでもよかった。

 少なくとも誰かにとっての『あり得る理不尽な死別』の候補を一つでも消せるなら、邪悪な亡霊や怪物に殺されるという候補を消せるなら、そうしたかった。

 故に彼は、どうしても匿名性を守らざるを得なかった。しかしそれで遺族は救われるのであろうか。

 せめてもの慰めとして、悍しい殺戮者が死んだという事実を伝える事ができれば、ほとんど何も変わらないとしても少しは気持ちが楽になるかも知れない。

 正義が果たされ、報復が成立したと知れば、ほんの少しは…。

 だがもし匿名性を無視して、誠意と共に伝えたところで、そのような話が通じるのであろうか。

 あなたの大切な人を奪ったのはホラー映画に出てくるような怨霊や怪物で、それを私が仕留めました、と伝えて通じるのか?

 なるほど、異星人が実在し、更にはあの肉塊じみた何かしらの神格を人類は目にした。

 だが、世間一般で存在が確定されているわけではない超自然的な邪悪、フィクションに出てくるような恐怖の実体の話は信じてもらえるだろうか?

 信じてもらえるかも知れない。信じてもらえないかも知れない。それはわからなかった。だが嫌なシナリオとしては、からかっていると誤解されて遺族が激昂するなり更に悲しむなりするかも知れない。

 そのようなリスクもまた、犯す事はできなかった。

 付け加えるなら、超自然的な亡霊や怪物は、スーパーヴィランや異星人や『神』程には、一般人や世間との接点が存在しなかった。

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