第3話 ガラスの平和

 ――それから、1年の月日が流れた頃。とある辺境の小さな惑星で、穏やかに暮らす少年少女達がいた。

 薄緑色の空の下、鬱蒼と生い茂る奇怪な森。その只中に造られた、質素な木造家屋。彼らはその「秘密基地」で、平和な日々を過ごしている。


「タロウ、ホラ見て! これ、食べられる木の実!」

「これも、これも!」

「お、ホントだ。コロルもケイも、よく見つけたなぁ」


 太い木の枝に登り、夕食の木の実を探す黒髪の青年。そんな彼を見上げる2人の幼い子供が、籠に集めた木の実を嬉々として見せつけている。

 ――その子供達はどちらも、異様な容姿であった。眼は二つではないし、肌の色は違うし、翼や尾まで生えている。


 紅いレザースーツに袖を通した青年は、そんな彼らに微笑を送りながら、その籠に新しく見つけた木の実を投げ入れた。次々と増える収穫に、子供達はキャッキャとはしゃいでいる。


「やったぁ! 今日ご馳走じゃん!」

「だーめ、コロル昨日もたくさん食べてたじゃん! 半分は蓄えに残すの!」

「んだよー! ケイのケチー!」


 やがて、取り分を巡って彼らは喧嘩を始めてしまう。そんな幼子達の日常に苦笑いを浮かべつつ、タロウと呼ばれた青年はボロ布のマントを翻し、枝から颯爽と飛び降りた。


「コラコラ、喧嘩しないの。……ケイ、籠を家に置いたら今日はもう遊んでていいよ。夕飯になったら呼ぶから、あんまり遠くまで行かないようにね」

「え、いいの! やったー!」

「えー! おれはー!?」

「コロルはオレと一緒に、今日の『ご馳走』探しだ。……たくさん食べたいんだろ?」

「よっしゃー! 燃えてきたー!」


 タロウに促されるまま、ケイと呼ばれた少女は籠を抱えて走り去っていく。そんな彼女を見送った後、タロウはコロルという少年の手を引き、森の奥へと歩み出した。


 ――それから、約20分ほど進んだ先で。コロルは長い耳をそばだてて、声を上げる。


「あれ……? この音、シンシア?」

「え……?」


 その言葉に反応して足を止めたタロウは、耳を澄まして音を辿る。……鋭い刃で、枝を切る音。それを耳にしたタロウは、早足でその場所を目指した。


「……あっちだな。行こう、コロル」

「うん!」


 コロルの手を引き、巨大な木の幹の上を滑りながら、タロウは森のさらに奥深くへと突き進む。

 ――陽の光を浴びて煌めく、森の中の泉に辿り着いたのは、それから間も無くのことだった。


 泉に到着したタロウ達の視界には、黒い爪を振るい枝葉を切る美少女の姿が窺える。コロルは彼女の音を聞き取り、この場所を探り当てていたのだ。

 少女はタロウ達には気づかないまま、枝を切り地面に落としている。その枝には、タロウ達が探していた木の実が無数に繋がっていた。


「シンシア!」

「ひゃあ!」


 だが、背後から自分の名前を呼ばれた途端。少女は素っ頓狂な声を上げてひっくり返ってしまう。ショートボブに切り揃えた、黒く艶やかな髪が――ふわりと靡いた。ハスに似た淡い桃色の花飾りが、それに呼応するように揺らめく。

 紫紺の肌を保つ異形の少女は、恐る恐る振り返り――眉を顰めたタロウと目が合う瞬間、肩を竦ませた。


「タ、タロウ……」

「シンシア、いつも言ってるだろう。君は、あんまり家から離れちゃいけないんだ。食事ならオレが探してくるし……」

「で、でも……いつもタロウに任せてばかりだし、私も何かしなきゃって……」

「何もやってない、ってことはない。いつもコロルやケイと遊んでくれてるだろう」

「……うん……」


 刀剣のような鋭い爪を持ちながら、まるで覇気のないシルディアス星人の少女。そんな彼女に苦笑を浮かべながら、タロウは手を差し伸べる。

 爪を全く恐れない、その掌に頬を染めて――シンシアは彼を傷つけないようにゆっくりと、温かい人間の手を握る。

 やがてタロウの手を借りて立ち上がった彼女は、コロルに柔らかな微笑を送った。


「……今日は、コロルも一緒に来てくれたんだね。ありがとう」

「へへっ! なにせ今日はご馳走だからな!」

「シンシア。先に帰って、ケイと遊んでてくれ。……2人して、遠くまで行かないようにな」

「あ、あはは……」


 苦笑交じりにクギを刺すタロウの言葉に、シンシアは乾いた笑いを浮かべる。

 ――その時だった。


「……!?」

「あれ……タロウ、この音、なに?」


 タロウは咄嗟に顔を上げ、一瞬にして剣呑な面持ちに変わる。その原因である「音」を耳にしたコロルは、聞いたことのない波長に首を傾げていた。

 一方、タロウの様子からただならぬものを感じたシンシアは、不安げな表情を浮かべている。


(この音はシュテルオンの……まさかッ――!?)


 やがて、その「音」の実態を知るタロウは眼を見張る瞬間。茂みの向こうから、眩い閃光が飛び出して来た。


「危ないッ!」

「きゃあ!」

「わぁあ!?」


 タロウは咄嗟にシンシアとコロルを抱き寄せ、地面に伏せる。彼らの頭上を閃光が通り過ぎた瞬間、着弾した先の木に風穴が空いてしまった。


「光線銃……やはり!」


 その光景を目の当たりにしたタロウは、身を起こすや否や腰のホルスターに手を伸ばし光線銃を構える。

 そして――シンシアを・・・・狙って飛んで来た閃光を、こちらからの銃撃で弾いた。


「コロル! シンシアを連れて家に帰るんだ!」

「タロウ! なんだよあれ、どうなってんの!?」

「いいから早く! シンシア、走れるか!?」

「あ、ぅう……!」


 銃撃が止んでいる間に、タロウは2人を助け起こそうとする。が、コロルは謎の現象に眼を剥くばかりであり、シンシアは過去の恐怖・・・・・を想起させる事態に、腰を抜かしていた。


「――ようやく見つけたぞ、タロウ。いや、星雲特警ヘイデリオン」

「……!」


 そして。茂みの奥から――黒いマントを靡かせる、金髪の美男子が現れる。その碧眼でタロウ達を射抜く彼の手には、光線銃が握られていた。

 艶やかなブロンドの髪を短く切り揃えた、蒼いレザースーツの男は、黒髪の青年をじっと見据えている。タロウもまた、そんな彼を剣呑な眼差しで見つめていた。


「さぁ、シルディアス星人をこちらに渡して貰おう。今度こそ、邪悪な侵略者の血統を絶つ」

「……ユアルク教官!」


 ――蒼海将軍の、容赦なき眼を。

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