8章 ブリズベンの夜明け

『ルーク、あんたは人に親切にしすぎるね』

 ばあちゃんの家に住み始めてしばらく経ったある日、やや顔をしかめた彼女がそんなことを言った。

『いけないこと?』

『順番が逆なのさ。人に親切にする前に、まずは自分に優しくしなきゃいけない。

『でも、みんなほめてくれるよ。先生も』

『自分自身を大切にする方法すら知らない子供から、親切を受け取ってほめてくる連中の言葉なんぞ、聞く必要はない』

 ぴしゃりとそう決めつけ、ばあちゃんが続ける。

『あんたのことを本当に大切に思っている人間は、あんたにまずは自分を大切にしてほしいと願うだろうさ』

 ぼくの脳裏に、いつもはらはらとした様子でぼくのことを見守ってくる、一人の少年の姿が浮かんだ。自分の性的指向に気づいてからの三年間、彼とはなんとなく疎遠になっていた。この家で暮らし始めてからは、帰り道が一緒になることもなくなった幼なじみ。

『ブライアンが、いつもそう言って、ぼくのことを怒ってた』

『じゃあ、その子のことは大切にするといい』

『どうやって? あいつはなんでも持ってるやつなんだ。ぼくがあいつにできることなんてないと思うけど』

『関心を持って相手をよく見て、その言葉に耳を傾けるのさ。愛の基本だ』

 愛という言葉に少し居心地の悪さを感じつつも、彼女の言葉にぼくはなんとなく、再びブライアンとつるむようになったのだった。

『いいかい、ルーク。人への親切を、焦らなくていい。そのうち、お前は人に本当の親切を与えられるような愛情にあふれた人間に、きっとなれる。その時には、今度は手を差し出すことをためらっちゃいけない。世界が硬直して、生きる意味を見失ってしまうからね』

『……難しい』

『人は、自分を大切にしなくても人を大切にしなくても、死ぬ時に後悔するようにできているのさ。……大丈夫。お前にも、きっとそのうちわかる』

 


 エレベーターの中で、ぼくはブライアンの手を握りしめていた。

 我ながらまるで、彼がどこかに行ってしまうことを恐れているかのようだった。もちろんそんなことを今この瞬間、本気で心配していたわけじゃない。そもそもエントランスからぼくの事務所まで、エレベーターの待ち時間を合わせてもせいぜい二分程度だ。

 けれど、それでもぼくはこの暖かくて大きな手を放すことができなかった。そしてブライアンもまた何も言わずにぼくの手を受け入れて、じっと変わりゆく階数を見つめていた。

 高い電子音とともに、エレベーターが十五階に到着した。ぼくはブライアンの手を引いて、高ルーメンの照明でも完全には照らしきれない夜の廊下を歩く。遠くでサッカーかラグビーの中継をするテレビの音が漏れていた。こんなにも心臓は鳴り響いているのに、冴えた聴覚は少しも鈍ることなくぼくを乱している。

 事務所のドアにたどり着き、ぼくはポケットの鍵を取り出――そうとして、思い直してそのままドアノブに手をかけた。思った通りノブは鍵を必要とすることなく動いて、やすやすとぼく達を招き入れる。

「……お前な」

 男の咎めるような低い囁きにぼくは押し黙った。じわりじわりと体の内側から背中、二の腕、そして頬に向かって熱が広がり、首筋をぞくりと、官能としか呼びようのない何かが走る。自分の手が微かに震えていた。頬の水分が蒸発してそのまま火を吹きそうだった。顔色には出ていないはずだ。けれどぼくの態度から何かを察したのか、ブライアンもそのまま口を閉ざしてしまう。ブライアンとの距離が近すぎる。そしてあまりに遠い。

 二人揃って家に足を踏み入れ、ぼくはブライアン越しにドアを閉めて鍵をかけた。その瞬間に訪れた薄闇の中で、ぼく達は向かい合う。リビングから漏れる灯りだけでは心もとなかったけれど、今は玄関の電気をつける時間すら惜しい。ぼく達の間にはまだ、ぼくの上腕ひとつ分の距離があった。

 この距離をゼロにするために、けれどもまずは言わなければならない言葉がある。

「ごめん」

 まるで図ったかのように二人の言葉が重なり、ぼく達はお互いの言葉に被せるように慌てて続ける。

「いや、ぼくがお前の気持ちを考えずに逃げてばっかりで」

「おれだ、おれが自分のエゴで嘘を重ねたせいでお前に負担をかけて」

 口々に言い募り、またしても揃って押し黙る。もどかしさに気が狂いそうになりながら無言で譲り合い、結局ブルーグレーの有無を言わせない優しい視線に促されて、ぼくは口を開いた。

「その、自分から言い出したくせに、さっきお前をレキサンドラの店に置いてきて……」

 必死でお詫びの言葉を口にしていたぼくの胸に、ふと、ぼくをイーサンから救い出してくれときの幼なじみの顔がよぎった。

 思わず、ぼくは口にしかけた疑問を上書きする。

「あのさ、お前ホントにぼくに興味があるのか」

「……まさか、本当にそこから説明が必要なのか?」

「だって分からないんだ」

 お世辞にも、ぼくはブライアンの良き幼なじみでもミステリアスな近所の少年でもなかった。本当にどこにでもいるクソガキだったし、その幼さでひどい喧嘩だってたくさん重ねてきた。それに――。

「ぼくは何度も、お前に向き合わずにひどい逃げ方をしてお前を傷つけてきただろ。それなのになんでお前は、ぼくのことでそんなに必死になれるんだ」

 少しの間途方に暮れたようにぼくを見下ろしていた男が、やがてため息をついてドアにその広い背中をもたせかけた。腕を組み、自分の中の思い出を取り出そうと虚空を見つめる。

「……まあ初めは、お前だけがおれを仲間に入れてくれたことがきっかけだったな」

 そんなに遡るのかよ、と呆れながらぼくはおとなしく男の言葉を待った。頭のいい奴の考えというのは時々、ぼくの理解を斜め上から超えてくる。

 幼なじみが続ける。

「お前は、どんな時でもおれを対等に扱ってくれただろう。力が弱いとか、ゲームが下手だとか、足が速いとか、成績が良いとか、狭い人間関係の中で勝手に辺境に置かれたり中心に置かれたりし続けたおれにとっては、お前のそばはいつでも、死ぬほど居心地が良かったんだよ」

 ブライアンがそんなことを考えていたなんて今まで知らなかったけれど、こいつの成長をそばで見守ってきたぼくには彼の言っていることがどういうことかはよく理解できた。でも、ぼく達は学生じゃない。もう辺境からも中心からも自由になれる歳だ。

 ぼくの心を読んだかのように、ブライアンが続ける。

「まあ、もちろんそれは、ただお前を意識するようになったきっかけだな。お前は、おれが一番辛い時にどこからともなく現れて、何も言わずにそばにいてくれた。本当に話を聞いて欲しい時には最後までおれの話に耳を傾けてくれた。お前だけが、いつでもありのままのおれでいさせてくれた。でも、そんなお前が時々、おれを遠巻きにすることがあるだろう」

「それは、本当にごめん。中学の時とか、お前がリハビリを終えた時とか、さっきもだ。ぼくは自分に余裕がなくなるとお前から逃げてきたね。これからはもう——」

 慌ててお詫びの言葉を再開するぼくに、ブライアンが首を横に振った。

「いや……。お前が本当の意味でおれをお前から締め出したのは、お前の大事にしていたほうきが捨てられた時、鳥の下絵を理由にお前がミリアムから殴られた時、そして先日、おれがその時のことを覚えていると知った時だ。違うか?」

 目を見開いて、ぼくは男を凝視した。呆然と見上げるぼくの頬を、ブライアンの温かい指先がそっと撫でる。

「その時のお前はいつもとは別人のようだったよ。全てを諦めたような目をしているくせに、何かを必死で考え続けているようにも見えた。おれはそれが何よりも気に入らなくてな。ずっとお前の内側に入れてほしかった。その想いに取り憑かれた時、おれはお前に落ちたんだと思う」

 そう言って笑い、ブライアンが目を細めてぼくを見た。

「おれと付き合うと言ったのも本当は、おれをあれ以上お前に近づけないようにするためだろう」

「そこまで分かっていて」乾いた声を、ぼくはなんとか絞り出した。「そこまで分かっていて、それでもぼくの内側に入りたいって言うのかよ……」

「そうだ」

 淡々とした男に相槌に、ぼくの頭がかっと燃えた。

「お前はぼくのことを何もわかっていない。ぼくは飢えてるんだ。自分でもどうしようもないんだよ。ぼくは母さんより欲深くて、父さんよりずっと身勝手だ。世界で一番欲しくてたまらないものを手に入れてしまったら、それを失ってもぼくはきっと母さんのようにガラクタで自分を満足させることなんてできないんだよ!」

「それはおれのことか?」

「はあ⁈」

 声を跳ね上げたぼくの両二の腕を男の大きな手が掴み、そして息を呑むぼくの目を一対の青灰色が深く覗き込んだ。

「世界で一番欲しくてたまらないものとは、おれのことなんだな?」

「そうだけど、今そんな話をしてるんじゃ……」

「お前にやる、全部。お前の好きにしたらいい。だから、お前の全てもおれにくれ」

 ぼく達はしばらくの間見つめ合った。こんな病的なお願いがあるだろうか。こんな重い言葉——なんてぼく達には似つかわしいんだ。

「わかった。ぼくをお前にやるよ。お前のことは、ぼくが一生大切にする。——だから、ぼくから離れたくなった時には、ぼくを殺す覚悟で逃げろ。ぼくは、お前のことを、もう絶対に手放してやれないからな」

 ぼくの言葉に男が笑った。そしてその次の瞬間に、その笑顔が大きく歪む。長い腕がぼくに伸びて、荒々しく抱きしめた。

「やっと捕まえたぞ、この野郎」震える声が、熱い息と共に吐き出される。「着信拒否なんてしやがって。なんて酷いことを……!」

 そのあまりの悲痛な響きに、ぼくの胸がきりきりと痛んだ。これが、もし逆の立場だったとしたら。ぼくはそれでも、この幼なじみのことを追いかけることができただろうか。

 ぼくを追いかけるために、こいつはきっと、ありったけの勇気をかき集めてくれたのだ。

「――うん、そうだな。あれは、ぼく達の間ではやっちゃいけないことだったよな」

 ぼくの言葉に、ブライアンの口から、嗚咽とも歯軋りともつかないような声が漏れる。

「二度としない。約束する」

 ぼくを抱きしめるブライアンの指先に、力がこもった。なだめるように男の広い背中を撫でながら、ぼくは続ける。

「……聞いてくれ、ブライアン。お前をぼくの寝室に入れるよ」

 ブライアンが勢いよくぼくから体を起こした。

「ルーク」

 男がぼくの名前を言い終わらないうちに男から離れ、ぼくは彼の右手を掴んで廊下を右へと進んだ。途中で靴を脱ぐように促し、押し込めるように彼を寝室へと招き入れる。

 何かいいたげな様子で部屋に足を踏み入れたブライアンは、ぼくが部屋に灯りを灯した瞬間その言葉を飲み込んだようだった。ただ静かに、ぼくの聖域を鑑賞する。

「ここがぼくの寝室だ。お前以外の誰も足を踏み入れたことはない。誰かが来るときは必ず、鍵をかけていたからね」

 ぼくの言葉に答えないまま、ブライアンはただ静かに部屋を眺めていた。

 ドア枠に体をもたれさせたまましばらく彼の様子を窺っていたけれど、ついに沈黙に耐えかねて口を開く。

「お前はこの部屋を、どう思う?」

「おれは、こう言ったことには不慣れなんだが——美しいな。洗練されていて、知的だ」

 おおよそぼく自身が受ける評価とは真逆の感想を口にして、男が続けた。

「表の事務所よりおれの中のお前のイメージに近くて、安心するよ」

 ブライアンの言葉に、ぼくは無言のままドア枠から体を起こした。男の分厚い肩に手をかけ、そのまま伸び上がってキスをする。はっとしたようにぼくの体へ手を伸ばすブライアンから身を引いて、ぼくはそのグレイッシュアイズを覗き込んだ。

「今日は泊まっていくだろ、ブライアン?」

「あ、ああ——待て、ルーク。お前はさっきキッチンで言っただろう。今はまだ、おれのそばにいるだけで満足だと」

 そんなことを、口走ったことは覚えている。ブライアンに手紙が見つかる直前のことだっけ。——なんだかもう、ずっと遠い昔の出来事のように思える。

「あの時おれはお前が欲しいと言ったが、お前がまだ今の関係で満足しているのならおれに合わせる必要はない。お前がそばにいてくれるだけで、おれだって満足だ」

 男の言葉を聞き終えた後、ぼくはしばらく口を閉ざしたままでいた。ぼくの手を握る男の手を見つめる。ぼくを満たす優しい体温。

「……そうだね。こうしてお前と本音で話をして、こうしてただ触れ合っているだけで幸せだ。ブライアン」

 そう言ってぼくは少し身を引いて、ブライアンに視線を合わせた。

 今、伝えなければいけない気がした。

「ぼくも好きだ」

 口にした瞬間、長いこと胸に突き刺さった棘が疼いた。

 夕暮れの教室、教科書を手に取ってカバンに詰め込む少年の横顔、逆光に浮かび上がる涼やかな輪郭。その光景にうっとりと見惚れたのはほんの一瞬のことで、十一歳のぼくはすぐに激しい胸の痛みに襲われた。それまで少しも気にしたこともなかった自分の貧相な体や、散らかり放題の不衛生な自分の家や、ぼくを構成する全てのものがひどくみじめに思えて、今すぐその場から存在ごと消え失せてしまいたい衝動に駆られた。——そういえば、ぼくが本格的に片付け魔になったのはあの頃からだ。そしてあの頃から、ぼくはブライアンを自分の家に呼ぶのをやめた。

 胸に刺さった棘を抜き取りながら、ぼくは続ける。

「本当は会いたかった。……十二歳のころからずっと、お前のことが好きだったよ」

 ずっと——いつだって苦しくて張り裂けそうだった。ブライアンがぼくを好きになる可能性なんて、やつがゲイだと知った時ですら、万に一つもあるはずがないと毎秒諦め続けてきた。

「そばにいるだけで満たされているなんて嘘なんだ、ブライアン——お前を、ぼくにくれよ」

 ブライアンがぼくの手を繊細な動きで握り直した。思わず身を震わせたぼくの頬をその大きな手の平で包み、深く口付ける。乱暴さのかけらもないはずなのに、それは確かに激しいキスだった。濁流のような、ブライアンの想いが流れ込んでくる気がした。

 そして、ぼくはその時ようやく気がついたのだった。ブライアンはずっと、ぼくに何かを与えたくて仕方がなかったんだ。たぶん、ぼくが考えるよりも昔から。

 彼の首に両腕を巻きつけて、ぼくは自らキスを深めた。ぼくの意図を察したブライアンが、ぐっと喉の奥でうめいてぼくの両手首を掴む。熱に浮かされた険しい一対のブルーグレー。

「——シャワーを」

 男の言葉を無視して、ぼくはキスを再開する。慌てるブライアンの口の中に笑いを落とし、低く囁いた。

「……よく気づいたな。まあ確かにぼくは普段、シャワーを浴びるまでベッドには上がらないようにしてるけどさ。……こういう場合はちょっと事情が別というか」

 そしてわざとらしく男の首筋を指先で辿りながら、目を細めた。

「今日はいつもの香水なんだね、ブライアン。お前の香水、好きなんだ。ぼくのお気に入りのベッドで、この匂いを思い切り吸い込めたなら、それはそれは素敵だろうなあ」

 言葉を詰まらせたブライアンが、やがてあきらめたように深々とため息をついた。いつもの降参の合図にぼくは自分の勝利を確信する。男の長い腕がぼくの背中に周り、そのままぼくの体をやすやすと抱き上げた。

「……お前には一生、敵う気がしない」

 ぶつぶつと言う男の言葉に、彼の肩に両腕を乗せたぼくはにやにやと笑う。

 ぼくをベッドに下ろした男が、自分の白いシャツに手をかけた。いつもは丁寧にも全てのボタンを全て外し終えてから布を腕から取り去る男が、三つのボタンで限界を迎えて、そのまま首からシャツを脱ぎ捨てている。こいつもまたぼくに触りたくてたまらないのだと思うと愉快だった。

「ずいぶんと楽しそうだな」

「はは、まあね。お前と遊ぶのもずいぶん久しぶりだから」

 ご機嫌で答えるぼくに、シャツをフローリングに散らかした男がふと懐かしそうに笑う。

「……お前とは色々なことをやらかしたな。おれの家の庭に秘密基地を作ったり」

「ハンナに見つかって、一日で解体されたやつな。街の外れのジャングルに新種の生き物を探しに行ったこともあったな」

「ああ、あれは大冒険だった。お前とは、いつでも町の隅々まで走り回っていた」

「今のぼく達なら、きっともっと広い世界を走り回れるさ」

「そうだな」

 そう頷いて、男がついに全てを脱ぎ捨てた。見るからに弾力のある筋肉とハリのある肌が浮かび上がる。均整のとれたいかにも強靭そうな体に、ぼくはほうっと息を吐いた。

 最後にブライアンの裸を目にしたのはずいぶんと昔のことだ。もちろんぼくは今まで、頭の中で何度も彼を裸にしようと試みていた。けれどその想像はどれもたいして実を結ばなくて、もしこの先彼の体を目にする機会があったなら、やつのことを別人のように感じるかもしれない、なんてことを考えていた。初対面の男と向き合うように、緊張してしまうかもしれないと。

 そんなぼくの予想に反して、ぼくの目の前にはありのままのブライアンがいた。学生の頃からずいぶんと筋肉は大きくなって、しなやかさよりも頑健さが目を惹き、肌はみずみずしいと言うよりも滑らかで、そして、まあブライアンの『ブライアン』もまたよく育ってはいるけれど、それでも目の前の男はぼくのよく知る幼なじみでしかなかった。

 そのことが嬉しくて、そしてぼくは心から安堵する。

 自分の体をまじまじと眺めているぼくに気がついた男が、目を細めて眉を上げ、そのまま音もなくベッドに乗り上げてきた。つい体を後ろに引いたぼくの太ももを撫で上げ、そのまま伸び上がってぼくの首筋にキスをする。

 ぼくの喉から低い呻めきが漏れる。直前までのんきにも「安心する」だなんて喜んでいたのに、そんな余裕は瞬きする間に奪われてしまった。

 ぼくの体に快楽の刺激が走り、部屋の空気が一瞬で濃密なものとなる。

 ブライアンが掠れた声でぼくに囁いた。

「……まあ今は、鍵のかかる部屋とベッドがあればできる遊びをしようか」

「……わかってるって。来いよ」

 ぼくの言葉に、ブライアンがぼくにキスをした。そのまま押し倒すように、覆い被さるようにぼくをシーツに沈めて抱きしめる。

 暖かくて触り心地のいい体を抱きしめ返して、ぼくはブライアンの匂いを身体中で味わった。荒い呼吸のたびに男の分厚い体とぼくの体がお互いを押し合い、四本の足は持ち主のもどかしい思いを体現するかのように、もぞもぞと落ち着きなく絡み合っている。誰にも邪魔されない、ぼくとブライアン二人だけの世界に、ぼくは深い満足を覚えて腕に力を込める。

「もうぼくのものだ」

「神よ、ありがとう」

 お互いの耳にそう吹き込み、ぼく達は秘密のお遊びに興じるべく、すぐに動き出したのだった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る