第30話 ガーディアン(四)~Sense ~

 三日後の日曜日、私達は植物園に出掛ける事にした

 折よくディートリヒが帰還していたので、ギィとロディを連れて、ピクニックがてら『偵察』に行くことにした。


―たまには家庭サービスもしないとね―


と嘯く私にイーサンはかなり渋い顔をしていたが、イーサンは別行動でルーナを連れて、現地でさりげなくコンタクトを取ることにした。


 もちろん、ギィもロディも大はしゃぎで、急患があったため、土曜日の夕方に帰ると、既に子ども達はディートリヒと一緒に、夕飯の支度と明日のランチの下拵えまで始めていた。


「お帰り、アーシー。今日はミートパイにしたよ。ハッシュドポテトとザワークラフトのサラダもある」


 ディートリヒとキスを交わし、シャツを粉だらけにして得意気に胸を張る子ども達に、―ただいま―のキスをする。


「コンソメスープ作ってあるよ~。パンは僕達が焼いたんだ」


「すごいわね。......ダディみたいだわ」


と褒めると、照れ臭そうに、にかっ......と笑う。


「ダディが言ったんだもん。料理上手になると、マムみたいに素敵な奥さんと出逢えるよ、って」


「ディー......」


 思わず顔を赤らめる私に、ディートリヒはウィンクして食器を並べ始めた。


 賑やかな夕食が終わり、私は後片付けを始めた。ディートリヒは手際も段取りも良いので、片付けも楽だ。大柄な厳つい見た目によらず、丁寧な仕事をする人で、本人いわく―仕事の緊張を解すのに、いい気分転換になる―のだそうだ。


 星間輸送船の運航は常に緊張の連続だ。ステーションのある星に着く度に泥のように眠る、という。


―君の側が一番良く眠れる―


と言ってくれるのは、出航時間や荷駄の積み込みのことを考えなくて済むからだろう。


「あぁ、そうだ。......」


 食事の片付けを終え、コーヒーを淹れていると、子ども達を浴室に追いやったディートリヒが、キッチンに戻ってきた。


「君に預かり物だ」


 それは、綺麗に畳まれたハンカチと一枚のメモだった。走り書きで―フロレンス博士―とだけ書かれていた。


「君の娘に似た子が置いていった。髪が短くて肌が褐色だったから、他所の子らしいが、君によろしくって言ってた」 


―ミーナだ―


 メモから伝わるエネルギーは、荒くはあったが強く、元気を取り戻したことを示していた。彼女は無事に生き延びている......。まずはホッとした。


「ちょうど、パンケーキを焼いていたんでね。子ども達と一緒にどうか......と言ったんだが、先を急ぐと言うのでね。2、3枚焼いたのと、リンゴのジャムを少し持たせた。あとレモネードを瓶に詰めて持たせたが、良かったかな?」


 ディートリヒは、メモを抱きしめる私に遠慮がちに付け加えた。


「あなたってば、最高だわ!」


 私はディートリヒに抱きつき、感謝のキスの雨を降らせた。



 日曜日は、最高のピクニック日和だった。バスケットにいっぱいのランチを詰めて、.....もしもの場合に備えて、他にも中くらいのバスケットと小さいバスケットを用意した。


 中くらいのものは、ルーナ達のもの。イーサンはキッチンには立たないだろうし、ルーナには、あまり料理を教えていない。

 もうひとつは....私のささやかな希望だった。




 植物園には、ラウディスの植生が再現されていた。大きな温室のような広大なドームが幾つかあり、寒冷地から熱帯まで、それぞれの地域の様々な植物を見ることができる。


 だが、そのいずれもが、今は殆ど原産地には存在しない。都市は『衛生上』の理由から非人工的なものをことごとく排除している。


 植物園の入り口に『昆虫が生息しているので、触れないよう注意してください』といった注意喚起まで掲示されているくらいだ。


 サマナは本来は乾いた土地で、それに適した針葉樹の森や広葉樹の畑があり、果実酒や調味料、香辛料、植物油などを生産していたという。


 星の文明化が進み、ビルとアスファルトの都市が崩壊し、新たに開発された素材と金属で要塞都市が構築されたが星間戦争で廃墟となった。


 人々は新たに全て人工的に『再設計』された理想の都市を長い月日をかけて作り上げた。反面、都市からは生命体としての植物は全て排除され、人工素材の紛いフェイクの緑が計画的に配置されている。


「まったく、これほど豊かだった土地を不毛な作り物の街にしちまうなんて、気が知れない」


 自然の豊かなケンタウリΘ《シータ》星で生まれ育ったディートリヒにとっても私にとっても『正気の沙汰』とは思えない。それでも、私には母星はもう無いし、ディートリヒは仕事上、ラウディスを拠点にせざるを得ない。ディートリヒは引退したらケンタウリに帰りたいと言う。


―付いてきてくれるだろ?―


と言う言葉に異存はない。子ども達はあと数年すれば、一人立ちする。

 その適性によって専門エリアに別れるが、危険予知能力が高く、センターがしっかりしているので、判断の難しい宇宙空間の航行にも耐えうる資質があるという。父親に似たのだ。


「マム、ルー姉さんがいる。あそこ....」


シートを敷いてランチにしようとした時、ギィが一本の太い木を指さした。わずかに影が覗いている。


「違う。あれは.....」


言いかけて、ディートリヒが私の顔を見た。私は、ロディに小声で耳打ちした。直ぐに駆け出して、ロディが手を繋いで引っ張ってきたのは、ミーナだった。


先生ドクター.....」


「元気だった?一緒にランチしない?」


 何事も無いように声を掛けた。が、やはり辺りが気になるのだろう。黙って首を振った。想定の範囲内の反応だ。私は、彼女の手に小さいバスケットを押し付けた。


「元気な姿を見て安心したわ。ちゃんと食べてね。無理はダメよ」


 ミーナの瞳が、少し笑った。が、遠くから歩いてくる人影に気づくと、―ありがとう―と小声で言って、足早に走り去った。

 そして、ルーナとイーサンの姿が近づいてきた。


「マム、ダディったら、何も食べないのよ。私、お腹空いたわ」


 膨れっ面をして、駆け寄ってくるルーナに半ば苦笑しながら、もうひとつのバスケットを手渡した。


「ちゃんとあるわよ。イーサンと食べてね。食べ終わったら、ディートリヒ達とここで待ってて。イーサンと仕事をしてくるから」


「ここでも仕事をするのかい?」


 ルーナの背中を見送る私に、ディートリヒが半ば呆れたように言った。が、ミーナのメモの人物、フロレンス博士に逢わねばいけない。




 互いに食事を終えた私とイーサンは、植物園の職員にフロレンス博士の居場所を尋ねた。


「フロレンス博士?......あぁ、園長なら果樹園にいます。剪定しています」


 案内された果樹園に向かうと、長い髪を無造作に束ねて、やや小柄な身体を、緑色の実をたわわに実らせている木にもたせかけるようにして、その人はいた。


「フロレンス博士....ですか?」


「はい、どなた様?」


 応える頬には柔和な笑みが浮かび、私はDr .バルケスを思い出した。彼女よりはやや若いが、一日中、人工太陽の下にいるせいか褐色の肌がもっと色が濃くなり、頬がラインを引いたような金粉の痣がより鮮やかだ。


「私はDr.クレイン、こちらはDr.シノン......。少しお話を伺いたくて.....」


 イーサンが遠慮がちに切り出すと、フロレンス博士は、にっこり笑った。


「あぁ......、ガーディアンを探している方ね」


「えっ......」


 言葉に詰まる私達に、フロレンス博士は、事も無げに言った。


「大地が教えてくれたよ。それに、とても少ないけど、ここには鳥達もいて、時々、街の様子も教えてくれる」


 バサバサッと羽をそよがせる音がして、一羽の白い翼の小さな鳥がその肩に止まった。


「博士は、鳥の言葉がわかるんですか?」


と問うと、肩の上の鳥に何やら耳打ちするようにして微笑み、白い鳥はまた、翼を拡げて飛び去った。


「わかるよ。鳥の言葉も、虫の呟きも、獣の話も、木々の囁きも......ね」


 フロレンス博士が、傍らの木に手を添えると、深い緑色の葉がさわさわと揺れた。


「端的に言わせてもらうと、この星の生態系は、深刻な危機に瀕してる。理由は......分かるよね。私の見解からすれば、あと五百年の後には、多くの種が絶滅して、人間も絶滅する」


「人間が、絶滅......?」


 イーサンが信じられない......というような顔をした。


「生態系は、本来、皆、深い関わりを持って存在している。その全てに支えられて人間はあるんだよ。いくら加工された食品がある、と言っても原料は自然のものだからね。人間は自然を作り出した神には到底及ばない」


「あの......」


私は勇気を振り絞って聞いた。


「私達は、マスターΩ《オメガ》を目覚めさせたいんです。お力を貸していただけませんか?」


 フロレンス博士は、しばらく首をかしげていたが、重い口調で言った。


「私に出来ることは、無い。......世界ザ-ワールドのガーディアンを目覚めさせないと、マスターΩ《オメガ》は目覚めない。彼らは連動しているからね。......私はこの星を護る存在ではあるが、私が護るのは自然界の秩序であって、『人間社会』の秩序じゃない」


「そんな......」


 言葉を失う私達に、フロレンス博士は小さく笑った。


「大丈夫だよ。自然界さえ正常であれば、人間―Human ― は何度でもやり直せる。 だから、私は自然界を護るんだよ」


 再び舞い戻ってきた鳥の囀ずりに耳を傾けながら、フロレンス博士は言った。


「風のガーディアンは、近くにいますよ。彼なら深く物事を知っている。火のガーディアンに会うのは一番大変かもしれない」


 フロレンス博士は、道具を手にくるりと背中を向けた。


「私は、しばらく『辺境』に出掛けます。『秩序』を取り戻すために、ね。七人の末裔に会えるかもしれません」


「七人の?」


「七人の魂が解放されなければ、世界ザ-ワールドのガーディアンは目覚めない。全ては繋がっているんです」


 博士は、それだけ言って、すたすたと歩き出した。そして、思い出したように言った。


「お子さん達が待ってますよ。......Dr. シノン、あなたの育て方は理想的だ。流石はフェリーナのマスターの子孫だけありますね」


「え?......」


 フロレンス博士との会話は、それだけだった。私達は子ども達のもとに戻り、私とディートリヒ、イーサンは子ども達と共に植物園を後にした。


 後日、イーサンは植物の名前やら、あれこれルーナに質問攻めにされて参った......と溢していた。

 

 




 

 


 

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