第20話 ミーナの失踪(三)

 私は、数日の間、熱を出した。


―過労ですよ。無理はダメです―


 アンドロイドのカイは、私の身体の様々な状態をサーチして、数値化した結果、そのような診断を下し、栄養と休養に関するプログラムを弾き出した。同時に、私の勤務する病院にデータを送信し、返ってきた処方箋を元に薬剤を精製し、決また時刻になると私の枕元に蒸留水と共に運んできた。


 だが、発熱の原因は、身体の疲労より目の当たりにしたあの光景があまりにもショッキングで、私の心身が受け止めかねていたせいだ。


 この星の指導者が、なぜあんな気違いじみた逸脱をし出したのか、まずもってその理由が分からなかった。


―ねぇ、なぜだと思う?―


 私はベッドの傍らに寄り添うライアンに訊いた。


―僕にはよくわからないけど......―


 ライアンは躊躇いがちに口ごもりながら言った。


―誰よりも高い場所にいたいと思うのであれば、周囲を蹴落として、よじ登らなきゃならないのかもしれない......。でも、そこから見る景色がどんなに美しくても、分かち合う相手がいなければ、何も見えていないのと同じだけどね―


 マスターΩ《オメガ》の『後悔』は、その孤独に気づいたから......かもしれない。だが、そのようにマスターを追い詰めたサマナの指導者やジェネラルΣ《シグマ》は後悔するどころか、正気に返ったマスターを殺してマザーコンピュータに封じ込め、その後継者達はますます狂気を加速させている。


―欲望に捕らわれた人間に、理性など存在しないんだよ。先生ドクター


 ライアンは眼を伏せて私の髪を撫でた。


―欲望は人のエネルギーの源ではあるけど、方向性を間違えれば、全てを破滅させる。......僕やマティアを作った人達がそうであるように、求めすぎて、もっと大きなものを失ってしまうんだ......―


 私は哀しそうに微笑む彼を抱きしめたかった。エネルギーでハグすることはできても、かつてのように、私の体温を伝えることも、その背中をそっと包むことも出来ない。そのことが無性に寂しかった。




 ベッドから起きられるようになっても、しばらくの間は、意識を上昇させることが出来なかった。次元上昇には膨大なエネルギーを必要とする。ショックと疲労から枯渇してしまったエネルギーを取り戻すには、それなりの時間が必要なのだ。


―そう言えば......―


 私はリハビリがてら、料理を作りながら頭を巡らせた。


―あの場所に、ミーナの言っていた『名も無き七人』の姿は無かったわ......―


最下層の金属製のコクーンは七つ。その下にはケーブルと細かい機械の部品だけだった。


―だとすれば、彼らはいったいどこに?―


 私は茹で上がったマッシュポテトを潰しながら頭を巡らせた。傍らで庭の菜園で取れた野菜達のミネストローネ-スープが程よく出来上がってきた時、背後から切れ切れの声が飛び込んできた。

 


「この星には、幾つ都市があると思う?先生ドクター.....」


「七ヶ所だわ。.....えっ?」


 私は問いかけに答えると同時に、思わず振り向いた。ひどく疲れて汚れていたが、間違いなく、私の記憶にある彼女だった。


「美味しそうね、先生ドクター


「ミーナ!」


 私は半ば叫びながら彼女に手を差し伸べた。

 頭や肩や、身体の至るところに傷を負い、血を流して彼女は立っていた。


「どうしたの、あなた。心配したのよ。......こんな酷い怪我をして.....!」


「話は後で......少し休ませて......」


 彼女は呟くように言うと、私の腕の中に崩れ落ちるように倒れ込んだ。

 私はすぐに彼女をゲストルームに運び、ベッドに横たえた。

 キッチンをカイに任せ、暖かいタオルでミーナの全身の汚れを拭い、応急処置を施した。傷口を消毒し、止血剤と抗生剤、鎮痛剤を塗布する。幸いにも骨に到るような深い傷は無かったが、かなりの失血状態であることは見て取れた。


 さすがに輸血設備は無い。私は可能な限りエネルギーを彼女に移し、彼女の自己回復力を高めるしか無かった。

 額を冷し、汗を拭い、二度ほどパジャマを取り替える間に呼吸も落ち着いてきて、痛みもかなり和らいできたように思えた。

 私は、ミーナの容態が落ち着くのを待って、カイに食事の用意を頼んだ。

 スープとマッシュポテトは既に完成しており、ライ麦のパンと共に手早く口に運んで、再び彼女の看病に戻った。


 それから三日間、ミーナはこんこんと眠り続けた。時折、何かにうなされて呻くこともあったが、手を握って擦ると、多少なりとも楽になるようだった。


 眠っている姿は、本当にあどけなかった。誰がどう言おうとも、彼女は子どもなのだ。十四才という年頃より大人びているようではあっても......。無心に眠っている姿はむしろもっと幼いようにすら見える。


 カイにセキュリティを強化させた甲斐もあり、危険な事態は起こらなかった。

 四日目の朝、私はカイに彼女の世話を頼み、キッチンにいた。

 ミルク粥と温野菜のスープ、それとプディングを作った。


「ミーナ、目を覚ました」


 待っていたカイのシグナルとともに、ワゴンに乗せて、ゲストルームのミーナの元に運んだ。


「おはよう、ミーナ。気分はどう?」


 笑いかけると、ミーナはまだ若干痛みに顔を歪めながらも、微笑み返してきた。


「だいぶいいわ......。ごめんなさい、先生ドクター。切羽詰まってて......つい思い出してしまったものだから......」


「思い出してもらえて良かったわ、私は。......少しくらいなら食べられるかしら?」


そう言って、食事のトレイをサイドテーブルに置くと彼女は少し驚いた顔をした。


「これは?」


「ミルク粥と野菜スープよ。良かったらプディングもどうぞ」


 ミーナはスプーンを取ると、まず一口ずつ、そして夢中になって口に運んだ。


「暖かくて美味しい。......初めて食べたわ。まさか先生ドクターが作ってくれたの?」


「その、まさかよ」 


 私は苦笑いしながら、彼女が全部平らげるのをほっとした気持ちで見ていた。

 カイが空いた食器を片付けた後、彼女の傷の状態を診察した。幾分良くはなっていたが、完治にはまだ少々時間がかかりそうだ。


「こんなに酷い怪我をして......いったい何があったの?」


 傷口を消毒しながら尋ねると、彼女は途端に顔を強張らせ口をつぐんだ。


「言えないわ......」


 彼女のエネルギーが一気にバリアを張ったのがわかった。が、この反応は予想していたことだ。


「仕方ないわね......。じゃあ訊かない。でも、まだ傷は塞がっていないから、無理は駄目よ。体力もかなり落ちてる。......しばらくは療養が必要ね」


 私はにっこりと笑って、言った。


「傷が塞がるまで、ここにいなさい。サマナよりは安全よ」


「でも......」


 言いかけて彼女は口をつぐみ、しぶしぶ頷いた。何か、が見えたのだろう。

 

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