第13話 ミーナ(二)

 手術が終了したあと、眠ったままのミーナは、ストレッチャーで病室に運ばれた。N病棟......現在は殆ど使われることの無い婦人科の病棟だ。



 カプセルでの胎児の生育がまだ一般的で無かった時代、人工受精後の多くの『女性』がここで出産の時を待った。


 人工受精と胎内に卵を戻す処置自体は管理局内の処置室、若しくは管理局の出先機関の処置室で行われ、着床と三ヶ月間の無事な発育が確認されると、居住=勤務エリアに近い病院に管理が移される。


 私とDr. クレインの子、ルーナは、管理局での受精の後、開発されたばかりの生育カプセルに移された。実際には人間の胎児らしい胚の発生を見るまでは研究室内の小さなカプセルで育成され、その後、保育室内のカプセルに移される。


 その時点で、両親=精子と卵子の提供者から希望があれば、能力促進用の薬剤が培養液に加えられる。私もDr.クレインも敢えて薬剤の投与は希望しなかった。医療従事者として、臨床データを信用しないわけではなかったが、無理に能力開発を勧めて、地位や名誉を得たいわけでも無かったからだ。


 私とディートリヒの子ども達は、この病院の、このN棟で産んだ。ディートリヒも私もラウディアンでは無かったし、結婚していたから、管理局の手続きは極めて簡略だった。


 その前段として、女性体として単体化するために、陰茎と睾丸の切除を行い、前立腺の除去を行ったのもこの病棟だった。

 切除はエネルギー-メスによって行われたため、苦痛はさほど無かったが、尿道の位置を変えたことに慣れるまでしばらくかかった。


 子ども達の胎内での発育も順調だったし、出産は身体の負担を考えて、エネルギー-メスによる帝王切開で、傷口もDr. バルケスとDr. タレスのヒーリング縫合により、その日のうちにふさがり、二日後から勤務に復帰した。


 現在では、性別を固定する単体化手術は殆ど行われていない。カプセルでの子どもの生育が一般化したため、子宮にかかる負荷を取り除く必要も、どちらかの性ホルモンの分泌を促す必要も無いのだ。



 現在、ここN病棟に運ばれてくるのは、カプセルでの子どもの生育の出来ない母親達。異常妊娠や奇胎、母親の生命に関わる異常事態の場合だ。 

 実際には、違法薬剤やγf2などの過剰服用によって胎児や母胎に異常を起こして運ばれてくるケースが殆どで、胎児が助かるケースは、極めて少ない。母体自体が生命を落としたり、妊娠が不可能になることも少なくなかった。


 また、無事に臨月を迎えることが出来た出産準備の患者でも、薬剤を服用し続けていた結果として身体に障害を持って産まれてくる子どもを出産することも少なくなかった。


 が、ここラウディスでは生後半年で行われる生育検査によって能力の萌芽が認められれば、政府から育成の補助が与えられた。身体に重度の障害があっても、三才になれば、スタディ-エリアのケアフォロー-エリアで養育がなされた。


 もっとも...そういった子ども達は大半が半年を待たずに世を去り、ケアフォロー-エリアに入れても、十五年を生き延びられる子どもはごく僅かだった。身体に深刻な機能障害を抱えていることも原因としてはあるが、それ以上に、過度に開発された能力によってエネルギー-コントロールが出来ずに、暴走-暴発して生命を失ってしまうのだ。


 その意味では、ある種、ミーナが健康で―虐待による内臓損傷や外傷はあるが―先天的な疾患もなく、異常なまでの能力を抱えながら、十四才まで無事に成長を遂げているのは、殆ど奇跡に近い。


 あるいは......


「エネルギー制御システムの厳重なところで育成されていたのよ」


 Dr. バルケスが看護師に指示を出しながら言った。彼女もさりげなく、実にさりげなく人の思考を読む。.....と言うより、『思考』に入り込む。

 人柄が極めて善良な方だから良いものの、迂闊なことを思えば、即座に叱り飛ばされる怖い先輩でもある。


「腕や足、首にもエネルギー-コントロール装置を着けてた。まぁ、『暴発』によって使い物にならなくなってるけど、コントロール装置がある程度、エネルギーを吸収してたから、命拾いしたのよ。『暴発』しても......」


 Dr. バルケスは、ミーナの青ざめた顔を見下ろしながら言った。


「この子は年齢的には子どもだけど、経験してきた事は、なまじの大人でも耐えられないような事よ」


 私は、Dr.バルケスの言葉に頷き、そして訊いた。


「政府は......、能力の高い人材を優遇するって聞いています。だから、みんな能力の高い子どもを産みたがる......なのに何故、こんな.....酷い虐待行為を? 本来ならば、S S クラスの幹部候補生なのでは?」


 私の問いに、Dr.バルケスは、哀しそうに首を振って呟くように言った。


「Dr.シノン、それが、この星の実態なの。歴史と言ってもいいかもしれない......。貴女の産まれたフェリー星とは違う。もしかしたら真逆かもしれないわね......」


 私は、Dr.バルケスに促されてミーナの病室を出た。ドクターは溜め息を付きながら、私の耳許で囁いた。


「しばらくは、思念監視に注意してね。病院や敷地内は総長や教授プロフェッサーマシューがシールドを張ってくれているけれど、いつ『覗き見』されるかわからないからね」


「......はい」


 私は改めて、この寡黙なベテラン医師の横顔を見つめた。グレーの髪をひっつめた、穏やかそうなふっくらとした横顔......人間らしいと言えば人間らしい雰囲気を持っている彼女。だが、きちんと巻いた額のバンダナの下には第三の目がはっきりと見開いている。菫色のその瞳は、次元の彼方を見通す、マゼラニアンの瞳だ。


―何故、こんなところに......―


と誰もが疑問に思ったが、誰も訊いたものはいない。


―もしかしたら、教授プロフェッサーマシューの恋人?―


 ふっと沸いた埒も無い妄想を私は頭を振って打ち消した。叱られる、と思った。が、次の瞬間、Dr.バルケスは、私の方を振り向き、にかっと笑った。


「正解よ」


 呆気に取られる私にカラカラと笑いながら、Dr.バルケスは自分のオフィスに消えていった。

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