第45話 消えた笑顔

『ピンポーン』


 ホノカはアカリの家の呼び鈴を鳴らす。

 しかし、なかなか反応が無い。


「留守、ですかねっ……?」


 でも、絶対にアカリはいるはずだ。

 もう一度呼び鈴を鳴らしてみる。


『ピンポーン』


 しばらくして、インターホン越しに声が聞こえる。


「……はい」


 この声は、アカリだ。

 ホノカは手をぎゅっと握りしめ、口を開く。


「アカリさんっ、どうして学校来なかったんですかっ?」

「ホノカ……」

「このまま休み続けてたら、どんどん学校に行きにくくなりますよっ? もしアカリさんが怖いと言うなら、私が一緒に登校しますっ。だから、学校来てくださいよっ……」


 ガチャッ。

 扉が開き、アカリが顔を覗かせる。


「上がってくれ。部屋で話そう……」

「分かりましたっ」


 ホノカはアカリの後をついて、二階の部屋へと入る。

 部屋には勉強机とベッド、収納棚があり、至る所にキャラクターグッズが置かれている。


「ホノカ。私は外に出るのが怖い、人と会うのが怖い。もう、学校になんて行けない」


 部屋の真ん中で立ち止まり、暗い表情をして言うアカリ。


「アカリさんっ……。私、謝らないといけませんっ。本当にごめんなさいっ」


 突然頭を下げるホノカに、アカリは驚いた様子で返す。


「ホノカは何もしていないだろう? 何を謝っているんだ?」

「私が誘ったりなんかしなければ、アカリさんはあの出来事に巻き込まれなかったはずですっ。これは全部私のせいっ。だから、私に償わせてほしいんですっ」

「償う……?」

「はいっ。私がアカリさんのことをずっと守りますっ。ここは現実、剣で刺されることはないと思いますよっ」


 ホノカの言葉に、アカリは俯いて呟く。


「ここは現実、か……。そうだな、あれは仮想世界での出来事だ。ホノカと一緒なら、きっと大丈夫……」


 アカリは顔を上げ、ホノカの目を真っ直ぐに見つめる。


「月曜日、迎えに来てくれるか?」

「もちろんですっ。一緒に学校行きましょうっ!」


 ホノカは大きく頷き、アカリに抱きついた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 それからアカリは学校にも毎日通うようになったが、一つだけ変わってしまったことがある。笑わなくなってしまったのだ。

 ホノカはアカリの無邪気な笑顔が大好きだ。

 昔みたく、また楽しそうに笑う顔が見たい。


「もう、あの笑顔は見られないんでしょうかっ……」


 ため息を吐いたその時、アカリが「しまった!」と叫んだ。

 何事かとアカリの方を見る。


「アカリさん、どうかしましたかっ?」


 問いかけると、アカリは泉に手を伸ばしながら答える。


「鎌を泉に落としてしまった」

「それは大変ですっ。あれはルーラさんから借りたもの、早く見つけないとっ」


 ホノカは泉の中を覗き込み、鎌を探す。

 泉は水底まで透き通っているので、簡単に見つかるはずだ。

 と思ったが、これが案外見つからない。


「んー、ありませんねっ」

「山菜は採り終えている。最悪新しい鎌を買って謝るか?」


 アカリが諦めの言葉を口にした瞬間、泉が急に波を立て始めた。


「な、何だ……?」

「魚、じゃないですよねっ……?」


 ホノカは聖剣カーテナに手をかけ、身構える。

 ザバーン!

 水柱が吹き上がり、ホノカとアカリはびしょ濡れになる。


【突発クエスト《泉の女神》が開始されました】


 直後、泉の真ん中に女性が立っているのが見えた。


「あっ、あなたは誰ですかっ……?」


 切っ先を向けつつ問いかけるホノカ。

 するとその女性はこう答えた。


「私は泉の女神です」

「女神……?」


 アカリはぽつりと呟き、ホノカと顔を見合わせる。

 戸惑う二人をよそに、女神は続ける。


「あなたが落としたのは、金の斧ですか? それとも銀の斧ですか?」


 女神は右手に金の斧、左手に銀の斧を持っている。

 なぜにイソップ寓話?

 あと落としたのは鎌であって斧じゃねーです。

 ホノカは心の中で口の悪いツッコミを入れる。


「あの、私が落としたのは普通の鎌なんだが……」


 アカリが困った様子で言うと、女神はにこっと微笑む。


「正直者のあなたには、この金の斧を差し上げましょう」


 いらねーです。

 いよいよこの女性が女神かどうかも怪しくなってきた。

 アカリが金の斧を受け取ると、自称女神は深々と一礼する。


「それでは、さようなら」

「いや、えっと、鎌の方は?」


 アカリは慌てて呼び止めたが、自称女神は泉の中へと消えてしまった。


【クエストが達成されました】

【クエストクリア報酬 金の斧を獲得しました】


「金の斧をだけ持って帰ったところで、ルーラさんにどう説明すればいいんでしょうかっ」

「仕方ない。村で新しい鎌を買おう」


 アカリの言葉にホノカはこくりと頷き、剣を鞘に戻した。


 帰りの道中、金の斧のステータスを確認してみた。

 すると案外武器として使えそうな代物だった。

 それはいいのだが、さすがにあれは斧を落とした時に発動するイベントなのでは?


「せめて鎌が欲しかったですねっ……」


 ホノカがぶつぶつと愚痴っていると、隣のアカリがふふっと笑った。


「? 何ですか、アカリさんっ?」

「いや、改めて考えるとおかしくてな」

「改めるまでもなくこんなのおかしいですよっ。上位互換だから成立するのであって、別の物に変えられてもどうしようもないですっ」

「あはは、確かにそうだな」

「……アカリさん、やっと笑顔になりましたねっ」


 アカリは楽しそうに声を出して笑っている。

 この感じ、なんか久しぶりかも。

 ホノカは以前のアカリが戻ってきたようで少し嬉しかった。

 ただ、自分がずっと悩んできたことを、自称女神がいとも簡単にやってのけたことは気に食わないが。


「よし、村の入り口に着いたな」

「鎌は確かあのお店で売っていたはずですっ」

「では、お詫びにちょっと良い鎌を買って帰ろうか」

「ですねっ」


 ホノカとアカリは手を繋ぎ、武具店へと入っていった。

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