第40話 宣戦布告

「もう一度聞く。貴様が弘前ユウトか?」


 不気味な声が脳内に響き、心臓の鼓動が早くなっていく。

 あいつは何者なんだ? なぜ俺のことを知っている?


「あなたは誰? 目的を教えなさい」


 その時、隣のレナがハンドガンを取り出し、黒マントに銃口を向けた。

 黒マントはレナに視線を移して言う。


「威勢のいい小娘だ。吉野レナ」

「くっ……。どこで名前を聞いたのか知らないけれど、次余計なことをしたら撃つわよ」


 レナは忠告し、セーフティーレバーを下げる。


 あいつ、レナも知っているのか?

 俺たちはあの黒マントと今まで一度も会ったことないはずだ。

 それなのに、あいつは俺たちのことを知っている。

 どこかから監視されていた? それとも誰かから情報を得た?

 考えている間にも、黒マントは俺をじりじりと追い詰めてくる。


「弘前ユウト。その傘で、我が身を貫いてみろ」


 黒マントは真っ黒な大剣を引き抜き、切っ先をこちらに向けた。

 俺は唾を飲み込み、傘に手をかける。


「……ああ、望むところだ」


 折りたたみ傘の柄を伸ばし、右手に握る。


「ユウト、やめた方がいいよ」

「ユウト様、あのお方は……」


 アルジオとルーラは心配そうな表情で言う。

 俺は二人の肩をぽんと叩き、再び黒マントに目を向ける。


「こちらへ来い」

「言われなくても行ってやるさ」


 階段を下り、ロビーに戻る。

 俺と黒マントは同時に傘と剣を肩に構える。


「いざ、勝負だ」

「さっさと始めようぜ」


 額から汗が流れる。

 間近で見る黒マントの威圧感は凄まじく、仮面に光る赤い目からはとてつもない殺意が感じられる。

 しかし、もう逃げられない。

 俺がミサキやカナミ、レナのことを守らなければ。

 それだけじゃない。みんなの命が懸かってるんだ。


「ウオアァァァ!」

「はぁっ!」


 傘と大剣が激しくぶつかり、大きな音が響き渡る。

 黒マントの大剣は重たく、俺の折りたたみ傘は今にも折れてしまいそうだ。


「このっ……」


 思い切り力を入れ、大剣を跳ね返す。

 その後もお互いに傘と大剣を振るい続ける。


「ユウト、その力はどこで手に入れた?」


 突如黒マントが問いかける。


「その力って?」


 俺が傘を構えつつ返すと、黒マントは目を一層赤く光らせて囁いた。


「貴様は東亜国の汎用型人工知能にしては性能が桁違いだ。それについて聞いている」

「汎用型、人工知能……?」


 俺は耳を疑った。

 東亜国という存在はこの世界の人間が知り得ないもののはずだ。

 つまり、こいつはここが仮想世界であることを知っていることになる。

 まさかこいつは……。


「お前、現実世界の人間なのか……?」


 そんな質問が口から漏れる。

 すると黒マントは大剣を喉元に突きつけ、口を開いた。


「我が名はモクスター。この国の王にして、ウエスター合衆国の軍事作戦指揮特化型人工知能である」

「いや、嘘だろ……。まさか、そんな訳……」


 俺はあまりの衝撃に思わず傘を落として後ずさりする。


「まあいい、いずれ分かることだ」


 モクスターと名乗った黒マントは大剣を腰に収め、踵を返す。


「王都で待つ。貴様らが挑んでくる日を楽しみにしている」


 そう言い残し、モクスターは宿屋から出ていった。


「ユウト君、大丈夫? 怖かったよね」


 ミサキが駆け寄ってきて俺の体を抱きしめる。


「お兄ちゃん!」

「ユウトさんっ!」

「ユウト!」


 カナミ、ホノカ、アカリも周りに集まってくる。

 俺は傘を拾い上げ、笑顔を見せる。


「いやぁ、殺されるかと思ったよ……」


 少し遅れてレナが話しかけてきた。


「で、あいつは一体何者だったのかしら? 最後に何か言っていたわよね?」


 俺は頷いて答える。


「ああ。あいつはモクスターって名前らしい。この国の王にして、ウエスター合衆国の人工知能だと」


 それを聞いた瞬間、ミサキの体がビクッと震えた。


「……モクスターって、あのモクスター?」

「知ってるのか?」


 問いかけると、ミサキは口元を押さえながら小さな声で言う。


Militaryミリタリー Operationオペレーション Commandコマンド Specializedスペシャライズド Typeタイプ Artificialアーティフィシャル intelligenceインテリジェンス、通称MOCSTArモクスター。ウエスター合衆国が研究を進める軍事作戦指揮特化型人工知能よ」

「それって、村に着いた時にヨシアキと喋ってたやつか?」


 俺の言葉に、ミサキはこくこくと首を縦に振る。

 そういえばそのヨシアキがいないな。今の今まで忘れていた。

 まあ、それは一旦置いておくとして。

 なぜモクスターがこの国の王となっているのかを考えなければ。


「その人工知能、研究中なんだよな? だとしたら、この世界で軍事作戦について学習させてるってことか? にしてはファンタジーが過ぎる気が……」


 俺が考えを巡らせていると、カナミがぽつりと呟く。


「おかしな状況の中で戦わせたい、とか?」

「おかしな状況……」


 人工知能はイレギュラーに対応するのが苦手だ。

 どれだけ高性能だったとしても、特殊な場面に遭遇した途端に正しい判断を下せなくなることも多い。


 現代兵器での戦闘を学習した人工知能がファンタジー世界で戦えるのか。


 確かに、イレギュラーに対しての試験と考えることは出来そうだ。

 だが、まだ何か引っかかる。


「駄目だ、眠くて頭が働かない……」


 しかし、深夜に叫び声で起こされた上に戦闘までさせられた俺は、もう眠気が限界だった。


「ユウトさんっ、考えるのは明日にしましょうっ」

「今はゆっくり休んだ方がいい」


 ホノカとアカリに促され、俺は目をこすりながら階段へと向かう。

 俺たちはそれぞれの部屋に戻ると、一瞬で眠りについてしまった。

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