第31話 洞窟

 西暦二〇二五年七月三十日。

 俺たちはいよいよ山の麓まで辿り着いた。


「こんな高い山、どうやって登ればいいんでしょうっ?」


 ホノカは壁のようにそびえ立つ山を見上げ、困った顔を浮かべる。

 山は急斜面で、登ろうにもどう登ればいいのか皆目見当もつかない。

 その時、カナミが声をあげる。


「ねえ、あそこにあるのって洞窟じゃない?」

「どれ? もしかしてあれのことかしら?」


 レナは山の斜面を指差して問いかける。


「ですです」


 カナミはこくこくと頷き、俺の方を見る。


「お兄ちゃん、あの中を通ったら向こう側に行けるかもよ?」

「さぁ、行き止まりじゃないのか?」


 妹の言葉が事実なら最高だが、いくらなんでも楽観的すぎる気がする。

 行き止まりだけならまだしも、強いモンスターがうじゃうじゃいたとしたら、生きて戻ってこられる保証もない。

 うーんと唸っていると、ミサキが話しかけてきた。


「でも、あの洞窟まで道が繋がってるよ? ゲームバランスとか考えれば、あの洞窟が通路なのは間違いないんじゃないかな?」

「ああ、言われてみれば……」


 よく見ると、洞窟のある崖の所まで細い道のようなものが見える。

 ゲームとして考えるなら、あれで行き止まりなんてことは無いだろう。


「ここは信じて入ってみねぇか?」


 ヨシアキが言う。

 確かに、ここで考えていても入ってみなければ何も分からない。

 やらないで後悔するより、やって後悔する方がよっぽど良い。

 変に後先考えるな。


「よし、行こう」


 意を決し、呟く。

 それに対し、全員が首を縦に振った。




 洞窟へと繋がる道は、切り立った崖にちょこっと突き出ているだけのもので、幅は数十センチほどしか無い。


「おい、もし落ちたらHPはどうなる……?」


 アカリが声を震わせながら問いかける。

 するとホノカが今にも泣きそうな声で答える。


「きっと一瞬でゼロになっちゃいますよっ!」


 高さは三十メートルほどあるだろうか。

 ここから落ちてHPが無事だとは到底考えにくい。


「もうすぐで洞窟だ。油断するなよ?」


 俺は二人に微笑みかけ、洞窟へと慎重に足を進めた。


「ここが洞窟の入り口か……」

「ちょっと怖いね……」


 手を握ってくるミサキ。

 洞窟の中は真っ暗で、どれくらいの奥行きがあるのか全く分からない。


「お兄ちゃん、やっぱり引き返そうよ……!」


 カナミが俺の腕を引っ張る。

 最初に洞窟のことを言い出したのはお前じゃないか。

 妹の頭を撫でつつ、ストレージからランタンを取り出す。


「これで照らせば少しは怖くないだろ?」

「うん。ありがと、お兄ちゃん」


 ランタンで中を照らす。

 側面の岩肌は綺麗に整えられていて、地面も平ら。

 これは人が掘った人口の洞窟、もといトンネルなのではなかろうか?

 そんなことを考えていると、レナが口を開いた。


「この洞窟って、元々は人の行き来があったんじゃないかしら?」


 どうやらレナも同じことを思っていたようだ。


「レナもそう思うか? でも、最近人が通ったって感じはしないよな……」


 人の往来が激しければ、ここに来るまでにきっと誰かとすれ違うはずだ。

 そうでなくても、洞窟に怖さを感じるなんてことはないだろう。


「やっぱり、中に何かいるのかな……?」


 ミサキが怯えた様子で呟く。


「広尾ちゃんは火炎魔法があるんだからいいだろ? 俺なんか包丁だけだぜ?」


 ヨシアキがそう言うと、ミサキはくすりと笑った。




 俺たちは洞窟の奥へと向かう。

 本当に通り抜けられるのか、いきなりモンスターに襲われないか。

 不安ばかりが頭をよぎるが、今は前に進むことだけを考える。


「ユウトさんっ! あんまり先に行かないでくださいっ!」


 後方からホノカの声が聞こえる。


「ああ、悪い」


 少々早足になっていたようだ。

 なんだかんだ言って、俺も恐怖心を隠しきれていなかったか。

 俺は立ち止まり、ホノカが来るのを待つ。


「大丈夫だよ、ホノカちゃん。自分のペースでね」


 ミサキが優しく声を掛けると、「はぁ〜い」というホノカの疲れた声が返ってきた。


「はぁ、はぁ……。ユウトさん、歩くの早すぎですよっ!」

「ごめん。ここからはもっとゆっくり歩くよ」


 軽く謝り、再び前を向く。

 その瞬間、何かと目が合った。


「ん?」

「グルル……」


 赤い双眸がぎらっと光り、こちらを捉える。


「ユウト、避けろ!」


 アカリの叫び声に、俺は咄嗟に地面を蹴る。

 直後、真っ赤な炎が俺の左側をかすめた。


「おいおい、何だよあのモンスターは……」


 呆気にとられるヨシアキ。


「入谷さん、危ない!」


 今度はミサキが大声で叫ぶ。

 見境なく攻撃を仕掛けてくるそのモンスターは、青い鱗に大きな翼を持つ巨大なドラゴンだった。


「こんな大きなドラゴン、どうやって中に入ったんだろ? サイズ感的に無理だよね?」


 カナミがエッググレネードを投げながら疑問を口にする。


「もしかしたら、出られなくなっちゃったんじゃないですかっ?」

「出られなく?」


 ホノカの言葉に、ミサキが首を傾げる。


「子供の頃からずっとここにいて、気が付いたら成長していて出られなくなったってことか?」


 俺が返すと、愛銃《HK417アーリーバリアント》を構えたレナが呟く。


「そういう短編小説、いつだか教科書で読んだ気がするわ」


 言われてみれば、俺も小学生の頃に国語の授業で読んだ記憶がある。

 だがその話は後だ。とにかく今は目の前の青いドラゴンを倒さなければ。

 折りたたみ傘の柄を伸ばし、それを強く握りしめた。

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