第6話 歌舞伎町騒乱

「この辺まで迂回すれば大丈夫だろう」


 俺とミサキは、新宿駅の東口を抜けて大ガードの脇に出た。

 と言うのも、カラスモンスターのせいで大火事が発生し、甲州街道を進むことはどう見ても不可能だったからだ。


 ヤマダ電機のユニカビジョンには、ニュース速報が流れている。


『世界中で謎の現象が起きていることについて、先ほど国連が緊急会議を開きました。しかし、各国の間で意見が分かれ、具体的な解決案は先送りとなりました。また、日本政府は午後二時より専門家会議を開き、事態収束までの国民生活について協議する予定です』


「やっぱり、政治界にエンジニアを送り込まなかったのは間違いだったなぁ……」


 ミサキがぽつりと呟く。

 政治家や官僚は誰一人としてこの世界が仮想世界であることを知らない。そうである以上は、いくら人が集まったところでこの現象がハッキングであると気付くことはないだろう。

 俺はミサキの肩をぽんと叩いて声をかける。


「今更後悔してもしょうがないだろう? それに、初当選の若手議員が『この世界は実は仮想世界で、何者かにハッキングされてしまったのです!』って言ったところで、冷めた目で見られるのがオチじゃないか?」


 するとミサキは俺の顔をしばらく見つめ、急に笑い出した。


「あはは、何その演技! 誰の真似?」

「えっ、いや。誰ってこともないけど……」


 どうやらミサキは、俺の変人若手議員のセリフがおかしかったようだ。ちょっとオーバーにやり過ぎたとは思うが、そこまで笑わなくても。


「こっちに向かって歩けば、とりあえずは家に近づけるだろう」

「うん、行こっか」


 俺はミサキと横に並んで、靖国通りを市ヶ谷方面に歩き始める。

 その時、バン! と言う乾いた音が鳴り響き、悲鳴が聞こえてきた。


「この音、銃声か……?」

「モンスターが現れたのかも。行ってみましょう」


 俺とミサキは顔を見合わせると、音の聞こえた方へと駆け出した。




 歌舞伎町の信号を越えたあたりに、人垣が出来ている。

 両手で人を掻き分けつつ、そこをすり抜ける。すると目に飛び込んできたのは、衝撃的な光景だった。

 後ろから付いてきたミサキも、その光景に思わず言葉を失う。


 警察官が銃で撃たれ、倒れていたのだ。そして近くにいたスーツ姿の大男が、マシンガンを掲げて大声をあげる。


「ワシは無能な警察に代わって凶暴なモンスターを倒したんや。こっからはワシらの組がここを取り締まる。ええな?」


 その大男はオールバックの髪型にサングラス姿で、おまけに金色のネックレスを首から下げている。いかにも暴力団の人間といった風貌に、周りの群衆も黙り込んでしまっている。

 しばらくして、隣のミサキが耳元で囁くように話しかけてきた。


「ユウト君。このままだと、新宿は暴力団に支配されちゃうかも。ゲームの世界になってしまった以上、日本の法律よりもゲームシステムが優先される。それに、もし本当にモンスターを倒したのなら、多くの通行人を救ったのも事実だし、トラストポイントも警察より高くなってる可能性もあるわ」

「それはまずいな……。あの男を倒せばその事態は防げるのか?」


 問いかける俺に、ミサキは首を横に振る。


「それは分からない。しかも、相手はマシンガン持ちよ? あなたの折りたたみ傘で敵うはずがない」


 制止するミサキに、俺はこう返した。


「それは大丈夫じゃないか? あの男もまさかこれが剣と同じパラメータだとは思わないだろう」

「で、でも……」


 心配そうな表情を浮かべるミサキ。俺は向き直って、真っすぐ目を見つめた。


「俺はこんな所で死んだりしないから。ちょっと待っててくれ、ミサキ」

「ユウト君……」


 大男の方へ振り向き、一歩ずつ歩みを進める。

 二メートルほどの距離まで近づくと、俺の気配を感じたのか、大男がじろりとこちらに視線を向けた。サングラス越しでも分かるほどにその目つきは鋭く、冷酷非道な人間であることがひしひしと伝わってくる。だが、ここで怯むわけにはいかない。俺は勇気を振り絞って、口を開く。


「あの……、モンスターを倒して頂いたことには感謝します。ですが、さすがにお巡りさんを撃つのは良くないと思いますよ? 拳銃を扱える人なんてほとんどいないですし、お互いに協力した方が……」

「ああん? ガキは黙って引っ込んでろ。殺されてぇのか?」


 大男は俺の言葉を遮るように言うと、胸ぐらを掴んできた。


「そんなことしたら、トラストポイントが減りますよ?」


 囁きかけると、大男は俺の体をドンと突き放した。


「うるせぇガキだ。ワシの言うことを聞けないってんなら、お前も殺してやるよ!」


 大男がマシンガンの銃口をこちらに向ける。

 俺は折りたたみ傘の柄を伸ばし、構えを見せた。


「おい、まさかその傘で戦おうってんじゃねぇだろなぁ?」


 嘲笑する大男に、俺は煽るように返す。


「そのまさかだ。俺はこいつでモンスターを二体倒した。傘だって、それなりに使えるんだぜ?」

「嘘をつくな! このイキリ傘太郎がぁっ!」


 大男が引き金に指をかける。

 その瞬間、銃口からオレンジ色のレーザーがこちらに伸びてきた。


「この線、もしかして弾道か……?」


 引き金が引かれるのと同時に、俺は線を避けるように右足を前に踏み出し、取得したばかりのソードスキル《二連撃剣技ダブルアタック》を発動させた。

 青く発光した傘を振り下ろしマシンガンの銃口を逸らすと、左足を前に出して思い切り大男の胸部に斬りかかった。

 ズサッという音とともに、大男のスーツが裂ける。大男はゆっくりと視線を落とし、腰を抜かす。


「さっ、裂けとるやないか……! ワシのスーツが、折りたたみ傘で……!」


 尻餅をついている大男の喉元に、すかさず傘の石突きを向ける。


「な、だから言っただろ? 傘だってそれなりに使えるって。新宿を支配するなら、警察としっかり話し合ってルールを作ること。いいな?」

「こ、このガキ……。覚えてやがれ!」


 大男は地面に落としたマシンガンを拾い上げ、歌舞伎町の路地に駆けていった。




「あ〜、怖かったぁ……」


 俺はその場に座り込み、大きく息を吐いた。緊張から解き放たれた反動で、全身の力が抜けてしまったのだ。

 するとミサキが近寄ってきて、隣にしゃがんだ。


「ユウト君、格好良かったよ」


 笑顔を見せるミサキに、ニコッと微笑み返す。

 すると周りの人たちがパチパチと拍手を送ってきた。


「ありがとう!」

「助かりました」

「その傘すげぇな。どんな仕組みだ?」


 スーパースターにでもなったような気分で、俺は「どうも」と手を振る。

 その隣で、ミサキは嬉しそうな表情を浮かべている。


「すっかりヒーローだね?」

「でも、ちょっと恥ずかしいな……」


 俺とミサキは立ち上がり、拍手を送る人たちに別れを告げる。


「すみません、お騒がせしました!」

「皆さんは身の安全を第一に考えてください。くれぐれも傘で戦おうなんてしないようにお願いしますね」


 人垣の間を通り、再び自宅へ向けて靖国通りを歩き出す。


「日が暮れるまでには戻りたいし、これ以上何事も無ければいいが……」


 呟く俺に、ミサキが話しかける。


「でも、もし困ってる人がいたら、その時は助けてあげるんでしょ?」

「まあな。今の状況じゃまともな武器を持ってる人は少ないだろうし、警察も対応出来てないみたいだからな」

「優しいね、ユウト君は」




 仮想世界の人工知能を巻き込んだこのゲーム、一体誰が仕掛けたものなのか。目的はどこにあるのか。謎ばかり頭に浮かぶが、俺がやるべきことは明快だ。

 このゲームをクリアし、元の世界を取り戻す。そして、ミサキを守り抜き、現実世界に帰す。

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