第38話 ある約束

 

「この一連の流れは演出だったって事でしょ? イベントを盛り上げる為の。かなり手が込んでるよねぇ。考えたのは甲斐女史あたりかな?」


 何だかべらべらと訳のわかんない事を言ってる島津部長。


「……要するに君は最初からヤラセだと思ってるのかい?」

 直虎が珍しく怒気を含んだ口調で尋ねた。

「ヤラセって言い方は悪いけどね。まあ、公式戦じゃないお遊び的イベントなんだから、こういう演出もあっていいと思うよ?」


 どうやら本気で演出だと思ってるみたいだな、島津部長この人

 確かに最初にGクラブとトラブった時は、「これは演出です」って、こっちから言い出した訳だし、そのまま試合も演出付きのお遊びと思われても仕方ないけど。


「今までの事は演出だと思ってもらってもいい。演出云々は元々僕らが言い出した事だし。でも試合は完全にガチだよ。これは間違いないから」


「……だから、それだと試合にならないだろ? ネット配信もされるんだぞ? 本当に1分やそこらで決まってみろよ? 君らだけじゃなくて佐久間逹も炎上もんだろ?」


「なんであっさり決まるとか、わかるのさ? 僕らは負けるつもりはないよ?」


 あくまでも折れない直虎に島津は、次第に憐れむような表情になってきた。


「……君らがこんなにも話しが通じないとは思わなかったよ」


「部長! 本当に止めて下さい! あなたはこのチームの事を全然知らないでしょう!?」

 黙って聞いていた天草が咎めるような声を上げた。


「ああ、知らないな。でも僕はGクラブをずっと追ってるし、その凄さなら誰よりも知ってる。全国上位クラスのチームならともかくポっと出の、しかもまともな機体すら持たないチームに何が出来るって言うんだよ? G部が本気でやったら間違いなく瞬殺だよ? 瞬殺」


「……そんな言い方……」

 感情が乗りすぎて涙目になってる天草。


「だからさ、絶対試合にもシナリオを用意したほうがいいって。そうだ、何なら僕がシナリオ書こうか? これでもG部の試合は全て見てきてるんだ。多分、満足のいくシナリオが書けると思うよ?」


「いい加減に……」

 切れかけた直虎と天草を手で制する。

 この人の言う事はいちいち頭に来るんだけど、一周回って何だか逆に興味が湧いてきてしまったんだよね。だから聞いてみた。


「因みにそのシナリオってどんな感じ?」


「そうだな、まずスタート直後は君らが活躍するんだ。例えば常識外れの奇抜な動きをしたりして。この辺で少し笑いも取れたらベストだね。で、ポイントも稼いでいく」


 いや、笑いどころか思い切り炎上しそうだけど。まあ、続けて聞いてみよう。


「それで?」


「ある程度したらG部も当然慣れて対応してくるだろ? で、簡単に追いつかれてしまう訳。それで焦った君らは反則技を仕掛けてくる。再び開くポイント差」


 どっかのプロレスのヒールユニットみたいだな。


「そしてギリギリまで追い詰められた佐久間たちが覚醒、後はG部無双で決着、観客大盛り上がり、って感じかな」


「いやそれ、めちゃくちゃベタじゃん?」


「そうさ。ベタの何処が悪い? 結局、勧善懲悪の時代劇みたいなわかりやすさが一番ウケるんだよ。皆、日頃の鬱憤を晴らすべく、ざまあ展開を求めてるんだ」


 まぁ言わんとしてる事はわからなくもないけど。


「で、なんでアタシらが、そのベタなヒール役をやらなきゃならんのよ?」


「そりゃ、実力も人気も実績も、全て君らが劣るからじゃないか。そこそこ活躍できるだけでも有難いと感謝すべきだろ?」


 こりゃまた散々な言われようだな。シナリオも見事に予想を全然超えて来ないし、部長がこんなので大丈夫なのか?報道部。

 するとここで直虎が口を挟んできた。


「君の考えはだいたいわかったよ。でもその提案、あの佐久間が受けると思う?」

 そう聞かれた島津は苦い表情を見せた。


「また痛い所を……。実は以前、そういう内容を匂わせて聞いた事があるんだがね……」


 言いにくそうにしてる所をみると、あんまりいい返事が聞けなかったんだろうな。


「ほー、それで?」


「それでって……うう、わかるだろ? 佐久間ってサムライみたいなヤツだし、頭があり得ない程固いから。『つまらん事を言うな』って睨まれて終わったよ」

 まあ、あの佐久間ならそうだろうな。


「あと、副将の小早川には『秒殺しようが関係ねえ。アイツらはとにかく潰す』って言われたし。相当君らが嫌いなんだろうね。その点、2年の本田君は普通に話しが通じたな。僕の提案を面白いって言ってくれたし。ただ、彼は先輩達には逆らえないからねぇ」


「要するにヤラセ提案は全滅って事じゃん。これでガチでやるしかないってわかったでしょ?」


「……確かにそうなんだよ。佐久間らの反応を見る限り、ある程度は本気っぽい。でもそれだと試合がまともに成立しないし、観客も納得しないだろう。その辺がずっとモヤモヤしてたんだけど……ホントのホントに脚本無しでやるつもりなのか?」


「だから最初から言ってるじゃん? 試合はガチだって」


「そうか。なら報道の方針は一つしかないな。瞬殺でも観客を満足させるには、今よりもっと君らを悪役にしないといけないって事だ」


 つまり、瞬殺されてザマァって思えるほど憎まれろって事か。あっという間に終わったっていう物足りなさを、その倍の憎しみで補う訳だ。


「まあどういう報道しようと勝手だけどね。アタシらが勝つつもりなのも変わんないし。ってかアンタさ、そこまで言っといてアタシらが勝ったらどーしてくれるの?」


「ふん、そんな事有り得ないが……。いいだろう、もし万が一君らが勝ったら、僕はパンツ一丁でグランドを一周してやるよ」

 

「言ったな? 約束だよ?」


 って、この人のパンツ一丁姿なんか見たくないけどね。







 ◇



 

 学校ガレージでの不毛なやり取りの後、巧の工場へと向かった。

 アタシは走り、直虎は自転車なんだけど、アタシの方が先に到着したのはどういう事なんだ?

 工場前でクールダウンのため軽く体を動かしてたら、スマホにメッセージが届いた。見ると天草からだ。

 さっきの島津の態度を申し訳無く思ってるらしい。謝罪の言葉が並んでた。

 でも考えてみたらあの島津の反応の方が普通なんだよね。逆に天草はこちらに肩入れし過ぎてるのは間違いないし。報道部なんだから中立を守るべきなんじゃないかとも思えるけど、天草はもう仲間みたいなもんだからなあ。

 取り敢えず、『あんたが謝る必要ないよ』とだけ返信しておいた。


 そうこうしてたら、自転車の直虎がゼーハー言いながらやって来た。

 コイツ、体力なさ過ぎだろ?

 まあ、夏休み中はガンマ製作9割、訓練1割ぐらいの割合だったから仕方ないとは思うけどね。


「ふー、朝倉さん、どんだけ速いんだよ? マラソンやってもいい線いくんじゃない?」

 そう汗だくの直虎に言われてしまう。


「いや、アンタが遅いんだよ」

 と言いつつも、確かにこの夏を越えてアタシの身体は激変したって自覚はある。アタシがアスリートととして活躍してた頃は、まだ身体が発達段階の小学生だったし、今ならあの頃を遥かに越える能力を発揮できるだろう。おそらく、今ぐらいから二十歳を越える辺りまでが、人生におけるピークなんだと思う。



 工場に入って行くと既に巧がガンマⅡをいじっていた。

 白いツナギが油まみれになってるとこを見ると、もうかなり長い時間作業してたっぽい。


「あんた、もしかして始業式サボったの?」

 って聞いたら巧は悪びれる事なく

「ええまあ。どうせ、どうでもいい挨拶とかだけでしょ? 別に聞く必要ないですよ」

 だってさ。やっぱりか。どんだけ学校行事に興味ないんだか。

 因みに巧は現在、カドワキの社員寮に居候してるはずなんだけど、夏休みを越えてこのガンマⅡが完成するまでは、まだ工場の二階で寝泊まりするつもりらしい。


「流石に早いねえ、巧くん。もう本組みまで出来たんだ?」

 巧の作業状況をぱっと見ただけで進み具合がわかったらしい。直虎の整備の腕も、この夏を経てめちゃくちゃ上がったんだろうな。


「ええ、ハルカさん本人がいなくても体のサイズは隅々までバッチリ把握してますからね。もう動かせますよ」

 ……それ言われると、なんかすごく複雑なんだけど。

 こいつの頭の中にはアタシのスリーサイズはおろか、頭の先からつま先まで、設計図化された全てのデータが入っているんだろう。恐ろしい事だ。


「じゃあ後は実際動かしながらの調整だね。それは巧くんに任せていい? って言うか、巧くんじゃなきゃ無理だし。僕はデルタ改の訓練に専念するよ」

「はい、直虎さん、ガンマⅡの製作本当にお疲れ様でした。後は任せて下さい」

「いや、僕は巧くんの設計通りに組み上げただけだし」

「それでもコイツはあなたが作り上げたんです。誰にでも出来るってもんじゃないですよ。それは誇っていいと思います」

「……うん、ありがとう」

 そう言って背を向ける直虎。今までずーっと一人でポンコツギアをコツコツと作ってきた男が、巧の出現で伝説級のギアに携わることができ、そしてそれを作り上げる事ができた。もう感無量ってところかな。後ろを向いて泣きそうな顔を見られないようにしているんだろう。

 そのやり取りを見てアタシもちょっとウルってなったけど、アタシの仕事はここから始まるんだ。気合い入れて行かないと。




  ◇




 昨日あれだけ来るなって言ったのに、ノコノコやって来たケージに直虎の訓練の相手を任せ、アタシはガンマⅡに本格的に乗り込む。

 昨日は写真取るためにちょっとだけ乗ったけど、今日乗り込んだらまた感触が違ってた。何だろう、何の抵抗もなくスルリと体が入り、そのままギュッと抱き締められたような感覚。各部の程良い締付け具合が心地いい。このまま目を瞑ったら安眠できるんじゃないか?って思える程だ。

 腕を動かしてみたり、軽く歩いてみたりした。


「どうです? どっか違和感ないですか?」


「うーん……違和感全くないのが逆に違和感なんだけど」

 なんとも要領の得ない感想だけど、それで巧には伝わったらしい。


「あぁ、なるほど」

 巧はそう言って少し考え込んだ。


 そうなのだ。ギアならあってあたり前の違和感が全くない事に、意識が追いついて来ないのだった。

 ギアってのは中の人間の動きに合わせて動く。ただ人の1の力でギアが1動く訳じゃなく、1の力を何倍かに増幅した上でギアが動く。その力が伝達していく過程でほんの僅かな時間のズレや、メカから返ってくる反動で、プレイヤーはギアを操っている事を認識する訳だ。

 ではその感覚がほとんどなければどうなるか?

 それはまるで生身のまま強烈なパワーを出したり、高機動力を発揮したりしているかのような感覚に陥ってしまうのだ。

 例えば車やバイクに乗ってアクセルを開けると当然加速する。でもそれは自分自身が速く走っている訳じゃなく、あくまで乗り物がスピードを出しているという認識になる。

 ではもしそれが、自分自身が速く走っていると勘違いしてしまったらどうなるだろう?

 おそらくは堪らなく『恐怖』を感じるはずだ。人は身に余る力を得た時、万能感よりもまず怖さを覚えるものなのだ。


 この時のアタシが正にそれだった。

 この違和感のなさが怖いと感じてしまったのだ。

 頭では理解しているものの、あまりにも反応が自然な為、実際に動かしていると理解が追い付かなくなってくるのだった。


「ゼロからハルカさんに合わせて作ってますからね。違和感ないのは当たり前と言えば当たり前なんですよ。怖いと感じるのは底が知れないからでしょう。それでも、ハルカさんには限界まで行ってもらって、更にそれを越えてもらわないと。だからまず、少しずつ慣れていきましょう」

 

 そうか。この機体なら簡単に限界そこまで行けてしまうんだ。だから怖いと感じてしまうのだろう。



 怖さを克服するには少しでも動き続けて慣れるしかない。とにかくいろいろな動きを繰り返していく。

 するとほんの僅かに『引っ掛かる』ような感覚の部分が出てくる。他の機体なら気付かないような、気付いたとしても特に何もせず、放置するだけのほんの僅かな気持ち悪さ。

 その程度の事でもどんどん巧に伝えていく。

 機械音痴のアタシには、具体的に何処がどうとか伝えられなくて、ひどく抽象的な感じでしか説明できなかったりするんだけど、それでも巧はその一つ一つに丁寧に対応してくれる。

 そんな些細な調整に意味があるのか?とも思いがちだけど、例えばオリンピック選手レベルになると、スケート靴のブレードをほんのコンマ何ミリ削るだけで、タイムに大きく影響したりするんだそうだ。


「普通に動いてるだけじゃ、違いはわからないと思います。でも限界ギリギリまで行った時、それを越えるにはやっぱりこうした繊細な調整が必要なんですよ」


 つまりアタシは巧に、そんなレベルの動きを求められている訳だ。






 

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