第33話 残暑


 ギアフェスも無事終わった数日後、巧の工場に行くと何故か新顔が増えてた。

 新顔と言っても良く知ってる顔だけど。


「おはよー。フェスお疲れ」

「やあ、おはよう朝倉さん。うん、みんなお疲れだったね」

「おはよう、ハルカさん」

「姐さん、はよーゴザイァッス!」

 ……なんか一人変なのが混じってるな。


「えーっと……、なんでケージがここにいるわけ?」

 しれっと直虎と巧の横に立ってるのは、やんちゃ系中坊のケージである。

 言うまでもなく、フェスで一緒にギアホッケーで戦ったヤツだ。


「今朝方いきなり訪ねて来たんですよね。どうも朝日さんから聞いたみたいで」と、巧。

「突然スンマセン。姐さんらがどういう集団なんか、どーしても確かめたくなって来ちゃったっす。いや、まさか巧さんがあの伝説の人だったとは……びっくりっす」

「ええっ、アレ話しちゃったの?」

 アレとは都市伝説の事だ。

「ええ、ちょっと聞いたら彼もギア一筋っていうのが分かりましたからね。それで直虎さんとも相談して彼なら話してもいいんじゃないかって事で。それにケージは朝日さんの甥っ子なんですよ」

「へぇそーだったの?」

 なるほど、それで朝日さんと気安く話してたのか。ギア馬鹿ってのはアタシも感じてたしね。

「それでケージ君も僕らの手伝いがしたいって言ってくれてるんだよね」

 と、直虎が説明する。

「手伝いって、ギアの製作とか?」

「いや、オレ作る方はあんまりだけど、訓練の方でお役に立てるんじゃないかと。その為にギアも持って来ましたんで」

 その言葉に工場内をよく見ると、ホントにケージのパイギアが置かれていた。朝イチで親にここまで運んで来てもらったらしい。

 うわぁ、そこまでするかな。まあこの、ローラーダッシュ付きのパイギアがあれば、かなり有意義な訓練ができそうで有り難いけど。わざわざヒデヨシ商会に出向かなくて済むしね。


「姐さんらはあの魁聖の奴らと闘うんすよね? そんなら俺も是非仲間にして欲しいッス。あいつ等、ちょっと調子こいてるんで気に入らなかったんすよ」

 と、えらく熱い口調で言われてしまった。こいつ、一見すると不良っぽいけど、中身は案外熱血系だったりするんだよねぇ。

「うーん、アタシ的にはまあ良いけど、一応部長は直虎だし、実質的なリーダーは巧だし、二人がいいなら」

 って言ったら男三人が顔を見合わせた。


「えーっと、姐さんがここのボスでは?」

「僕も朝倉さんがここの最高権力者だと思ってたよ」

「俺もハルカさんが影のボスだと……」

「いや、なんでだよ!?」



 とにかくそんな感じで新しく仲間が加わったのだった。




  ◇


 昼前に姿を見せた天草はケージの姿にややびっくりしたものの、そこまでのリアクションじゃなかった。


「ナオくんがそーゆー感じの事言ってましたからね」

 は? なんか気になる言い方だな。つか、ナオくんって何だよ。

 いや、ケージの相方のイケメン中坊なのは知ってるけどさ。連絡とりあってるって事?

「アンタ、やたらナオに付き纏われてたもんね。そんなに仲良くなったんだ?」

 って言ってやると天草は、

「彼、顔は良いけど、ああいうチャラいのはちょっとね。そういう対象にはなりませんよ?」

 って、意外と乗ってこない。ムキになってくれないとからかい甲斐がないんだけどな。それだけ巧に一途って事か。

「ふ〜ん。で、ナオが何言ってたって?」

 って聞くと今度は一変してニンマリと、何か腹に一物有りそうな顔を見せた。

「ハルカさん、どうやらケージ君に相当気に入られたみたいですよ? くくっかわいいじゃないですか〜、いきなり乗り込んで来るなんて。付き合ってあげたらどうです?」

 ああ、そういう事か。からかうつもりが逆にからかわれてしまう。コイツ的にはそれが楽しくてしかたないんだろうなぁ。

「ケージとどうにかなるとか想像もつかないんだけど。だいたい、アイツまだ中坊じゃん?」

「巧くんと一つしか変わんないじゃないですか」

 ああ、そー言えばそうか。でもなんだろ? 単に高一と中三って差以上の、もっと根本的な部分での決定的な差を感じてしまう。それはおそらくケージが幼いんじゃなくて、巧の経験値がバカ高いから感じる差なんだろうな。そりゃ幼い頃からハードな人生送ってる奴だもんなあ。人間としての厚みが違う。

「ん? なに? 俺の話題っすか?」

 と、そこにケージが割り込んで来た。逆にこういう強引さは巧にはないんだけどね。ってか、女子トークにズカズカ入ってくんなよ?

「ケージ君、中三の夏休みなのに高校受験勉強とかいいの?」

 と、適当に話題を変えて振る天草。

「はあ、まあなんとか」

「どこ志望?」

「……一応、魁聖で」

「あんた、ウチくんの⁉ ウチって、それなりの進学校だよ?」

「えっ、でも姐さんでも受かったんすよね?」

「……アタシでもって、どういう意味だよ⁉」

 こいつ、本気でアタシ等の後輩になるつもりなのか。こりゃ直虎がまた、泣いて喜びそーだな。




 ◇◇◇




 そろそろ夏休みの終わりが見えてきた頃、ガンマIIの完成はまだまだだけど、作業自体はかなりペースアップ出来ていた。

 その理由は、単に仲間が増えたって事が大きいだろう。

 ほぼ毎日のようにやって来るケージ、そのケージに付き合わされて時々やって来るナオ。この二人がアタシの練習相手になってくれる事により、巧が直虎の作業補助に集中出来るようになった訳だ。

 アタシがケージが持ち込んだローラー付きパイギアに乗り、ケージとナオはほぼ完成した改造デルタに乗り込む。このパターンだとアタシはローラータイプの練習が出来るし、改造デルタの微調整も同時に出来るしね。

 唯一問題なのは、直虎が作業に手一杯で練習があんまり出来ないって事かな。作業合間の気分転換的に動かしてはいるんだけどね。

 巧に関しては、練習しなくてもほぼ問題ないみたい。元々の基礎的な経験値が段違いだもの。まあB級ライセンス持ってるくらいだしね、内緒だけど。



 工場の敷地内に割と大きめのスペースがあったんで、そこに障害物やらを設置して簡易的なクラッシュ用コートを作った。外なんで陽射しはきついけど、盆過ぎて夏のピーク時よりはましだしね。とは言え、ピーク時よりマシってだけで残暑もかなりこたえる。

 今日もケージとナオがアタシの練習に付き合ってくれてるんだけど正直かなり申し訳無いと思う。アタシが乗るケージのパイギアは内部空気循環用のクーラーが付いてるからまあまあ涼しいんだけど、ケージとナオが乗る改造デルタは軽量化の為、最低限の部品しかない状態で当然クーラーなんて付いてないもんね。そんな機体で汗だくになりながらも文句言わずに付き合ってくれる二人には感謝しかないな。こいつら最初は無駄にいきがったイタい中坊だと思ったけど、案外義理堅い奴らだったりするんだよね。


「ふうっ、あっつー。サウナかっつーの」

「溶けるよな? マジで」

 そう言いながらデルタから出て、クーラーBOXのスポーツ飲料に飛びつくケージとナオ。汗でグショグショに濡れたTシャツからモワンと湯気が上がって、周りの空気が蜃気楼のように揺らいでいるように見える。

「お疲れ。ゴメンね、こんな暑い中付き合ってもらって」

「いや、俺等もいい練習になるんで。……ってか姐さん、脱がないんすか?」

 ギアに入ったまんまのアタシを見ながらケージが不思議そうに言う。正確には「脱ぐ」じゃなくて「出る」の方が正しいんだけど、感覚的には分厚い着ぐるみを脱ぐみたいな感じだし、「脱ぐ」って言い方もあながち間違ってないんだよね。

「うんまあ出たいんだけどさ? ちょっと自力で出れそうにないんよね。悪いけどそれ飲んだら手伝ってくれる?」

 このパイギアはケージの愛機だから、アタシが乗るといっぱいいっぱいなんだよね。一応調整はしてるけど、胸とお尻はどうしてもつっかえちゃうんだな、これが。クーラーが付いてるとはいえ、かなり汗もかいてるし、それで余計に出にくくなってる訳。って、前にもこんな事あったなぁ?

「なんだ、早く言って下さいよ? 引っ張りゃいいんすね? うっ⁉……ぶほっ‼」

 アタシを引っ張り出そうとして近づいて来たケージが激しくむせた。

「だっ、ダメだ、ナオ、頼む……」

 そう言いつつ、よろよろと離れていくケージ。

「はあ? なにやってんだ、あいつ? …………あー、そーゆー事かよ」

 代わりに近寄ってきたナオがアタシを見ながら呟いた。

「ん? どーゆー事?」

 訳がわからないアタシ。

「……自覚ないのかよ? タチわりぃな。自分の胸元見てみろよ?」

 そうナオに言われて見たら、汗で濡れて透けてブラどころが地区bまで見えそうな勢いだったり。あー、こりゃ確かにダメだわ。

「あいつ、あー見えてこういう耐性ねぇから」

 そう言いながらもアタシを引っ張り出してくれたナオ。

「ありがと。ふーん? で、あんたは耐性あるわけ?」

「いや、オレ貧乳派なんで」

 ……あっそう。だから天草に手出してんのか、とは言えなかったけど。

 後で聞いた話しだと、ナオにはやたら構ってくるブラコンの姉がいるらしく、おっぱい大きい年上の女はもううんざりなんだと。ってか、天草も年上なんだけどね? まあ、見た目がロリけりゃいいって事か。





 ◇


 

「ところでさ、あのデルタ乗ってみてどうだった?」

 ケージも落ち着いたんで、休憩がてら二人に聞いてみる。

「あー、なんつーか、ヤッパ巧さんってすげぇっすわ。あれ、一世代前の機体で、しかも作業用でしょ? それがなんであんなにキビキビ動くんすかね? 俺らのパイギアとあんま変わんねーんじゃないすか」

「うんまあ、俺もそー思ったわ」

 と、かなり高評価なケージとナオ。

「へぇ、そんなになんだ? なら、Gクラブといい試合できるかな?」

 ちょっと嬉しくてテンション上がり気味なアタシに対し、

「いや、そりゃどーすかね」

 と、二人は意外とクールだった。

「え? どういう意味?」

「確かにこのデルタは俺らのパイギアに近いぐらい良く出来てますよ。でも俺らのパイギアはスペックⅠですからね? 対して、佐久間らのギアはスペックⅢでしょ? この差は結構でかいすよ」

 確か似たような事、誰かが言ってたな。

「あんまり良くわかんないんだけどさ、そのスペックって何が違うわけ?」

「えーっと、なんだっけ、ナオ?」と、ナオに振るケージ。

「まあ一言で言うと素材の違い、な? 各パーツに最新の軽くて強い素材をクソ贅沢に使ってっから、重量が全然違うんだよ」

「ふーん、軽いってだけなんだ? めっちゃパワーがあるとかかな?って思ってたけど」

「いや、軽くするってのは究極のパワーアップみたいなもんすよ? モーターの総出力やバッテリー容量なんかは規定で決められてますからね。その中で他と差をつけるには軽くするのが一番なんすよ。重量を軽くすればスピードが上がるし、その上素材の強度があればそれだけ挙動が安定するしね。バッテリーの消費も抑えられる訳っす」

 なるほど、そんなもんなのか。

「巧が徹底的に軽量化してたけど、まだ追いつかないないんだね」

「そりゃ元が作業用ですからね。設計自体が根本的に違うし。それを無理やり軽量化してここまで仕上げちゃった巧さんが異常なんすよ」

「つーか、これ限界まで軽くしてもまだ俺らのパイギアより全然重いからな? その重さをほとんど感じさせないのは、各部のバランスが絶妙に調整されてるからだろ。しかもスクラップみたいな中古パーツだけでほぼ賄ってるし。どんだけレベル高えんだよ、あの人。絶対おかしいわ」 

「……一応褒めてんだよね、それ? 巧がいろいろとおかしいのは今更だけどさ」

「まあ、重機をレーシングマシンに改造するようなもんすからね。そんなの誰もやらねーし、そもそもできねぇし」

「あー、確かにそんな感じだわ。だからアームの強さだけはコイツの方が上だな。なんかそこだけ軽量化せずにワザと残してるフシがあるし」

「そーなの? それってもしかして切り札的な?」

「んな訳ねぇだろ? 直接殴り合うわけじゃねぇんだし。射撃で構えた時にぶれにくいってくらいじゃね?」

 うーん、唯一の利点としては微妙なとこだな。射撃メインの直虎の助けにはなりそうだけど。

「でもまあ、このデルタが良くできてるのには変わんないすよ。それにブッチギリで主役級のギアが控えてるじゃないすか」

「ああ、だな。スペックⅢのパイギアに劣るとはいえ、改造だけでここまで出来る人が設計した、一体どーなっちまうんだろうな? 完成が楽しみで仕方ねぇよ」

 そう言う悪ガキ二人は、まるで純粋な子供みたいに目をキラキラさせてる。

 アレとは言うまでもなくガンマⅡの事だ。

 ……ガンマか。



 ――ふと、以前巧と交わした会話が蘇ってくる。


『ねえ、ガンマってさ、巧のお父さんが病弱だったお母さんの為に作ったんでしょ? だったらなんでそんな過激な機体にしたのかな?』

『俺もまだ小さかったから、あんまり良く覚えてないんですけどね。親父は最初、介護用のおとなしいギアを作ろうとしたみたいなんです。でもそれを母さんが納得しなかった。「作るならまだ誰も見た事ないような凄いギアを作ってくれ」って風な事を言ったと思うんです。多分、自分はもう長くないって悟ってた母さんは、親父にずーっと前だけを見ていて欲しかったんでしょうね。そんな想いがわかったから、親父も本気でこんなハイスペックな機体を作り上げたんだと俺は思います……』



 ――須藤正太郎氏が開発し、テロリストから巧たちを守った初代ガンマ。

 その名とシステムを受け継ぎ直虎の夢と共に組み上げられていく二代目ガンマ。


 いろんな人の想いがあって今、それが集約しつつある。


 乗り込むアタシはそんな皆の想いに応える事が出来るんだろうか?


 長かった夏休みもあと僅か。


 それが過ぎれば対決の時ももう近い。










 


 

 

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