第26話 夏の日


 夏真っ盛りのとある朝、いつものように巧の工場に行くと、フェンス前に荷物配達のトラックが止まっていた。トラックごと敷地内に入るには、工事用フェンスを大きく開ける必要があるんで結構面倒くさいんだよね。

 配達員さんにどのくらいの荷物なのか聞くと、ミカン箱位のやつが3箱で結構重いらしい。なのでスマホで巧に連絡とると、入口まで取りに行くからそこで受け取って下さいって事なので受け取った。

 確かに1箱でもかなり重い。配達元を見ると秀吉商会だった。

 暫く入口で待ってると、デルタギアに乗った直虎がやってきた。なんか直虎がギアに乗ってるのを見るのは久しぶりだなあ。


「やあ、朝倉さん、こんちゃ。コレが荷物だね」

 そう言ってヒョイと3箱ごと持ち上げる。1箱でも結構重いのに、流石はギアだなあ。って、このデルタは元々そういう使い方するもんだけどね。


「結構重いよね。何かのパーツ?」


「うん多分、銃だと思うよ? クラッシュで使う、ギア用のヤツ」

 銃と聞いて一瞬ヤバいもんかと思ったら、そういやクラッシュは銃と剣が使えるんだっけ。


「なるほど、銃か。流石の巧もコレは作れなかったわけ?」


「違うよ、銃はちゃんと指定された物でないとダメなんだよ? ってか、いくらGスポーツ用って言ったって銃なんか作ったら捕まるって。まぁ、巧くんだったら作っちゃいそうだけとねw。これは多分、リースしたんじゃないかな?」


 ああ、秀吉さんトコはリースもしてたな。でも当然、リース料金とか掛かるよね? 安くはしてくれてるだろうけど。


「ねえ、コレの料金とか……、これだけじゃなくてパーツ代とか食費とか、全部巧が建て替えてるんだよね? いいのかなあ?」


「うん、それは僕も何回か聞いたんだけどさ、今は気にしないで制作に専念してくれって、いつも言われちゃうんだよね。彼、経済的に余裕あるらしいんだ」


 それって秀吉さん達が言ってた、大手の仕事を受けてるから、かな。


「巧がいろいろ仕事してある程度稼いでるのは知ってるけど、それはこの工場を復活させるための資金でしょ? だったらあんまり甘えちゃ駄目だと思うな」

 アタシがそう言うと、直虎がビックリしたような顔で見つめてきた。


「な、何よ?」


「いや、うん、ホントその通りだよ。今はバイトもできないけど、このイベントが終わったらバイトして、時間掛かってでも必ず返そうと思ってる。この事はちゃんと巧くんに伝えとかないとだね。でも、朝倉さん、変わったなぁ? 秀吉商会に行って成長したんだねぇ」


 こいつ、ホントにアタシの事をなんだと思ってんのかね? つか、しみじみおっさんみたいに言わないで欲しい。


「ところで、なんでアンタがギアに乗ってるの?」

 いつもならガンマの製作に没頭してるもんね。


「うん、デルタにも慣れとく必要あるしさ。まあ本当は気分転換って感じだけどw」

 ガンマの製作はかなり遅れてるらしい。かと言って、それにばかり集中するのは流石に辛いだろうと思う。


「気分転換も大事だよね。たまには皆んなで遊びたいなあ」

 と、アタシも本音が出てしまう。


「ずっとギア関連の事しかしてないもんねぇ。ちょっと巧くんと相談して息抜き考えてみるよ」


「そーゆーのは天草が得意なんじゃない? つかアイツ珍しく、ここ2、3日来てないよね?」


 そー言えば、秀吉商会に行く前に会ったきりだっけ。


「うんまあ実はね、朝倉さんが練習に行ってたあの日、巧くんが例の話を天草さんにしたんだよね」



「例のって、都市伝説の話だよね?」


「そう。それで天草さんもいろいろ思うところがあったんじゃないかな? 彼女は報道の人だしね」


 そっか。遂に言っちゃったんだ。

 で、天草が頭を抱えちゃったわけか。とんでもないスクープを手に入れたものの、それ出しちゃうと巧との関係がよくない方に行っちゃうもんね。今頃、恋愛を取るか特ダネを取るかの葛藤に悶えてるのかもしれない。


 いくら下心があるとはいえ、実際アイツはアタシらの手伝いをずっとしてくれてるもんなあ。巧としてはそれに応えたい気持ちがあったから告白したんだろう。


「巧の事だから公表するなとは言わなかったんじゃないの? 『この話をどうするかはあなたに任せます』とか言いそうな感じ」

 ってアタシが言ったら直虎が驚いた顔をした。


「流石だねぇ、朝倉さん。一言一句、そのまんまだよ? 巧くんを良く理解してるねぇ」


「まあ、いかにも言いそうだもの」

 でもそんな風に託されたら、天草もたまったもんじゃないだろうなあ。大幅にぼかして公表したって都市伝説の一つにしかならないだろうし、詳しく公表したら巧や当時の関係者に迷惑が掛かるだろうし。大体、当時のNEWSで詳しく報道されなかったのは、何らかの力が働いたからだろう。それはおそらく巧達を守る為だと思える。

 そんな話を今更蒸し返しても、ややこしくなるだけだしね。


「僕は思うんだよね。天草さんってさ、須藤巧っていう天才を世に知らしめるために運命的に配置されてる人なんだよ。今はまだスクープとして公表しないと思うけど、将来きっと何かの形で須藤巧の軌跡を世に出すんじゃないかな。その時は勿論、もう一人の天才も絡ませてね」


「もう一人の天才って、佐久間の事?」

 そう聞き返すと、直虎はニヤリと気持ち悪く笑いながらこう言った。


「違うよ。朝倉遥って人の事だよ」 




  ◇


 

 工場に入り、巧にさっきの経費関係の話をしたら、案外素直に受け入れてくれた。


「わかりました。無理のない程度に返して貰えれば。直虎さんはこれが終わったら、今度は進学の準備がありますよね? だから、急がなくていいですよ」


「うん、ありがとう。必ず返すからね。なんならこの工場が復活したら、僕を雇ってくれないかな? 全力で働くから」

 

「ああ、それ良いかもですねw」

 と、本気か冗談かわからないようなやり取りをして笑い合う二人。


「当然アタシも返すからね。つかさあ、それならアタシも事務員で雇ってよ?」

 アタシもそう言って入ると、何故か巧が少し遠い目をして、変な間が空いた。


「……考えときますね」

 短くそれだけ言い、軽く微笑む巧。


 この時巧が何を思ったか、なんとなくわかる気がする。

 おそらくきちんと将来を見据えて一直線に進んでいる巧ならば、工場の復活も必ず成し遂げるだろう。それはほぼ決定された未来といっていい。

 だけどアタシは直虎はそこまで明確な未来を思い描いている訳じゃない。多分この先、ブレたり流されたりしながら歩くべき道を探していくのだと思う。

 そして、それぞれが別の道を歩いて行くんだろう。

 今のこのかけがえのない仲間との充実した時間はとても心地よいけれど、それは高校時代という特殊な時間だからこそ輝いて見えるのだ。ずっと続けばいいと思ってもほんの束の間で終わってしまうものなのだ。

 だから巧は一瞬、みんな仲良く一緒に仕事をしている未来の姿を夢見て小さく笑ったんだと思う。それは来るはずのない未来の姿だから。



  ◇




「せっかく銃が届いたから、今日は射撃訓練しましょうか」

 巧の提案で急遽工場内の一部を片付け、空きスペースを作った。


「外でやった方が練習になるじゃないの?」

 本番も外だから風の影響とか考える必要あるし、とか思って聞いたら、


「まあそうなんですけどね。弾に限りがあるんで使い回さないとなんですよ。外だと何処飛んでったかわかんなくなるんで」

 って、巧に言われてしまった。なるほど、弾も一応リースだもんね。打ちっ放しって訳にはいかないのか。頭の中で、投げた銭を拾い集めてる銭形平次のイメージが再生されてしまった。


 巧が梱包をといてる間、直虎がレクチャーしてくれた。

「じゃあまず銃のルール説明しとくね。クラッシュの試合で使えるのは1チーム3丁まで。別に使わなくてもOK。誰が何丁持つかは自由だから、1人で3丁持ってもいい。ゲーム中に交換したりもできる」

 その辺は前にも聞いたかな。あの嫌味な副将の小早川は2丁使いこなしてたしね。


「弾はピンポン玉より少し小さいくらいのゴム弾で、銃の中に6発仕込まれてて、ゲーム中に補充とかはできない。つまり1チームで使える弾は全部で18発のみってこと。弾が無くなった銃を打撃に使うとかは当然NGね。ルール的にはだいたいこんなもんかな?」


 ダンボールから取り出された銃を持ってみる。ズシリどころじゃなく相当重い。こりゃとても生身で扱えるもんじゃないな。


「じゃあ二人はデルタに乗り込んで下さい。ハルカさんは俺のデルタに」

  巧の指示どおり乗り込む。因みにデルタの完成度は90%くらいかな。カバーをつけて細部の調整をしたら一応は完成って事になるけど、この後も実際に動かしながら細かく調整していく訳だから、いつまでたっても100%完成ってのはないんだよね。


 巧がダミーのカプセルをギアに取り付けていく。ちょうどガチャガチャのカプセルと同じくらいの大きさかな? 付ける場所は両肩、胸、腹、背中の5ヶ所だ。これが全て壊れたらそのプレイヤーは退場となる。


「これって結構ちゃっちいよね。すぐ壊れそうじゃん? 例えばさ、敵味方同時に壊れたら相打ちって事になるの?」

 と、巧に聞いてみる。


「これは練習用のカプセルですけど、本番は中にセンサーが入ってるヤツを使いますからね。0コンマ数秒まで測定出来ますから、同時ってのは滅多にないです」

  なるほど、その辺はアナログじゃないんだ。


  ◇




 まず直虎のデルタがターゲットとしてじっと立っててもらった。

 大体10メートルくらい離れた場所からアタシが試射してみる。

 生身じゃあんなに重かった銃も、デルタで持つと全く重さを感じない。なので片手で打つのも余裕だった。

 が、打ってみるとまるで当たらない。カプセルどころか、でかいデルタ本体にすらかすりもしなかった。

 

「ギア越しだとわかりにくいかもですけど、反動で腕がぶれてますね。ハルカさん、アイーンってわかります?」


「ん? これ? アイ〜ン」

 って言いいながら、銃を持っていない方の手を胸の辺りまでもってきてアイーンのポーズをとった。


「……いや、顔はしゃくれなくていいです。腕だけで」


 先に言えよっ。思いっきりしゃくれちゃったじゃん、恥ずかしい。


「あはははっ変な顔w〜」

直虎は笑うな!


「その曲げた腕をもう少し下げて、その上に銃を持った腕を置いて打ってみてください」


「こうかな?」

 言われた通り打ってみたら狙い通り直虎の顔の前の透明シールドに当たった。


「あだっ、あ、いや、痛くはないけど……朝倉さん、顔狙ったでしょ⁉」


「馬鹿ヅラ晒して笑うからだよ?」

 確かに多少、当て安くなったかな。でも、カプセルを狙うとなるとやっぱり全然だった。

 ウ~ン、全く当たる気がしない。もっと練習しないとだな。


「とりあえず直虎さんと交代しましょう。ハルカさん、ターゲットお願いします」


「えっ、アタシが撃たれる方?」


「大丈夫だよ、痛くないからw」

 って直虎のヤツ、さっきの仕返しするつもりだな?


 ギアの頭部は透明のドーム状になってるから、銃を向けられるとリアルに怖い。まあ、撃たれるのも練習の内だけど。


「ふふん、撃たれるのは怖いかい? でも、撃っていいのは撃たれる覚悟がある奴だけなのさ」

 って、お前は何処の皇帝だよ⁉


 ターゲット役の為、直立不動で立ってると、直虎の初弾が肩と胸の間くらいに当たった軽い衝撃を感じた。ああ、こりゃ全然痛くはないけど、振動は多少感じるみたいだ。最低限、当たったって事がわからないと、それはそれでまずいもんね。でもいきなり結構近いトコに当ててきたな。

 と思ってたら、早くも2発目で右肩のカプセルに見事に当ててきた。

 その後も4発目で胸のカプセルにヒットさせ結局、6発中2発を当てるという意外な才能を見せたのだった。


「やっぱりの○太くんじゃん?」

 そう言えば、いつぞやのゲーセンでも射撃の才能の片鱗を見せてたしね。

 あの時も天草に○び太くんって言われてたな。


「意外な戦力発見しちゃいましたね。これで動いてるターゲットに当てられたらメチャ強いっすよ?」

 と、巧も嬉しそうに言う。


 なら今度はと、多少動き回ってみたら、完璧なヒットはなかったものの、やはりかなり近い辺りに当ててきたのだった。


「直虎さん、訓練次第で小早川に勝てますよ? ただこうなると、訓練にあんまり時間が取れないのが悔やまれますね」

 そうか、直虎はガンマの製作に掛かりきりで、訓練に時間割いてる暇が無いんだった。


「これからは俺と分担してガンマを仕上げていきましょう。直虎さんにはもっと訓練してもらいたいし。その合間を見てデルタも仕上げていきます」


「そうだね、また巧くんに負担掛けちゃうけど、お願いするよ」


 

 その後、アタシと交代で巧の射撃テストが行われたんだけど、巧もかなり安定した結果を出したのだった。どうやら元々経験があったらしい。小早川戦で見せた動きといい、メカニックだけじゃなくプレイヤーとしても高い技術を持ってるとか、どんだけスーパーマンなんだか。普段、相当いろいろ経験してるんだろうなあ。


 巧自身の自己分析によると、彼は常に頭の一部で計算や測量を行っているらしい。幼い頃から機械をいじってきたからってのもあるけど、何か物を見た時、その寸法やら中の構造やらを頭の一部が勝手に考え始めるんだそうだ。

 例えば今回の射撃の場合、ターゲットまでの距離は勿論、銃の内部構造、その威力、室内の空調、発射角度その他諸々を勝手に瞬時に計算し、本人は無自覚の内に行動に移しているらしい。

 前にゲーセンで初めてクレーンゲームをやったにも拘らず達人級の腕を見せたのは、そういう理由があった訳だ


 因みに直虎の方はなんで射撃上手いのか本人に聞いてみたら、


「うーん、僕にもわかんないんだよね。なんとなく狙ってるだけだし」


 と言う事なので、やっぱり「のび○くんっぽいから」でいいか。

 



 ◇



 射撃訓練に夢中になってて、気が付いたらもう昼だった。

 昼食はどうする?とか話してると、丁度タイミング良く天草が久し振りに顔を見せたのだった。何やら両手にいっぱい、お惣菜やら入った袋を抱えている。


「こんちはーっ。お昼まだですよね? いろいろ買ってきたんで食べましょう」

 元気よく挨拶してくるとこを見ると、スクープを取るか今までの関係を続けるか、自分の中で結論が出たんだろう。


「やあ、天草さん、ちわ」

「こんちは、ありがとうございます」 

 直虎と巧も何事もなかったかのように迎え入れる。


「グッドタイミングじゃん? 手伝うよ」


 敢えてこちらからどんな結論を出したのか聞く事もないだろう。言うべき事があるなら自分から言ってくるだろうし。


 と、思ってたら、早速天草が皆を見回しながら口を開いたのだった。


 例の都市伝説の話だろうと身構えるアタシたち。




 ところが天草の口から出た言葉は……




「あの、突然ですけど明日、みんなでプールに行きませんか?」



 …………ん?



 …………え?



 ……はあ⁉ 次回、まさかの水着回ってこと⁉













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