第19話 受け継がれる意思


γガンマの最大の特徴はローラーダッシュを装備してる事なんです」

 と、巧が説明する。


 直虎のギアにγのシステムを組む、それが巧の狙いらしい。とは言っても、そもそもガンマという機体がどういうモノなのか、巧や当時の関係者以外は誰も知らないのだ。なんせ『幻の機体』って言われて、都市伝説になってた位だもの。

 でも実際、テロリストのデルタやイプシロンを制した訳だから、とんでもないのだけは間違いない。


「ローラーダッシュって、モータースポーツタイプのギアみたいな?」

 と、巧に聞く直虎。

 Gスポーツの種類の中にもモータースポーツのような競技があるのだ。

 それは、足にローラースケートみたいな物を装着したギアが敵味方に分かれて、互いに妨害しながらトラックを何週がまわるという、大昔にあったローラーゲームのような競技だった。


「あれはただ走るって事に重点を置いてるだけだからガンマとは根本的に違います。もっと高いレベルで急ダッシュ、急ストップ、急ターンをこなせるのがガンマなんです。超高機動型って事ですね」


「いや、でもそれをクラッシュのあんまり広くないエリア内で、しかも障害物が多い中でできるの? 自在に動ける?」


 クラッシュの競技エリアはおよそサッカーの半分くらいだ。その中に大小様々な障害物が置かれ、さらに敵味方計6台のギアが入り乱れる事になる。

 そんな中を縦横無尽に走り回れたりするのだろうか?


「普通は無理ですね。でも、それを可能にするのがガンマのPOKDシステムと、ハルカさんって組み合わせなんです」


「アタシ!? 無茶言わないでよ⁉ 全くの素人なのよ?」

 なんかえらい所から話が振られてきて焦ってしまう。


「でもフィギュアでトップレベルの選手だったんですよね?」


「あっ、そうか。確かに朝倉さんなら行けるかも、って言うか朝倉さんにしかできないよね」

 と、巧と直虎が言うけど、実際そんな簡単な事じゃないと思う。


「いやいや、生身とギアじゃ全然違うでしょ? むしろ巧の方が上手くやれるんじゃないの?」


「残念だけどガンマは俺には乗りこなせないんです。あの佐久間でさえ絶対無理ですから。そもそもガンマは選ばれた人間しか乗れないんですよ」

 真剣な顔でそう言う巧。


「選ばれた人間? どういう事?」

 特殊なアスリートとかかな?


「そのまんまの意味ですよ。超高機動型故に乗りこなせる人間は限られてくるんです。プロでさえもいるかどうか。現時点でコイツを乗りこなせそうな人を上げるとしたら、3人しか思い当たらないです。まずは実際にコイツに乗って活躍した俺の恩師が一人目」

 巧がそう言いながら人差し指を立てる。

 ああ、まあそりゃ都市伝説になったくらいだもんね。


「で、二人目はハルカさん」

 指を2本立てる巧。

 ここが良くわからないんだけど。伝説の人からなんでいきなりアタシが出てくる訳?


「そして3人目は……門脇由衣です」


 ん? 門脇由衣? どっかで聞いたような……


「「……って、ユイ姫?!」」


 いきなり巧の口から出たのはアタシの絶対的な憧れの存在だった。ってか、トップ中のトップじゃん!? 


「ホントにその三人しか乗りこなせないの!?」


「俺が知る限りでは、って事です。探せばもう少しいるかもしれないけど、それでもこれ以上ないってくらいベストなのがハルカさんなんですよ」


「で、でも、伝説にまでなった人と、現時点での世界トップレベルプレイヤーだよ? その二人に朝倉さんが並んじゃうの!?」


「恩師の先生は普通の人でした。ただ条件が合ったから乗っただけなんです。だからあの人の場合は根性だけで乗りこなしたんです。由衣だって最初から才能あった訳じゃないですよ? 努力して身体を作り上げて今の地位まで上り詰めたんです。その点、ハルカさんは既に身体が出来上がってるし、勿論それは努力の賜物でしょうけど、才能もある。だからあの二人に並ぶどころか、超える可能性もあると俺は思いますね」


「アタシをそんなに評価してくれるのは嬉しいけどさ、アンタなにユイ姫を呼び捨てにしてんのよ?」


「えっ、引っかかるの、そこ⁉」

 直虎が声を上げる。

 だってアタシにとってユイ姫は絶対的な存在だもん。


「その門脇由衣にライバルとして認められたくないですか? ハルカさん、あなたは絶対ガンマに乗るべきなんです」

 

「アタシがユイ姫のライバル……」

 それは想像すらつかない未来の姿だ。

 あり得ないと思う反面、考えただけで体が熱くなるのは何故だろう。

 すっかり冷めてると思ってたのに、まだこんな自分にも熱くなれる心が残っていたのが不思議だった。

 もう一度立ち上がれるかもしれない。いや、更に走りだしたい、そんな高揚感に支配されていく。


「……やってもいいかな」

 気がついたらそう呟いていた。

 その言葉に巧と直虎が満足げに強く頷く。


「うん、じゃあ決まりだね。巧くん指導の元、僕がガンマを完成させて、朝倉さんが乗り込む。そして僕と巧くんがデルタでサポートに回る。こんな感じかな」


「はい、でも直虎さん、もう一度聞きますけどホントにいいんですか? POKDシステムを組み込んだら、直虎さんが今まで少しづつ調整してきた機体がガラっと変わってしまいますよ? それに乗り込むのもハルカさんになっちゃいますが……」

 これは直虎が二年以上コツコツとやってきた事を一旦リセットするようなものだから、巧が直虎の意思を何度も確認するのは当然の事だろう。

 でも当の直虎は結構サバサバしていた。


「僕のひとまずの夢はさ、君が小早川を負かした時点で達成できたんだよ。あれで今までの努力が報われた気がした。だから悔いはないし、新たな夢もできたからね。この三人でGクラブに勝利するって夢がね」

 と、直虎が気持ち悪い笑顔をしながら親指を立てて見せる。


「その夢、俺も便乗しますよ」

 巧がそう言いながら催促するようにアタシを見た。


「うんまあ、アタシもそれに乗っかるってば。でも円陣組んで手を重ねてファイトーオーとか無しね?」


「えっ、僕わりとアレに憧れてたんだけど?」


「あんなのさあ、よっぽど大きな試合でテンションが異常になってる時だからやれるんだよね。普通にやったらイタいだけだって」


「ふーん、そっか。エンジンは組むけど円陣は組まないって事だね?」


「親父かっ!! そっちの方がイタイわっ!」

 直虎の酷いダジャレに思わず突っ込んでしまった。


「はいはい。じゃあ早速準備に入りましょう。POKDシステムを組み込むにはとにかく時間が掛かりますからね。実は既に使えそうなパーツはある程度揃えてあるんです」

 アタシと直虎の絡みをあっさり流す巧。早くも本気モードみたい。


「へぇ、そりゃすごい。さすが巧くん、準備万端だねぇ」

 と直虎が心底感心したように呟く。巧への信頼感は前からあったけど、さっきの話を聞いてからは一層信者みたいになっちゃったな、コイツ。


「それで、そのPOKDシステムってのは具体的にどんなシステムなのよ?ってかPOKDってなんかの略?」


「えっと……それはまぁ追々説明します」

 ああ? 今明らかに目を反らしたんだけど? 絶対、なんか隠してるな? そんな怪しいシステムなわけ?

 まあ、一度やると決めたんだから本気でやるけどね。

 あのユイ姫に少しでも近付く為に。




  ◇



 それから我がG会はとんでもなく忙しくなった。

 まず、直虎のギアは巧の工場に運ばれ、そこで改造が行われる事になった。なんせ設備が充分整ってるもんね。工場の敷地には巧の実家も残っていて、今巧はそこで寝泊まりしながら整備にいそしんでる。相変わらず学校は休みがちって言うか、単位がとれるギリギリを計算してるみたいだ。

 直虎はちゃんと学校に来るけど、放課後になると自転車で巧の工場まで通い続けてる。

 自転車だとさほど遠くないとはいえ、かなりハードな毎日だろう。本人は「いい体力作りになる」って言ってるけど。

 そしてアタシはと言えば、アスリートとしての体力や勘を取り戻すため、徐々にトレーニングを行っている状態だった。

 ホントは少しでも二人の手伝いをしたかったんだけど、「頼むからハルカさんは機械に触らないでくれ」って巧に言われてしまったから仕方ない。そりゃ配線間違えて繋いで危うく基板ダメにしそうになったりしたけどさ、「触るな」ってあんまりじゃない?

 結局直虎に「朝倉さんはなまった体を引き締めたら?」って言われてかなりカチンときて、今本気で鍛えてる。


 こんな感じでアタシ達は皆バラバラに行動しながらも、一つの目標に向かって突き進んでいたのだった。



  ◇


 放課後、ジャージ姿で外で入念にストレッチしてたら、天草が現れた。


「あーっ、やっと見つけた!! 皆、ここんとこ全然見掛けなかったからずっと探してたんすよ? ガレージ行っても誰もいないし。どこで何やってたんすか? ひょっとしてあたし避けられてます? 巧くんは何処いるんすか?」

 相変わらずけたたましいヤツだ。顔見るなりマシンガンの様に喋り出す天草。


「別にアンタ避けてる訳じゃないってば。巧と直虎はギアの改造で忙しいんだよ。アタシはアタシで昔の身体に戻してる最中だしさ」


「ふーん、フィギアの天才少女って言われてた頃の体にって事すか?」

 

「アンタ何でそんな事知ってんのよ?」

 アタシが最も活躍してたのは小学5、6年くらいまでだ。それからは成績はガクンと落ちたし。だから過去のアタシを知ってる人間は、この学園にはほぼいないんだけど。


「チッ、チッ。このあたしの情報網を舐めて貰っちゃ困りますねー? ハルカさんや沖田さんの事はバッチリ調べがついてるんですよ。ただ、肝心の巧くんの事が中々調査が進まなくて。調べようとすると何故か壁にぶち当たるんすよねぇ? まるで誰かが邪魔してるみたいな? 彼って一体、何者なんです?」


「うーん、アタシの口からは言えないな。本人に聞きなよ?」

 って言ってやったら天草が目を剥いた。


「あーっ! なんすかそれ⁉ 自分は知ってるんだぞ?みたいな。あんた巧くんの何知ってるんです⁉」

 コイツ、巧の事になるとテンションが一段上がるな。アタシらG同好会の取材と言いつつ、目的は巧一人じゃないのか?


「アタシだってそんなに知らないってば。アンタもいずれ話すって言われたんでしょ?」


「そーだけど……今すぐ知りたいじゃないですか」

 

 うっ、なんかちょっと可愛らしいのがムカつく。まあコイツ、性格は変だけど見た目は女のコ女のコしてるから、男受けはいいんだろうね。

 巧に好意以上の感情持ってるのがバレバレだけど、巧の方はどうだろう?

 あの男はホント、素が見えないからなあ。まだ何かいろいろ隠してそうだし。そういえば、アイツから異性関係の話、聞いたことないな。

 あの見た目で今まで特定の彼女がいないとか有り得ない気がするんだけど。

 …………。

 あーっ、なんかアタシまでモヤモヤしそうだから話題変えよっ。


「ところでさ、プロモーションムービーの方はどうなったのよ?」

 明らかに不自然な感じで話を変えたけど、天草も気分を変えたかったのか、スムーズにのってきた。


「もうバッチリですよ? それで完成品見てもらおうってのもあって、探してたんですよ。一応沖田さんにメールで伝えたら、みんなで確認してOKだったら夏休み初日にネットにアップしようか?って話なんです」

 夏休みだったらもう一週間ほどか。


「そっか。じゃあ、夏休み前に一度みんなガレージに集まるようにするわ」

 ストレッチをしながらそう答えた。


「はい、ですね……」


「ん? なに?」

 なんか天草の視線を強烈に感じた。


「いやハルカさん、体柔らかくて手足長くて胸大きくていいな、って……。あんた、喋んない方がいいですよ? 黙ってたらめっちゃエロいっす」


「な、なに言ってんのよ。男はアンタみたいな可愛らしいのがいいんだと思うよ?」

 なんかお互い無いものねだりして羨ましがってるような感じ。

 隣の芝生は青く見えるって事か。



 変に微妙な空気が流れたあと、天草が言った。




「それでハルカさんは巧くんの事、どう思ってるんですか?」








 

 


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