第16話 訪問者


γガンマの名を受け継ぐ覚悟はありますか?」



 そう巧に問われ、頭に「?」マークが付くアタシ。隣の直虎も同じく「?」って顔してた。

 ああ良かった、アタシだけが理解出来てない訳じゃなくて。

 ん? でも、γガンマって名前、どっかで聞いたような?


「ごめん、巧くん。それはどういう……」


 そう巧に聞きかけた直虎の言葉が途切れる。


 ガレージ入口に客が現れたからだ。

 それはとっても珍しい客だった。


「すまん、入っていいだろうか?」

 低く響くその声の主は、Gクラブ部長の佐久間その人だった。

 後ろには相変わらず金魚のフンの如く、マネージャーの甲斐の姿があった。


「えっ⁉ ああ、どうぞ」

 突然の珍らしい客の訪問に直虎も、間抜けな声で迎え入れる。

 ソファーから立ち上がりつつ、

「ほら、朝倉さんもパイプ椅子の方に」

 と、アタシにもソファーを空けろと促してきた。

 渋々パイプ椅子に移動するアタシ。

 あのソファー、アタシのなのに。


「ああ、お構い無く」

 と言いつつも佐久間はどっかりとソファーに腰を下ろした。

「ん、君も座われよ?」

 後ろに控えて立ったまま、ソファーに座ろうとしないマネージャーの甲斐に佐久間が声を掛ける。


「いえ、私はここで……」

 

 うっ、この女、遠慮してると見せかけて、実はボロいソファーに座るの拒否してるな? 服が汚れるとか思ってそーだわ。

 アタシ愛用のソファーまで見下しやがって。どんだけお高くとまってるだよ!?

 他に椅子なんかないから立っとけ!


 ……って思ってたら巧が自分のパイプ椅子を差し出した。

「じゃあ、これどうぞ」

 そう言ってニコっと笑うイケメン。


「あ、ありがとう……」

 意外にも素直に受け取る鉄の女。

 あーっ、コイツ、ポッと頬染めやがった!! わかりやすいツンデレか?

 冷徹女の癖にイケメンに弱いのかよ? つか、巧も巧だっつーの。


「ちょっと巧!! あんた一度でもアタシにそんな風に親切にしてくれた事あった!?」


「はあ? ハルカさん、いっつもソファーで寝そべってるじゃないですか? パンツ丸出しで」


「うっ、そ、そりゃそうだけど、パンツ丸出しとか言うなよ!? 誤解されるでしょ!?」


「5回じゃないですよ? 10回以上です」


「回数とか言ってないわっ!!」


 あ、気がついたら直虎がジトーって顔してた。


「……君ら、客が来てるの忘れてない? ちょっと静かにしててね?」


「「スイマセン」」



「……いつもこんな感じなのか?」

 と、佐久間が呆れたように言う。


「あ、ごめんね? 騒がしくて。最近はいっつもこんな感じだねぇw」

 と、佐久間達に笑い掛ける直虎。


「そうか。仲間ができて良かったな」

 その佐久間の言葉は皮肉ではなく、意外にも彼の本心のように思えた。

 同じ学年で有りながら、かたや全国レベルのプレイヤーにまで登りつめた男、かたや部にさえ入れず一人でやるしかなかった男。

 案外、佐久間は直虎に対して後ろめたい気持ちがあるのかもしれない。


「さっきの理事長室での証言、正直助かった、ありがとう」

 驚くべき事に、あの佐久間が素直に頭を下げた。これには直虎や巧は勿論、甲斐までもが驚いてる。


「い、いや、君達を助ける為だけって訳じゃないから。僕らのメリットも考えてああいう結論になっただけだから」

 んな慌てて否定しなくても、もっと恩を売っときゃいいのに。全く、ウチの部長は人が良いんだから。


「本気でウチのイベントに出るつもりか?」

 

「うん、本気だよ」

 即答する直虎。


「そうか、競技は何にするんだ?」

 睨むような目で問う佐久間に直虎はほんの少し考えたあと、


「クラッシュでいく」

 そう言い切った。佐久間と甲斐がびっくりしてるけど、このアタシだってびっくりだ。だってアタシまだOKしてないじゃん⁉


「ちょっと待っ、モガモガ……」

 反論しかけたらまた巧に口を塞がれた。コイツ、いい加減にしろよ⁉


「クラッシュって、ギアはどうするの?」

 うわぉ、冷徹マネージャーがアタシとおんなじ事、聞いてるよ。

「それは俺がδデルタの中古を引っ張ってきます。デルタでも問題はないですよね?」


「デルタ? あんな競技用でもない機体を使うって言うの? まぁショーとしては面白いかも知れないけれど……」

 このツンデレ、何か巧に対しては言い方がちょっと優しくないか?

 が、佐久間がそのマネージャーを制した。


「……デルタでもハンドメイドでも構わんが、俺はショーや遊びでやるつもりはない。やるからには本気でやる。小早川達だって今度は本気でお前らを潰しに来るだろう。それでもいいなら受けて立つが?」


「うん、僕らもその方が有り難いよ」


「わかった。今後の細かい取り決めはこの甲斐マネージャーとしてくれ。それじゃ、邪魔したな」

 そう言って佐久間は立ち上がった。自分の言うべき事は言ったって事だろう。


「了解。僕らの方でも話しを進めておくよ」


 直虎のその言葉を聞いて、佐久間と甲斐は帰っていった。




  ◇



「ちょっと、何勝手にアタシまで巻き込んでんのよ?」


 佐久間達が帰ったあと、早速直虎に噛み付くアタシ。


「ええっ、朝倉さん出てくれないと困るんだけど」

「ってゆーか、ハルカさんが主役ですから。ハルカさんがキングなんですよ? 王様がいないと始まんないです」

 

「あ、そーなの? じゃぁあんた、アタシをハグしなさい」


「はぁ? 何すか、それ?」

 とか言いつつ後ろに回り込んでくる巧。

 ん? わざわざ近くまで来て突っ込み入れなくてもいいのに、って思ってたらいきなり後ろから首の辺りに手を回してマジでハグされてしまった。

「なっなっなっなに本当にハグしてんのよっ!?」


「へ? 自分が言ったでしょ?」

 超耳元で聞こえるイケボイスに思わず倒れそーになる。


「いや、そこは「王様ゲームじゃねーわっ!」ってツッコむとこでしょうがっ! ってか、耳元でささやくなっ!」

 こいつってばどんだけ天然なんだよ!?


「巧くーん、あんまり朝倉さんをからかっちゃダメだよ?」

 直虎の言葉にハっとして巧見たらなんか

 ( ̄ー ̄)←こんな顔してるし。


「わざとか、コラ!! いつの間にそんな返し覚えたのよっ!?」


「いや、反応が面白いからついw え、いでででででっ」

 

 ムカついたからヘッドロックかましてやった。



 その時だ。


 ガレージ入口で誰かが中を覗いてるのが見えた。アタシが気づいた途端、サッと隠れてしまう。

 すぐさま巧を離し、そのままガレージ入口へとダッシュした。

 

「えっ、な、なんすか?」

「どーしたの?」

 と、突然の行動に男二人が戸惑ってるけど、構わずアタシは消えた影を追う。少々なまっていようが、アスリートの反射神経舐めんな。デカいおっぱいは邪魔だけど。


 ガレージから飛び出したら、トテトテと走って行く小柄な女生徒の後ろ姿が見えた。

 なんか栗鼠とかの小動物みたいだな、って思いつつ走るとあっと言う間に追い付いた。そのまま襟首を引っ掴む。

「ぎゃんっ」

 惰性で一瞬首が締まったその女生徒は激しくむせた。

 

「ゲホっゲボっ、な、なにするンスか! 首締まったじゃないですか!」

 そう涙目で訴えてくる顔もやっぱり小動物系だった。

 ショートボブでパッチリ目の可愛らしい女のコだ。


「アンタ今、ウチのガレージ覗いてたでしょ?」


「へ? ドキッな、なんの事やら」

 身体に似合わぬゴツいハードケースを肩から下げた女生徒は、明らかにキョドってた。

 

「もしかしてスパイ?」


「めめめめ滅相もないっ」

 めっちゃ全力で目が泳いでるし。わかりやすいヤツだな、コイツ。

 取り敢えず、激しくクロなんでガレージに連行する事にした。




  ◇




「えっ、誰? その人?」

 

 小動物系少女の首根っこを掴んだままガレージに戻ったら、直虎と巧が驚いたような声を上げた。


「ん? アイツ等早速スパイ送りこんできたんだよ。縛るロープかなんかない?」

 そう言いつつスマホで人の縛り方を検索する。

「えーっと、縛り方縛り方……」

 そのスマホの画面を覗き込んだスパイがジタバタ暴れ始めた。

「ちょっ、亀甲縛りとか、何調べてんすか⁉ 団鬼六かっ、アンタ⁉ この人、頭おかしいです‼」


 ってあんまりうるさいから、ポイッと少女をテーブル横に放り投げた。


「あいたたたっ、だからぁ、スパイじゃないですって!!」

 少女がなんか叫んでるけど騙されないからね?


「とりあえずそこに正座しなさいっ」

 と床を指差すと少女が駄々をこね始めた。


「イヤです、誤解です、スパイじゃないですっ」


 すると巧が

「こっちにどうぞ」

 と、また自分のパイプ椅子を差し出してニコッと笑う。


「あ、ありがとう……」

 ぽっと頬を染めてイケメンを見つめる少女。

 あーもうっコイツタクミってば、どんだけ女たらしなんだよっ⁉


「えーっと、それで君は何か用があったのかな?」

 と、暫くアタシと少女のやり取りを見てた直虎が少女に尋ねた。


 すると、少女が少し考え込んでから意を決したように喋り始める。

「あ〜、あたし報道部2年、天草司あまくさ つかさと申しまして……」


 ん? 報道部? って事は……。


「報道部? それがなんでまた……あっ!」

 直虎も気付いたみたいだけど、アタシらの周りであった事件と言えばアレしかないじゃんね?


「はい、まあお察しの通り、例の動画の件です」


「もしかして僕らを張ってたの?」


「いえ、張り込みしてたのはGクラブの方でして。あたしも今朝ネットを見て、思った以上にバズってたんで、こりゃGクラブを張ってたら何か撮れるなって思いまして……。そしたら放課後、理事長室で何やら密談してるじゃないですか。そのまま佐久間さんをつけてたらここに辿り着いたって訳です」

 悪びれる事なく、『てへっ』とか言いそうな勢いでそう説明する天草。


「ふーん、それで僕らの会話を盗み聞きしてた訳だ?」


「え? いやいや、盗み聞きなんてとんでもない。そりゃ、チロッとは聞こえちゃいましたけどね、ほんのチョットだけですって」


 コイツ、なんか怪しいな?


「アンタ、ホントの事言わないとマジで縛るよ? えーっと、M字開脚縛りのやり方は、と」


「はぁ⁉ ちよっちょっ、待って待って⁉ この人、本気じゃないですよね⁉」

 すがるような目で直虎を見る天草。


「うーん、本気じゃないけど、冗談でやっちゃう人だからね」

 コイツ直虎、マジでアタシの事を何だと思ってるんだろ?

 まあ、縛るのも面白そーだな、ってちょっと思ったけどさ。

 でも、報道少女はマジでビビったみたい。


「言います、言いますって! こちらのG同好会さんがGクラブのイベントに参加するってのは聞いちゃいました、うん!」


 あちゃー、それ最重要事項じゃん?


「これまずいんじゃないの? プロモーションムービーで大々的に公表する前に情報流れちゃうと?」


「ですね。公表前だとまた色々面倒くさいかもですね」


「ならコイツ監禁する? ムービーが出来るまで」

 って言ったら天草が泣きそうな目で見てきた。


「監禁しないで下さい、お願いうっぅう」


「こらこら、本気で怖がらせちゃ駄目でしょ?」

 

「あっ! そーいやさ、プロモーションムービーって誰が作んの? 直虎?」


「いや、僕はそんなの無理だけど。巧くんは?」


「いや、俺も簡単な編集くらいなら出来るけど、センスあるプロモーションムービーなんて無理ですよ? ハルカさんは……いや、何でもないです」


「はぁ? 失礼な奴だなー。聞く前から出来ないって決めつけんなよ?」


「じゃあ出来るんですか?」


「出来ないわよキッパリ!」

 巧と直虎が呆れたような目で見てくるんだけど。



「だいたいさぁ、プロモーションムービーがどうこう言い出したのは直虎でしょ? アンタ、出来もしないのにやるって言った訳?」 


「いや、あの場は勢いでああ言うしかなかったでしょ⁉ プロモーションムービーなんて、あの動画サイトにアップされてたヤツをちょっと加工したらイケるかな?って思ったもん」


「ああ? 人が撮った動画使い回すつもりだったの⁉ だめでしょ、それ? だいいち、あの動画ぼかしてあったじゃない? アレ使うんなら、ぼかす加工する前の動画がいるんじゃない?」


「あっ、そーか。ならまずあの動画を撮影した人、見つけないとダメなのか」

 そう直虎が落胆したように言った時、天草がおずおずと手を上げた。


「あの〜、良かったらアタシがそのプロモーションムービーとやら、作りましょうか?」

 その場の全員が天草に注目する。


「天草さん、できるの?」


「任せて下さい。そーゆーの、得意です」

 と、無い胸を張る天草。


「でも、元の動画はどうすんの?」


「それも任せて下さい。すぐに探し出します」

 と、なんだか頼もしい。そりゃ、報道部とかなら編集も探すのも得意そうだわな。

 と思ってたら、巧が突然口を開いた。

「いや、探す必要ないんじゃないすか?」


「ん? どーゆー事?」


「天草さん、あの動画撮影してネットに上げたの、あなたでしょ?」

 と、天草をジッと見据えながら巧が言う。


「「えっ、そーなの⁉」」

 と、また直虎とハモってしまった。本日ハモるの何回目だよ?


「へっ⁉ドキッ ななななんの事です?」

 明らかにキョどる天草。


「あの動画、かなり下から撮った感じでしたからね。たぶん、そのカバンにカメラ入れて隠し撮りしたんじゃないですか?」

 と、天草の重そうなカバンを指す巧。


「確かにそんなアングルだったけど、それだけじゃ……」

 

「それだけじゃないですよ。天草さんさっき、『朝ネット見たら』って言ってましたよね? これ、予め動画がアップされてる事を知ってる言い方じゃないですか?」


「ううっ」

 追い詰められた様子の天草。


 コイツが犯人だったのか。






 
















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