第13話 駆け引き



「あっ、小早川さんじゃん? やっぱカッコいいよぁ」

「小早川さん、優勝おめでとー」

 

 集まった生徒たちからそんな言葉が次々に上がる。

 多分、直近の『クラッシュ』での優勝の事を讃えているんだろう。

 あの時出場してた部長の佐久間は今いないけど、副部長の小早川ともう一人、本多って奴がいるから。

 しかし、この嫌味な奴ら、特に小早川が生徒から人気あるとは意外だなぁ。

 そりゃ学園を代表するGスポーツの実力者だし、性格の悪さを知らなきゃ、憧れたって仕方ないか。アタシの好みじゃないけど、容姿もそこそこだったりするし。

 


「えーっ何あれ? カッコ悪ーい」

「動くの? あのスクラップ?」 

 と、逆に直虎とギアに対しては不評の嵐だ。

 ウチのギアはまだ外装がなくて、機械や人間剥き出しだし、いかにも寄せ集めて作りました感、満載だもんなぁ。

 オマケに操る直虎の見た目は、髪ボサボサで黒縁メガネの完全『ヲタク』って風貌だし。

 

「あの茶髪の胸でけぇ!」

 ああ? 誰だ⁉ アタシのおっぱい関係ないだろが⁉

 群衆をぐるっと睨みつけてやったら、えらく反感買ったみたいだ。

 多くの視線がアタシと直虎を見下してるように感じる。

 これ、完全にアウェーじゃん?


「おい、アイツにターゲット付けてやれ。両肩と背中でいいだろ」

 と、小早川が取り巻きの部員に命令する。その部員が赤いカプセルを持ってきて、直虎のギアに付け始めた。このカプセルが全部割れたら負けって事か。

 ギアの両肩に1個づつ、背中に1個の合計3個だ。小早川のπギアにも同じように取り付けられた。


「よし、じゃあ攻撃して来いや?」

 きっちりハッチも閉じて完全戦闘モードの小早川の声が、外部スピーカーから聞こえてくる。

 因みにπギアは顔の部分が透明のシールドになっているため、ニヤニヤと笑う嫌な表情も良くわかるんだよね。

 対する直虎のギアはフレームである程度守られてるとはいえ、生身が出てる部分も多いからかなり危険な感じだ。

 まさかそこを狙ってはこないだろうけど、間違って当たっただけでも大怪我になるんじゃなかろうか?

 見てるだけでも怖いんだけど。


 その場から動かない小早川に向かって、直虎ギアがゆっくり近付いていく。

 手を伸ばしたら届くくらいの距離で一旦止まり、ふぅー、と息を吐く直虎。


 そしておもむろに右アームを伸ばし、小早川の左肩のカプセルを狙う。

 僅かに体をひねってそのアームをすかす小早川。

 直虎が一歩前進して、今度は右肩のターゲットを狙う。

 これも軽くスウェーしながら体の捻りでかわされた。

 そこからはフェイントを入れつつ前進しながらの攻防となった。

 左右のアームを繰り出しながら前進するのが直虎、それを鮮やかにかわしながらバックするのが小早川という構図。

 攻撃するのは直虎で、小早川はあくまでかわすだけという戦いが続く。


 ギアは操縦するのではなく、中の人間が動いたままをトレースする。

 だからギア自体の性能もさる事ながら、中の人の運動神経も大きく関わってくるのだ。

 

 既に汗びっしょりで息を切らしている直虎に対し、いつまでも余裕の笑みが消えない小早川。


 突然、パチパチパチパチと生徒達から拍手が起こる。

 一生懸命な直虎を讃えてるって訳じゃなく、鮮やかな動きを見せる小早川に対して称賛を送っているのだ。


「小早川さん、ステキーっ!」

 そんな声さえ掛かる。

 一方の直虎に対しては、その無様な動きにくすくすと失笑が漏れていた。

 まるで一昔前の戦隊物に出てくるロボットのようなカクカクした動きは、スムーズに動くπギアと比べたら滑稽としか言えない。


「あれってギャグww?」

 若手芸人の体を張った芸みたいな気で見てるんだろう。直虎をバカにした笑いがあちこちで起こる。


 そんなギャラリーの雰囲気を感じ取ったのか、直虎の左右のアーム攻撃がだんだん乱れていき、ところどころに隙ができるようになってきた。

 すかさず小早川のアームがカウンター気味に、直虎ギアの左肩のカプセルを捉える。

 パチンという、カプセルが弾ける音がした。

 途端にどっと沸く生徒たち。

 圧倒的強者が弱者をなぶる、そんないじめにも似たシーンに生徒達はエキサイトしていく。

 残るカプセルは2個。


 焦った直虎が強引に突っ込んで行き、ヒラリと小早川にかわされ、そのまま前へとつんのめる形になる。

 と、小早川がその直虎のガラ空きの背中にギアでかなりな蹴りを入れた。

「あっ危ないっ!」

 思わずそう叫んでしまうほど容赦のない蹴り。


 パキッと背中のカプセルが割れ、ギシッとフレームが軋むような嫌な音がして、直虎のギアが地面に膝を付く。

 どう見てもカプセルだけを狙った蹴りには見えなかった。直虎のギアが両膝をつかされるぐらいの衝撃はあったって訳だし、だいたいあの体勢からならアームで十分届いていたはず。

 蹴ったのは明らかにやり過ぎだろう。ってかむしろギア本体を壊そうとして蹴ったんじゃないだろうか?


「ほれ、あと1個だぞww?」

 バカにしたような小早川の声が響く。


「ちょっと、今の危険すぎるでしょ⁉」

 思わずそう叫ぶと、


「はぁ? お前らGスポーツ舐めてんのか? だいたいあの程度で壊れるようなギアに乗ってる方が悪いんだよ!! お遊びだったらお家でやってろ!」

 と、逆になじられてしまう。

 ぐるりと周りを見てもギャラリーは皆、Gクラブの方に肩入れして、アタシ達G会の味方は誰もいない。弱者がイジメられるのを見る事で得られる優越感。そんな負の感情がギャラリーの中に渦巻いているようだった。

 悪意の様に突き刺さる視線が、『潔く壊れちゃえよ?』と語っているようでいたたまれない気持ちになってしまう。

 アタシでさえそんな気分なのに、実際あそこで弄ばれてる直虎はどんなに辛いだろう。

 

 もういい、見てられない、何言われたってもう止めよう。


 そう決心して前に踏み出そうとした時、後から肩をぐっと掴まれた。

 睨むように振り返ると、そこにいたのはほぼ1週間ぶりくらいに見る巧だった。



「アンタ、今まで何を……」

 思わず泣きそうになりながら出た文句に、巧は一瞬だけアタシを見てニッと笑い、すぐ顔を引き締めて直虎のキアの元に駆け寄った。


「直虎さん、怪我ないですか?」

 力なく顔を上げた直虎が巧に気付き、精一杯強がった笑顔を見せる。

「やぁおかえり、巧くん。僕は大丈夫。ちょっとへばってるけどね」

 巧はその言葉を聞くと、ギアの背中から腰辺りの状態を確認していく。

「ギアも損傷してないです、直虎さん」

「そっかぁ、良かったぁ」

 

「なんだあ、お前ら⁉ まだ終わってねぇぞ? もう止めてくれって言うなら止めてやるけどよ? その代わり今後俺らの周りでそのポンコツ乗るなよ。わかったか?」

 小早川が憎々しげに叫んだ。


「勿論、続けるさ。だからちょっと待ってくんない?」

 興奮状態の小早川に動じる事なく、淡々と巧が言う。

 そして巧は直虎に向きなおった。


「直虎さん、ギア、俺に貸してもらえるかな?」

 操縦を自分に変われって事? アタシも

思わず2人に駆け寄ってしまった。


「巧、アンタ、ギアの操縦できるの?」

 言ってから気がついたけど、ギアは中の人間の動きをトレースするだけだから、実質誰でも操縦可能なのだ。

 ただし、これは後から直虎に聞いたんだけど、スムーズに動かす為にはやはり、微妙な力加減が必要なんだそうだ。


「それなりに」巧がそう言ってニッと笑う。

 コイツ、ホントに自分を出さないタイプだけど、その言葉の裏に余裕が伺えた。


「頼む、巧くん。こいつを君に託すよ」

 



 ――そして直虎と交代した巧が小早川と対峙するのだった。

 





  ◇




「よう、お前こんだけ待たせんだから、ちょっとはマトモにやれんだろな?  まぁどーせ無理だろーし、ハンデくれてやる。コッチのターゲット1個でも潰せたらお前らの勝ちにしてやるよ。それくらいやんねーと盛り上がんねえ」


 小早川がそう面倒くさそうに言ってくる。

 ちょっと間が空いてギャラリーたちが白けた空気になってきたから、盛り返そうって計算だろう。

 ほんの僅かだけど、巧に注目してるギャラリーもチラホラいるようだし。

 まあ、「誰あれ? ちょっとかわいい」とか聞こえてきたから、ほぼ顔目当ての女生徒だろうけど。そんな感じだから逆に男子生徒からは、かなり反感買ってる風だわ。

「おら、早くやられちまえっ」とか、心無いヤジが飛びまくってる。


「お待たせ。始めましょうか」

 ギアに乗り込んだ巧はヤジとかに動じてる様子はなく、憎らしいほど冷静だった。

 ホント、コイツいっぺんあたふたさせてみたいもんだ。

 でも今はその憎らしさがなんとも心強いんだけど。


「おっせぇわ! おら、行くぞ!」

 小早川の方は相当カリカリしてたみたいで、いきなりダッシュで巧に急接近した。

 えっ、πギアって本当はこんなに早いの⁉ 

 正直ビビった。

 さっきの直虎戦だとほとんど移動らしい移動はなかったし、もっさりした戦いだったから、そういうもんだと思ってた。でも本気を出せば、とてつもない瞬発力で動けてしまうんだな。


 まるで飛ぶように一瞬で巧ギアの目の前まで来たπギアがその勢いのまま右肩のカプセルに手を伸ばす。

 おそらく一瞬で終わらせて恥をかかせてやろうっていう、小早川の魂胆が透けて見える。

 その場いた誰もが虚をつかれ、「あ、終わった」と思った事だろう。


 しかし、巧はきっちり右肩を引いて、πギアのアームをかわしていく。

「ああっ、惜しいっ!」

 観客からそんな声が聞こえてきたけど、アタシの目には巧が余裕を持って避けたように見えた。

 πギアが伸ばした左アームを流しなから、その勢いで半回転しバックハンドで更にカプセルを狙う。裏拳のようなそのトリッキーな攻撃も、巧はスウェーで軽くかわした。


「当たった?」「いや、まだだって」「なんか早くてわかんねぇよ?」

 

 間違いない。皆んなは目で追えてないけど、巧は確実にかわしてるし、アタシの目はそれをしっかり捉えてる。これでも元アスリートだもんね。動体視力が一般人のそれとはレベルが違うのだ。


 一旦距離をおいて、すかさずまた素早い攻撃を見せる小早川。

 防戦一方な巧の方は、実際は最小限の動きで効率よくかわしているから、むしろ余裕があるとも取れる。

 それは小早川も薄々わかってきているようだった。


「てめぇ、うぜぇんだよっ」

 小早川がかなり苛ついてきたのか、声を荒げる。

 巧が依然クールな表情を崩さないのが余計、気に入らないんだろう。

 しかし小早川の攻撃は一向に巧に届かなかった。


 そんな展開に切れたのか、小早川ギアのアームがカプセルのない全然違う場所を露骨に狙い出した。

 最初はフェイントのようだったが、だんだん本気で当てに行ってるとしか思えない動きになる。


「おいっ、関係ない場所狙ってないか⁉ 反則だろっ! 危険すぎるっ!」

 直虎も気がついたのか、大きな声で抗議した。


「うるせぇ! コッチはお前らみたいに遊んでるんじゃないんだっ! 激しいやり取りなんか当たり前だろうが⁉」

 Gクラブの部員達がそう言い返してくる。どいつもこいつも目をギラギラさせてこっちを睨んでいる。予想を超えた巧の動きが、よほど面白くないらしい。


 そんな外野のやり取りが耳に入ったのか、ついに小早川は絶対やってはいけない危険行為に及んだ。

 πギアのアームの指を伸ばして手刀の形にし、あろうことかそれで巧の生身の顔を狙ってきたのだ。

 当たれば怪我どころじゃない、頭蓋骨が砕けるだろう。 


 その場にいた全員が声を出す事も出来ずに息をのむ。


 さすがの巧も、顔面に伸びてくる手刀には大きく仰け反る態勢になった。

 それでもカプセルが残る右肩を引き、左肩を前に出す格好でターゲットを狙いにくくしている。

 そこで小早川ギアはすかさず手刀を掌打の形にし、軌道を変えて巧ギアの左肩にヒットさせた。

 左肩を押された事で、左側が下がり右肩のターゲットを相手に晒してしまう巧ギア。


 小早川の狙いは最初からこれか。

 顔面を打つと見せかけて態勢を崩し、そのまま左側を押して半回転させ、ターゲットのある右側が目の前に来るようにしたのだ。


 前にきた右肩のカプセルに小早川ギアのアームが伸びていく。


 万事休すか?


 が、小早川のアームがカプセルに届く前に、巧のギアは深く沈み込んでいた。通常、ギアでは難しいしゃがむという行為を、できるギリギリまで沈んで小早川のアームをかわす。

 それだけじゃない、巧は押された勢いを利用してしゃがみながらコマのように回転していた。

 地面ギリギリを綺麗に回転しながら片足を出し、πギアの両足を払う。


 いわゆるプロレスで言うところの水面蹴りというやつだ。


 この時間にして一瞬の攻防を一連の流れとして捉えられたのは、おそらく誰もいないだろう。アタシ以外は。


 攻撃でバランスが崩れたところに足払いを食らった小早川のπギアは、見事に背中から地面に倒れ込んだ。


「「「うおおっ―――⁉」」」


 思わずギャラリーから大歓声が上がる。

 ほとんど小早川贔屓だったはずの生徒たちだが、それを一瞬忘れて素直に讃えてしまうほど、巧の動きが素晴らしかったと言う事だ。


 上半身だけ起こし、ペタンと座ったまま茫然とする小早川。

 その背中のカプセルは当然潰れていた。


「あんな攻撃認められるかっ!! 反則だろーが⁉」

 G部員のNo.3である本多が叫ぶ。


 よっしゃ! やっと出番が来た。

 アタシはずいっとGクラブの面々の前に躍り出て、仁王立ちになる。


「はぁ? こっちはアンタらみたいにぬるくやってないんだけど? 激しいやり取りなんか当たり前なんでしょ? なんか文句ある?」


「ぐっ……」

 そりゃさっき自分が言った事をそのまんま返されたら、流石に何にも言えないでしょ?

 みんな悔しそうに黙ってしまった。


「ターゲットを一つでも壊せたらウチの勝ちなんだよね?」

 そうアタシが勝利宣言しようとした時、




「おいっ! おまえら何やってる!!」

 と、圧が物凄い怒声が響いてきた。


 見るとがっしりした体に精悍な顔つきの男子生徒が、こちらに向かってくるところだった。


 ただ近付いて来るだけでビンビン感じる圧倒的存在感。

 

 そう、この男こそがGクラブの部長あり、高校GSpot界の頂点に立つ男、

 佐久間 裕彦さくま ひろひこだった。

 

 

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