第20話「ショウの右腕、アリッサ降臨」

 愛里彩ありさの髪を引きちぎり、家に帰宅した。


 はぁ、はぁ、はぁ、ぜ、全速力で走ってきたから、苦しい。


 台所に行き、水道の蛇口をひねる。


 蛇口から水が勢いよく流れ、それをコップに注いでいく。


 コップに水が満タンになったら、口につける。


 ごく、ごく、ごくごく……。


 喉を鳴らしながら水を飲み、渇いた喉を潤す。


 ぷっはぁあ~やっと人心地ついた。


 口についた水滴を手の甲でぬぐい、階段を上る。


 自分の部屋に入ると、ドアのツマミを右に回し鍵をかけた。


 あの女……まじでやばい。俺が思っていた以上に厄介な性格をしていた。


 愛里彩ありさのあの様子では、被害届を撤回させるどころの話ではない。このまま手をこまねいていたら、痴漢冤罪以上の害を受けるに決まっている。


 助けは期待できない。


 結局、麗良とは連絡がつかなかった。麗良パパとの話し合いが難航しているのだろう。


 俺は俺の力でなんとかするしかない。


 【洗脳機械ブレインウオッシュ】を使う。


 あの性悪女相手ならば、使っても罪悪感はない。あの女は絶対に反省しないし、これからも周囲を不幸にしていく。誰かが止めなければならないのなら、俺がやってやる。


 押し入れから小箱を取り出し、【洗脳機械ブレインウオッシュ】を起動した。


 テクニカルな動きで小箱が揺れ、無機質なメッセージが流れる。


『洗脳対象のDNA情報を入れてください』


 愛里彩ありさの髪の毛を挿入口に入れる。黒に少し赤みを帯びた髪の毛が、中に吸い込まれていく。


 『対象を認識中……』


 メッセージが流れる。


 大丈夫。ごっそり抜いてきたからDNA情報に不足はないはずだ。


 そして……。


 『対象を認識しました』


 無機質なメッセージが流れた。


 よし!


 続きのメッセージが流れる。


 『洗脳する内容をインプットしてください』


 キーボードが空中に浮かび上がる。


 洗脳内容は、小説【ヴュルテンゲルツ王国物語】に登場するキャラだ。


 空中に浮かんだキーボードを使う。かたかたと「小説、ヴュルテンゲルツ王国物語に登場するキャラの記憶」と入力する。


 間をおかずして、メッセージが流れる。


 『承認しました。ヴュルテンゲルツ王国物語のキャラ名を入力ください』


 さて、どのキャラに設定しようか?


 ヴュルテンゲルツ王国物語、王国陣営の中でショウへの好感度が高い人物を上げる。


 レイラ・グラス・ヴュルテンゲルツ、シュライン・イーグル、ショコ・ゴッド、ヨブ・トリートメント、ティレア・ノ・ナヤッミ……。


 この中で女性であり、かつ洗脳対象と歳が近いのは、【レイラ・グラス・ヴュルテンゲルツ】と【ショコ・ゴッド】だ。


 王国の王女【レイラ・グラス・ヴュルテンゲルツ】は、麗良で使用済。


 であるならば……ショウの右腕であり凄腕の護衛【ショコ・ゴッド】だな。


 もともとは、麗良の友達の一人【神崎祥子】をモチーフにしたキャラだ。


 神崎は貧乏人を馬鹿にし、お金の大切さをわかっていなかった。だから、あえてスラム生まれの過酷な環境で育ったという設定にした。


 今回のターゲットである【関内 愛里彩】に合わせて、キャラの名前を変更しよう。


 【ショコ・ゴッド】を変更する。愛里彩ありさだから、名はアリッサだ。性悪な女だから、姓はデビル、デビール、ビーデルか!


 よし、【アリッサ・ビーデル】に決定。


 コンセプトは一緒だ。アリッサは超貧乏なスラム育ちである。寒さをしのぐ家もなく、泥水をすすって生きてきた。


 ふん、今までどれだけ自分が恵まれた生活をしていたか実感するがよい!


 小説をアリッサ用に修正し、その原稿をパソコンからUSBにコピーする。コピーが完了したら、そのUSBを【洗脳機械ブレインウオッシュ】に入れた。


 『認識中……』


 メッセージが流れる。そして、


『小説、ヴュルテンゲルツ王国物語の情報がアップデートされました。対象をアリッサ・ビーデルに設定します』


 続けてメッセージが流れる。


『洗脳するデータ量を設定ください』


 空中につまみが現れた。元の記憶と洗脳する記憶を調整するのだ。麗良と同じ程度につまみを回す。


『これでよいですか? インストールを開始します』


 メッセージが流れた。


 後は、いつものように空中に映し出されたキーボードのEnterキーを押すだけだ。これで洗脳が完了する。


 ふ~いまだに緊張するな。


 震える指をEnterキーの前に置く。


 【ショコ・ゴッド】改め【アリッサ・ビーデル】。


 ショウが最も信頼した部下であり、王国最強の戦闘力を持つ。


 アリッサはその過酷な環境で育ったためか、誰も信用しない。信用できるのは己自身だ。そんな孤独な生き方をしてきたアリッサにぬくもりを与えた存在がショウである。


 アリッサのショウへの忠誠心は半端ない。


 洗脳が終われば、俺への敵意は完全に払拭されるだろう。


 あっ!? 忘れちゃいけないことがあった!


 俺が痴漢冤罪で捕まった時、麗良は犯人を絞め殺すかの如く怒っていた。


 これから愛里彩ありさは、味方になる。


 味方同士で争うのは、愚の骨頂だ。アリッサの情報は、麗良にも共有しておかなければならない。


 キーボードを使用し、洗脳対象に麗良も指定した。


 これでよし。


 愛里彩ありさへの洗脳が完了すれば、麗良にも愛里彩ありさがアリッサだと認識するようになる。


 準備は整った。


 Enterキーを押す。


『複数の対象者へインストールを開始中……対象者へのインストールを完了しました』


 やった。


 あとは結果を待つ。


 やれることはやったら、どっと疲れがでたらしい。その日は夕食後、すぐにベットに入り眠りについた。



 翌日……。



 起床し、机に座って考える。


 愛里彩ありさは今、アリッサとなっているはずだ。アリッサなら自分がしでかした罪を反省し、被害届を撤回するために動く。


 頼む!


 被害届が撤回されないと気が気じゃない。


 昼飯もろくに入らず、祈る気持ちで時間をつぶす。


 

 ……。


 

 日が暮れかけた頃、携帯の着信音が鳴った。


 来たか!?


 携帯を手に取る。携帯のディスプレイには、サツの文字が表示されていた。


 警察だ。


 すぐに応答ボタンを押す。


 しわがれた声の担当刑事と話し、被害届が撤回されたことを知った。


 晴れて自由の身である。


 よかった。


 欲を言えば、ろくに取り調べもせずに痴漢と決めつけた刑事にも謝って欲しかったが、まぁいい。とにもかくにも前科者にならずに済んだのだから。


 ほっとしたら腹が減ってきた。


 そりゃそうか、もう夕暮れだもんね。


 階段を降り、台所に向かう。


 テーブルには夕飯が用意されていた。


 ご飯、みそ汁、ハンバーグ、エビフライ、自家製のヨーグルト……。


 ご馳走だ。俺の好物ばかり。


 近頃の俺は、気分が沈みがちで暗かった。母さんが気遣ってくれたのかもしれない。


 席に着き、好物のエビフライをむしゃむしゃ食べながら思案する。


 後は、紫門ゆりかどだな。


 奴は、蛇のように執念深い。今回の痴漢冤罪のように、何度も嫌がらせを続けてくるだろう。その嫌がらせの中には、暴力行為も含まれるかもしれない。


 麗良の力を頼れない今、こちらのカードはアリッサのみ。


 アリッサは、純粋な戦闘力では作中最強だった。だが、しょせんはそういう設定の記憶を脳にインストールしただけである。身体能力は、女子中学生の域を出ない。貧弱なボディが邪魔をして、そこまで強くはならないだろう。


 せいぜい格闘技経験のある成人女性程度か?


 少なくとも、アリッサお得意の暗殺術なんてできようはずがないのだ。アリッサでは、紫門ゆりかどを止められない。となれば、最終手段を使うしか……いや、だめだ。あんなに危険な道具を安易に使用すべきではない。


 既にまさし君と麗良と愛里彩ありさ、三人に【洗脳機械ブレインウオッシュ】を使用している。このまま誘惑に負けて使い続けてたらきりがない。


 確かに外道の紫門ゆりかど相手だ。


 自衛のため、義憤のため、正義のため。


 使う理由はいくらでも思いつく。だが、使わない理由は人柄が問われるという一点しかない。


 なんだそれぐらいと思うかもしれないが、人は品位を捨てれば、人として終わってしまう。


 『恥も外聞もない人間になるな!』


 真面目な父さんから教えてもらった言葉だ。


 これから先の人生、大なり小なり嫌な人間とはいくらでも出会う機会があるだろう。そいつらとかかわるたびに【洗脳機械ブレインウオッシュ】を使うのか?


 ここで楽な道を覚えてしまえば、二度と自力で解決できない。人として成長する機会を失ってしまう。


 人とはそういうものだ。


 安易に危険な道具を利用し続ければ、いつか自分にしっぺ返しが来る。


 【洗脳機械ブレインウオッシュ】は最終手段であり、できるだけ人間の知恵と勇気で乗り切るべきだ。


 夕飯を食べながら、心の中で葛藤していると、


 母さんが少し神妙な顔で相談をしてきた。


 妹の真理香が学校から帰ってこないと言うのだ。真理香の携帯に電話しても繋がらないという。


 電池切れか?


 以前も何度かあった。


 真理香は部活に熱中すると、帰宅が最後になる。携帯の電池が切れた場合、友人に携帯も借りられないから、直ぐに連絡を入れらないというわけだ。


 部活熱心なのはわかるが、あまり母さんを心配させるもんじゃない。


 母さんも心配しているし、あと三十分待って帰ってこなければ探しに行くか。


 少しそわそわしながら待つ。


 しばらくして、玄関からガタンと音が聞こえた。


 玄関のドアを開ける音だ。


 真理香が帰ってきたみたいだな。


 ったく心配させやがって……。


 サンダルを履き、慌てて玄関を出る。


「真理香、帰ったのか? 遅いから心配したんだぞ」

「あ、お兄ちゃんただいま。実はね――」


 真理香の顔を見て安心したが、すぐに目を見開き驚いてしまう。


「お前……」


 真理香の隣に愛里彩ありさがいたからだ。


「お前、妹に何かしたのか?」


 昨日の今日だ。愛里彩ありさから受けた屈辱の記憶が蘇り、とげとげしく問い質してしまった。


 その瞬間、真理香がすごい勢いで反論してきた。愛里彩ありさは、命の恩人だと庇ってくるのだ。


 そうだな。冷静になれ。


 愛里彩ありさなら妹を助けはしない。被害届も撤回されている。目の前にいるのは、愛里彩ありさではなくアリッサであろう。


 それから真理香に何があったのか事情を聞いた。


 聞くにつれて、顔が青くなっていくのを自覚する。


 くっ、治安がいい町だと思っていたのに……。


 要約すると、真理香は部活帰りにチンピラに因縁をつけられ襲われそうになった。すんでのところで愛里彩ありさが現れ、チンピラ共を撃退し、真理香を救ってくれたんだと。


 まじかよ。


 確かに真理香をよく観察すると、ところどころ制服が汚れているのがわかった。必死にチンピラ共から逃げていたのだろう。


 可哀そうに……。


 ぽんぽんと真理香の頭を優しくなでてやる。


「大変だったな。シャワーでも浴びて休んで来いよ」

「で、でも…」


 真理香は、ちらりと愛里彩ありさを見ている。何か話をしたがっているというか離れたくないという感じだ。よほど愛里彩ありさ、正確にはアリッサに懐いたみたいだな。


「とにかく着替えたほうがいい。お前、制服に泥がついているぞ」

「あっ!? そ、そうだね。先に着替えてくる。じゃあ、またあとでね、愛里彩ありささん」


 真理香は自分が汗だくの泥だらけ状態なのに気づき、あわてて家に入っていった。


 奇しくも愛里彩ありさと二人きりになってしまった。


 ふむ、気まずい。


 俺は愛里彩ありさの変化を知っているが、それは俺しか知らないことになっている。


 白石翔太と愛里彩ありさは、表面上敵対しているのだ。


 俺は痴漢冤罪をかけられ、土下座をさせられた。愛里彩ありさは、髪を引きちぎられている。


 さてさて、まず何を話そうか?


 戦々恐々していると、愛里彩ありさが怒涛の勢いで謝罪をしてきた。それも土下座つきである。


 すごいな。


 これがあの性悪女の愛里彩ありさだと誰が思う?


 知っていたけど、やっぱり【洗脳機械ブレインウオッシュ】は危険だ。そのあまりに絶大な効果を見て絶句してしまう。


 そして、愛里彩ありさの大泣きの謝罪が終わると、愛里彩ありさは、そのまま帰ろうとしている。


「待ってくれ」

「え、えっと、私は……」

「いいから家に上がってくれ。君は妹を助けてくれたんだろ?」


 愛里彩ありさを呼び止めた。愛里彩ありさには、まだ聞きたいことがあるのだ。


「は、はい。でも、私は許されざる罪を犯しました」


 愛里彩ありさが真剣な顔で答えてくる。


 その顔は、まるで協会の神父に懺悔をする敬虔な信徒のようだ。


 本当にあの愛里彩ありさとは思えない。


「気持ちはわかったから」

「えっ!? 今なんと?」

「わかったって言ったんだ」

「信じてくれるのですか?」

「信じるよ」


 自分でやったマッチポンプの結果だ。信じる以外の何物でもない。


「えっ? いや、私が言うのもなんですか。え、その、こんな性悪でクソな女の言葉を信じてくれるんですか?」

「……うん、妹を助けてくれたのは事実みたいだし、何より……」

「何よりなんでしょうか?」


 愛里彩ありさが上目遣いにずいっと顔を近づけてきた。


 か、可愛い。


 思わずときめきそうになった。


 抜群のルックスは伊達じゃない。性格を除けば、アイドルの化身のような子なのだから――って見惚れている場合じゃない。


 と、とにかく、返答せねば!


「え、えっと……何より――う、うん、そうだ。目が澄んでいる。この前会った時とはダンチだよ。は、反省したんだね。君は善人だ」


 真実は話せなかった。だから、よくある名言っぽいことを言ってしまった。


 普通にすべってるよね。


 ただ、愛里彩ありさは感動したみたいで、尊敬したような顔で俺を見つめてきた。


 や、やめて……そんな感激した目つきで見ないで。


 それから愛里彩ありさを家に招き入れた。


 ツインテールの美少女が階段を上っていく。


 部屋に入れ、お茶を出す。


 愛里彩ありさは、恐縮しながらお茶をすすっていた。


 改めてみると、本当に可愛い。


 あれ、これって俺は初めて自分の部屋に女の子を入れたんだよな?


 記念すべき日だ。


 テンションが上がってきた。


 漫画とかだと、これからイチャラブ展開があるんだが……っていかんいかん。


 何を不真面目なことを考えている。


 愛里彩ありさに聞きたいことがあるから、家に上がってもらったのだ。


 真理香の話によれば、愛里彩ありさは男八人相手に一人で倒してしまったという。お手製の武器を使ったとはいえ、強すぎだろ?


 ただ単に強者として生きてきた記憶がインストールされただけの中学女子だぞ。


 これが事実ならば、俺は【洗脳機械ブレインウオッシュ】の効果を過小評価していたかもしれない。


 真理香は今、風呂に入っている。妹が来る前に詳細を聞いておきたい。


「改めてありがとう。妹を救ってくれて」


 ただ、まずはお礼を言うべきだ。純粋に妹を救ってくれたことは嬉しかった。頭をペコリと下げる。


「い、いえ、そんな部下として――じゃなかった、人として当たり前のことをしたまでです」

「そ、そう。それでもなかなかできることじゃない。本当にありがとう」

「あ、頭を上げてください。それよりも私があんな悪行を、ショウ様に対して取り返しのつかない罪を犯しました。そちらのほうが問題です。ジャスミ―妹君を守れたことは誇りですが、まだまだ償いが足りません。一生をかけてショウ様に償う所存でございます」

「いや、それはもういいから」

「で、でも……」

「それより、男八人倒したんだってね。何か格闘技でも習ってるの?」

「いえ、今は習ってませんが、昔少々……」

「……昔って?」

「遠い昔です」

「はは、面白いね。そんなに昔なら幼稚園ぐらいになっちゃうよね」


 軽いジョーク口調で言ったが、愛里彩ありさは黙ってうつむいたままだ。


 そして、意を決したらしい。


 決意めいた顔で口を開いてきた。


「ショウ様、前世のことって何か覚えてますか?」

「前世? クラスメートの女子もそんなこと言ってたな……今、女子中高生の間で流行っているの?」

「そうなのですか! そのクラスメートとは? お顔は? 名前は?」

「い、いや、だから」


 愛里彩ありさの気迫に押される。煙に巻こうとしたら、ぐいぐいつめよられてしまった。


「お願いします。どなたなのでしょうか?」

「……草乃月 麗良だよ」


 俺はつくづく押しに弱い。特に女の子にはね。正直にゲロしてしまったよ。


「なるほど。あのバカ姫からお聞きになられてたのですか。それなら話が早いです」

「……君も同じことを言うのかな?」

「はい、昨日前世の記憶が戻りました。私はショウ様の腹心でアリッサと申します。ショウ様の身辺警護をさせて頂きました」

「身辺警護ねぇ」

「信じられないのは当然だと思います。私だって信じられません。ですが、事実なのです。実際、格闘経験の欠片もない私が大の男八人相手に勝てたんですよ。それが証拠です」

「仮に愛里彩ありさの言うことが事実だとしよう。でも、鍛えていない身体で、そんな前世と同じ動きができるものなの?」

「それはできません。イメージに身体がついていけませんから」


 やはり! 俺の推測通りだ。


 ではなぜ男達を倒せたのか、原因を知りたい。話の続きを聞こう。


「じゃあ、どうしてチンピラ達を倒すことができたんだい?」

「ふふ、記憶が戻られていないショウ様は、そうお思いになるのは当然です。ですが、僭越ながらアリッサは王都最強の戦士でした。その戦闘ノウハウは持ち合わせております。今の状態を前世で例えれば、しびれ薬を食らった時と同じ感覚ですかね。ろくに飛べず力も出せない。ただ、そんな状況でも襲撃者から身を守った経験は幾度とありました。あの程度のチンピラ相手なら、目を瞑っていても倒せる自信はありますよ」

「ほ、本当に?」

「……正直に申せば、記憶が戻った当初は不安ではありました。この貧弱な身体でどこまで戦えるかと。ただ、徐々に感覚が戻りつつあります。問題ありません。また、同じ状況になれば、今回よりも手早く処理できるかと思います」

「す、凄いんだね、アリッサって」

「恐縮です」

「ちなみに聞くけど、愛里彩ありさは、アリッサの記憶をどこまで覚えているの?」

「幼少期も含めてほぼ全て覚えておりますよ。今でも鮮明に思い出します。あの頃は、鳥でも魚でも狩って、器用にさばいてました。剣を使うことに対する怯えも興奮もありません、何事にも動じず、物陰に隠れていた刺客が一斉に飛び掛かってきても、普通に処理してましたね」


 処理・・って言葉がすごく気になるが、とりあえずわかったことはある。


 人の記憶って……俺が思ってた以上にすごい役割を果たしているんだな。


 まぁ、そりゃそうか。


 格闘技だって、事務仕事だって同じだ。記憶の蓄積が経験に繋がっているのだ。


 それから愛里彩ありさとしばらく話をしていると、


「あ~お兄ちゃんばかりずるい。次は私の番だよ。愛里彩ありささん、私の部屋に来て。おしゃべりしよ。珈琲を入れてくるから」


 パジャマ姿に着替えた真理香が部屋に入ってきた。風呂から上がったようだ。


「あ、まだ話が終わってない」

「べーだ。これから女子トークがはじまるのよ。お兄ちゃんは邪魔しないでよね」


 まぁ、いいか。


 聞きたいことは聞けた。


 とりあえず愛里彩ありさと連絡先は交換した。いつでもアリッサの協力は得られる。


 【洗脳機械ブレインウオッシュ】の意外な効果もわかった。


 何より……紫門ゆりかどが外道のクソ野郎だと改めてわかったからな。


 愛里彩ありさの証言から、今回の騒動が紫門ゆりかどの仕業だと判明した。


 話は繋がった。


 そうだよ、この町の治安がいきなり悪化するわけがない。だれかが裏で糸を引いてない限りな。


 そうか、そうか、そこまでやりやがるか。


 ふっふっと暗い笑みがこぼれてくる。


 紫門ゆりかどは電話越しにげらげら笑っていたという。自分も襲撃に参加したいとも言っていたそうだ。


 あの外道め! 俺だけでなく、とうとう家族にまで手を出してきやがった。


 一線を越えてきた獣に同情の余地はない。


 もう迷いはないからな。


 人間性を保つなんて綺麗事は言ってられない。


 こいつだけは許せん。


 愛里彩ありさに妹の護衛を頼んだら、快く承諾してくれた。それどころか父さんや母さんにも目を見張らせておくという。


 有能すぎる。さすがはショウの右腕アリッサだ。


 家族はアリッサに任せておくとして、防御だけではじり貧である。


 ここは攻勢に出よう。


 愛里彩ありさの話によると、紫門ゆりかどは病院に入院しているとか。それも一般人が面会できない超VIPの部屋にいるらしい。


 面会を利用してのDNA奪取は困難であろう。


 紫門ゆりかどが退院して学園に戻ってきた時が勝負だ。


 ラスボス紫門ゆりかどを洗脳して、この問題にはケリをつけてやる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る