第9話:おそろコーデ

 朝、ホテルで目を覚ました。

 

 すやすやとまだ眠っている七葉を起こさないように、静かにベッドから降りる。

 ホテルは江ノ島近郊のちょっと洒落たホテルを予約しておいた。江の島が一望できるところにある。まあ値は結構張ったが、気にする程度ではない。七葉もホテル代は払ってくれているし。それに初旅行だ。たまにはドーンと金を使っても怒られやしないだろう。


 マグカップを取って、ホットコーヒーを注ぐ。そして、ゆっくりとベランダに繋がる窓を開けて、外へ出る。


 外に出られるベランダ付きのホテルは珍しい。これがよくてこのホテルを予約したまであるからな。

 備え付きのテーブルにマグカップを置いて、椅子に腰かけた。


「一日はあっという間だ」


 そんな独り言が出る。煙草に火をつけ、昨日の事を思い返した。


 俺達はあれから江島神社でお参りをし、有名なピンクの絵馬に名前を書き連ねた。記念に写真も撮って大満足の笑顔を見せてくれた七葉。


 何をお願いしたかは聞かなくても大体は分かっていたが、一応聞いてみたところによると、どうやら内緒らしい。


 そして、続いて生しらす丼を食べ、またもやビールを飲み、日本酒を飲みと、大人の楽しみ方で満喫していた。学生の頃には出来なかった遊びをこれでもかと楽しんだ。


 七葉の食べたいと言っていた、パンケーキも食べに行ったが、二人で一つを食べる事にした。だってお酒で腹パンなんだもの。仕方ない。でも美味しいには変わりなかった。


 そうそう、これを機に投稿するわけではないが、リンスタを登録し、七葉だけをフォロー、そしてチェックしている。変な写真を上げてないかを。


 七葉のリンスタは俺との写真ばかりで、時折食べたもの上げていたりと、この一日でたくさん投稿されていた。


『いいね!』がすぐ付くらしいのだが、いつもお父さんらしい。多分あの人七葉の事を溺愛してる。うん。投稿したら通知が来るように設定してるわ。


 まあそんなこんなで、腹の膨れた俺達は浜辺に移動して、小一時間ぼけっとしたり、砂浜に落書きをしたり、写真を撮ったり、のんびりと時間を過ごした。


 そして二日目の今日は、リスリィーランドに行く。時刻は朝5時半。


 昨日はお互いに疲れたのか二人して即爆睡。

 おかげさまでこんなに早起きなのだ。


 コーヒーを一口飲み、タバコを吹かす。優雅過ぎる朝に、今写真を撮ったら映えは間違いなしな気がする。


 こんなステテコに、Tシャツ1枚の格好で何を言っているのだか。


「おはようございますー」


 七葉は目を擦りながらもガラガラッと窓を開けて、隣に座った。


「おはよう。よく眠れた?」

「うん。たくさん寝たから」

「あ、七葉もコーヒー飲む?」

「飲みますー」

「じゃあちょっと待ってて」


 コーヒーを作りに部屋に戻り、ちゃっちゃかと作り、ベランダに戻った。

 戻ると、差し込む朝日に目を細めながらも、写真を撮っていた。多分、これからリンスタに投稿するのだろう。


「はい、どうぞ」

「ありがとう」


 フーフーッと冷ましながら、ちびちびと飲み始めた。


「楽しい一日はあっという間に過ぎてしまいますね。昨日が夢みたいです」


 それはきっと今日も同じような感じに過ぎていく時間だと思う。この旅行自体があっという間に終わる。

 終わる時になって、終わって欲しくないと願う気がする。だけど、終わりがあるからこそ思い出は深くなり、また行きたいと思わせてくれるのだろう。


「今日はもっと

「それはどういう意味ですかね?」

「夢の国に行くからだよ」

「あ、そっか! 楽しみです!」


 ここからリスィリーランドまで約二時間掛かる。意外と遠いので、この時間に起きたのは、昨日の寝坊の反省に繋がっている。


「そろそろ準備始めるわ。七葉もそれ飲み終わったら、準備してね」

「うん。もう飲み終わるからすぐ準備するー」





*****





 約二時間の時間をかけ、やっとリスィリーランドに到着した。

 既に開園しており、続々と入場を始めている。

 俺達はまず大荷物をロッカーにしまい、身軽にして入場をした。


「わぁ! この光景久しぶり!」

「来たことあるんだ」

「もちろんありますよ! 中学校以来ですけどね。修学旅行で来ました」


 俺も中学の修学旅行はここだったなぁ。

 七葉の学生時代どんな感じだったんだろう。中学生ではなくて、高校生の頃に出会っていたら、学生デートとかしてみたいなと思ったり。制服を着てデートとかよく聞くけれども、七葉はともかく俺には制服はきついだろう。似合わない自信しかない。

 一度でいいから、七葉には制服着てほしい……。


 ……いかんいかん。今はそんな卑猥な事を考える時ではない。目の前にある娯楽を楽しもうじゃないか。


「ささ、先ずはそこの売店であれを買いましょう」


 その言われた場所に視線を移すと、そこには種類豊富なカチューシャがあった。


「カチューシャ? 俺も着けるの?」

「もちろん! お揃いですから!」


 麦わら帽の次はカチューシャか。


「あ、やっぱり一旦、お土産屋さんに入ってTシャツも買いましょう!」


 グイッと半ば無理矢理に店の中へ引き込まれてしまう。

 店内はまだ開場したばかりで、混雑というほど人はいなかった。


「私が柊のカチューシャを選ぶので、柊は私のカチューシャを選んでください!」

「Tシャツは?」

「それはお揃いがいいですし……」

「了解」


 棚一面に飾られているカチューシャの中から一つを選ぶのも一苦労だな。こんなにも豊富なのかと、中学の頃に来た頃はこんなになかった気がするが。


 まあでも、やはりここは王道のリニーちゃんのだろ。何つけたって似合うとは思うけど、せっかく来たのだから、メインキャラで。


 手に取ったカチューシャをカゴに入れる。

 七葉が選んだのも王道のリッキーだ。やはり王道が一番。


「結局これもお揃いですね!」

「だね。Tシャツはどうする? 俺はシンプルな物がいいんだけど」

「同感です! 私も柄だらけなのは嫌です」


 意見は同じなので、ここにあるTシャツの中からめっちゃシンプルなTシャツを二枚選んで、どっちがいいかを多数決を取る。


 まず一枚目は、胸にワンポイントのリッキーの白Tシャツ。

 二枚目は、大きく中心にリスのリッキーが描かれている黒のTシャツ。


「私は一枚目!」

「俺も一枚目」


 満場一致! で、ワンポイントシャツに軍配が上がる。


「このシャツならリニーちゃんもあるから、七葉はリニーちゃんでどう?」

「はい! そうします!」

「色は白しかないけど、その、下着は大丈夫? 透けたりしない?」


 Tシャツは割と薄めなので、透けてしまいそうで。


「インナー着ているので大丈夫ですよ!」


 どうやら杞憂だったみたいだ。


「よし。じゃあ買ってトイレでちゃちゃっと着替えよう。脱いだ服は俺の鞄にしまえばいいから」

「はーい!」


 買い物を済ませ、トイレで着替え、外に出た。

 今日はお互いに服装を合わせている。下半身だけ。黒スキニーに、コンバースのハイカットスニーカー。俺は青、七葉は赤で揃えて来ている。お揃コーデというちょっぴり恥ずかしいものだ。だけど、今日くらいはいいだろう。羽目を外したって。


「お待たせしました」


 ぱたぱたと駆け寄ってきた七葉は、めっちゃ可愛いい。似合っている。


「さ、いこっか」

「待って!」


 先ほど買ったカチューシャを袋から取り出して、

「はい!」


 俺の頭に着けてくれた。


「私もっと……じゃーん! どう? 似合ってる?」


 カチューシャを着け、ニカッと白い歯を見せ笑った彼女は天使だった。むしろそれ以外に例えようがない。


「可愛すぎ……天使」

「うふふっ。うれしい!」


 それから二人で写真を撮り、アトラクションに向かった。






******





 何個かのアトラクションに乗り、一旦休憩。

 ファストパスを取りに向かいがてら、アイスを食べる。

 意外にも七葉はジェットコースターが平気らしい。見た目と反していた。普通に両手万歳しちゃうし、キャーって叫んでも可愛いままだし。


「ジェットコースター好きなんだね」

「はい! 絶叫系大好きです!」


 かれこれ三つほど乗っても尚、この元気。若いっていいなぁ。同い年なんだけどね。


 そんな俺は割と疲れ始めていた。


「とりあえず休憩しましょう」

「トロッコのジェットコースターはよかったの?」

「柊が少し休憩したそうな顔してますし、たくさん乗ったのでひとまず休憩してからにしましょう!」


 ……優しい。天使か。天使だわ。


「ありがとう」

「お互いを思う気持ちが大事なのです!」

「そうだね。七葉は優しいね」

「柊にだけですよ!」


 他にも優しいでしょうがあなたは。

 そんな事を思いながらも、トロッコのジェットコースターのファストパスを取って、近くのレストランに入った。丁度、時間もお昼になっていたので、ここらで昼食だ。


 大体と言って良いほどのレベルで、こういうレストランはハンバーガーが多い。なぜだろう。そして、ハンバーガーを食べてしまうのもなぜだろう。雰囲気に流されているのだろうか。さらにコーラがめっちゃ美味いんだよなぁ。ビールもいいが、コーラもいい。


 目の前に座る七葉も美味しそうに頬張っている。

 瞬く間にその美味しいハンバーガーは胃の中へと吸収されていってしまった。


「ふぁぁーお腹いっぱい!」


 ちゅるちゅるとストローを咥え、コーラを飲んだ七葉。


「そろそろ時間ですかね?」

「そうだね。飲み終わったら行こうか」





 続いてトロッコのジェットコースター。

 ファストパスを取っているので、待ち時間はそれほどなく、スラスラと進んでいった。


 荷物を預けて、案内された番号の所へ移動し、トロッコが戻ってくるのを待った。もちろんカチューシャも外している。


「私、このジェットコースターが一番好きなんです!」

「何で?」

「だって外を走るんですよ? 風が気持ちいじゃないですか!」

「確かに、一理ある」


 そんな会話をしていると、乗り終えたトロッコが目の前に到着し、乗客は降りていく。乗り終えた乗客の皆々は揃って笑顔で埋め尽くされている。幸せそうで、楽しそうで、今を全力で遊んでいるような感じがする。


 俺もこういう顔してんのかなーと思いつつも、トロッコに乗りバーを下げた。


『さぁ! いいかい? 眼鏡や帽子などの飛びやすいものはしっかりと閉まってくれよ!』


 ナレーションが流れ、キャストの人が「それでは、行ってらしゃーい!」と言う掛け声でトロッコは走り出した。

 最初はゆっくりした速度でと進み、暗いトンネルを潜って行く。

 そしてトンネルを抜けると、左に傾いて急激にスピードが上がった。


「わぁーー!」


 隣で楽しそうに声を上げる七葉は余裕そう。当たり前なんだけど。

 左に傾いた車両は、すぐさま右に傾き、スピードはさらに上がり走り出す。身体は横に振られ、バーを握っていないと飛んで行ってしまいそうになる。


「あははははっ!」


 相変わらず能天気な七葉。

 続いては、先ほどの傾斜よりさらに傾斜が掛った場所に差し掛かり、体は斜め45度になる。


 再びトンネルの中に入り、真っ暗な中猛スピードで暴走トロッコは進む。まるでブレーキが壊れているかのように止まる事を知らない速さだ。


 そして景色は変わり、鉱山のような場所に出て、スピードは緩やかになる。だが、これで終わりではない事を俺は知っている。


 徐々に坂を上がっていく。ガッガガガガッと壊れそうな音を立てて、不安と恐怖を掻き立てるようにゆっくりと。


 視線の先は空。その坂の奥には何があるか見えない。多分相当な下り坂なのだろう。


「柊! 落ちますよ! 来ますよ! 両手をあげましょう! 手を繋いで! さあ!」

「無理無理無理! 怖いって流石に!」

「大丈夫! 私が隣にいます! 手を握っていますから!」


 頼もしすぎる彼女だ。逆だろこれ普通。


「頑張ります!」


 そう言って、七葉の手をぎゅっと握りしめる。


 さあ、落ちるぞ。


 登りきったトロッコの先には真っすぐではない線路が見えてしまう。

 あれ、これって真っすぐじゃないん——


「ぎゃーーーーーー! 真っ直ぐじゃないとかきいてなーーーーーーい!!」


 急激にスピードを上げて、落ちていくトロッコは、くねくねと左に倒れたり、右に倒れたりと、走りまくる。


 付随して、七葉は繋いでいた手を挙げて、「ひゃっほーい!!」とあんまり聞かない叫び方を披露していた。


 あー! とか ぎいやー! とか叫んでいるとあっという間に終着点へとたどり着いた。俺は抜け殻のように放心状態。七葉はあはははと笑っていた。


 手を上げるだけで倍増する浮遊感。内臓が浮くような感じというか、意識が持ってかれそうなそんな感じが恐怖感を増させていた。


「柊って意外とビビりですね! ちびってないですか?」

「ちょっとちびったわ……」

「あらまあ! おむつ買いますか?」

「買わないよ! 大丈夫だよ!」


 軽口を叩きながらも、笑いながらトロッコを降りていく。


 もう二度と手は上げないと、心に誓った。






*****





 夜になり、そろそろパレードの時間だ。

 あれから俺達はたくさんのアトラクションを乗りに乗って、叫んでは気絶しかけて、楽しんだ。俺、絶叫系があまり得意ではないのだと、改めて実感した日だった。


「ここからならパレード見れますね!」

「見えるかな? 今はまだ皆座ってるけど、立ち上がったら見にくいんじゃない?」

「じゃあその時は肩車してください!」

「ダメでしょ」

「冗談です! パレードのゴンドラは高いので、皆が立っても見れると思います」

「ならいいけど」


 これから始まるのはエレクトリックパレードと言って、様々なキャラクターたちが煌びやかなゴンドラに乗ってくるパレードだ。


 このテーマパークの締めと言ってもいいくらいに豪華で派手である。最後には花火も打ち上がり、夢の時間は覚めていくのだ。


 定番の音楽が流れ始め、遠くの方から光散らしたゴンドラが進んでくる。


「来ました!」


 ぴょんぴょんと飛び跳ね、遠くにあるゴンドラを見た。

 子供っぽい。またそういう無邪気な所が可愛いくて、魅力なんだが俺の腕を使ってジャンプするのはやめてくれ。痛いっす。


 我慢が出来ない子供な七葉の目の前にやっと来たゴンドラ。

 そこにはリスのリッキーとリニーが乗っており、皆に手を振っていた。


「リッキー! リニー!」


 大きな声を出して、手を振ると、二匹は気付いたようにこちらに手を振ってくれる。それに対してこれでもかとアピールする七葉はアイドルのライブで鍛えられているので余裕だ。


「手を振ってくれました!」

「振ってくれたね。良かったね!」


 彼らはアイドルみたいな感じでファンサービスを怠らない。

 子供に夢を与え、大人に幸福感を与える。その心意気は素晴らしい。みんなを楽しませるキャストも。


 いつか子供が大きくなったら、子供と俺と七葉の三人でまた来たいと思った。それと同時にもうすぐ人生の大一番の時が迫っている事を思い出した。




 このあと、パレードが終わったら。

 ホテルで。



 ——ああああ! やばい。


 今になって緊張してきた。パレードに夢中になっている七葉はそんなこと考えてもいないはず。


 だからこそ緊張する。

 言葉も、タイミングも何も考えていない。


 なので、ありったけの言葉を、想いを、素直に伝えよう。考えたって仕方がない。




 そして——終わりを告げる花火が上がった。

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