第7話:くだらない事が一生の思い出。

「柊! 急いで!」

「頑張ってるよぉ!」


 階段を必死こいて駆けあがる。

 お盆休みが相まって、新幹線ホームに繋がる階段は混雑していた。


 七葉は先に上がり切って、やっほーと叫ぶみたいに声高く俺を呼んでくる。その姿が可愛いと思うが、少し恥ずかしいのでやめてください。


 上で『まだかなー』みたいな視線を送るのもやめてくれ。少しくらい持ってくれ……。


 キャリーケース一つに、ボストンバック、リュックを背負ってたら流石の俺も疲れます。


 対して君は、何故そんなに手軽なのか。

 ……まあ自分のせいなんだが。


 始めはちゃんと自分で持っていたのだが、「ヒーヒー」と声を上げながら登っている七葉を見ていたらそりゃ可哀想に思えてくるだろ? それで俺が自ら、「持つよ」キリッと眉間にしわを寄せ、かっこつけたのが原因。そうです。自分のせいです。


 かっこつけたが故に、やっぱり持ってとか言えない自分のプライドに腹が立つ。そんなしょうもないプライドは捨ててしまえと言ってやりたい。……言っているのだが。


 息を切らしながらなんとか上がり切る。


「ぜぇーはぁーぜぇーはぁ……」

「お疲れのところ悪いですが、まだです!」


 厳しいですよ……七葉さん……。


「ちょっとだけ休憩をください……」


 膝に手を置いて、呼吸を整える。これが喫煙者の定めか。


「そんな時間ありませんよ! もうやばいんですからっ!」

「そんなぁ~」

「私達が乗るのは7号車です! 今ここ13号車!」


 指を上に差されたので、そちらに視線を上げると、その通り13号車の文字。

 なんで俺は13号車の席を取らなかったのだろうか。くぅー! 自分を恨むぜぇ!


「ボストンバック持ちます! ここまでありがとうございました! さっ! 行きますよ!」

「……はい。行きますから、引っ張らないで……」


 手を取られ、引きずられるように重い足を動かした。

 

 何とか無事に7号車に辿り着き、新幹線に乗り込むことが出来た。

 出発二分前。ギリギリ。


「さ、力持ちの柊くん。お願いします!」

「はいよっと」


 受け渡されたボストンバックを上の棚に持ち上げて置いた。


「さすが男の人ですね!」


 続いてキャリーも置く。

 それを見ていた七葉はぱちぱちとささやかな拍手を送っていた。


「はぁー、疲れたぁー」


 ドスッと椅子に腰掛け、足を伸ばす。


「あの、わがまま言って良いですか?」


 七葉は席に座らず、立って俺の方をじっと見つめている。


「な、なに? わがまま?」

「はい。あの……ですね、私窓側がいいです」


 窓を指差し、そう言った。


「あーごめん。無意識に座ってた。いいよ、変わる。俺タバコ吸いに行くし、通路側のがありがたいから」

「ありがとうございます」


 俺は立ち上がって、通路へと出る。そして、七葉が窓側に座り、その隣へと俺も腰掛けた。


 やっとの休憩にホッと一息。

 こんなにもギリギリの予定じゃなかったのだが、どうも昨日の挨拶から気が抜けてしまったようだ。俺も七葉も。




 ——時間を巻き戻す事、45分前。

 じりりりっと鳴るアラームにて俺は目を覚ました。

 隣には気持ちよさそうに夢の中を旅している七葉。

 頭を撫でると、んんっと身を捩って抱きついてきて、いつも通りの朝で。

 壁に掛けられている時計を見ると、六時半を針は差していた。

 目を擦り、もう一度見てみる。


 ……いつも通り——じゃないっ!


「七葉! 起きて! 寝坊!」

「んんあぁー」


 七葉は、くぁぁーっと起き上がり、体を伸ばした。


「ちょっとそんな呑気に起きてる場合じゃないって! 急いで!」


 俺達が乗る新幹線は7時15分発、東京行き。


 今の時間は6時半。

 もう45分しかなかったのだ。


 これから超特急で準備を諸々して、6時45分。残り30分。ここから駅まで地下鉄を使って25分。


 ——かなりやばい。


「七葉! 急いで!」

「ふぁい!」


 俺の声に驚いた七葉は少し間抜けな返事をして、そそくさと着替え始めた。

 前日に準備をしておいて良かったと、小学生の頃に前日に準備をする癖をつけてくれた母にこの時だけは感謝した。



 ——とまあ、こんな感じでなんとか間に合って新幹線に乗れたってわけだ。



「ぎりぎりでしたねぇ。まさかこの私が寝坊なんてするとは」

「確かに……いつもはちゃんと起きてるのにね」

「昨日頑張り過ぎちゃいましたね」


 それは……うん。どっち?


「ごほんっ。それはそうと今日は初旅行です。楽しみましょう!」

「はい! 楽しみます!」





*****





 新幹線が動き始め、早一時間。

 七葉はガイドブックと睨めっこ。俺は片耳にイヤホンを付け音楽を聴きながら、ぼけっとしていた。


 ガイドブックには『江ノ島の歩き方』と書かれている。


 この旅行は二泊三日。

 一日目に江ノ島へ行き、二日目に東京リィスリーランドに行く予定だ。プロポーズは二日目の夜に決行する予定。


「柊! 私、しらす丼食べたいです! あ、でもこのお刺身の盛り合わせも! それにこのパンケーキも!」


 食べ物ばっかじゃない。


「行ける所は全部行こう。とりあえず俺は江ノ電に乗りたいかな」

「うんうん! はぁ、楽しみです!」


 キラキラと輝く瞳はまるで子供のように無邪気で。


 こんなにも楽しみにしてくれるとこっちも嬉しいし、楽しくなる。本当にこの人が俺の彼女でよかったと思う。彼女とだったら何処へ行っても楽しい。


「あ、そうそう! 私、今日の為にこんなの買ってみたんです!」


 じゃじゃーんと声を出して、鞄から取り出したかったのだろうが、つっかえてタイミングがずれて出てきた。


 自分で取り出して、自分で声を出して、上手くいかなかったのが不服なのか、もう一度鞄にしまった。


「やり直しです」


 そう言って、むすっと頬を膨らませた七葉。

 もう……ほんとそういう所が可愛いんだよ。


「じゃじゃーん!」


 今度は上手くいき、ちゃんと出てきた。

 顔も不機嫌ではなくなり、ご満悦。


 既に一度見ていた、その出されたものは、いわゆる『自撮り棒』だった。


「これで写真を撮りたいです! それで、リンスタに投稿します!」


 リンスタ。久しぶりに聞いたな。まだやってたというか、フォロワー誰もいなかった気がするが?


「投稿しても見てくれる人いなかったことない?」

「ふっふっふ。甘いですよ! 私、実は雫ちゃんと友達になったんです!」


 えっへんとドヤ顔。


「友達って……フォロワーでしょ?」

「そうとも言います!」


 そうやって言うんですけど。まあいい。


「他には?」

「山田君とお母さんとお父さん!」


 待って。

 お父さんリンスタやってんの!? え!? え!? 今どきの人じゃん!


「俺が遅れているのか……」

「ん? とりあえず撮りましょう!」


 いそいそとスマホを設置して、インカメラに切り替え、シュッと棒を伸ばしてドヤ顔。一つ一つの動作が可愛すぎだろ。さぞかし嬉しいんだろう。


「では撮りますよ」

「はい」


 カシャッと一枚が切り取られた。


「やり直しで」

「なんで? 俺にも見せてよ」

「やです!」

「なんで?」

「私がブサイクですから」

「大丈夫大丈夫。七葉は可愛いよ」

「……ありがとう」


 どうやら見せてくれるらしい。

 スマホを受け取り、見てみると七葉が半目で映っていた。


「……ぷっ」

「今笑いました」

「笑ってません」

「笑いました。もう一度ちゃんと見てください!」


 スマホを奪い取られ、これでもかと顔の前に持ってくる。そのたびちらちらと見えてしまう七葉の半目の顔……ぷぷっ!


「くくっ……やめてっ……静かにしないとっ……」

「やっぱり笑ってるじゃないですかぁ! もうっ、だから嫌って言ったのに」


 拗ねたように顔を下げ、いじいじと。


「ごめんね? そんなつもりじゃなくて、こういうのもたまにはいいなって。なかなかこんな七葉の顔見ることできないじゃん? それにこれは俺だけが見れるって考えたら嬉しくてさ。だからもう一回撮ろう? 今日はせっかくの旅行なんだから何事も楽しも? 下がった気分じゃ、楽しめないよ?」


「こういう時ばっかり、よくぺらぺらと。分かりました。もう一回撮りましょう」


 怒宮さんだ……。でも、納得はしてくれたみたいでよかった。


「うんうん」


 スマホをセットし、再びパシャリと。

 まず先に確認するのは七葉。


「ぷぷっ!」


 ……ん?


「今笑ったよね?」

「いえ、別に」


 スンっと真顔に戻り、会社のいる時の七葉になった。


「見せて?」

「嫌です」

「なんで? 七葉また半目だった?」

「まあそんなところです……くくくっ」

「また笑った」

「笑って……ぷふっ!」


 無理があるわ。それで笑ってないなんて。


「見せなさい!」

「あっ!」


 今度は俺が七葉からスマホを奪い取った。画面に映っていたのは、半目でブサイクな俺だった。これはもう本当に悲惨で、笑ってるのに目が開いてないから余計にひどい。笑うのも納得してしまうくらいのブサイクがそこには写し出されていたのだ。


「ぷふっ! これは……くくくっ!」

「自分で笑っちゃってるじゃないですか!」

「いや、だってこれは……ぶふっ!」


 あまり声を出さないように頑張って抑えているものの、何故かツボに入ってしまい腹を抱えて肩を揺らしまくった。


「いつまで笑ってるんですかぁ。ちゃんと撮りましょう」

「ごめんごめん」


 そして、三度目の正直——


「うん。今回は良い感じです。ほら」

「あ、ほんとだ」

「じゃあこれをリンスタに上げます!」


 どこにでもありそうなカップルの写真だが、その写真は俺にとって特別な写真で、これからもこうしてくだらない事に笑っていけたらと思う。


 写真は一枚しかないが、これまでに撮った二枚が思い出として残るだろう。経過があってこそのこの写真。


 これを撮るまでが思い出で。

 この写真を見て、二人で思い出してまた笑えればと。



 まだ始まったばかりの旅行。

 これからが楽しみだ。



「投稿しました!」

「どれどれ……っておい!」



 投稿されていたのは、俺の半目写真だった。


 タグは、#旅行 #新幹線 #ブサイク #半目 



 ——ちょっと、お姉さん。表出ようか?



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