第2話:花宮さん、ネジ外れました?

 初めに状況を整理しよう。

 

 まず、いつから付き合っていたのかと問われた。

 即答できなかった俺。


 次に具体的な日にちを聞かれた。

 それに対して疑問形で答えてしまった花宮さん。


 これにより、花宮かおりさん(母)に怪しまれてしまうという事態に陥ってしまった。


 ここからが重要。

 二人が付き合っている証拠を証明してと言われ、自分なりに証明できる事を考えていた。

 写真やら、好きになった理由、あとは……特に思いつかない。


 とにかく色々考えた末、辿り着いた結論は『証拠はない』だ。

 そう諦めた時だった。それをされたのは。


 具体的に説明すると、服の袖をちょんちょんっと引っ張られて、何かと思い花宮さんの方へと顔をむけた。


 それは一瞬の出来事で。

 花宮さんは顔を近づけ、俺の唇を奪ったのだ。



 はい、これでQ.E.D.証明終了。




*****




 ————チュッ


 唇に触れた柔らかい感触と音だけが、脳に焼き付けられる。


 一瞬の出来事で思考停止、身体停止。


「こ、これで伝わりましたか?」

「えっ、えぇ。まあそこまでしなくても写真とかで良かったのだけれど……七葉って意外と大胆なのね」

「へっ!? だだだだったら! そう言ってよ!」


 二人の声だけが耳に届いてくるが、全くもって頭の中には入ってこない。


「佐伯君、放心状態だけど大丈夫かしら?」

「ごめんなさい! いきなり私がキスをしちゃったから!?」


 ゆっさゆっさと身体を揺らされ、段々と意識が戻ってくる。


「ココハドコ、ワタシハダレ?」

「あ、あぁ……さ、柊がおかしくなっちゃいましたよ! お母さんのせいですよ!」

「なんで私のせいにするのよ! あんたがいきなりキスするからでしょ! しーらないっ! じゃ、私は帰ろーっと」


「ちょっと! 逃げないでよ! 佐伯君! 目を覚ましてください!」

「今、名字で呼んだ?」

「違います! 会社では佐伯君と呼んでいるので、その癖がまだ抜けないんですよ! ね!? 柊っ!」


 背中を強く叩かれ、やっと意識がはっきりする。


「あ、うん。そう……ですね」

「お見送りしますよ! ……本当にごめんなさい」


 かおりさんには聞こえない声でぽつりと呟いた。


「……はい」


 玄関まで移動して、靴を履いているかおりさんの背中を眺める。

 立ち上がり、こちらに振り返りにこりと笑ってこういうのだ。


「佐伯君、迷惑をかけてるかもしれないけど、七葉をよろしくね」


 その一言が、全てを見透かされているような気がした。勘違いかもしれないが、そんな気がした。


「いえ、こちらこそ迷惑かけないように日々努力していかないといけません。お互い支え合っていきます」

「あら、謙虚な事。まあ二人とも仲良くね。お盆休みにはうちにいらして? お父さんも多分喜んでくれるわ」


 お父さん!? 待って? そこまで聞いてないよぉ!?  

 我ながら酷く顔を歪めて花宮さんを見つめる。

 花宮さんはその酷い顔を見るや否や、『ごめんなさい』と口パクで連呼しながら、申し訳なさそうな顔をした。


「じゃあまたね。佐伯君」

「はい、また。お気を付けて」

「七葉もまたね」

「はい。気を付けて」


 バタンとドアが閉まるのを見届けてから花宮さんは戸締りをして、高速でこちらへ戻り土下座。


「本っ当に! 申し訳ございませでしたっ!!」

「一体全体どうしてこうなっちゃったんですか……」


 彼氏の役をさせられ、キスをされ、終いにはお父さんにまで会わされそうになってしまっているこの状況。どうしてこうなった。


 いつまでもこの嘘が続けられるとは到底思えない。彼女も馬鹿ではないので、その辺は理解しているはず。


「ごめんなさい。本当に。お見合いなんて嫌だったんです。親の決めた人と結婚なんて嫌じゃないですか? そのくらい自分で見つけますよ」

「それは分かるけども……キスはしなくても……よかったんじゃ……」


 思いだすだけで恥ずかしくなり、顔が熱い。

 これでも多くはないが、それなりにお付き合いはしてきた。だが、知り合いと友人関係の人とは流石にキスしたことはない。


 キスには慣れているが、これはちょっとね……。


 昨今、世間には〇〇フレという言葉が多数存在する。

 何でもかんでもフレンドと付け加えてしまえば、許されてしまうこのご時世はどうなのだろうか。


 ここ最近よく聞く言葉はソフレ。本来の意味は添い寝友達。和製英語だ。

 若者にしか分からない友達の関係である。そもそも存在するのかすら怪しいけども。


 身近なのはセフレだな。意外と友達にはいたりする。

 他にも、ハグフレ、カモフレ、ビリフレ、サンフレ、そしてキスフレ。


 この中でも一番訳分からんのはビリフレ。

 なに? ビリー〇ブートキャンプする友達かよ。時代遅れな。世は二週間で10キロ痩せれるダンスで痩せてるぜ?


 ネット情報によると、ビリフレとはリハビリフレンドと言うらしい。

 失恋した女の子、あるいは男の子の傷心を慰めてあげる友達のことらしい。その友達あわよくば次狙ってないか?


 とまあ、話はずれにずれまくったが、とにかく俺が言いたいのは、今まさにキスフレの一歩、いや三歩くらい手前に来ているのではないのだろうか? あ、そもそも友達と思ってるのは俺だけだったりして……悲しくなるから考えるのやめよ。


「そうですよね……でも証明する物も何もなくて、思い付いたのがキスしかなかったんです。何も考えずに意外とできました。佐伯君の唇って柔らかいんですね。ファーストキスはレモンの味と言いますが、コーヒーの味でした」

「えっ、ファーストキスだったの!? なんかごめんなさい……」

 つらつらと普通に言うもんだから、聞き逃してしまう所だった。ファーストキスはもっと大事にしろ。なんで俺なんだよ。申し訳ございません。

「別に嫌じゃありませんでしたから、気にしないでください」


 こっちは気にするっつぅの。でも花宮さんの唇は柔らかかったなぁ……。


「そうですか……というか、これからどうするんですか?」

「そう……ですよね。とりあえずお盆前に別れたとでも言っておけばいいんじゃないかと思うんですけど、佐伯君はどう思いますか?」

「家来たら一発でバレません? 俺としては嘘と言った方がいいのではと」

「ダメですよ! 母の前でキスしてしまった手前、関係性を疑われてしまいます! そう! あれです! キスフレだと思われちゃいます!」


 よかったぁ、友達だぁ。

 おっと、いかんいかん。

 雑念を払うために、んっんーと喉を鳴らした。一人で何やってんだろう。


「じゃあどうするんですか……このままじゃやばいですよ」


 花宮さんは正座をしたまま、うーんっと顎に人差し指をあてて、思考を巡らせているポーズをとった。


「こ、これは一つの提案なんですが……私達が付き合うってのは……やっぱりなしですよねぇ」

「付き合うのはなしですけど……」


 せめてその時ならと言おうとしたが、遮られる。


「今のは! 忘れてください!」


 この人、今日おかしい気がする。絶対こんな事考えないのに。


「かおりさんと会う時だけは彼氏のフリくらいなら……」

「いいんですか!? じゃ、じゃあお願いします!」


 乗り気ではないが、やはりこの方法以外思いつかない。

 キスさえ、キスさえしなければ、お見合いが嫌で嘘をついたんだと終わらせることが出来たのに。


 だが、しちゃった事はなかったとは言えない。見られてしまったが故に、いや、見せつけてしまったからこそ嘘を突き通すしかない。

 なるべく早めに解決してくれるとありがたいんだが……。


 予想的中! 嫌な予感は当たりました!


 ……ってこんなの当たらなくていいから、宝くじ当たれよ。


「とりあえず今はこれで目を瞑りますけど、ちゃんと決着つけてくださいよ。本当に」

「はい、本当にすいませんでした」


 深々と頭をさげた。それはもう綺麗な姿勢で。


「もういいんで、顔をあげてください」


 ゆっくりと顔を上げて、にこりと笑った。


「ありがとうございます。やっぱり佐伯君は優しい人ですね。思っていた通りです」

「致し方なくなので、優しくありませんよ」

「またまたぁ~謙遜しすぎですよ」


 それからリビングに戻り、いつも通りの生活に元通り。


 と、そう言うわけにもいかない。

 

 どれだけ取り繕っていても、心臓の脈打つ速さだけは元通りにはならなかった。


「佐伯君、提案なんですけど名前で呼び合う練習をしませんか?」

「なんで?」

「先ほど、苗字で呼んでしまい、母に疑われてしまいました。なので名前で呼ぶ癖をつけたいんです」

「なるほど、まあいいですよ」


 そんな急に名前なんて呼ぶのは恥ずかしくないのだろうか。とはいえ、さっきは割と普通に呼べていたので問題ないか。


「では、呼んでみますね……柊……さん?」


 呼べてないよ。さん付けしちゃってるよぉ!


「じゃあ次は俺が……な、七葉……」


 しーんとした部屋で、お互いの名前を呼び合って何をしてるんだろうと変な気持ちになる。すごく体がむず痒い。


「なんかあれですね、改めて言ってみると恥ずかしいです」

「……そうですね」


 あなた言えてませんでしたけどね。

 気まずい空気が流れ、時計の針が動く音だけが聞こえる。


「……」

「……」


 なんか話してくれよと思いながらも、俺の口も動かない。

 すると花宮さんが口を開いた。


「あ、あの、明日なんですけど、私と出かけてくれませんか?」

「いいですけど、どこ行くんですか?」

「私の好きな人に会いに行くんです!」

「絶対に嫌」

「大丈夫です! 誰しも最初は嫌がりますが、安心してください。幸せな気分で帰れますから!」


 本当にどうしちゃったの? 頭おかしくない!? 自分の好きな人に全然関係もない俺を会わせるとか神経おかしいよなぁ! 俺間違った事言ってないよな!?


「嫌、本当に嫌。意味がわからない……」

「大丈夫ですよ。明日は早起きしてくださいね」



 ダメだこの人……話すらきいてない。頭のネジ外れすぎ……。



 これは強制連行決定か!?

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