第21話 煉獄からの招待状

 火刑の魔女。その言葉に僕は戦慄する。先の魔女裁判でも話題となった、半年前に脱走した魔女のあだ名がそれだ。脱走して捕まったという情報はない。今もどこかに潜伏し、帝国を覆そうと企てているのかもしれない。

 皇帝の勅命によりグルニエさんに討伐の指示が下ったということは、ある程度目星がついているということだろう。アドグラース――首都ジュリスに次ぐ大都市である。


「火刑の魔女と呼出場所の関連性は語るまでもなさそうだな」

「ええ。目の前のは彼女の所業です」


 アルブレヒト参謀が示したのは真っ黒く燃え尽きた建造物。軒先のオブジェや看板は炭になって判別することもままならないが、ここに何があったかは知っている。国立図書館。


「他の建物にも被害はありますが、一番激しく燃えていたのがここでした。図書館内は火気厳禁ですので火の手があがるものはない。誰かが放火しなければね」

「発火元は?」

「特定できません」


 グルニエさんは短く論拠を述べた。


「建物全体を同時に燃やせるのは魔術くらいのものだからな。いるんだよな、こういう古典的な魔術を使う奴が。いまどき火炎を吐き出す魔術なんて使わなくても石炭や石油を使えばいいのに」

「はあ」


 同意しづらい話題で同意を求められても困る。


「火炎を扱うことに長けた魔女……私たちが『火刑の魔女』の仕業だと判断した根拠のひとつもそれです。そして極めつけがこちら」


 どうぞ見てください、とアルブレヒト参謀は小さな名刺サイズのカードをグルニエさんに手渡した。グルニエさんの眉がぴくりと動く。


「アドグラースで会いましょう、か……」

「火刑の魔女特有の紋章で封蝋がしてありました」


 まるで犯行予告の怪文書よろしく、カードには新聞の文字を切り抜いた単語が張り付けられていた。グルニエさんが古典的と評価するのも理解できる気がする。しかし僕は違和感を覚えた。差出人である火刑の魔女はご自分の封蝋までつけてこれを残した。つまり自分の身元を明かした上で犯行予告をしてきたわけだ。であれば手書きの方がずっと簡潔な気がするのだが。

 グルニエさんを盗み見る。渋い表情でカードを睨みつけているようだ。思うところでもあるのだろうか。聞いてみようか……と思っていたら、先にアルブレヒト参謀が口を開いた。


「魔女グルニエ、火刑の魔女と面識は?」

「ないな。だが通称なまえは知ってる。こんな時代遅れの魔女、言ったら化石みたいな存在だ。今も生きているのは一人しかいない」


 そうしてグルニエさんは、静かにその名を口にした。


「ガルディア。煉獄の魔女とも呼ばれていた」

「魔女ガルディア……」

「あくまでも偽名だ。もっとも本当の名などありはしないが」


 グルニエさんが呆れたように嘆息する。僕には想像を絶する世界だった。

 僕が知ることになる、三人目の魔女。ほんの一握りの存在でしかないはずなのに、国ひとつを容易く落とすことができる災厄の代名詞。僕が神聖騎士になりスローストロークに派遣されてからの日々はあまりに目まぐるしく……たった一月ほどで、三人もの魔女に接触しようとしている。正直ぞっとする話だ。

 彼女いわく、古典的な魔女。ガルディアという女性がどんな意図をもって図書館に火を放ち、アドグラースで待ち構えているのか。そしてこの封蝋は、誰に対しての招待状なのか。


「魔女ガルディアは、アドグラースで神聖騎士団を討つつもりなんでしょうか」

「どうでしょう」


 アルブレヒト参謀は言葉を濁した。


「首都ジュリスではなくアドグラースに誘っている点が気になります。もちろん、ジュリスは皇帝のお膝元。神聖騎士団の本拠でもありますし、数と質で不利を悟ったのかもしれません」

「プライドの塊みたいな女に限ってそれはないだろうが」


 グルニエさんは憮然とした表情で反論する。カードを指先で弄びながらアルブレヒト参謀に告げる。わかりきっていることを言わせるなと、言外に咎めている気がした。


「古典的ってことは頭が凝り固まってるってことだ。たとえば、とか思ってる。魔女裁判のために捕まえられ、あろうことか格下の人間に裁かれるなんて屈辱許せなかったんだろうさ。だから、そうだな」


 フィールドをつくっているのだとグルニエさんは言った。


「ガルディアは、自分にとって最高の舞台を用意して待っている。古臭い魔女らしい罠と魔術をこれでもかと巡らせてその復権を謳おうとしている。言ってくれていいんだぜ、参謀殿。、とな。勅命ってのはつまり、そういうことだろう」


 アルブレヒト参謀は何も言わない。理知的な瞳が眇められ、それから薄く笑みを刷く。僕にはそれが肯定に見えた。


「魔女グルニエ、あなたが皇帝の勅命をどう解釈し曲解しようと構いません。私は勅命を伝えるだけ」

「保身に走るか、さすが権力者は言うことが違う」

「市民からのご意見として受け取っておきます」


 グルニエさんは大きく舌打ちした。神聖騎士団の参謀相手になんて不遜な態度を、とハラハラする気持ちはもちろんある。だがそれを止めることなんて僕にはできない。グルニエさんは権力図に組み込まれた神聖騎士ではなく、自由意思で国を引っ掻き回す魔女なのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る