現実 第五部

「何から話せばいいかな、そうだな……。健くんは明日から二学期だよね?」

「えぇ、まぁ……」

「ということは、こうやって平日は会えなくなっちゃうね」

「そうですね」

「平日に会うのもこれが最後だったりして」

「それがどうかしたんですか」

「いーや。そう思っただけだよ」


 気の抜けた会話を俺たち二人は交わしていく。

 あたりでは虫たちの鳴く音と、風が吹き抜ける音がして、綾さんの言葉も相まって、何もしていなかった昨日以上に夏の終わりを告げつつあった。


「さて、そろそろ本題に入ろうか」


 そう言いながら、綾さんは立ち上がって歩き始めてしまった。


「ちょっと、綾さん?」

「座って話す気分じゃないから。安心して、そこまでいくだけ」


 綾さんが指差した先はここら一帯の街が見渡せるであろう場所であった。俺たちのいる休憩所から歩いて十数秒のところ。

 景色を見ながら話すのもいいだろうと思い、綾さんの後を追った。


「健くんは私がどうして君を助ける時にごめんなさいという言葉を残したのか。そして、私がどうして死のうとしていたのか。それを不思議に思っていたのよね」

「はい」

「先に簡単な方から。私がごめんなさいとあなたに言ったのは、やっぱり私も死のうとしていたから。そして、それはあなた同じだった。だから、邪魔してごめんなさい。ということで私は言ったと思うわ」


 俺と綾さんの繋がりはあの瞬間、あの言葉から始まった。

 その言葉の意味は綾さんのことを知れば知るほど薄々気づいていった。

 そして、それが確信へと変わったのは綾さんが死のうとしていた事実を知った時。ごめんなさいの意図がどういうものかなど、それに気づいた時にはおまけ程度にわかっていた。

 そして、次に不思議なことが出てきた。


「そして、私が死のうとして意味。それも自分の中で解釈が終わったからいうけれどね──」


 今の俺が求めている言葉はこっちだ。

 ごめんなさいと呟いた彼女がなぜ死のうとしていたかの理由。それが今の俺の疑問であった。


「私ね。友達が欲しかったんだ」


 不意に出た言葉は綾さんらしいようで、綾さんらしからぬ言葉であった。


「友達なんて綾さんにはたくさんいたじゃないですか」

「それって誰のことかな?」

「誰って、同じ高校の最上さんやこの間話していた坂波さん。他にも俺の知らない人たちがたくさんいることはいろんな人から聞いているんですよ」


 これまでにあって来た綾さんを知る人の多くは彼女が素晴らしい人だと賞賛した。同時に彼女のことを慕う人も多いと言われることも多かった。


「そうね。友達はたくさんいたかなぁ」


 高く背伸びをしながら、綾さんは支離滅裂なことを言い始める。


「一体何が言いたいんですか……」


 こちらの気も知らない背中に向けて言葉を投げかけると、不意に綾さんの顔がこちらを向く。

 それは、いつもの笑っている綾さんではなく、極限まで感情がなくなった人間の表情であった。


「友達はいても、私に親友と呼べる人はいなかったの」


 綾さんの言葉は、俺の知る。いや、皆が知る綾さんの言葉ではなかった。

 自らを慕い、仲良くしてくれた人たちに対するある種の裏切り。

 自分はそれほど相手のことを想っていなかったと言うような言葉。

 その雰囲気は以前、姫野萃香と話した時に出て来た綾さんの姿に似ている気がした。

 そして、これが以前俺に話した俺の前では変わると言った綾さんの姿なのか。

 こちらを見つめる冷たい瞳は俺たちの知る綾さんではないことだけはわかった。

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