思い出 第九部
「ふざけないでっ!」
私はブランコに座っている彼女の胸ぐらを掴んでグッと自分の方へと近づける。
私のとっさの行動にも関わらず、彼女は怯えることも、驚くことすらしなかった。
「あなたは天才。それを認めなさい」
「私は天才ではない」
私の怒気にも決して鈍ることなく、彼女は淡々とそう答えた。
「それに、私が天才だとしてなんだというの?」
「はっ?」
彼女は私の手を払い、立ち上がる。
「私が自分のことを天才だと言えば、姫野さんは満足するの? それならいくらでも天才になるわ。それであなたが満足するのならそれでいい」
私の無茶苦茶な言い分に彼女は怒ることもなく、悲しむこと、嫌がることすらなくただただ言った。
「私だってなりたくてこんなふうになっているんじゃない」
そこまで言い切ったとき、私の中である考えが思い浮かんだ。
“園田綾は壊れている”
常人以上の知識を持ち、さらに身体的な力を持ち、さらには友好関係をもっていながら。いいや、もっているからこそ、常人のそれを持っていなかった。
彼女と私とでは話が通じるはずもなく、そして、私の言い分を彼女が理解できないように、私もまた彼女の言い分が理解できなかったのだ。
「わかった」
私は彼女に背を向けて、先ほど立った時に落ちてしまった自分のカバンを拾う。
「あなたは間違いなく天才だわ。常人の気持ちはわからないほどにね」
その言葉を言った後、私は彼女の元へと歩み寄り、そして右手を振りかぶり、彼女の頬を叩いた。
その衝撃はすぐに彼女の頬が赤くなるほどであり、そして、叩いた時にはあたりにパンッという乾いた音が響いた。
私はついに暴力行為に及んだのだった。いまだに人としての感情を出そうとしない彼女から何か出してやろうと思い、一矢報いてやる思いで力いっぱいに彼女の頬を叩いた。
結果、彼女の表情は冴えないままで、痛がることもなく、ただ叩かれた方向へと顔が流れていただけであった。
「痛がりもしないなんて、あなた本当に人間なの?」
私はその言葉を残して、その場から立ち去った。
悔しさと、自分の情けなさ、そして、なによりも叩いたはずの自分の手のひらの方が痛いことに涙しながら。
その日以来。私は園田綾という人物に様々な嫌がらせを行った。
それは靴を隠したり、彼女の教科書を盗んだり、はたまた彼女に対する暴力行為の数々。大小異なるあらゆる嫌がらせを行った。
しかし、私が学校で先生に呼び出され、いじめのことを咎められる、あの夕焼けに満ちた初夏のじんわりと汗が頬を伝っていくあの日まで、ついに、彼女は反応を返そうとはしなかった。
そのことで私はもちろんすぐに自分の親に報告され、その日はこっぴどく叱られた。それだけではなく、あの日以降、今まで以上に学校では私に対する視線は冷たいものとなり、私が廊下を歩くだけで周りからは小さな囁き声が聞こえてきた。それが、ただの雑談なのかそれとも私に対する陰口なのかについては、はっきりとはわからない。だが、あの時に向けられていた生徒たちの視線は今でも少しばかり胸にくるものがある。
でも、そんな視線、そして、あれ以来たまに私に対する嫌がらせ。そんな中で一番今の私にも深く残り、締め付けていることがあった。
園田綾の存在。それだけであった。
最後の最後まで園田綾という人物を知れず、そして彼女も自分というものを出さなかった。私に対して嘲笑するわけでもなく、怯えることもない。
私が目の前に現れたら向かい合い、そして私が何かしらの行為を行えば、それを甘んじて受けた。その際、抵抗はない。物がなくなれば、さぞ自然のように取り繕い、気付いた時にはいつもの彼女の日常に戻っていた。
園田綾という人物を知ろうとしたあの時間はなんだったのか。
そして、園田綾とは一体なんなのか。
その思いが高校三年の今になっても私の胸を締め付けていたのであった。
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