巡り合わせ 第八部
校門へと向かう中、俺は先ほどの有沙さんのことを思い出す。
俺が最後、有沙さんに綾さんの最後の言葉を言わなかった訳。
それは、有沙さんの中で思っていた以上に綾さんへの思い入れが強いからであった。
有沙さんにとって綾さんは憧れのようになっていた。それは、自分の部活動でのプレイに支障をきたすレベルの心の中でのパラメータのようなものになっていた。
スポーツというのは体が資本ではあるものの、心の状態というのも大いに関わってくる。ある連勝を続けていた有名なボクサーがいつも決まって食べていたものが減量が原因で食べられず、その後の試合で負けてしまった。なんという話もあるくらいだ。
何かがなくなったことによって集中力が切れたり、力が発揮できないということはよくある話。そして今現在、有沙さんがその状態にいた。
そんな有沙さんに綾さんのあの言葉を告げたら、きっと彼女はその言葉の真意が気になってしまい部活動に集中できないであろう。ましてや、その言葉の真意は今の俺にもわからない。彼女の中で疑問だけが堂々巡りし、最悪、自分のせいではないかと塞ぎ込んでしまうかもしれない。
だから、俺は有沙さんにあの言葉を告げることを避けた。
それに、有沙さんの場合綾さんが目を覚ました時でも遅くはない。
もしも、それが叶わなかったのなら、大会が終わった後に俺が言っても問題ないのだ。
今の彼女が知るには値しない。
そう俺は決断した。
「あの〜」
後ろで誰かが呼ぶ声がし、俺ではないかと少し思ったため念のため振り向くと、俺のことを見つめる一人の女子生徒が立っていた。
「なんですか?」
「最上先輩、っていってもわからないか。えっと、身長があなたくらいの人でポニーテールをした人を知りませんか?」
話しかけてきた女の子は俺よりもひとまわり小さく、ボーイッシュな見た目に、有沙さんと似たような軽い服装。そして、手にはタオルを持っており、その体は汗で濡れていた。有沙さんのことを先輩と呼んでいるのでおそらく後輩なのだろう。つまり、少なくとも俺と同級生。もしくは、それ以下であることはまちがいない。
おそらく、しばらくしても帰ってこなかった先輩のことを気にかけてきたのだろう。
「その人ならもうすぐ部活に行くと思うよ」
「そうですか。じゃあ、あなたが先輩と会っている人ってことですね」
目の前の女の子は俺が有沙さんと会っていた人と決めつけると、こちらを強い眼差しで睨みつけてきた。
「あなたがここへきた理由は大体わかります。だからこそ、もうこれ以上先輩には近づかないでください」
少し話しただけなのにすでに目の前の女の子にはかなり大きな敵対心を抱かれ、俺としてはそこまで警戒されるようなことをした覚えがないので反応に困ってしまう。
しかし、幸い有沙さんとは話もできたし、これから会うことはほとんどないだろう。
だが、高校時代の綾さんの一番の友人とも呼べる彼女と会う機会が失われてしまうのも俺としては痛い。とりあえず、目の前の女の子の真意を確かめる。
「えっと、なんでそこまで言うんですか?」
目の前の女の子は呆れたそぶりを見せて答えた。
「あなたみたいに最上先輩に綾先輩のことを聞きにくる人は山ほどいたんですよ。その度最上先輩は嫌な思いをしているんです。そのせいで部活でも思った動きができなくなっているんです」
部活の後輩である女の子からの思わぬカミングアウトだった。
有沙さんが部活であまり芳しくないことは本人から聞いていたが、その背景には綾さんの事故という事実だけではなく、その事故によって生じた環境にもよって調子を崩しているとは考えてもいなかった。
綾さんは有沙さんも言っていたように人気者。それは男女問わず。そんな人の突然の事故。その詳細について知りたいと思う人は山ほどいたのだろう。しかも、それが好きな相手とかとなる男子だと尚のこと気になって有沙さんに取り巻くだろう。
「それは、僕の不注意でした」
「えぇ。だから二度とこないでください」
「わかりました」
もう言うことはないだろう、そして俺がここにいる意味もないと思い目の前の女の子から体をひるがえして、廊下を再び歩き出そうとする。
「まって」
彼女に呼び止められた俺は動作を止めて、もう一度彼女に体を向ける。
「どうしてそこまで綾先輩にこだわるんですか?」
先ほどまで向けていた鋭い視線は少し緩んでいたが、どうやら敵対心があることは否めないみたいだ。
「自分は綾さんに命を救ってもらったんです」
「命?」
「綾さんの事故について知りませんか?」
「事故にあったとだけしか……」
どうやら、事故にあったことは知っているが、その事故の内容のことは知っていないようだった。
「綾さんは交通事故にあったんです。そのときに助けてもらったのが僕なんです」
「そうなんだ。それで、なんでそんな人がここにきたの?」
「助けてもらった綾さんのことを知りたいと思ったからです」
「それ、本気で言っているんですか?」
「はい」
迷いなく返事した俺に対して、彼女は再び鋭い眼光を飛ばしてくる。
そして、彼女は遂に忍ばせていた敵対心を表にさらけ出した。
「あなたのせいで綾先輩は。そして、最上先輩は調子を崩しているの。そんな人がよくこんなところにのこのこ来れましたね。嫌がらせでもしたいんですか?」
女の子の怒りや思いがどうあれ、事実だけは訂正しないといけない。
「嫌がらせするつもりはないです。ただ、綾さんについて──」
「あなたにはなくても、こっちがそう思うの? そんなこともわからないの?」
「もちろんわかってます。それでも、聞きたいことがあったからきたんです」
「どうせ、心配しているだの、今どう言う状態なんだとかなんでしょ? そんなことは最上先輩が一番心配しているんだから」
先ほどの有沙さんの態度を見ていれば、その言葉が真であることは容易に裏付けられた。
「理央、何しているの?」
「最上先輩!」
俺の横を通り抜け、リオの元へと近づく有沙さん。
そして、俺と目の前の理央を交互に見つめると困惑した様子でいた。
「なんで理央が緑川くんと話しているの?」
「最上先輩がなかなか帰って来なかったので、心配になってきたんです。先生に聞いたらこっちにきてるって言って、それでこの、えっと緑川さんと会ったので、輩のことを聞いていたんです」
理央はこちらへ視線を飛ばしてくる。
(話を合わせろ、か……)
理央の思惑を汲み取り、俺もとっさに話を合わせる。
「ちょうど有沙さんの場所を聞かれていたので、助かりました。じゃあ、僕はこの辺りで」
今度こそ俺は有沙さんたちに背を向けて、校門へと歩を進めた。
後ろからは有沙さんと理央が部活のことについて話していた。
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