第3話

 満面の笑みを浮かべ、キリノを真っ直ぐに見つめると、女神は右腕を突きだし、握りしめた拳から親指を立てる。

 いわゆるサムズアップ、別名GJポーズ。

 おい、女神、もちっと行動に神秘さと荘厳さを持て。

『素晴らしいです! あれも、ビキニに次いで良い物です! むしろ足の付け根の切れ込みをもっと鋭角にすると凄くいい! きっとお尻のラインが露出してもっとエロ……いえ、美しく見えます!』

「…………」

 そうか、どうりでサブリナと友達になれるわけだ。

 この女神、頭の中はサブリナとほぼ同じだ。

 ダメ女神、いや駄女神だ、この人。

『素敵です、キリノ様とやら、あなたはサブリナが仕えるべき『古き人』の一族なのでしょう。気を抜けば太り、年老いる……でも、それでもなお、その水着はいい! 素晴らしい! 未来を感じさせます! ビキニと並んでこの水着は素晴らしい!』

「で、でも女神様! あのワンピースでは鎧にしたときに華やかさが!」

 とうとう先輩が声を上げた。

 声が上ずっているのはこんな駄女神でも彼女にとっては「神」だからか、思わぬ成り行きに動転してるからか。

『そなたはテ=キサスの新しい女王ですね』

 と女神ビ・キニは優しい視線を先輩に向けた。

『自分たち人類を信じるのです。ビキニとワンピースは世界を二分する物ではありません。どちらがどちらではなく、どちらも素晴らしいものなのです。そしてあなたたち人類はきっとワンピースを鎧に替えたときもデザインで、材質で、そして何よりも着るものの体型で、無限にいやらしい……もとい、無限に素晴らしい華やかさと艶を持たせることが出来るでしょう』

 今、この女神、いやらしいとか言ってたぞ!

『…………そこのあなた、【古き人】故に敬意を持って見逃しますが、私は決して破廉恥でいやらしい物が好きな女神ではありません。単に男女の美学を重んじるのです。男は筋肉で鎧を支える美しさ、女は肌を露出させて戦うことの美しさを追求すべきなのです』

 どうやら女神は俺の頭の中の突っ込みを「聞いた」らしく、ちょっと慌てたように言った。

『戦いとは、そんな男女が激しい運動で汗でぬらぬらと肌を輝かせ、ぶつかり合い、命がけで戦うからこそ萌えるのです、いえ、燃えるのです! それこそが命の輝きなのです! あなたのような少年は、もっと己を磨きなさい』

 と真面目な顔で女神は俺を見て言った。

 どう聞いてもそのご意見は「戦神」という荘厳な名前に似合うものではなく、単なる戦闘マニア、あるいは何かの「困った人」の台詞にしか聞こえない。

 確かに戦争の神様だから多少こちらの常識とは違う思考だろうとは思っていたが、これは斜め上過ぎる。

『そう、あなたはあと五キロほど痩せれば、女装が似合うようになるでしょう。そうすればきっとあなたもビキニとワンピースのよさが分かるようになります」

「おい、それって女装しろって事か?」

「そうです、ザッツ正しい方のオーライ」

 この女神、とうとう英語使いやがった。

「ちなみに私は屈強な男と女装美少年の組み合わせも大好きですが、あなたのようなオトコの匂いを残した少年が助走し、がっつり組み敷かれるのも、組み敷くのも好きです、大好きです! 相手はこの場合屈強な男の戦士でも女の戦士でも、また美少年同士でも結構です!』

「うわ、腐女子要素まであるのかよお前!」

 女神を指差して「お前」呼ばわりもないもんだが、俺はうっかり突っ込んでしまった。

『お前なんて言わないで下さい! 私、一応女神なんですからねっ!』

 ぷうっと頬を膨らませ、顕現なさったときの荘厳さはどこへやらの女神ビ・キニは『では帰ります!』と鳥居の中に消えていった。

「…………なんて女神だ、っていうかこの世界の神様はあんなんか?」

 この国に大呪詛を駆けて世界を変革しようとしているあの大魔導士、ザック・ナイダーが言った言葉の意味が、俺には別の意味でよく分かった。


 こりゃ、変えたくなるわ、世界。


「まー、神様って言っても今は魔法の管理システムのインターフェイスみたいなもんだからねー。あたしと同類」

 サブリナの答えに少しホッとした。

 そうだよな、本物の神様じゃないよな。うん。

 と周囲を見回すと同じぐらいあきれ顔のキリノと俺、サブリナの他は皆、大地に膝を突いて敬虔な祈りを捧げている。

「あれ……あの姿と言動を見ても呆れてないのか?」

「うーん、彼らには遺伝子レベルで、神々の『困った言動』は見えないし、聞こえないの。さっきのビキニっちとあるじ様たちの会話も、他の人類には聞こえてないわ」

「そんな……」

 洗脳詐欺だ、と言いかけた俺に、キリノは手を挙げて制した。

「彼らはそうやって生きていくように適応した、ということね?」

「そういうこと。こういうのをなんて言うんだっけ……そうそう『知らぬが仏』ってやつ?」

「どっちかっていうと、知らぬが女神、だな」

 俺はしみじみと溜息をついた。

 ことわざ的に間違ってる気がしたがもうどうでもいい。

 案外、俺らが現代社会で「いる」と思っていた神様も、外から来た連中から見ればこういうものなのかもしれない。

 いや、世界そのものを造った「なにか」もこの世界以外から見れば……やめたやめた。

 こういう話は切り上げだ。


 さて、クリスマスどうしようか?




 駄女神、ビ・キニが帰ったその日から、俺らは必死になって街の人たちに「クリスマス」の説明をしなければいけなくなった。

 問題なのは「キリスト教」という要素(ファクター)なしにその成り立ちをどう説明しようか、という点だったが、これは女神を召喚してしまったことで図らずも「ワンピース水着が認められた聖なる祭り」という認識になってしまった。

まあ、キリスト教ってこの世界じゃ一回転(?)して新興宗教になっちまうから、これでいいのか。

 でも何をどうやって、という具体的な例をどう示すか、についてはキリノが答えを出してくれた。

「映画よ」

「でも、クリスマスの映画ってクリスマスそのものを描いたものって殆どないだろ? クリスマスに起こる悲劇だったりコメディだったり、アクションだったりで」

「最適の映画があるわ」

そう言って図書館のDVDライブラリから一枚古い映画を引っ張り出してきた。

「『クリスマス・キャロル』? 1970年の映画かぁ。随分古いな」

「好きな映画よ。主人公のスクルージがお祖父ちゃんによく似てたから」

「え?」

「顔だけね。そう言ったら苦笑いしてた」

 そういったキリノの目が少し遠くを見た。

「…………」

 俺らにとっては十年にも満たないが、この世界の時間で言えば100万年以上昔の話。

「とりあえず、この映画に出てくる主人公のスクルージは嫌なやつで、物語の前半はクリスマスにやるべき事をしない、ってことになってるわ。だから『なにをするか』を教えるのに役立つと思うの。あと歌と踊りのミュージカル映画だし」

「なるほど」

「それに19世紀末のイギリスが舞台だから、この国の人たちにとっても『未来の自分たちの姿』としてうけいれやすいと思う」

 なるほど、そういえばイギリスって王様より、殆どの時代を女王が支配してる国だっけ。

「あとは先輩……女王陛下からお達しを出せばいいのか」

というわけで、その日からヘビーローテーションで視聴覚室での「クリスマス・キャロル」上映会が始まった。

 終わるとクリスマスのセミナー……いや、説明会というか、何というか。

 とりあえず、映画のお陰で「女王陛下はこういう風景をお望み」ということは理解してもらえた。

 ちょっと興味深かったのはこの映画ははじめてテ=キサスの住民に「今まで見たことのない物語だからもう一回見せて」とせがまれる作品になったということだ。

 考えてみればミュージカル映画というのはこれまでかけたことはなかった。

 彼らにしてみれば旅芸人の芝居の特大版としても見られるわけで。

 で、翻訳魔法のお陰もあるんだろうが、見終わった後母親も子供たちも一緒になって劇中歌の「Thank you very much」を歌いながら帰って行く姿が見られるようになった。

 俺自身もこの映画は好きになった。

 豪放磊落な「現在のクリスマスの精霊」を見てちょっぴりジイちゃんを思い出したのかも知れない。

 最初「人生が嫌いだ」と拗ねるスクルージは昔の俺自身のようで、それを励まし「いたわりの美酒」を飲ませ、一緒に歌い空を舞ってくれる豪放磊落な「現在のクリスマスの精霊」は、落ち込んだ人を励ますときのジイちゃんそのものに見えて涙が出そうになった。

 そして最初見終わったときは、ただ改心してイイ人になった、という風に見えたスクルージが何度も見返す内、実は「未来のクリスマスの精霊」が見せた数年後に死ぬという未来を受け容れて、その上で人生を楽しむために金銭への執着というしがらみを棄てたんだ、と気がついたからだ。

 変えられなくてもいい、今を楽しもう、というのは「人生が好き」という「現在のクリスマスの精霊」が歌う「 I Like Life」の歌詞だが。

 そういえば子供と一緒に歌いながら出て行く母親たちが、翌日から仕事場で歌ってるのは「I Like Life」が多い気がした。

 そして妙に熱心にキリノと先輩はクリスマスの飾り付け造りに精を出した。

 といってもリースと鈴、そして幼稚園でよく見るような紙鎖の飾り付けだが。

 これが学校砦のあちこちに飾られるようになった。

 しかもコピー機で数十枚「クリスマスのお知らせ」という告知を出力し、砦の周囲にある高札に掲げた。

 まあ、そんなわけで「クリスマスという催し物を砦でやるらしい」という話は 旧王都にも伝わっていったみたいで、周辺に出来つつある町を鍛錬がてら馬を走らせたり、散歩してたりすると子供や、その親たちに質問されることが増えた。

「まあ、お祭りだよ。収穫祭とは別に、今年を無事に終えられた、ってことでみんなで祝おう、ってことさ。食べて飲んで歌って。今年はブルネドが来たりとか色々あったしさ」

 俺は努めてそう軽く言うように努めた。(続く)

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