バッタモン

平中なごん

Ⅰ 秘密

「オマエ ガ バッタモン デアルコト ハ ワカッテイル 。 ハンカンレキ ノ パーティー ガ タノシミダ  ジョーカーマン ヨリ」


 そんな脅迫文が、半還暦――即ち30歳を迎えようとする私のもとに届いた。


 古風にも昔の犯罪者がそうしていたように、新聞や雑誌を切り抜いた不揃いなフォントの文字を貼り合わせているものだ。


 バッタモンーーつまりは偽物ということか。


 差出人はジョーカーマン……ゲームではワイルドカードとして何者にも変わることのできる、あのトランプの札に描かれた怪しげなピエロでも気取っているつもりだろうか?


 完全に経営からは離れているものの、私はそれなりに名の知れた総合商社〝エイン・エンタープライズ〟の創業一族にして筆頭株主であるし、たくさんの不動産も所有するいわゆる資本家でもあるので、脅迫文が来てもおかしくはない身分ではある……。


 しかし、脅迫文にしては特に金銭を要求するわけでもなく、文面は短く稚拙で、普通ならばただの悪戯と一笑に伏すところであろう。


 ……だが、私はこれを悪戯だと捨て置けない理由がある。


 なぜならば、私はこの脅迫文が言う通りの〝バッタモン――偽物〟であるからだ。


 そう……真実を述べると、私は衛院武留えいんたける本人ではない。


 彼はとっくの昔に亡くなっており、本当の私は彼の親友・暮村大工くれむらたくみなのである。


 あれは、もう10年以上も前の話だ……。


 孤児ながらも必死で勉強し、奨学金を得て有名大学に入った私は、そこで本来ならばけして交わることのなかったであろう上流階級の子弟・衛院武留と出会った。


 歳も一緒で、同じ経済学部に入学した同期生だったが、一文なしの孤児の私と大会社の創業一族の長男である武留……生い立ちは正反対の、共通点などどこにも見いだせないような間柄である。


 ところが、神の戯れか天の気まぐれか? 偶然の悪戯にも私達はそっくり・・・・だった。


 顔も体型も声の調子も、血液型に女性や味の好みに到るまで、名前と育った環境を除けば何から何まで瓜二つだったのである。


 お互いに一目見てそうとわかった私達はすぐに意気投合し、まるで双子の兄弟のように仲の良い友人となった。


 よくつるんで一緒に遊び、彼の家――今、私が住んでるこの大豪邸へも遊びに行くようなると、武留の両親も息子とそっくりな私を見て驚き、とても気に入って可愛がってくれた。


 だが、そんなある日、武留と彼の両親に誘われ、四人で車に乗って海へ旅行に行った際、突然の悲劇が起こった。


 崖沿いの急なカーブでハンドルを切り損ね、私達を乗せた車は崖下に墜落したのだ。


 彼も彼の両親も呆気なく即死……その事故で助かったのは私だけだった……。


 無論、私も重傷を負い、半月も病院のベッドに寝かされる羽目になったのだが、数日後に意識を取り戻し、彼と両親が死んだことを知った瞬間、ある悪魔の考え・・・・が私の脳裏を過った。




 そうだ。これはうまくやれば、孤児から大金持ちの跡取り息子に生まれ変わる・・・・・・ことができるんじゃないか? ……と。




 私と武留は両親も見間違うほどに瓜二つであったし、さらに好都合なことにはこの日、他愛ない悪戯に私達は互いの服や髪型を取り替え、両親を騙そうとお互いになりすましていたのである。


 だから、私が嘘を吐くよりも前に、遺体の服装を見た親族達は武留ではなく、私の方が死んだものと勝手に誤解していた。


 この、すべてがそちらへ向かうようにお膳立てされたシチュエーション……最早、天がそうしろと言っているようにしか思えない……。


 こうして、私は自分と瓜二つの親友であることを周囲に偽ると、資産家・衛院一族の次期当主、衛院武留と入れ替わった。


 否。彼の祖父母はすでになく、両親も亡くなったので、もうこの時点で現当主だ。その上、エイン・エンタープライズの筆頭株主という身分まで相続することとなる……一夜にして、私は莫大な財産と社会的地位を手に入れたのだ。


 だが、手にしたものが巨大な分、事は慎重に進めねばならない。


 この入れ替わりを親族や周りの者に疑われることはなかったが、若くして大企業のトップになるという恵まれた境遇に妬みや嫉みを受け、そこからいろいろ探られてバレることだって大いに考えられる。


 そこで、私は事故のショックから人との関わりを好まない、極めて内向的な性格になってしまった体を装い、会社の経営は武留の両親の弟――つまり叔父にすべてを任せ、自身は筆頭株主として名誉的に役員に名を連ねるのみにした。


 また、細かな癖の違いなどから疑いを持たれるかもしれないので、長年、衛院家に仕えてきた執事の阿琉布あるふさんをはじめ、古参の使用人には申し訳ないが辞めていただくよう仕向けた。


 もちろん、急に辞めさせては逆に怪しまれるので、なんだかんだ理由をつけて一人づつ徐々にだ。


 そうして本物を知る使用人もすっかり排除し、最低限必要な通いの家政婦だけを傍に置き、用心深く、ほぼ引きこもりのような生活をしながら私はこの歳になるまで衛院武留として生きてきた。


 結婚もリスクを考えてしなかったし、それは思った以上に不自由でそこまで楽しいものではなかったが、それでも孤児だった頃のように金に困ることはなく、それなりに平穏な暮らしぶりであった……。


 それが、ここへ来てなぜ突然にバレた? 特にヘマしたような記憶もないのだが……。


 脅迫状によると「半還暦のパーティーが楽しみだ」とあるので、そこで私の正体が暮村大工であることを皆にバラすつもりだろうか?


 じつは一週間後、衛院の親族らがこの家に集まり、半還暦祝いをしてくれることになっている。


 私は再三断ったのであるが、これまで誕生パーティーも何もしてこなかったので、筆頭株主でもある衛院本家の当主がそれではとせっつかれ、せめて区切りのよい半還暦祝いぐらいさせろと説得されたのである。


 だが、そうなるとこの脅迫状を送りつけてきたのは親族の内の誰かということになるのか?


 もしや、この莫大な財産でも欲しくなったか? 親族なら多少なりと相続権はあるし、その疑いはなくもない……それとも、偽物だとバラさない代わりに口止め料をせびるつもりか?


 いろいろと疑念は募るが、こうも情報が少なくては下手に動くこともできない……今はそのパーティーで敵がどうしかけてくるのかを待つしかないであろう……。

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