終幕2019

 一人の少女が、高瀬川に沿うように建っている喫茶店に入った。喪服かと見まがうほどの黒いセーラー服を着ており、足取りは重い。

 店内に客は一人もいなかった。

 空調がしっかりと聞いており、外の猛暑とは比べほどにならないほど涼しい。

「いらっしゃいませ」

 と、店員と思しき女性が言った。エプロンをつけており、歳は三〇代前半のように思える。胸元に懐中時計をぶら下げていた。

 少女はカウンターに座り、コーヒーを注文した。

「六〇年ほど、探しましたよ主様。小説はまだ書いてるのですか?」

 少女の奇天烈な質問に対して、店員は眉をひそめた。しかし、ようやく、目の前の客が、以前会ったことがあることに思い至り、驚嘆した。

「いやはや、変わらないね」

「主様こそ」

「あるじさま? なにそれ?」

 こっちのことですよ、と少女は微笑んだ。

「まさかあなたが妖怪だったとはね」

「いや、私は人間だよ。歳は取っているし、寿命で死ぬただね……ああ、ちょうどよかった、昨日脱いだとこだったんだ」

 そういって、店員はビジネスケースを取り出した。

 少女はそれを開け、中にあるものを見ると眉をひそめた。

「何に見える?」と女性。

「人の皮に見えます」

「誰の」

「あなたの」

 そうだね、と店員は手を叩いた。

「私も脱皮出来るんだ。だからこの若さを保てている。幻城工房の地下に、脱皮する猫についての秘伝の書があっただろう? あれは元々脱皮する人間についての研究だったんだ。僕の親もそれによって脱皮人間に替えられたんだ。だから僕は逃げてきた」

 どこから? と、少女は尋ねた。

「人間牧場だよ」

「詳しく聞かせてください」

「いいとも。懐かしい客のためだ」

 店員は指を鳴らした。すると、扉にかかっていた看板が、準備中へと変わる。

「どこから話したものか、まずは……」

 彼女はは自分の過去を話し始めた。

 この会話が第四次世界妖怪大戦の幕開けとは、二人は夢にも思っていなかったが、それはまた別の話。

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