第四話 ワイルドカード③ ~三匹の~

 王様の部屋というには、そこはあまりに簡素だった。来客用の茶色い革張りのソファーとテーブル、事務用の椅子と机、申し訳程度の観葉植物が二つ。


「で、一から説明してくれるんでしょうね」


 来客用のソファーに深く腰を下ろし、ついでにテーブルに足を乗せてクリスが言う。


「まぁね。僕の説明を一通り聞いた後、君はどうするか選んでいい。こっちか、あっちか。それがルールだ」


 向かい合うチャールズは浅くソファーに座り、肘と膝を合わせて頬杖をついていた。


「でもその前に」

「何よ」


 そこでチャールズががっくりと頭を落とした。それから当てつけのように何度も大きなため息をつく。


「はぁー……ったく何で君は負けちゃうかなぁ〜、いや本当ね、負ける普通? 僕もハリーも君が勝つように色々頑張ってたのにさぁ〜、本当さ〜しっかりしてよクリス……君のファンなんだから君が勝ってくれなきゃ困るよ本当さー、しっかりして?」

「ぶん殴っても良いかしら?」

「よしグチ終わり。話に入ろう」


 彼はクリスの質問に答えず、両手をぱんと叩いて本題を切り出す。


「君の戦いは観戦してたよ。まぁこの世界がゲームのバックヤードだってのは聞いてると思うんだけど」

「そうね、何のことかサッパリだけど」


 クリスはアスカに言われた言葉の意味を殆ど理解していなかった。ゲーム、とか言っていた物の彼女がそれで連想できるのはせいぜいスポーツの試合ぐらいだ。


 それを察したチャールズは改めて説明をすることにした。一瞬とても面倒くさそうな顔をして。


「そうだな……例えば三匹の子豚ってあるよね」

「あるわね」

「あれ、何で豚なんだろうね?」


 一呼吸おいて彼は言葉を続ける。


「子犬でも良いじゃないか。子猫だったらもっと人気が出たかもしれない、いやパンダでもキツネでもアライグマでも、本当に何だって良い……でも知っての通り、あのお話の題名は三匹の子豚だ。そして僕らは」


 選ばれなかった可能性。そんな行き場を無くしたいくつもの存在。


「お話に出たかもしれない、動物だ」


 それが彼であり彼女であり、ここに捨てられた全てだった。


「つまり、ユースが主役の物語の脇役『候補』って所かしら」

「ご明察。そしてこの世界の裏側は没になったの候補の行き着くゴミ箱さ」


 吐き捨てるようにチャールズが答えるが、それは的を射ていた。


「ってことはあんたは……ハリーの没になった兄?」

「飲み込みが早いね! でも惜しいな、正確には『王子の親友』の没キャラだ。ちなみに攻略対象だよ、どう?」


 両手を広げウィンクを飛ばすチャールズ、帰ってきたのはクリスのため息。


「ま、こんだけイカレてたら没になるのも頷けるわ」

「で、だ。世界観の説明が終わったところで」


 ぱん、と手をたたき作り笑いを彼は浮かべる。


「君達の……いや、違うな」


 わざとらしく首をかしげて、じっとクリスの目を見て。




「君の話をしようじゃないか」




 重苦しく、そう答えた。






「クリスティア・R・ダイヤモンド。さっきも言ったけど僕は君と何度も会ってる」

「悪いわね覚えてなくて」

「そりゃそうさ、みんなそうだ。こっちにキャラクターが移った時点で関連する情報はまとめて削除されるからね」


 チャールズの作り笑いが崩れ、本当に楽しそうな笑顔を浮かべた。しかしその瞳には悲しみの色が混じっていた。


「いやー本当、楽しかったな! 王子の婚約者との禁断の恋! 雨に打たれて学園を抜け出し、迫り来る君の魔の手! 本当、楽しかった」


 彼は思い出す。


 あったかもしれない過去を、ありもしない現実を。何度も何度も反芻したそれを、子供みたいな笑顔を浮かべて。


 けれど、それは消えた。


 チャールズがここへ放り投げだされて、書きかけのシナリオも捨てられた。そこにいたのはいつも。


「とまぁ、そういう事」


 彼と、ユースと。


「いや何がよ」

「没になった僕のシナリオで、当て馬は……悪役令嬢は君だったのさ」


 クリスがいた。覚えてなさいと舌を出す、彼女の姿がいつもあった。


「どういう事?」

「そのまんまの意味さ。君は本来なら、すんなり悪役令嬢役で物語に出演する筈だったのさ。わかりやすいだろ? ムキーっ、覚えてなさい! なんてキャラは」


 本来なら当て馬などその程度で良かった。悪役令嬢の役柄なんてものはそれぐらいで十分だった。


「ひどい言い草ね」

「でもそうはならなかった」


 だが、状況は変わった。


「何があったのよ」

「悪役令嬢ブームさ」

「何それ」


 肩をすくめるチャールズ。


 その全容を把握できるほど彼は万能ではなかった。けれど捨てられた情報の断片から察する事ぐらいは出来た。


「僕もあんまり詳しくないけどね。ともかく外で、こういうゲームの悪役令嬢ってキャラクター人気に火がついたのさ。元はなんだっけかな、WEB小説かな?」

「それとどう関係あるのよ」

「大ありだよ。言ってしまえば君は、本当にわかりやすい悪役令嬢だった。けど世間様はそんなキャラクター求めていない」


 わかりやすい、いかにもなキャラクターはもう時代遅れだった。


「もっと面白く、もっと過激に! なにせ稀代のビジネスチャンスだ、ここで当てれば大金持ちさ! ……だから作ったんだ。君よりも人気が出そうで、君よりも魅力的な沢山の悪役令嬢を」


 真面目に考えられた案もあれば、ふざけ過ぎたものもあった。それに合わせて世界観は滅茶苦茶になり、再構築が必要になるぐらいには。


「でもまぁ、案だけ増やしすぎちゃって大喜利状態。納期もあるからね、流石にそろそろ決めないと。ってことで」

「バトルロイヤル」

「正解」


 クリスの答えにチャールズが頷く。つまるところバトルロイヤルはオーディションに似た選定でしかなかった。


「ま、君の話はこんなとこ。質問は?」


 少し考えるクリス。納得は出来なくても、理解が出来る範囲での情報は教えられた。


 だから聞くべきことは、思いの外すぐ頭に浮かんだ。


「ここ、物語に出てこない連中が集まるのよね」

「そうだね」

「なら教えなさい」


 クリスは拳を握りしめる。ほんの少し震える声で、真っすぐと彼の目を見て。


「メリルは……どこ?」






 だがチャールズは答えなかった。


「それは答えられない。彼女は特殊だから」

「どういう意味よ」

「本当に説明が難しいんだよ。それに質問は? って聞いたけど答えるとは言ってないよ」

「ハッ、覚えてなさいよ」

「うーん久々に聞いたなそれ……懐かしいねぇ」


 わざとらしいチャールズの態度に思わずクリスは舌打ちする。もっともその程度で彼の態度が改まるとも思っていなかったが。


「ま、僕らの状況についての説明はこの辺。というわけで選んでもらおうかな」


 そう言ってチャールズはポケットから小さなケースを取り出して机に置いた。蓋を開ければそこには小さな注射器が一つ。


「こいつは麻薬だ、けれどただの麻薬じゃない……というかそんな物騒なもの恋愛ゲームには出てこない」

「じゃあ何なのよ」

「物語のようなもの、かな。没設定やら没シナリオを繋げて僕が作った幻覚剤……これを打てば君は主役だ。この世界が消されるまで、いつまでも楽しい夢を見れる薬」


 ここに来た全員にチャールズは同じ質問をした。


「選んで、クリス。戦うか、逃げるか」


 何度も何度も何度も何度も。


 望んで作った物ではなかった。けれど心を折り、ただ不幸に埋め尽くされていく隣人達のためにそうせざるを得なかった。


「はっ、そんなこと言われなくてもね」


 クリスはそれを拾い上げる。


 チャールズは笑った。作り笑いで、心の中で絶望しながら。何度も何度も何度も何度も。


 誰かがそれに手を出すたびに、繰り返した感情を。


「私の人生は……誰に何を言われたって」


 けれどクリスはその注射器を握りつぶした。




 ――必要なかった、そんなものは。




「私が主役よ」




 チャールズは笑わない。泣きたいくらいに嬉しかった。


「さすがだね。君のファンで良かったよ」

「そう、サインいるかしら」

「いやいらない」


 だが感情に流されている時間ではない。次の手を打ちたかった。


「でもまぁ君にプレゼントはあるよ」

「何?」

「はいこれとこれ」


 というわけで彼はポケットからさらに瓶に入った白い粉と赤い鍵を机の上に置いた。


「えーっと……何かしらこれ」

「プロテインだね」


 別の麻薬かと思ったクリスだったが、チャールズの態度は違ったらしい。


「プロ、何?」

「いや君弱いからね、鍛えないと」

「さっきの薬とどう違うのよ」

「大丈夫大丈夫、ただのタンパク質だから」


 クリスはため息をついた。いまいち話が見えず困惑交じりのやつを一つ。


「こっちは?」

「これは勝利の鍵。文字通りね」


 二回目。いい加減そういう言い回しには飽き飽きしていたので、三回目が出てくる事はなかった。


「あんた……私に何をさせる気?」

「だらしないなぁクリス、君は一回負けた程度で諦めるようなキャラだったかい?」


 パンと手を叩くチャールズ。久しぶりに躍った心で、少しだけ鼻息を荒くしながら。


「さぁ時間がないぞクリス、これからしばらく忙しい」

「だから何を」

「何をって、トーナメントには付き物だろう?」


 迷いなくチャールズは笑った。少し先の未来を思えば、そうしない理由はない。


「敗者復活戦は、ね」

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