盲目

月乃

1

 燃えるような夕焼けと、響き渡るひぐらしの声。

 道の両脇には、青々と茂った雑草たちが生命を謳歌していた。コンクリートはひび割れ、歩道を示す白線は消えかかっている。



 八月。それは、滝のような雨が降ったかと思えば、次の日には燃えるような日光が降り注いでくる──そんな情緒不安定な日々。

 しかし、その騒ぎも昼間だけのもので、日が暮れてくれば、何処からかゆったりとした風が吹き始め、切なげな虫たちの合唱が聞こえてくる。そんな、少し涼しくなり始めた夕暮れ時に買い出しに行くのが、最近の日々の日課だった。


 何もない道を歩いて行くと見えてくる、小さなスーパーマーケット。

 こんな田舎には、当然のようにコンビニなどない。一番近い店舗でも、山を一つ超えなければならない。その為、駐車場も車数台分しかないこの一軒の店が、この地域一帯の胃袋を支えている。


 しかし、東京で飲んでいたものと同じ銘柄の缶チューハイが手に入るだけ、感謝しなければならないだろう。同じデザインの缶を2つ、買い物カゴに投げ入れる。それから、適当なおつまみと、今日の夕飯の材料。朝食は、また夕飯の残りで良いだろう。


 会計を済ませ、ずっしりと重いレジ袋を片手に、自動ドアをくぐる。体を覆っていた冷気は、一瞬でじめじめした熱気に溶かされた。


 ✳︎ ✳︎ ✳︎


 高校卒業後、都内の大学に進学し、逃げるように田舎を出た。何処までも広がる青い空、植物に覆われた地面、19時には閉まる店。その全てが嫌いだった。


 ビルの陰からわずかに覗く灰色の空、コンクリートに覆われた世界、24時間光が途絶えることのないコンビニ。憧れだった東京は、田舎とは何もかもが正反対だった。私は、田舎での生活の事など忘れて、東京に染まって行った。


 父は私が幼い頃に亡くなり、それからは、いわゆる母子家庭で育った。

 私を女手ひとつで育てた母は、朝から夕方まであの寂れたスーパーマーケットで働いていた。彼女は19時過ぎに帰って来て、家事を一通りこなした後、翌日の6時ごろにはまた出かけて行く。


 幼い私は、「いってきます」も「ただいま」も、誰もいないがらんとしたリビングに向かって言い放っていたのだった。


 せめて、私が社交的であったならば、放課後も友達と遊んだりしたのだろう。しかし、私は──幼い頃から、成人になった今でも──人と話すのが極端に苦手だった。

 休み時間はいつも教室の隅で本を読んで、誰とも話さず、放課後にはいつの間にか姿を消している。そんな、クラスに1人はいる生徒が私だった。


 それは、大学生になっても変わることは無かったのだけれど。

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