第2章 理想的なメイドは盤の駒を狂わせる

第5話 至福のランチタイム

 ガイストは手元の電子本からふと視線を上げる。公園の花時計を眺めてみればちょうどいい時間になろうとしていた。


 さて――そろそろ昼食か。


 ガイストは情報端末を折りたたむとお昼ごはんを詰めた手提げ袋にしまうと、リリウムのいる校舎へと向かった。

 ちょうど校舎の前についたとき、授業の終了チャイムが鳴った。短いお昼の時間だ。お昼を待ちかねていた学生たちが続々と校舎を駆けだしていく。遅れて授業終わりの生徒たちが溢れるように校舎から現れ、あっという間に学生の流れにガイストは呑み込まれてしまった。

 しかし、ガイストとて魔獣の群れなす戦場を駆け抜けた戦士。この程度の喧騒で探している人物を見過ごしてしまうような失態は犯さない。人並みに押し出されるように歩いているリリウムへ、人の流れを乱さないように近づいていった。


「あ……ガイスト……」


 学生の中に紛れたメイドはさすがに目立つらしく、リリウムはすぐにガイストに気がついた。


「待たせたな。はじめよう、準備はできている」


 そこへ、リリウム隣にいた漆香が割って入ってきた。


「ガイスト、わたしも一緒してもいいか? お前の作るご飯はとても美味しいそうじゃないか」


 急にそんなことを言われても困る……とは言わない。

 リリウムから「シズちゃんがガイストのご飯を食べてみたいって言ってるの、へいき?」と連絡を受けていた。


「準備はしてある。きさまの口に合うかわからんがな」


「ふふん、それは楽しみだ」


「と、とりあえず……はやく、移動しよ……。みんな、見てるから……」


 ゲイルサンダーに見せてもらった美少女ランキングのせいか。とにかく視線が多い。リリウムは一刻も早くこの場から離れたくてしかたないと言った顔をしていた。


「いくぞ。レストエリアだ」


 ガイストは二人を連れて歩き出した。




◆◇◆◇◆




 アルマリット・ハイスクールはレストランやファストフードショップ以外にもレストエリアとして区切られた場所で飲食が許されている。そのため、天気のいい日は屋外の人気レストエリアにたくさんの学生や一般市民が集まってくる。

 ガイストが確保したレストエリアは人口小川と植林で整えられた公園だ。テーブルとベンチがたくさん置かれているので、ピクニックやキャンプに利用することができる。

 リリウムと漆香は対面に座って配膳を待っている。しかし、少し様子がおかしかった。


「……は、はずかしい……」


 耳まで赤くなったリリウムが呟く。


「めちゃくちゃ目立っているな」


 やや気まずそうに周りを気にする漆香が頬を掻く。


 不満を感じさせないように準備をしたはずだが、なにが気に入らないのだろうか。

 レストエリアを見渡せる景色とアルマリット・ハイスクールの校舎を望める立地は、我ながら良い場所を確保できたと確信している。

 テーブルとベンチを消毒を念入りに。テーブルクロスを引いて日除けの大きなパラソルを広げて紫外線を避けている。虫よけにハーブ系のスプレーを撒いておくのも忘れていない。

 もちろん料理も完璧だ。

 弁当は用意しているがリリウムのためのもの。漆香が参加すると物足りなくなると思うので、無人販売店の二階に解放されていたフリーキッチンスペースを借りて追加の昼食を作りあげた。

 食後のデザートと紅茶を用意するためのティーセットも準備している。隙のない布陣である。


「なにか問題か?」


「……ふつうは、お弁当をベンチで食べるくらい……だから……。こんなキャンプみたいなことする人、いないよ……」


「わたしは好きだぞ。ウチは倹約家過ぎてこんなことは正月と花見くらいしかやらないからな!」


 どうやら周りで食べている人々に比べて目立っているのが気に喰わないようだが――。


「これは最低限だ」


「最低限、じゃない……っ」


 リリウムの力強い否定の言葉に、ガイストは悩む。


 なかなか力加減と言うものが難しい。魔王軍時代は、こんなものではなかった。

 魔王も将軍も参謀も仕事漬けにするとすぐに根をあげてサボりだす。サボりだすと本当にロクなことをしないのでよく行楽に連れて行ったものだ。あの時の比べるとずいぶんこじんまりと用意したつもりだ。


 まあ、それはそれ。これはこれ、だ。ガイストは己のやり方を変える気はなかった。


 ガイストはテーブルクロスの上に昼食を広げていく。

 リリウムのお弁当として用意したハンバーガーはキレイに切り分けてつまめるサイズにしておいた。追加の品として炒飯と半熟目玉焼きと葉菜と香草を添えた、ひとくちサイズのバジル炒めご飯を二人の前に置く。

 デザートは濃厚な甘さとすっきりとした酸っぱさが楽しめる泉霊の檸檬ラプアのはちみつ漬けを冷やしておいた。


「ガイストはどうするんだ?」


「オレはいい。これはお前たちの分だ」


「そうか。これは――、美味しそうだな」


「……いただきます」


 リリウムはハンバーガーを手を伸ばす。漆香はバジル炒めご飯をしげしげと眺めたあとにスプーンを口元に運ぶ。


「うまいな」


 漆香はそれっきり一言も口を聞かずに黙々と食べはじめた。

 そして、


「ちょ、待て――リリ! お前はさっきハンバーガーをふた切れ食べただろう!?」


 最後の一切れをパクりと口へ、食べ損ねた漆香が悲鳴を上げる。もぐもぐ、ごくん、とリリウムは最後のハンバーガーを食べてしまう。


「……きのせい……シズちゃんこそ、ラプア食べすぎ。私のぶんは……?」


 リリウムがジトっとした視線を向ける漆香の手元には、泉霊の蜜柑ラプアのはちみつ漬けの皿が置いてある。とりわけ用の皿を置いておいたのに……わざわざ手元に確保して食べている。


「ぅ……リリ食べてなかったか? そ、そんなことはないと思ったが……」


「目、泳いでる……」


 確信犯である。

 数分も立たずにはじまった醜い争いに、ガイストは額を押さえて呻く。


「きさまら――食べ過ぎると太るぞ。加減しろ」


「わたしは戦術学科だから身体が資本だ。だから多少は、少しは多めに食べても問題ないんだ」


「シズちゃん……それは言訳。戦術学科は午後……、座学しかない……」


「ぅぐ……」


 二人は揃ってガイストへ振り向いた。


「「ガイスト、おかわり!!!」」


「そんなものはない」


 この世の終わりを迎えたかのようにリリウムと漆香はショックに固まる。涙で瞳がうるんでいる。二人そろってぐにゃあとテーブルに突っ伏してしまった。

 時代を超えても血は争えない、ということか。


「はぁ…………陽女神の梨ラナースィのシャーベットがある。それで我慢しろ」


 食後。

 陽女神の梨ラナースィのシャーベットを堪能してご満悦のリリウムと漆香に紅茶を注ぐ。空いた時間にちょうどいいと思い、くつろいでいる二人にガイストは質問をすることにした。


「今朝出会った、ナタン・レイヴンブランドとは何者だ?」


「それは、わたしが語ることではないな――リリ」


 リリウムは眉を八の字にしてあまり話したくなさそうにしているが、漆香につつかれてしぶしぶと口を開いた。


「……ナタンは、私の婚約者。親が決めた話……強制じゃない」


「許嫁だな。あまり良好な関係ではないようだが、何故だ? 護衛ガードが必要な理由はなんだ」


「レイヴンブランドを起動させるために……、強い遺伝子が、ナタンは私との子供が欲しいだけ……ヴェーロノークとレイヴンブランドの血を継承する子なら、きっと強い魔力をもつから……」


 レイヴンブランド――ナタンが所持していた長大な刀。

 ガイストの時代では参謀の武器だった。参謀の末裔であればレイヴンブランドを持っていることはおかしくないが、強い魔力などと……使いこなせていない理由に空しい気持ちになる。


「眉唾だ。ヴェーロノークもレイヴンブランドも九々龍も時代の中で嫁いだり嫁がれたりしている。いまさらリリとナタンがくっついたところで何も変わらんよ」


 愛のない結婚は昔も今も変わらない。しかし、強制でないならば話は簡単なように思える。


「断れないのか?」


「……借金がある、から……返せる見込みないと……ヴェーロノークのすべてが、レイヴンブランドに引き渡される……家も事業も、私も……」


 どうやら十年前にヴェーロノークはレイヴンブランドから事業拡大のため資金提供を受けたらしい。しかし、数か月後にヴェーロノーク家の当主が魔獣の襲撃により死亡。母もおらず一人娘のリリウムがわずか七歳で当主となり、元当主の執事であった機人族が当主代行としてヴェーロノーク家を支えているが……経営は芳しくなく借金返済の目途は立っていない。

 リリウムが魔術の才を活かせれば繋げる道もあったのだが、純魔素イーサ・ピュアの過適性症候群であるため難しい。魔導技術者として大成できれば苦境を乗り切れるとリリウムは考えて努力している。

 しかし、困ったことが起こる。

 ある時期から「リリウムに当主の適性はない。このままではヴェーロノークは没落するだろう」と指摘されるようになったのだ。加えて「完全に没落する前にレイヴンブランドで資産を回収すべきである」と主張する者まで現れた。


「さすがに横暴が過ぎると思うが……いくら借金があるとはいえ、他家に干渉できるのか?」


「当然、無理に決まってる。声を上げているのはレイヴンブランド家の傘下にいる者どもだ。ナタンの差し金だろう……しかし、あまりに声が大きくなればレイヴンブランド家の当主も無視し続けるわけにはいかないだろうな」


 それに――と漆香は続ける。


「ナタンは――レイヴンブランドは熾烈な跡目争いをしてる。ナタンはヴェーロノークを手に入れ、レイヴンブランドを扱える子供に継がせれば、次期当主の道が確固たるものになると信じているんだよ。あいつの妹は優秀だからな」


「わからんな。婚約の話は強制ではない。有象無象が何を言おうと無視をすればいい。それだけの話ではないのか?」


 リリウムが暗い顔で首を振る。


「既成事実があれば……どうとでも……力づくで来られたら、どうにもならないから、護衛ガードが必要……」


「傭兵事業という性格なのか、レイヴンブランドは黒い話も多い。ナタンも素行は良くない……トラブルをよく起こしているし、個人で産廃者ガベージマンを買っているという話もある」


産廃機人ガベージマンとはなんだ?」


「犯罪者や多重債務者の魂を肉体から抽出し、機人族として再構築された者たちだ。終身労働刑になった者だけに行われる肉体刑罰の処置だが…………闇で蔓延し、犯罪を請け負う機人族たちが暗躍している」


「奴らは残忍だ。リリを誘拐して暴行した挙句にムリヤリに孕ませるなんてことをやりかねん。……危険な連中だ」


「……ちょ、やめてよ……シズちゃん……」


「すまない、リリ。むだに怖がらせる気はないが、それくらい警戒をしてほしいんだ」


「……話の腰を追って悪いが、オレは産廃機人ガベージマンとどう違う?」


「ガイストは、発掘された古代人の魂を使った機人族だから、へいき……合法」


 このような身なれどきちんと政府に届出を提出されているらしい。発掘されたと言うのが気になるが……ガイストの魂は何に宿っていたのだろうか。


「話は逸れたが、リリを守らないといけない。ナタンをどうにかする方法はないからな。なるべくわたしもリリと一緒にいるようにしているが、学科が違うから限界がある」


「いいだろう、まかせておけ」


「うーん……。お前は戦闘用のホムンクルスじゃないから心配なんだ。機人族は魔術も使えない。本当に大丈夫なのか?」


 漆香は華奢なガイストの身体を見て、不安そうに顔を曇らせる。リリウムはもとより信用していないのか「人を呼ぶまで、壁になってくれれば……、それでいい……」と言う。


「魔術が戦いのすべてではない。機会があれば見せてやろう、戦士の力をな」


 ガイストはたおやかな仕草で紅茶を注ぎながら、まるでメイドらしくない凄絶な笑みを浮かべて答えた。

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