第22話

 どれくらいただ静かに泣いていただろうか。


「なあ、落ち着けよ」


 両手で自分を抱きしめながら必死で体の震えに耐えているアースに、空中で頭を抱えたり腕を組んでしかめ面をしていた小さな使い魔は、困ったようにとんと床に降り立った。


「俺はあのサド王子はだいっ嫌いだが、お前は馬鹿なりに大事な主人だから、幸せになってほしいんだよ」


「ヒイロから大事なんて聞いたの初めてだ……」


「おおっ。慰めるための嘘だと思ってくれていいぞ。だから元気を出せ」


 それに思わずくすっと泣き笑いがこぼれてしまう。


「優しいよね、ヒイロ」


 ―――いつも、一番つらい時は悪態で慰めてくれた。


「なっ、俺が優しい!? お前やっぱり救いようのない馬鹿だぞ? あれだけ悪口言われてマゾか!?」


「優しいよ、ヒイロは」


 ―――多分、ヒイロがいなかったらとっくに壊れていた。悪態をつきながらも、王家の呪縛に苦しみながらも必死で守ってくれていた。


『お前、幼馴染と約束してんだろ!?  それを忘れるんじゃねえバカッ!』


 記憶の中でそういってくれた時の顔をはっきりと覚えている。


 けれども、今目の前にいるヒイロは何事かを考えた挙句、いいことを思いついたというように、ぴんと指を立てた。


「じゃあさ、こういうのはどうだ?」


 と、いたずらを相談するようにアースの耳元に口を寄せる。


「要はさ、あいつに抱かれなければいいんだろう? 俺があいつの下半身一生役に立たなくなるよう大怪我させてやるからさ。そうしたら万事解決じゃね?」


 一瞬耳に飛び込んできた言葉に目が丸くなった。けれど、すぐにアースは飛びかかるように叫ぶ。


「駄目だ!」


 そしてヒイロに掴みかかる。


「シリオンには手を出すな!  たとえなにがあっても髪の一筋だって傷をつけるな!」


 それに今度はヒイロが目を大きく開けると、「はいはい」と呆れたように空中に浮かび上がる。


「そんなに大事な幼馴染様なら、尚更さっさと仲直りしてこいよ。つってもお前のその様子じゃ、もうどうせすぐにタイムリミットが来るだろうけどな」


 そう言うと、いつもと同じように空気に溶けるようにふいと消えた。


 一人残されたアースは、静かにヒイロが残した言葉を頭の中で繰り返す。


 ―――タイムリミット……。


 それは、シリオンを受け入れられない自分に、シリオンが愛想を尽かすまでの時間だ。


 いつかは来るだろう。


 いや―――もう来たかもしれない。


「怒ってたよな……」


 最後に見たシリオンの怒りをたたえた碧の瞳が忘れられない。いつもは輝いている翡翠の瞳が、まるで歯を噛み締めるようにして、真正面から怯える自分を睨みつけていた。


「謝らないと――」


 嫌だったわけじゃない。


 嫌いになってほしくないのだ。


「シリオン……」


 見上げた天井は大きな石で作られてどこにも空は見えない。それがどこにもいけない自分自身の心を表しているような気がして、アースは見上げたまま静かに涙をこぼした。


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