第18話



 先ず、村の食料品店に行き、山越えに必要な干し肉や、小麦を焼いてビスケット状にしたものを仕入れた。ガルディが持たせてくれた携行食でも、山は越えられそうだったが、もし途中で悪天候や道から外れた場合などを考えれば、少々量が心もとない。


 ただ、食料店で品を選んでいる間の店員の眼差しがなぜか痛かった。


 シリオンと並んで選んでいると、会計にいる店主や、買い物に来た近在の者たちがみんな目をまん丸にして、見慣れない三人組の旅人の姿に驚いている。


 ―――十賢の時も、たまに外に出られたら、あの長い髪のせいでじろじろ見られるのは仕方がないと思っていたけれど……。


 今日はそれ以上に見られている気がする。いや、十賢だからという遠慮がなくなった分だけ、あからさまだ。もはや完全にひそひそ話の対象だ。


「すごいわねーあの三人」


「あんな綺麗な人たち初めて見たけど……どういう関係なのかしら?」


 どこでも主婦は噂話好きらしい。


「はあい!   私たちはここの温泉に来た客です。彼が私の彼氏。そして彼女が彼氏の奥さん!」


「マルカ!」

 噂話に呼応するように名乗りをあげたマルカに、シリオンが眉を吊り上げたが、彼女は不敵にふふんと笑い返す。


「いいじゃないか。これで不倫旅行の噂がたって、誰もアースを男とは疑いもしないぞ?」


 そう、ひそっとシリオンの耳に囁いている。


「まあっ!  不倫ですって!」


「ええっ! あんなに綺麗で優しげな奥さんがいるのに、何が不満だというの!?」


「よねえ? どう見ても、愛人さんの方が性格がきつそうよ……」


「あ、だから別れられないのよ」


「ああー一夜の過ちってやつ?」


 どんどん話が勝手にエスカレートしていっている。


「マルカ!」


 シリオンが小声で叫んだが、むしろ彼女は鼻歌を歌いそうな雰囲気だ。


「そうねえ、確かにプロポーションは愛人さんの方がいいかもしれないわねえ……」


 その言葉に、なぜか胸の辺りがぎゅっと痛んだ。


 ―――当たり前のことなのに、どうして……。


 男の体の自分より、女のマルカの方がシリオンと並んでふさわしい。それだけなのに。


 その瞬間だった。


 ふわりと肩を抱き寄せられる。


「アース」


 すまないというわけではない。いつもみたいに好きだというわけでも。それなのに、引き寄せられて、ただ肩を胸を寄せられたそれだけで、シリオンの気持ちが痛いほど伝わってくる。


「シリオン……」


 ―――どうして、肩を抱かれただけなのに。


 こんなにも安心するんだろう。ただ、シリオンの気持ちが嬉しい。


 ―――本当に、シリオンのこの気持ちを受け入れられたらいいのに。


 けれども、村人たちがあらと白いドレスに包まれて美しい化粧を施されたアースと、それに寄り添う白皙の美貌の青年の姿を見つめたときだった。


「はいはい、私も入れてね!」


 そう言うと、マルカが笑顔全開でシリオンの腕に飛びついてくる。


 必然的にアースにも密着する形となり、シリオンは嫌そうに眉を顰めた。


「マルカ!」


 さすがに短気なシリオンには、これが我慢の限界だったらしい。


「行くぞ。アース」


「どこに?」


「少しでも、二人きりになる時間を作る!」


 アースの腕を掴むと、そのまま店を飛び出し、馬に乗せると走りだした。


「シー・リオン! 」


 慌てたマルカが後を追ってくるが、シリオンは馬のたずなを弱める気配もない。


「シリオン! このままじゃあ、マルカさんが置き去りになる!」


「あいつがこれぐらいの早駆けで振り放される玉か!」


「でも!」


「後ろを見てみろ! 猛追はあいつの得意技だ!」


 振り返ると、シリオンの言葉の通り、砂煙をあげた馬が二人に突進してくるではないか。そして馬に不慣れなアースにすぐに追いつくと、楽しそうに馬を並べて走り出す。


「マルカさんは、馬も上手なんですね」


「ん?  まあ、陛下がただのシー・リオンの頃から毎日一緒に走っていたからな」


 ―――とても臣下とは思えない言葉遣いもそのせいなのか。


 多分、昔から二人きりの時はこんな話し方だったんだろう。


「マルカさんは、シリオンとずっと一緒に修行していたんですか?」


「ん?  ああ。お互い仕官学校に入学したのが同じくらいの時期でな、あんまり我が侭な王子なんで毎日稽古にかこつけては手合わせをしていたよ」


「それはひよっとして決闘とか喧嘩と言うのが正しいのでは――」


「はは、お見通しか。その時の癖で、今更シー・リオンに皇帝陛下と改まるのを、つい忘れてな。だから私のことはマルカと気安く呼んでくれたらいい」


 そう豪快に笑うマルカに自分の知らないシリオンの過去を感じて、アースは微笑んで頷きながらも、思わずぎゅっと手綱を握り締めていた。


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