第9話 依頼完了。……そして……

 翌日、夕暮れ時にカイ、リディア、ルーアの三人はサイラスへ到着する。三人はまっすぐに白銀しろがねの館へ向かい任務達成の報告とルーアを引き渡すことになる。

 

 白銀の館、受付ではルーがいつものように笑顔でカイとリディアを迎える。


「はいー。ご苦労様でした。カイ君。リディアさん。この依頼は完了です。えーっと。報酬の金貨二十枚です。どうぞ!」


 笑顔のルーから報酬をもらい依頼を完了したが、カイは心に何か引っ掛かりがあり釈然としない。


(いいのかな……? これで……。ルーアはこれから……)

 

 悩むカイはあることを決心してルーにお願いをする。


「あの……、ルーさん!」

「はいー? 何ですか?」

「ルーアを依頼主さんに届けるの……、俺にさせてもらえませんか?」


 突然の申し出にルーは首を傾げ、ルーアは驚いた顔でカイを見る。一方でリディアはカイの考えが理解できたのか微笑んでいる。


「えーっと。依頼主さんへ届けるのは私達の仕事なんですけど?」

「はい、わかってます。でも、もしよければお願いしたいんです。……ルーアを最後まで面倒みてあげたいんです!」


 真剣な表情で訴えるカイを見ていたルーは小さく頷く。


「はいー。わかりました。では、こちらが依頼主さんのお家なので間違わないで下さいね?」

「あ、ありがとうございます! ルーさん!」

「いいえー。カイ君は優しいですねー」


 こうして、カイ、リディア、ルーアの三人は白銀の館をあとにする。

 

 依頼主の家へ向かっている途中、カイの頭上でふんぞり返っているルーアが文句を呟く。


「お人好し……」

「いいだろう。せっかくなんだし……」

「まぁ、悪くねぇけどな……」

「そっか……」

 

 特に問題なく依頼主の家へ到着するとカイがドアを叩く。


「ごめんくださーい!」


 声をかけるが家の中からは何の反応もない。

 

「あれ? いないのかな?」


 留守なのかと誰もが思った時、家の中から廊下を走ってくるような音が響きすぐに扉が開く。扉から出てきたのは顔色が悪く眼鏡をかけ、ローブを身につけ見るからに魔術師という恰好の青年だ。

 

「……はい。どちらさまですか?」

「あっ、はい。あのー、使い魔捕縛の依頼を完了してルーアを届けに来たんです」

「……ルーア? ルーアって誰ですか?」


(あれ? 家を間違えたのか?)


 家主の反応に疑問を持ったカイだが、頭上からルーアが面倒そうに口を挟む。

 

「……間違ってねーよ! そのモヤシが俺の主人だよ」

「あっ! お前! やっと戻って来たのか。本当に面倒ばっかりかける奴だなぁ!」

「うるせぇ! このモヤシが!」


 ルーアとの会話で目の前の青年がルーアの主人とわかったが、カイにはある疑問が浮かぶ。しかし、疑問よりもルーアの処遇が気になり依頼主へ質問をする。


「あのー、ルーアなんですけど……」

「うん? ルーアって……? あぁ、使い魔のことですか? すみません。いつも使い魔とか小悪魔インプとしか呼んでいなかったから。名前で言われてもピンときませんでした」


 依頼主の言葉にカイは自分が感じていた疑問を理解する。

 

(あぁ、そっか……。そうなんだ……。ここでは、ルーアは使い魔としてしか見られてないんだ。……ルーアとしては見られないんだ……)


「それで使い魔が何ですか? もしかして、ご迷惑をおかけしましたか?」

「えっ? いや、そのー、……ルーアをこれからどうするのかなって……」


 自分の想像とは違うカイの問いかけに依頼主は少し首を捻るが、特に秘密というわけでもないのでルーアの今後についてカイへ説明する。


「こいつ全く言うことを聞かないんで、もう本に封印して売るか何かの実験に使おうと思っています。まぁ……、こんな言うことを聞かない使い魔なんか安く買い叩かれちゃうんですけどねー」


 依頼主からの発言が気に入らないのかルーアはそっぽを向きながら「けっ!」と悪態をつく。ルーアの行く末を理解したカイがリディアへ視線を送る。


「師匠……」

 

 カイの眼を見たリディアは全てを察した。そのため……。


「好きにしていい。何度も言ったはずだ。この依頼は君の依頼だ。君の好きなようにすればいい」


 「好きにしろ」という言葉を聞いたカイは笑顔でリディアへ感謝を伝える。


「ありがとうございます! 師匠!」


 ある提案をするためカイは依頼主に向き直る。


「あの……、でしたら。俺にルーアを……この本を売ってくれませんか?」


 突拍子もないカイの発言にルーアと依頼主は驚愕する。


「はぁ!?」

「えっ? き、君に? 君って魔術師なの……?」

「いいえ、違います。魔術師じゃないと……駄目ですか?」

「……いや、駄目じゃないけど。……いいの? 多分、魔術師じゃないとあんまり意味がないと思うよ?」 

「はい! ルーアがいいんです!」


 真剣なカイの言葉に依頼主は困惑しながらもいくらで譲るか考え始める。


「う、うん……。わかった。えーっと。じゃあ、どうしよう? いくらにしようかな……」

「あの……、あなたから頂いた依頼料の金貨二十枚があるんですけど……。これを返却する形では駄目ですか?」

「えっ!? いやいや! そんなに必要ないってこんな奴に……」

「でも、金貨二十枚なら譲って貰えるってことですよね!」

「そ、それは……、こちらとしては大助かりだけど……。でも……、本当にいいの? 後悔すると思うよ?」


 依頼主からの忠告を受けてもカイは意思を変えようとしない。依頼主は心苦しい気持ちだったが、カイが満足している様子なので金貨二十枚を受け取るとルーアをカイへ譲る。カイが金貨二十枚を依頼主へ渡すと触媒の本をかざして何かを唱える。すると触媒の本が光り出してカイを包み込む。依頼主が魔法を使いカイがルーアの主人になったことを触媒の本で再契約をしたのだ。


「はい。これで君がそいつのご主人様だよ。……あぁ、そうだ。一つだけ注意事項があった。使い魔の所有権が君になったから、これからそいつがなんか悪さをすると全部君のせいになっちゃうから気を付けてね」

「はい、わかりました。ありがとうございます」


 予定外のこともあったが依頼を完了させ三人はその場を後にする。


 日が落ちかけた夕暮れの道をカイとリディアが歩いている。一方のルーアは相変わらずカイの頭上でふんぞり返っている。しかし、釈然としないのか憮然とした表情でいる。するとルーアは我慢できなくなり口を開く。


「何なんだよ……。余計なことばっかりしやがって……」

「何だよ。余計なことって?」

「言っておくけどな! 俺様はテメーが触媒の本を持ってようが! テメーが正式な主人になろうが! テメーのことを主人なんて認めねぇーからな!」

「いいよ。俺もルーアを使い魔になんてするつもりないから」

「はぁー? 何を言ってんだ?」


 発言の真意が理解できないルーアは悪態をつくが、カイは無視してリディアへある質問をする。


「師匠。ルーアとの使い魔の契約を解除するにはどうすればいいんですか?」

 

 突然の提案にルーアが目を見開く。だが、そんなことはお構いなしにリディアは簡潔に答える。


「簡単だ。君が触媒の本を持ち心から契約の解除を願う。そして、口にも出すんだ。『ルーアとの契約を解除する』と」

「……わかりました。じゃあ、いくよ? ルーア」


 真剣な表情でカイはルーアを頭上から降ろすと触媒の本を持ちながら目を閉じて言葉を紡ぐ。

 

『ルーアとの契約を解除する』


 心からの願いを乗せた言葉が紡がれると触媒の本は青白い炎に包まれ消失する。同時にルーアに装着されていた契約の証たるチョーカーも光に包まれ消滅する。契約は解除されルーアは自由になる。


「よし。ルーア。これで自由だぞ!」


 呆然とした様子で消滅したチョーカーがつけられていた首に触れていたルーアは思い出したかのようにカイを睨みつけ怒鳴り散らす。


「何やってんだよ! テメーは! これでもう俺様とテメーは何でもねぇんだぞ! 触媒の本がないんだから、もう何の関係もなくなったんだぞ!」

「だから言ってるだろう? 俺はルーアを使い魔にするつもりはないって――」


 一呼吸置いたカイはおもむろにルーアへ右手を差し出す。


「――そのかわり、ルーア。俺と友達になってよ!」

「――ッ!?」


 ルーアは絶句して、リディアは微笑む。


「……な、何なんだよ……。だ、だったら、……さっき触媒を使って……。……友達になれって命令すればいいじゃねぇかよ……」


 小さく震えながら言葉を発するルーアに対して、カイは頭を掻きながら「しょうがない奴」という表情で説明する。


「あのなぁ、ルーア。友達っていうのは命令してなるもんじゃないんだぞ? 例えば、一緒に会話したり、ご飯食べたり、怒鳴り合ったり、喧嘩したり、あとは助けてくれたり……。そういうのが友達だ。俺はお前となら友達になれる気がするんだ!」


 真っ直ぐなカイの言葉を受けたルーアは下を向きながら言葉を絞り出す。


「……お、俺様は、……悪魔……なんだぞ……?」


「知ってるよ。でも関係ないじゃん。ルーアはルーアだろう?」


 カイとルーアの間に暫しの静寂が流れる。


 沈黙の後に決意を固めたルーアが口を開く。


「……嫌なこった。何で俺様がテメーなんかの友達に……」


 拒絶するルーアの言葉を聞いてカイは残念そうに苦笑いする。


「そっか……。じゃあ、しょうがないか……。元気でなルーア。また、どこかで会った時はよろしくな!」


 カイは別れを告げてルーアに背を向ける。そのとき――。


「友達にはなんねぇ! ただ、テメーらの親分にならなってやる! そうだ! 決めた! 今日からお前らは俺様の子分だ! いいなぁー!」


 一方的なルーアの言葉を聞いてカイは満面の笑顔になる。カイの笑顔を見たルーアも意地の悪い子供の様な無邪気な笑顔を見せる。


「……本当に素直じゃない奴だなぁ」

 

「うるせぇ! バーカ――」


 話の途中だったが、ルーアはリディアに思い切り殴られると一瞬で遥か上空へ飛んでいってしまう。その一部始終をカイは沈痛な面持ちで眺める。


「……師匠」

「すまん。だが、君への暴言は我慢ができん!」

「いえ……、あれはルーアの照れ隠しです……」

「何だ、それは?」


(ルーア……。どこまで飛んだんだろう。死んでないよな?)


 カイの心配を余所に遥か上空からルーアの怒声が降ってくる。


「ふざけんじゃねぇっぇええっぇぇぇぇぇぇえぇぇえぇえーーーーー!!!!」


(あ、生きてた)


 こうして、カイとリディアに新しい仲間ができた。口の悪い小悪魔インプのルーアだ。


 ◇◇◇◇◇◇


 時間を少し遡る。カイとリディアがロイを弔った日の夜。ロイを殺したラグ達はオーサの大森林入り口付近で野営をしていた。


「いやぁー! 今回は大収穫だったな!」

「あぁ! まさか、熊爪ベアークローが五体も手に入るとはな!」

「全くだ。あの女戦士には感謝だな」

「いや、感謝するならあの魔術師の小僧にだろう? あいつを助けにわざわざ来たんだろう?」

「そうだな……。しかし、馬鹿な奴だよなー! 白銀はくぎんの塔に紹介してやるって言ったら疑いもせずに付いてきやがった!」

「あぁ、俺達は白銀はくぎんの塔に知り合いなんかいねぇのになぁ!」

「毎度のことだが、みんなよく騙されるぜ」


 彼らはロイを……いや、これまで騙してきた人間達をあざ笑う。彼らは白銀はくぎんの塔に憧れる多くの若者を騙して卑劣な手段を用いて依頼を遂行していたロイが初めてではないのだ。


「しかし、潮時だな。そろそろ他の街に移動するべきだと思うが……。どうだ?」

「そうだな。でもよー、ここみたいに騙しやすいところがあるか?」

「王都なんてどうだ? あそこは貧富の差が激しくて貧困のガキどもが多いからすぐに騙せるんじゃねぇか?」

「確かに。その手はいいかもな」


 彼らが次の獲物を画策していた時、……奇妙なことが起こり始める。突如として周囲に霧が発生すると妙な音が聞こえてくる。

 

「……何だ? この霧? それに……、この音は……?」

「鎧か? 全身鎧フルプレートの歩く音とか……?」

「何か……、近づいて来てねぇか?」

「多分だけど俺達の明かりを目指してんじゃねぇのか?」

「うん? おい。あれ!」

「何だ? ……でかくねーか?」

「確かに二メートルはあるんじゃ……? でかい戦士ってことか?」


 霧の中に影だけが映し出される。影を見る限りでは大きな人影のように見える。大きな人影が不気味な音を響かせながら近づいてくると突如として霧の中から姿を現す。


 『――ッ!!!!』


 霧の中から出てきた謎の戦士を見たラグ達は驚愕する。出てきた戦士は、二メートルの巨体、漆黒の兜をかぶり、深紅の外套マントを身に付け、左右の腰には剣を三本ずつ、つまり合計で六本の剣を謎の戦士は持っていた。だが、ラグ達が驚愕したのは、そのような些細な問題ではない。一番驚愕した理由は戦士の正体だ。霧の中から聞こえてきた音の正体は、全身鎧フルプレートによる反響と決めつけていたが出現した戦士は鎧を身につけていない。

 

 では音の正体は……

 

 答えは単純だった。音は謎の戦士の身体から……いや、むき出しの骨が重なり合う様にこすれて鳴っていたのだ。


 謎の戦士……。いや、謎の不死者アンデッドの身体は骨そのもので頭部も骸骨であるため表情は読み取れない。眼窩に眼球は無く、紅く光る球体が眼球の代わりに浮かんでいる。さらに異様さの最たるものは左右に生えている腕が合計で六本あること。


 恐怖に襲われながらもラグ達は戦闘体制をとるように身構える。


 ラグ達へと近づいてきた謎の不死者もラグ達を視界に捉える。

 

 しかし、謎の不死者は首を傾げると。真ん中の腕を組み、一番上の右手の人差指で困ったように頭を掻く。


 すると……


 謎の不死者は唐突に方向を変えるとラグ達から遠ざかっていく。

 

 その状況を見てラグ達は更に混乱する不死者なのだから襲ってくると決めつけていたが、戦闘にならず相手が逃げるように立ち去って行くことが理解できなかった。しかし、戦闘にならず助かったことで心にゆとりが生まれる。ゆとりは余裕と変化して愚かな考えを生みだしてしまう……。


「おい! あの不死者アンデッドをぶっ殺さないか?」

「はぁ? 何を言ってんだよ!」

「まぁ、聞けよ! だってよ。あいつは俺達の方に向かって来てたのに、俺達を見て急に方向を変えたんだぜ? つまりは俺達にビビったってことだろう? だったら勝てるだろう!」

「いや、そうかも知れねぇけど……。倒す意味がねぇ……」

「意味はあるさ。見ろよ! あの不死者の装備! 外套も剣もすげぇ値打ちもんだぜ!」

「た、確かに、でも……」

「大丈夫だ。あいつの後ろから不意打ちで魔法をぶっ放せば終わる。もし無理でも損傷ダメージを負ってるはずだから俺達が後ろから襲いかかって終わりだ」


 ラグの提案を聞いていた残りの三人も頷きラグの考えに同調する。その安易な考えが愚かな選択になるとも知らずに……。


 ラグ達は謎の不死者の真後ろへとまわりこむと何も言わずに攻撃を仕掛ける。


 魔術師が『火炎フレイム』、神官が『神聖セイクリッドアロー』を放つ。魔法の影響で辺りに煙が立ち込める。


神聖セイクリッドアロー:聖なる力を矢のような形にして放つ魔法。威力自体は大したことはない。しかし、聖なる力のため、不死者には有効な魔法。


 不意打ちが成功したことでラグ達は勝利を確信する。しかし、煙が晴れると謎の不死者は何事もなかったかのように仁王立ちしている。その姿を見てラグ達は、また恐怖に襲われる。謎の不死者はまるで怒っているかのように身体を小刻みに震わせている。すると謎の不死者は骸骨の口を大きく口を開く。


 その発言に一同が驚愕する。


「何と、何と、何と、貴公達は我との戦いを望んでいたのか?」


 突然の発言……発せられた声は不死者と思えない澄んだ声だ。謎の不死者は身体を大袈裟に動かしながら話を続ける。その立ち振る舞いはまるで役者のようで、どこかわざとらしい印象を見ている者に与える。


「それは、それは、それは、大変に失敬をした。我は貴公達を見かけたが、我とは勝負にならぬと判断して貴公達へ背を向けてしまった……」


 本当に後悔しているように謎の不死者は、身体をわざとらしく下げると突然に天を仰ぐ。外套を靡かせるながら発言は続く。


「だが、だが、だが、貴公達が我との戦いを望むのであれば! 我は騎士として全力を出そうではないか!」


 六本の腕全てを天に向け謎の不死者はポーズをとる。


 その一連の行動を見ていたラグ達はさらに混乱する。


 ラグ達は困惑した顔を見合わせて呟く。


「この不死者は、……何だ?」「冗談か? それとも夢か?」

「わけがわからん……」「何がしたいんだ?」


 謎の不死者の行動はまるで勇者や騎士に憧れる子供が演技をしているような印象しかなく本気なのか冗談なのか全く判断できない。


 浮足立っているラグ達の混乱を余所に謎の不死者は戦いの準備を進めていく。六つの腕が六つの剣に手をかける。すると……。


「では、では、では、……行くぞ?」


 謎の不死者が宣言をしたとほぼ同時に剣を抜きラグ達の後ろへと一瞬で移動する。謎の不死者が振り向くと全てが終わっていた。振り向いた先にいたのはラグ達四人ではなく……かつて人間だった四つの死体だけだ。死体は全て胴体から首が切断されている。そう、ラグ達は謎の不死者に殺されていた。


 戦闘……いや、一方的な蹂躙を終えた謎の不死者の身体は小刻みに震え出し突如として骸骨の口が大きく開く。


「見事! 見事! 見事! 我という強者に立ち向かった。そなた達の勇気を我は忘れず。この胸の中に留めることを誓おうではないか!」


 この謎の不死者が小刻みに震えていたのは、最初から怒りではなく歓喜によるものだ。この謎の不死者は、ラグ達が卑怯にも後ろから襲い装備をはぎ取ろうとした略奪者とは微塵も思っていない。ただ純粋に戦士として、強者に戦いを挑み力及ばず華々しく散った戦士と認識していた。その姿に謎の不死者は歓喜している。この謎の不死者の行動は全て本気なのだ。


「ふむ、ふむ、ふむ。しかし、このまま朽ちていくのは哀れである。しからば祝福を与えよう!」


 謎の不死者は全ての腕を天に上げて高らかに叫ぶ。


リビングきるデッド』 


 大地から赤暗い煙が立ち込め、死体を包むと死体が骸骨スケルトンへ変化していく


 四体の骸骨は斬り飛ばされたかつての頭部を器用に戻すと即座に立ち上がる。四体の骸骨を謎の不死者は全ての腕で腕組しながら満足そうに眺めている。


「壮観、壮観、壮観。では戦士達よ! 新しき生を謳歌するがよい!」


 謎の不死者は満足した様子で骸骨の行動を見守る。しかし、骸骨は全く動かない。お互いに動くことなく五分が経過する。


 謎の不死者は困ったように首を傾げる。すると思い出したかのように声を上げる。


「そうか! そうか! そうか! 我の名を名乗っていなかったな」


 謎の不死者は外套を靡かせ大声で叫ぶ。


「よいか、よいか、よいか、我こそは偉大なる魔王様にお仕えし! 魔王様に剣を捧げし最強の騎士! である!」


 しかし、『不死者アンデッド聖騎士パラディン』トリニティの口上を聞いても骸骨は動かない。『不死者聖騎士』トリニティは理解していない。骸骨が動かなかったのは名前を聞きたかったわけではない。そもそも下級の不死者にそんな理解力はない。動かない理由は単純に主の命令を待っているだけだ。


 十分後にようやく命令することを思い出したトリニティは骸骨へ命令する。


「自由にせよ」


 命令を聞いた四体の骸骨は一斉に動き出してオーサの大森林へと消えて行く。満足気に骸骨を見送ったトリニティは、また霧の中へ消えて行く。

 

 カイ達が森で戦った四体の骸骨はラグ達だった。そして、リディアが感じた異様な気配とは『不死者聖騎士』トリニティによるもの。


 ゆっくりとだが、闇が動き始めていた……

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