第52話 三つの結末
レイブン、リコル、トリニティの圧倒的な実力に恐れをなして、闘技場から逃げた護衛とメイド。そんな者達の最後を見せるとレイブンは言い放ち、空中へ映像を出現させる。そして、映像に映った護衛八人とメイド三人は
◇◇◇◇◇◇
「な、なんだ……。ここは……?」
「建物の中じゃなかったか?」
護衛が困惑する中、メイドの一人が質問をする。
「あ、あのー、こ、これから、どうするんですか……?」
「あん? どうするって……。逃げるに決まってんだろう! あんなところにいたら確実に死ぬからな。あんたらメイドもそう思ったから俺達の後について来たんだろう?」
「それは、そうですが……。何か作戦があるのかと……」
「けっ! そんな都合よく作戦なんてあるか!」
護衛の乱暴な言い方に腹を立てた勝気なメイドが口を挟む。
「な、なによ! それ! じゃあ、考えなしで飛び出したの? 馬鹿じゃないの?」
「んだとう! テメーこそ作戦はねぇのかよ! 女だから何もされないとでも思ってんのかぁ!」
護衛とメイドの言い合いが始めってしまうが、一人の護衛がその場を諌める。
「落ち着け! ここまで来たんだ。もう、戻ることはできない。俺達は運命共同体だ。喧嘩するよりも無事に逃げることを考えよう」
「……た、確かに……。悪かったな……」
「いえ、……私も言い過ぎました……」
喧嘩が収まったことで全員が胸を撫で下ろしたとき、獣のような声が響き渡る。その声に反応した護衛はそれぞれ武器を構える。メイドは護衛の後ろへと下がる。すると茂みから魔獣が姿を現した。
「おい、おい。
「なんで、こんなところに?」
「落ち着けよ。たった一体、どうとでもなる。いくぞ!」
護衛の攻撃により、
「ふぅ。なんとかなったな」
「あぁ、この調子で力を合わせて行こう!」
「あぁ、……じゃあ、あんたがこれからのリーダーになってくれよ?」
「はぁ? なんで、俺が――」
「あっ! 賛成! さっきも、私とそいつの喧嘩を止めてくれたし。冷静な判断ができてると思うわ! 無事に逃げるためにお願い!」
一緒に逃げてきた、残り七人の護衛と三人のメイドからの総意を受けて、その男は苦笑いを浮かべてリーダーを引き受けた。そんな心温まるような光景の後、絶望が舞い降りる。
『ぐおぉぉぉぉーーーーーーーーーん!!!』
突然の轟音のような叫び声に全員が耳を塞いだ。音が止んだ後に周囲を見渡すが特に何も変わったことはなかった。安心して振り返ると異変があった。
「ん? おい! 残り二人のメイドはどこだ?」
「えっ? ……あ、あれ? さっきまでここに……」
すると、無造作に何かが護衛達の前に投げ出される。ボールのような丸いものだったが、よく見ればそれは人間の頭部……。いや、一緒にいたメイドの頭部だった。
「なっ!」
「ひぃーーーー!」
「だ、誰がこんな……」
「俺様だよ!」
『――ッ!』
突然、聞こえた第三者の声に全員が警戒する。そして、森の木々をなぎ倒しながら出てきたのは三メートルを超える長身の魔獣――『
「あん? 何だテメーらは? 何で人間がいるんだ? ちっ! ベルツ!」
「はい。お側に控えています」
出てきたのはリガルドの副官であるベルツだ。二足歩行で歩いているが、顔は狼で全身は真黒な体毛で覆われた獣人。左右の腰に一本づつ剣を携えている。そんなベルツを睨みつけてリガルドは不機嫌に尋ねる。
「何だ。こいつらは! お前が連れて来たのか!」
「いいえ。私は存じません。……それよりも事情もわからずに殺してしまうのはどうかと……」
「はっ! 挨拶代わりだ。それに、まだ一匹は生きてるだろうが?」
そういうと、リガルドの尻尾が動き出す。リガルドの尾は大蛇の姿だった。尻尾自体が意思を持っているかのように動いている。そんな大蛇はメイドの一人を巻き付けていた。メイドは涙を流しながら大蛇から抜け出そうともがいていたが、リガルドの尾である大蛇はそれを許さない。そればかりか、逃がさないように締め付けを徐々に強めていた。そのため、メイドは苦悶の表情と声にならない悲鳴を上げる。
「や、止めろ! その子を離せ!」
「そ、そうだ! 化け物が!」
「あん! 俺様に言ったのか? 人間?」
「そうだ! このば――」
言葉を言いきる前にリガルドが右手の爪を伸ばして護衛の首を跳ねた。それも、同時に五人も……。その光景に護衛と残り一人のメイドは恐怖する。
「勝手に人の
「ひぃっ!」
「俺様が誰だかわかってんのか? 俺様は魔王様に仕える五大将軍『
「リガルド様。落ちついて下さい。この人間達の正体がわからないうちに殺し過ぎでは?」
「ふん! 知るか! 俺様の
リガルドとベルツが言い合いをしているのを見た護衛の一人である魔術師が脱兎のごとく逃走をする。他の護衛とメイドが止めようとするが、聞き入れず全速力で逃げた。その姿を捕らえたリガルドは、また尾を動かす。
「よ、よし。これで……」
安堵して後ろを振り向いて見たのは大口を開けた大蛇の姿だ。逃げた男は大蛇に丸呑みにされてしまう。
「けっ! 勝手に逃げてんじゃねぇーよ! 人間風情が!」
「……リガルド様。また一人減りました。あと、そのメイドですが、そろそろ離さないと死んでしまいますが?」
「あん? そうだな……。おい! テメーら!」
リガルドに声をかけられ残り二名の護衛と一名のメイドは顔を青くしながらも返事をする。
「……な、何だ……」
「このメイドはテメーらの仲間か?」
「そ、そうだけど……」
「返して欲しいか?」
リガルドの言葉に残った者達は緊張した。下手なことを言えば自分達も殺される。だが、見捨てることも心苦しい。そんな葛藤をしながら声を上げたのは残ったメイドだった。
「は、はい! お願いします! その子を返して下さい! 勝手に入ってきたことは謝ります! ですから――」
「あぁ、そうか。じゃあ、食わせてもらうわ」
「えっ……?」
尾で締めあげていたメイドを解放した後、リガルドはメイドを掴みあげて残った者達の前で頭からメイドを噛み千切った。噛み千切られたメイドは悲鳴を上げる間もなく無残な最期を遂げる。その光景に嘆願したメイドは口を押さえて嗚咽を漏らしながら崩れ落ちる。そんなメイドの姿を楽しそうにリガルドは眺めた。
「はっはぁー! いいな! その表情! 絶望ってやつが張り付いてたぜ!」
「はぁ、リガルド様……。これでは全員、死んでしまいますが……」
「俺様の知ったことか! 死ぬ奴は死ねばいい! ……だけど飽きてきたな……。おい! 助かりたいか?」
突然の質問に残った護衛二名は意味がわからず怪訝な表情を浮かべる。最後のメイドは泣き崩れたままだった。護衛は覚悟を決めて答える。
「あ、あぁ……、助かりたい……」
「そうか、いいぜ」
リガルドの言葉に希望が湧き、護衛と崩れ落ちていたメイドも顔を上げる。しかし、リガルドの言い放った言葉に絶句する。
「ただし、一人だけだ。だから、テメーら殺し合え。それで生き残った一人は助けてやる。嫌なら全員、俺様が食ってやる。好きな方を選べ!」
ありえない発言を聞いたが、それは事実だと理解していた。生き残るためには殺し合いをするしかないと覚悟をする。しかし、そんなことをして生き残ることに意味があるのかと人としての葛藤が始まる。そんな葛藤の中、メイドはいち早くリガルドの提案を拒絶する。
「……嫌よ……」
「あん? 何だと小娘」
「私は嫌! そんなことをしてまで生き残ろうなんて思わない! 殺すなら殺せばいいでしょう!」
「けっ! そうかよ。まぁ、テメーの考えはわかった……。だけど、残りの二人はどうなのかな?」
リガルドの言葉にメイドは残った護衛二人を見る。一人は逃げる者達から信頼されリーダーになった男。もう一人は自分と喧嘩をした男。メイドには不安があった。喧嘩をした男は自分を殺すことに躊躇がないのではないかと。そんな、喧嘩をした男がメイドへと近寄りメイドの肩を軽く叩き宣言する。
「……気に入ったよ。姉ちゃん!」
「……えっ?」
「へっ! ……どうせ死ぬなら、あんたみたいなべっぴんさんを最後まで守って死のうかと思ってな……。下がってな……。少しは格好いいところを見せてやれるかもしれねぇ」
「あ、ありがとう……」
メイドを守る様に護衛の男が前に出る。その姿を見たリガルドは面白くなさそうに男女を見ていた。だが、ある光景を見て楽しそうな表情に変化する。その変化を見た男はリガルドの視線の先……後ろへと視線を向ける。後ろを振り向いた瞬間、男は斬られた。最後に残っていた護衛の男、リーダーを任せようとしていた男に斬り殺された。斬られた男が最後に見たのはすでに斬られて死んでいたメイドの姿だった。そう、男は残った護衛とメイドを裏切ったのだ。
「こ、これで……、俺の命は助けてくれるんだな……?」
残った男は狂気にも似た表情でリガルドへ確認をする。そんな男の姿に満足したリガルドは語りかける。
「あぁ、テメーは殺さねぇーよ。安心しろ」
「へ、へへ……」
「……ふん」
満足そうなリガルドと護衛の男とは違い。ベルツは不機嫌そうな表情で男を眺めていた。そして、リガルドは男へ背を向けて去ろうとする。しかし、リガルドは一度立ち止まり天に向かい遠吠えをする。
『ぐおぉぉぉぉーーーーーーーーーん!!!』
あまりの声量に護衛の男は耳を塞ぐ。そんな男に向かいリガルド言い放った。
「人間の醜さがよく表現できたテメーに俺様からの褒美だ。受け取れ!」
言葉の意味が理解できなかった男が首を捻っていると地鳴りのような足音が男へと近づいてきた。それは、魔獣中の群れだった。大小さまざまな魔獣が波を打つように男へと迫って来ていた。そんな魔獣を見た男は恐怖する。
「なっ! は、話が違う! こ、殺さないって!」
「あぁ! 俺様は殺さねぇー! 部下がお前を殺すんだ。気をつけろよ? あいつらには殺す際に、じわじわと食い殺せと命じたから、手足から順繰りに食われることになるぜ? まぁ、楽しんでいけ。はははははは」
「……そ、そんな……、た、たすけて……」
男は最後の希望にすがり、ベルツへと懇願する。しかし、ベルツは冷酷に言いきる。
「……お断りします。あなたは仲間を裏切った。そんな戦士の風上にも置けないような者の願いを聞き入れる気はない。せいぜい、後悔しながら死んでいけ!」
ベルツの言葉を最後に男は絶望した。そして、魔獣によって食い殺されることになる。だが、リガルドの宣言通り、魔獣達はすぐに男を食い殺さずに手足から順に食いちぎっていった。そのため男は苦痛にまみれて死んでいった。
◇◇◇◇◇◇
場所は変わり、他の扉から逃げた護衛六人の場面。
「おい? ここはどこなんだ?」
「俺が知るか! くそ! 全く最悪な仕事だ! わがままな貴族の護衛だけでも面倒だってのに! 魔王の部下だ? やってられるか!」
護衛が口々に文句を言っていると前方の通路から誰かが歩いて来た。護衛は武器を構えて警戒する。そこへ現れたのはメイド姿の女性だった。護衛は一瞬、スターリンに雇われたメイドと思ったが着ているメイド服が明らかに違うこと。何より、佇まいが普通のメイドでないことを感じ取り理解した。あのメイドはここの――魔王城のメイドだと。そして、護衛達はメイドの前に武器を構えながら姿を晒す。
「うん? 何ですか? あなた方は?」
「悪いが、姉ちゃん! 道案内をしてもらうぜ!」
護衛は武器で威嚇しながらメイドへ威圧的に交渉する。しかし、メイドの方は威嚇に全く動じずに男達へと質問をする。
「道案内? ……理由次第では承りますが、まずはあなた方の身分を明かして頂けますか?」
「うるせー! どうせ、テメーも魔物だろうが! ごちゃごちゃ言うならこうだ!」
護衛の一人が吠えながら剣を振りかざす。狙いはメイドの右腕だった。護衛の剣はメイドの右肩に命中する。メイドの腕は無残にも斬り落とされ――てはいなかった。逆に斬りかかった剣の方が酸を浴びたような嫌な音を立ててボロボロと崩れ落ちた。その光景を見た護衛は顔を青くする。見るからにただのメイドのような女に自分の武器をあっけなく破壊されたことに恐怖していた。危険と判断した男は、その場から離れようとするが男の足は全く動かなかった。疑問を感じる前にメイドが男を抱きしめるように捕まえる。
「ひっ! は、離せ!」
「無粋な人間……。こんな可愛いメイドに抱きしめられているのですから、喜べばいいのに……。それよりも、質問は私がします。いいですか? 嘘は言わないように……。嘘を言えば……苦しむことになりますよ?」
メイドの視線には、温かみというものが微塵もなく。人間をゴミのように見ていると感じ取れた。メイドは捕まえた護衛へ質問をする。
「質問です。あなたはどこから来たのですか?」
「……わ、わからない。ほ、本当だ! 俺は……いや、俺達は連れて来られただけで……」
「わかりました。信じましょう。では、どの場所から来たか言って下さい」
「ば、場所って……。と、闘技場みたいなところから……」
「闘技場? あぁ、レイブン様の闘技場ですか?」
「そ、そうだ! そのレイブンって奴に連れて来られた!」
「なるほど……」
男の言葉にメイドは考えるように目を閉じる。そして、目を開けると質問を続ける。
「連れて来られたと言いましたが、あなたはなぜ連れて来られたのですか? まさかとは思いますが、レイブン様のお客人ですか?」
メイドの質問に否定をしようとしたが、男はあることを思いつく。メイドに対して「レイブンの客人」と言えば外まで案内させることができるのでは? と安易な考えが浮かび男はそれを実行する。そして、ひどく後悔することになる……。
「……そ、そうだ! 俺はレイブン……様に客人として連れて来られた!」
男の言葉を受けたメイドは押し黙る。男は成功したと高を括っていたがメイドは視線を上げて口を開く。
「嘘をつくな! 人間が!」
「えっ! ……ぎゃぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
男の叫びと同時に男の皮膚から煙が出る。まるで酸を浴びせかけられているような音を立てる。肉の焼けるような嫌な臭いも辺りに充満する。すぐに男の身体は全て溶けて、そのまま息絶える。男は一分もしない間に骨も残らず溶けてしまった。
その光景を見ていた他の護衛は戦慄した。どういう原理かは不明だが、あのメイドには剣は効かない。しかも、触れられたら溶かされてしまうことも恐怖を倍増させる。
「全く。人間の分際で、この私を謀ろうとするとは……」
「うっ!」
「では、次はあなた方へ質問をさせてもらいますか」
「……ち、散れー! 全員ばらばらに逃げるんだー!」
護衛はメイドから逃げるために散開する方法を選択する。いくら強いとはいえ、相手は一人だ。散らばりさえすれば、誰かは生き残ると。だが、そんな行動をメイドは許さない。男達は逃げようとするが誰も逃げることはできなかった。理由は簡単だ。誰一人として足を動かすことができなかったからだ。
「な、なんで!」「どういうことだ?」「……何が? 起きて……」
「気がつかなかったのですか? 先程、あの溶けた男を捕らえた時にあなた方もついでに捕らえておいたんですよ?」
メイドの言葉に男達は驚愕する。全く理解していない様子の男達へメイドはため息交じりで説明をする。
「仕方がないですね……。足元をよく見て下さい」
言われて男達は足元を見る。すると妙な液体が周囲に流れていた。その液体は意思を持っているように動き出してメイドの元へと戻るように動いている。
「お解りになりましたか? その液体は私の一部。申し遅れましたが私の名はポプラ。『
「さて……。わかっているとは思いますが、嘘を言わないように……。あの男のように溶けたくなければですが」
「……ま、待てよ! 俺達が嘘を言っているなんてなんでわかるんだ! 要するにお前の満足する答えを言わないと溶かすってことだろうが!」
男の言葉にポプラは明確に否定する。
「いいえ、違います。私があなた方を抱いているのは、逃がさないようにしている。必要な時に溶かす。それ以外にも理由があります。私はあなた方の心拍を測定しています」
「し、心拍……?」
「えぇ、生物というのは面白いのですよ。私のような魔物と違い。嘘を言うと心臓の鼓動が決まった拍動をするのです。まぁ、確かに百パーセントでは無いかもしれませんが、今のところ外したことはありません。……では、質問をします。いいですね?」
ポプラの説明を受けた男達は諦めた様に質問へ嘘偽りなく答える。そして、レイブンから逃げたこと、魔王城から逃げ出そうとしていることも全て吐かされた。
「なるほど……。つまり、あなた達はレイブン様にとってなんの価値もない人間ということですね。理解しました。では、あなた方は私が貰います」
「はぁ……? それは、どうい――」
抗議を上げている途中だったが男の口は動かなくなる。それは残った他の男達も同様だった。理由はポプラが神経毒を流して、男達の自由を奪ったからだ。男達は意識はあったが、動くことも声を上げることもできなくなる。そんな男達をポプラは軽々と抱えて移動を開始する。移動して着いた場所は洞窟のような環境の場所だった。そこには浅いが水が敷き詰められ沼のようになっていた。その沼に向かってポプラが話しかける。
「喜びなさい。人間を五人捕まえました。あなた達に差し上げます。ただし、喧嘩はしないように!」
ポプラの言葉に呼応するように沼が盛り上がり、そこから多くの
「やったー! ありがとうございます! ポプラ様!」
「どれどれー? わーお! 男ばっかり!」
「ラッキー! この人は私が貰うー!」
「あー! ずるいー! 私も狙ってたのにー!」
そんな喧嘩を始める
「あなた達、言ったでしょう! 喧嘩はしない! それに五人も連れて来たんです。すぐに殺さずにしばらく生かして飼い続けなさい。あまり乱暴に水分を摂取しなければ、数ヶ月は持つでしょう?」
ポプラの言葉に男達は戦慄する。だが、何も言えず動けもしない。ただ無力感と絶望を感じていた。
「えー? 無理ですよ。人間って弱いんですもん。ちょっと、水分を摂るとすぐにショック死するんですよ?」
「それは、ちゃんと準備をしないからです。水分を奪う前に苦痛を感じさせないように神経伝達を麻痺させなさい。そうすれば、苦痛を感じないのですぐには死にません」
「あぁー! なるほど! さすがはポプラ様!」
「全く。……あぁ、あと血液を味わうのは最後にしなさい? 神経を麻痺させても人間は血液を奪い過ぎるとすぐに心臓が停止しますから」
「へぇー! そうなんですか! だから、この間の人間はすぐに死んじゃったんだ」
「あれは、あんたが目の水分を摂るのに夢中で口も塞いでたからでしょう?」
「あれ? そうだっけ?」
そんな
◇◇◇◇◇◇
最後の扉を通った者達、四人の護衛だった。この四人が一番幸せだっただろう。ただ殺されるだけで済んだのだから……
「ぐぇっ……」「……た、助け……て……」「くっ……」「……む……ね……」
四人の周囲にいたのは魔王城を警備している
≪ご苦労様。
≪レイブン様ですか? いえ、ただ侵入者を命令通りに排除しただけです。問題がありましたか?≫
≪いいえ。問題ないわ。ただ、野暮用をお願い≫
≪はっ! なんなりとご命令下さい!≫
≪その殺した人間達。あとで実験に使うから死体は保管しておいて、よろしく≫
≪了解しました。レイブン様≫
『
◇◇◇◇◇◇
場所は闘技場、空中には未だにレイブンが映し出した映像が広がっていた。闘技場から逃げ出し者の末路が鮮明に映し出されている。見ていたスターリン、ウェルド、残りの護衛、メイドの全員が一言も言葉を発せなかった。あまりの光景に現実味がまるでなかったからだ。しかし、実際に逃げ出した全員が悲惨な末路を辿っている。そんな重苦しい空気の中、レイブン達の淡々とした口調での話声が響く。
「最後の人間達が一番幸せだったかしらね?」
「そうですか? ポプラさんに会えた人間の方が幸せなんじゃないですか? 一応はまだ生きているわけですから」
「まぁ、確かに生きてはいるけど、生きながら餌になっているだけよ? 今頃は死んだ方がましと思っているかもしれないわよ?」
「あー。それはそうかもしれませんね」
人間の生き死にを平然と語っているレイブンとリコルの会話に残っていた護衛やメイドは背筋を寒くさせる。そして、自分達に待つ結末に思いをはせて絶望する。そんな中でもスターリンは愚かにも虚勢をはり、自分だけは生き残るという根拠のない自信を持ち続けた。一方のウェルドは冷静に残った戦力を計算してどのように立ちまわっていくかを計画していた。そんな現状に場違いな声が響く。
「それで、それで、それで、レイブンよ? もう、戦ってもよいのか? 正直、焦れてきたぞ」
「うん? あぁ、ごめんなさい。でも、これはあなたのせいでもあるのよ? 本当はあなたが出てくる門以外を解放するつもりはなかった。それなのに下らない音楽を鳴らすために
「すまぬ、すまぬ、すまぬ。だが、騎士の登場とは盛大に行うべきと思ったのだよ! なにせ、闘技場で人間と戦う! これは、伝説になりうる勇者との戦いの予行れ――」
「うるさい! 黙れ!」
トリニティの話が長くなると感じたレイブンは叱責して話を終わらせる。すると、眼下に見える人間へ最後通告をする。
「……さてと、見てたわよね? ここから逃げてもいいけど、そうなると結末は三つよ? 魔獣に食い殺されるか、
レイブンの問いを聞いた後、一人の護衛が懇願するように声を上げる。
「……た、頼む! さ、さっきのあんたの案を俺に……!」
「さっきの案……? なんのこと?」
「の、望めば……苦痛なく……。こ、殺してくれるんだろう……?」
『――ッ!』
残った者の全てが驚愕した。それは、レイブンの「譲歩」として出された提案。
『チャンスは一度、苦しみたくない人間は今すぐ前に出てきなさい。私が苦しまないように殺してあげるから……安心しなさい。眠りの魔法を強くかけるだけで痛みも苦しみも感じない。ただ眠って永遠に起きないだけだから』
つまり、護衛は死を受け入れたということ。護衛の懇願にレイブンは感情を混じえずに平坦な口調で答える。
「いいわよ? 死にたいならどうぞ? 前に出なさい。……あと、残った人間も今なら苦痛なく殺してあげる」
レイブンの提案を聞くと、二人の護衛と一人のメイドが動き出した。その行動を見た周囲が死へと向かおうとしている仲間を諌める。
「お、おい! 落ち着け! 行ったら死ぬんだぞ? 考え直せよ」
「そうだ! まだ、負けると決まったわけじゃないだろう?」
「う、うるさい! この状況でよくそんなことが言えるな! 見てただろう! 逃げた奴らがどうなったか! あんな死に方はごめんだ! ……逃げたら苦しんで死ぬ……。ここで戦っても絶対に死ぬ……。なら、せめて安らかに死にたいんだよ……」
「そうだ! 希望なんかない! 俺は安らかに死にたいんだ!」
「お、俺もだ……。悪いけど……。行かせてもらう……」
死を望む者達の決意は固く周囲の説得に耳を貸そうとしなかった。一方のメイドも残った二人のメイドが説得しているが決意は固い。
「ちょ、ちょっと、待って! 行っちゃ駄目よ! 死ぬのよ?」
「あ、あの、もう一度考え直して下さい……。ウェルド様もいます。まだ希望は――」
「希望なんかないわよ! もう嫌なの! もう耐えられない! ……ひきょう者でも……臆病者でも……なんとでも言って……私は……行くわ……」
そして、三人の護衛と一人のメイドがレイブンの元へと近づいて行く。レイブンは前に出た人間へ告げる。
「じゃあ、やるわよ? 後悔はないわね?」
「……ない」「あぁ、頼む……」「終わりにしてくれ……」「お願いします……」
全員の返事を聞いた後、レイブンは魔法を唱える。
『
魔法を受け入れた四人は眠る様に倒れる。そして、二度と起き上がることはなかった。しかし、四人の表情は穏やかでまるで眠っているだけのようだった。そんな姿に「自分も……」と心が動きそうになる者もいたが、ウェルドが口を開く。
「……聞いてくれ」
ウェルドの言葉に全員が注目する。多くの視線を感じながらウェルドは決意を込めて伝える。
「……奴らは強い……。死ぬ可能性は高い……。いや……、間違いなく死ぬだろう……。だが……、死ぬのは我らだけでいいだろう?」
「……そ、それはどういう?」
「……時間を稼いでくれ……。私は転移魔法で残ったメイドとスターリン様を王都へと転移させる」
「つ、つまり……俺達は……」
『死ぬ』
ある意味、死刑宣告のような発言だったがウェルドは言葉を続ける。
「……我々は護衛として雇われたのだ。命をかけて依頼者を守るのが筋だろう? しかし、メイドにまで死を強要するのは筋違いだと思わんか?」
「それは……」
「私も残る……。最後まで抗ってみせる。我々の……人間の意地を奴ら化け物どもに見せつけようではないか?」
それは、ウェルドにとっても賭けだった。提案に乗ってくるかは、残った護衛次第だからだ。しかし、逃げ出さずに残った護衛ならばと期待を込めた願いでもあった。しばしの沈黙が流れる。そのとき、護衛の一人が吠える。
「よっしゃー! 乗りました! 時間稼ぎ? いいや、俺があの化け物を倒して見せますよ!」
「……そうか、期待しよう」
「おっと! それは、俺の役目だ!」
「いや、俺だ!」
「僕だ!」
残った十二名の護衛は恐怖を忘れるように一様に活気づく。そんな光景にウェルドは少し微笑む。だが、そこへ現実を突きつける冷淡な声が響く。
「盛り上がっているところ悪いんだけど――」
レイブンの声に全員が視線を向ける。
「――始めていいかしら?」
「……位置につけ!」
ウェルドの言葉を受けて護衛はスターリンとメイドを庇うような陣形をとる。そして、ウェルドはすぐに転移魔法の準備に入る。その姿を見たレイブンはトリニティへ指示を出す。
「……トリニティ。始めて……」
「よかろう、よかろう、よかろう。我の力! 見せてくれよう!」
ついに、五大将軍最強の騎士が動き出す……。
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