家族

 暖かな風が吹き抜ける高原。そこに生えている木の下で僕は、自身が書いた日記を見返していた。


 そこに記されているものを見ると当時僕が感じていたこの世界に対する怒りを思い出し、今も尚その炎は、消えていない。


「何見ているの?」


 声の主の方向を見つめるとそこには、僕の幼馴染で、今は僕の嫁の星宮ほしみや(旧姓|音町おとまち詩織しおりが温和な表情を浮かべながらこちらの事を優しく見つめていた。


「秘密」

「ええ。いいじゃん。見せてよ」


 腰まで伸びた長く、美しい黒色の髪に陽の光を浴び、いつも以上に輝いてい見える。


 詩織は、僕にはもったいないくらいの美人さんで、腰は細く括れて、胸もFカップと非常に大きい。


 彼女は既に子供出産しているであり、それでも尚彼女はモデル体型を維持しており、彼女の美への高い意識がうかがえる。


「エッチ」

「どうしてそうなるのさ」

「だって今私の体をいやらしい目で見てた」


 詩織の体を見ていたのは事実だが、いやらしい目をしていた覚えなど微塵もない。


「それは完全なる風評被害だよ。確かに僕は詩織の体を見ていた。でもそれは性的な目で見ていたんじゃなくてただ綺麗だったから見ていただけだよ」


 詩織の顔が完熟したリンゴの様にみるみる真っ赤になっていく。詩織は、こうやって正面から褒められるのに非常に弱いとても恥ずかしがり屋な女性なのだ。


 そのせいで小さいころからいつも僕の背中に引っ付き、人前には出ようとはせず、頑なに離れてくれなかった。


 僕からすれば詩織にそんな風に頼ってもらえるのが、素直に嬉しくて、そんな僕はいつしか詩織の事を好きになっていた。


「むぅ……本当に……本当に……風音君は、昔からそうやってすぐ私の事をからかうんだから」


 詩織は唇を鳥のくちばしの様に前に突き出し、不満気にしている。


「からかているんじゃなくて唯の本音だよ。詩織は世界一可愛いよ」


 詩織の頭をよしよしと撫でてやる。詩織はそれを嫌がることなく受け入れ、喉を猫の様にゴロゴロと鳴らしていた。


「ああ‼ ずるい‼」

「へ!? あ、し、詩音しおん!?」


 星宮詩音ほしみやしおん。彼女は、僕たちとってとても大事な、大事な一人娘だ。


容姿は詩織の美人な所をうまく引き継いでくれたのか見た目は、瓜二つだ。性格は詩織に似なかったのかとても強気で、短期。


どうしてそうなったのかと言えば僕には、わからないがこれはこれで可愛いので気にしてはいない。


 さてそんな詩音だが、大層不機嫌な様子で、母親譲りの艶やかで長い、黒髪のツインテールをブンブン振り回している。


「おとうさんは、私のなんだからね‼」


 詩音そう言うと僕の胸に飛び込んでくる。男親にとって子供が女の子だと目に入れも痛くないと聞くが、それは全く持って本当の事で、僕の頬は、ここ最近緩みっぱなしだ。

 

「詩音は、本当にお父さんの事がすきなんだな」

「うん‼ 私大人になったらお父さんと結婚するの‼」

「ははは。そうかそうか」


 子供のいうこととは言えそう言ってもらえるのは、やっぱり嬉しいもので、僕は詩音の頭を先程詩織にしたようによしよしと優しく撫でてやる。

 

「むぅぅぅぅぅ‼」


 横を見ると詩織が頬を膨らませ可愛らしく唸っているが、ここで気にしたらまた詩音の機嫌が悪く無いりかねないので、今は気づかないふりをする。

 

「ふ、ふ~ん。そ、そういうことするんだ。ふ~ん」


 詩織の目元は潤んでおり、今にも泣きだしそうだ。


ーー子供相手にそこまで嫉妬しなくても……


 詩織は、僕が女性と関わることをとても嫌っており、嫉妬深く、僕が少しでも他の女性と関係を築いただけで、こうやって泣きそうな顔をするのだ。


それは偏に彼女の自己肯定感の低さが関係していて、彼女曰く自分には魅力がないから僕が、いつ他の女性に浮気するのか心配なのだそうだ。


 少しくらい旦那の事を信用して欲しいとは思うが、詩織の嫉妬深さは昔からなので今更どうこう言っても仕方がない。仕方がないのだが、嫉妬の対象が、娘にまで向くのは、流石に勘弁して欲しいが、だからと言ってこのままにしておくわけにもいかない。


「ほら。詩織もおいで」


 僕の膝は詩音に占領されているので、その落としどころとして僕は自身の右腕を彼女に差し出した。

 その瞬間詩織は、僕の右腕にすかさず抱き着き、気づけば頬ずりをしていた。


ーーこういう時に限っては早いんだから


 普段の詩織は、とてものほほんとしていて、どこか抜けたような印象を与える。彼女の眼が、垂れ目型なのもそう印象付けるのを助長しているのだろうし、実際詩織は、かなりどんくさく、どこか抜けているのだ。


 何もないところでつまずくし、どこかへ出かける時は、絶対に何か一つは忘れている。料理の時に味付けを間違えるのは日常茶飯事で、裁縫をさせれば必ずどこかの指を怪我する。


 そんな彼女を表すなら残念美人という言葉が、お似合いなのだろうが、僕はそんな粗末な事気にしてはいない。


 彼女の本当の魅力は、その性格のポジティブさだ。

 詩織は、例えどんな大きな失敗をしようが絶対に諦めようとせず、いつも前を向いて歩いている。


 その明るさに僕は、昔からずっと救われてきた。


ーー詩織がいるから今の僕がいる


 詩織と僕は、一心同体。片方がいなくなればもう片方も朽ちて、消えていく。


それは依存とは違っていて、なんとも言い難い不思議な関係。

それが僕と詩織という少女との関係だ。結婚して、子供ができた今もそれは、変わらない。


「詩織」

「な~に?」

「ありがとう」

「いきなりどうしたの?」

「いや。何となくそう思って……さ」

「ふふふ。おかしな風音君」

「うううう‼ お父さんの浮気者‼」


 詩音自身の頭を僕の胸にグリグリと擦り付け、不満を露わにし、詩織はどこかそれに勝ち誇ったような表情を浮かべ、詩音はそれを見てますます不満を募らせる。


ーーこういうのを幸せというのだろうか


 ふと脳裏にその様な疑問が浮かんだ。


「詩織は……さ。今幸せか?」

「うん。私は幸せだよ。例えこの世界がじゃなかったとしても私は今紛れもない幸せを感じている」


 詩織の言葉に嘘はないのだろう。もし詩織が嘘をついていたらすぐにわかる。


「そっか」


 僕は、そう呟いた。詩織はそれに笑顔を浮かべると先程よりも強く僕に抱き着いてくる。


 僕達は、今から五年前にこの世界。に降り立った。


その際の経緯は一切不明。気が付いたら僕たちは森の中で倒れており、唯一わかることと言ったらこの世界が、自分たちの生まれた世界とは違うということだけ。


 今もその事に対しては激しい怒りを覚えているが、当時に比べれば大分和らいできたほうだ。


 詩織がいつもそばにいてくれたから。詩織がいてくれたおかげで僕の荒ぶる心は、収まった。詩織が僕に安らぎをくれたから今も生きていられる。


 もしこの世界に詩織がいなかったら僕は、今頃復讐という名の醜い感情に取りつかれ、人ではない何かへと堕ちていただろう。


「そういう風音君は、どうなの?」

「僕? 僕は……」


ーーわからない


 それが詩織の質問に対する僕の気持ちだ。確かに今の生活に安らぎは、感じているし、平和だと思う。


それこそ僕たちの住んでいた世界と遜色がないくらい今は、平和に暮らせている。


 妻がいて、娘がいて、その事に安らぎを感じている自分がいるのは、紛れもない事実。


 でもそれが果たして幸せかと言われたら僕は、そうだとは答えられない。


 だからこそのわからない。僕は今この生活に何を感じているのか。それが全く分からないのだ。


「大丈夫だよ」

「詩織?」

「風音君が何をそんなに悩んでいるのかは、馬鹿な私にはわからないけど癒してあげることはできる」


 詩織は僕に顔を近づけると頬に優しく、口づけをしてくれた。


 柔らかな詩織の唇の感触、既に何度も味わったはずのその甘く、暖かい感触は、何度味わっても慣れず、心臓が激しく高鳴る。

 

「えへへ……どう? ドキドキした?」

「それは……まあ、うん」

「なら続きする……?」


 詩織が自身の胸元をとちらつかせ、僕を誘ってくるが、詩織にはそういう仕草は全く似合っていなかった。


「ば~か」


 詩織の頭を軽く小突く。


「むぅ……意地悪」

「今のはお前が悪い。いくら何でも子供の前でそういう事言うのは、控えろよな」

「ぶぅ……それぐらいわかっています。詩音が寝ちゃったから言ってみただけですぅ……」


 そう言われて膝の上を見ると詩音が、心地よさそうに僕の膝の上で眠っていた。

 

「起こすのも悪いし、もう少し寝させてあげましょう。ね? あなた?」

「そう……だな」


 そう言われて喜びに打ち震える自分がいる。


そんな僕の内心を知ってか詩織は、その後もしきりに僕の事をそう呼んできて、結局詩音が起きるまでそれは続いた。

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