奇跡
カズ坊のリハビリのスケジュールは順調に消化されていった。もちろんカズ坊の回復も順調。ウチもホンマに心配しとったけど、後遺症は残りそうにないみたい。相変わらず顔を合わせれば漫才やってるけど、肝心の結ばれそうな兆候はどこにもないのよこれが。まさかと思うけど、
『満足する思い』
これってカズ坊と結ばれるの意味じゃなかったんだろうかしらん。たとえば相手が違うとか。他の相手と言われても、全然想像もつかへんけど、ある日突然ポカンと現れるとか。恋ってそんな時もあるって聞くけど、そっちの方の兆候なんか、アメリカ留学中に口説かれた時ぐらいしか思い出されへん。最近は氷姫ならぬ、氷の女帝やってるもんね。こんな怖い女、それも三十歳過ぎてるのにありうるんやろか。
もう一つ可能性はある。ウチは自慢やないけどバージンや。ほんまに自慢やないけど、折り紙付きのバージン。言うほどの事はないけど、アレどころかキスすらやったことないのよね。アレって人によって気持ちよかったり、そうでなかったりするのは知ってる。女同士の猥談ってあけすけだから、良く聞かされた。ロストバージンだってここまで話すのよ。
『痛かった』
『けっこう』
『何分ぐらい』
『十~十五分ぐらいだったと思うけど』
『一回で終った』
『うん、二回戦はなかった』
どうも相手がバージンだってわかると男は妙に興奮して二回戦、三回戦を重ねるのがいるらしい。
『感じた』
『凄かった』
『どんな感じ』
『子宮から背筋を電流が貫いて頭が真っ白になる感じ』
これは初めてエクスタシーに達した時の自慢話。ウチには最後のところがわかりようがあらへんねんけど、聞く限りでは誰もが同じようにエクスタシーに達する訳じゃなくて、達したことが自慢話になるって感じがする。仮にエクスタシーが『満足する思い』だったら、ウチは主女神がいるうちは不感症で、主女神がいなくなることでエクスタシーを感じれる体になったって可能性はあるのはある。
そんなかんなで明日でカズ坊は退院になってまうんよ。入院の日から半年以上、毎日のように顔を合わせて漫才やってたけど、結局、漫才以上の関係にはならんかった。そりゃ、退院したって会うことは出来るけど、入院中に進行せんかった関係が退院したら急に進みだすとは思えへん。
普通に考えりゃ、こんだけドラマチックに再会したんやから、ドラマチックに恋が進行するもんやろ。こんだけ関係が変わらんちゅうことは、余程縁がないってぐらいしか言えへんやんか。やっぱりカズ坊はホモに走ったとか。看護師に手を出した噂もあらへんし。
それにしても今日は会いたくない気分。とにかく今日は忙しかった。院内のクソつまらん会議やら、入院中の患者のトラブルの対応、そうそう救命救急外来もトンデモなくややこしいというか、状態もややこしいんやけど、患者の背景もややこしいのが担ぎ込まれてきて、警察は顔出すわ、事情聴取はされるわでゲンナリやった。
そのうえやで、なんや訳の分からん病院機能調査とやらのサーベイヤーとかいうのがウロついてて、なんやかんやと口出しするんよね。もうあんまり鬱陶しいから睨みで追っ払ってやったら院長から、
「もう少し、ニコヤカにすべきだの参考意見がサーベイヤーからあって・・・」
ダラダラと説教食らわそうとするから、思いっきり睨んだった。そんなもん、合格しようが落ちようがウチには関係あらへんよ。なにが救命救急センターのマニュアル化よ。マニュアルで人の命が救えるか。
今日はカズ坊に会うのはよほどやめとこかと思たけど、やっぱり顔見たいし、今日会わへんかったら、待ってましたとばかりに明日はカズ坊がネタにしよる。あの野郎、元気になりやがったら、ナンボでもキッツイ切り返しやれるようになったからな。ツッコミはウチやから、明日の主導権を渡してたまるかい。
それとユッキー様やるのもさすがにくたびれた。半年毎日やで。あれなぁ、相当集中せんとできへんのよ。集中してモードに入るって感じやけど、これだけイライラしとったら、長い時間維持すんのはホンマに大変なんよ。
「お~い、くたばり損ない」
「おう、ユッキーか。待っとったぞ」
なんやねん、いつもとちゃうやんか、ポンポンっと切り返さんかい、リズムに乗れへんやん。
「何を待っとったんや。香典にはまだ早いで」
「いや、退院前にユッキーに話したいことがあるねん」
ちょっと待った。今からジメジメした話されたらユッキー様モードもたへんやん。
「今日は悪いけど、クタクタやねん。長い話やったら明日にしてんか」
「長ないよ。心配せんでもエエ」
なんの話やねん。キザに『ありがとう』でもいうつもりか、
「ボクとユッキーの仲やから単刀直入に言うな」
「おう、そうしてくれ、はよ帰って寝たいんや」
「結婚してくれ」
「なんやて!」
ウチは思い切り泣いた。ベッドのカズ坊にすがりついて、ひたすら泣きじゃくった。泣いてるウチに
「OKでエエか、幸せにするよ」
もうウンウンとうなづきまくってた。一時間以上泣きじゃくっていたウチをカズ坊はしっかりと抱き締めてくれてた。それからなんとか絞り出せたのは、
「ありがとう」
これだけやった。ようやく落ち着いてきたウチに、そしたらカズ坊が真面目くさってこういうの、
「木村由紀恵は山本和雄を永遠に愛すことを誓いますか」
ウチは心の底からの感謝の念を込めて答えたわ。
「はい」
ウチが目を瞑るとカズ坊の唇が塞いでくれた。ウチのファースト・キッス。もう夢中やった。ウチの夢がかなったんや。ウチはついにカズ坊のものになれたんや。それも恋人やない、籍こそ入れてないけど夫婦や。こんな奇跡がこの夜に待ってるなんて夢にも思わんかった。
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