医師に・・・

 桐山教授と奥様の美知子さんには本当に感謝している。お父さんと、お母さんを続けて亡くした悲しみを受け止めて癒してくれた気がする。アルバイトぐらいして少しでもおカネを入れたかったんだけど、とにかく美知子さんはおカネの話はさせてくれないし、遊びに行くのはあれだけ寛大なのに。


「学生の本分は勉強」


 どう頑張っても許可してくれなかった。そんな中で一度だけ頼まれたのが教授の甥御さんの家庭教師。一番下の妹さんの息子さんみたいだったんけど、喜んでやってあげた。これは高校の時に同級生相手にやってたし。

 でも行ってみたら、どうして家庭教師が必要かってぐらい優秀やった。高校生やったけど、目指していたのは港都大の仏文。これだけ出来れば楽勝としか思えんかったの。でも頼まれたからにはレベルアップさせなあかんから、とりあえず京大レベルに引き上げといた。


「由紀恵さん、なにをしたの」

「えっ、家庭教師ですけど」

「親御さん、腰抜かしてはったよ」


 どうもやけど、ウチに小遣い稼ぎに形だけ家庭教師させたかっただけみたい。美知子さんはウチに炊事や裁縫も教えようとしたけど、これはお母さんに教えてもらってた。これも大聖歓喜天院家の能力かもしれへんけど、とにかく見れば殆ど出来ちゃうの。助っ人請負稼業やってはった水橋先輩もそうだったみたいだけど、ウチも実はそう。


「どうして世話焼かさせてくれないのよ」


 とりあえずこの能力は医学生には便利だった。医学生は覚える知識量も多いけど、手技も必要。もっとも医学生レベルでは患者さん相手に実際に手を動かすことはないけど、医師になったらすぐに必要だから、臨床研修中は目を皿のようにして見て覚え込んでた。

 医学部も六年になり卒業試験から国家試験に向けて慌ただしくなっていったんだけど、桐山教授が


「由紀恵君は何科にするつもり」

「えっと」

「ちょっとだけアドバイスしておく」


 医師になれば社会人になるのだけど、社会人になれば女にはハンデがあるってお話だった。男尊女卑剥きだしの人も少なくないし、セクハラ野郎もゴロゴロしてるって。医師の世界も医学部では女学生は女だからチヤホヤされる面もあるけど、医師になれば男性医師が優先される世界が広がってるって。


「嫌な話だし、是正しなきゃならないのだが、そうあってはならないと、現実に対応せざるを得ないの違いはわかるよな」


 ウチも聞いたことあるし、実際にも経験し始めてる。臨床実習に入ると研修医獲得運動が医局では始まるの。要は卒業して医師になったら、自分のところの医局に入らないかって勧誘。それがどう見ても男子学生優先で、女子学生は『オマケ』みたいな扱いにしか感じないの。

 どうもどころか、あからさまに欲しいのは男性研修医で、女性研修医は出来たら避けたいって声がイヤでも耳に入って来るってところ。ウチの女友だちも憤慨してた。別に成績がすべてとは言わないけど、特待生のウチより、下位の男子学生の方がよほど価値があるみたいな態度を見せつけられてる。


「医師の世界だけではないが、女性が認められるには男性と同じじゃ認められない事が多いんだ。男性を明らかに上回って初めて評価されるぐらいのことが珍しくない」

「はい」

「これは本当の男女平等ではないのだが、体力ですらそういう評価をされてしまうことが多い。医師の世界はとくに男性女性で仕事内容に差がないから、そうなってる」


 ウチもなんとなくわかる。


「そういう世界で頑張るには余程の気合が必要だ。そういう点では由紀恵君になんの心配もしてないが・・・」

「なにかご心配ですか?」

「由紀恵君はスリムと言うより、華奢な方だから心配してる」


 ウチは昔からそう。ホントに肉ってものが付かない体質みたい。鶏ガラじゃないけど、細いというより華奢としか見えない体型。これも医局から嫌がられる理由の一つみたい。こんなに華奢じゃ医師の激務に耐えられるわけがないってところかな。カズ坊でさえ言ってた、


『ユッキーは色気っちゅうものが一かけらもあらへん。歩く骨格標本みたいや』

『うるさいわい、可憐って言えへんか』

『抱きしめたらポキッといってまいそうや』

『カズ坊ぐらいで折れるもんか』


 風が吹いたら飛んでいくまで言われてたもんな。


「だから由紀恵君でも体力的に耐えられるところを考えるのもアリだとは思ってる」

「アドバイスありがとうございます。教授のお言葉で進路が決まりました」

「どこかな」

「救命救急科です」

「えっ、そりゃ無謀だ」

「あそこは人手不足ですから女医でもウエルカムかもしれません」

「でも救命救急科は激務なんてもんじゃないぞ」


 美知子さんまで加わって説得されたけどウチの心は決まった。これは教授と話しながら、久しぶりに先が見たんだ。ウチが救命救急科にいる姿だけでなく、その先にある何かまで。何かについてはボヤっとしてるけど、そこにウチは行くべきの感覚を強く強く感じるの。それが何かはわからないけど、ウチの未来を決める何かがそこに待ってるとしか思えへん。この能力が発揮される時はウチの運命が大きく変わる時のことが多いの。これは信じるしかあらへん。

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