大学

 入試は落ちるなんて夢にも思ってなかったけど、面接試験だけはちょっと緊張した。高校三年間でほとんど普通に戻ったはずだけど、気に入らない相手だとすぐに氷姫になっちゃうから要注意。明文館ならともかく、港都大で氷姫キャラが面白がられるとは思えないものね。

 面接試験対策も一応やってた。図書館と本屋にあったそれ関係の本はとりあえず覚えといた。とは言うものの、入社試験じゃないんだから、聞かれたのは無難なことばかり。ウチも無難に答えてそろそろ終わりかと思ってたんだけど。


「ところで内申書の成績がすべて百点となってるが、これはどういう意味かね」


 質問の意図がイマイチつかめんかってんけど。


「高校での成績評価は定期試験五回分の単純平均となっています」

「すると君の成績は百点平均だったということかね」

「はい」


 そんな高校やからしゃあないやんか、


「表彰項目に校長特別賞とあるが具体的にはなにかね」

「高校在学中のすべてのテストが満点であったのが珍しいと表彰されています」

「すべてかね」

「はい」


 ウソいうわけにもいかへんやんか、


「それと三年の時にはずっと委員長だったようだが」

「ええ、一年の一学期からずっとです」


 こんなん聞いてどうするんやろ。課外活動の評価って奴かな。ウチは部活やってないのはプラス評価にならへんけど、委員長がマイナス評価になるとも思えんけど。


「君には話しておいても良いと思うが、君の一次試験・二次試験とも満点だ。それも解答内容にケチすらつけようのないものだった。大いに期待しておる」


 これで終りやった。面接段階であそこまで口にしても良いか疑問やったけど、あそこまで口にして落とされることはないやろと思ったぐらい。当然のように合格。これでは晴れて港都大医学部に入学。

 これは後から聞いた話やけど、この年の港都大の医学部入試は異様なぐらい難しかったそうな。そう言えば試験会場で顔を真っ青にしてたのが多かった。そのうえがあって、出題ミスが幾つかあったんよ。地元紙に結構大きく書かれてた。お父さんもすごく心配して、


「由紀恵、影響はなかったんか」

「う~ん、出題ミスがあったとこは一目みたらわかったから、その条件じゃ答えが出ない証明と、こう条件を変えれば問題として成立するって書いといた」

「由紀恵にかかったら、そうなるんだよな」


 家に帰ってお父さんと、お母さんと三人で話す時間がウチにとって貴重過ぎる時間。大学生にもなってって笑われそうやけど、学校であったこと、今日あったことを報告して聞いてもらうのが何よりの楽しみ。二人とも飽きもせずに聞いてくれるし、面白がってくれる。

 こんなのは幼稚園とか、小学校ぐらいでとっくに卒業してるもののはずやけど、ウチには完全に無縁の世界だったから、とにかく嬉しくて仕方がなかったの。というかこんな世界がこの世にあるかと思ったぐらいだったの。もちろん合格が決まった時はまたテルミたちまで呼んでの大祝賀会だったし、入学式にももちろん一緒に来てもらった。お父さんと腕組んで記念写真まで撮ったんだ。


「由紀恵が医学部に合格したのは嬉しいけど、一つだけ残念なことがある」

「えっ、ウチがなんか悪いことした? 謝るし、すぐ直すよ」

「なにも悪いことはしてないよ。ちょっと残念なだけ。なあ母さん」

「そう、医学部行っちゃったから結婚するのが遅くなっちゃうと思っただけよ」

「な~んだ、だいじょうぶよ、お父さんも、お母さんも百まで生きるから、孫だって、ひ孫だって見れるよ」

「百までは大変だなぁ」


 お父さんは笑っていたけど、ウチはどうも気になって仕方がないことがあるの。気のせいかめっきり老けた気がしてならないの。お父さんは実父の兄なんだけど、歳の差が一回りあるんだ。だからもう五十八歳。ちなみにお母さんは五十六歳。まだまだ老け込む年じゃないはずだけど、ここ二年ばかりでめっきり老けたと感じちゃうの。別に老けたってお父さんにはなんの変りもないんだけど、心なしか元気もない気がする。


 大学生活のスタートはまずまず。家からの通学は二時間ぐらいかかるから、授業が終わった後の付き合いはあんまりしてないけど、それなりに友だちも出来ている。サークルは誘われたけど、時間がないから入ってない。お父さんも、お母さんも『入れ、入れ』ってうるさいんだけど、今のウチは家に帰るのが楽しくて仕方がないの。

 夏休みには初めて家族で旅行した。尾道からしまなみ海道を通り道後温泉。そこから金刀比羅宮に参拝して、瀬戸大橋を渡って帰ってきた。すっごく楽しかったけど、お父さんの体力の衰えが心配だった。金刀比羅宮の長い階段を登るのにまさに悪戦苦闘で、何度も何度も休憩し、旭社から上にはどうにも無理だった。


「お父さんも歳やわ。奥之院には大事な人と上がってくれるか」

「お父さん以上の大事な人なんているはずないよ」


 そしたらお父さんとお母さんは顔を合わせて、


「由紀恵はいつまで言ってくれるかな」

「さあ、明後日ぐらいまでじゃないかしら」


 お父さんは夏休みの終りに学校で倒れた。そのまま入院したけど、一週間ももたなかった。ウチは泣いた、ひたすら泣いた、あたり構わず泣き散らした。どうしてなの、どうしてウチを置いて行っちゃうの。やっと見つけたお父さんなのに。お父さんはいまわの際に、


「由紀恵、お父さんは幸せやった。由紀恵にお父さんと呼ばれて、あんなに嬉しかったことはなかった。ちょっと早いと思うだろうけど、もう何も思い残すことはないよ。イイ人生だった」


 これからじゃない、どれだけウチがお世話になってると思ってるの。お世話になった分はウチが甘えて返すつもりだったのに。花嫁姿だって、孫の顔だって、いっぱい、いっぱい見せたかったのに。まさか、ウチが中学時代に出していた災厄の呪いを浴び続けたから寿命が縮んだとか。それやったらウチが殺したようなもんじゃない。

 お父さんが亡くなってから、お母さんもめっきり老けてしまった。お父さんとお母さんは本当に仲が良かった。ウチの前では別だけど、謹厳実直のお父さんと、世話好きで陽気なお母さんは割れ鍋にとじ蓋なんて言われてもした。ウチは必死だった、なんとかお母さんに元気を出してもらいたくて、思いつくことはなんでもした。

 そんな時にお母さんが一通の手紙を握りながら話をしてくれた。お父さんは大聖歓喜天院家の能力者について密かに調べていたみたい。お父さんは大聖歓喜天院家の分家の木村の一族出身だから、他人よりは良く知っていたけど、それでもウチのためにあれこれ一生懸命調べていたみたい。

 目的はこれまでの能力継承者は、その能力の使い方を先代の能力者を見る、もしくは先代から手取り足取り教えてもらっていたらしいところまではわかったらしい。しかしウチは四歳の時に継承してる事になるから、そんなもの覚えようがないやん。

 お父さんはウチの能力がどんなものかは肌身で感じてたし、その能力が悪い方に働いたらトンデモないことになるのも良く知ってた。ウチが幸せになるためには、その能力を良い方に働かせる方法を見つけ出すのが重要と考えてたみたいなの。前に言ってくれた、


『コントロールが出来るようになるには温かい心が必要らしい』


 これもその一つらしいけど、これだけじゃ漠然としすぎてるものね。そうやってあれこれ調べ回ってるうちに、なにかトンデモナイことがわかったみたいなの。

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