スタンツ

 うちの学校では二年に宿泊訓練があるの。こういうものは一年の時が多い気がするけど明文館では二年の六月。学校によっては異様に厳しいところもあるみたいだけど、そこは明文館、ほとんど遊びみたいなもの。宿泊訓練の目玉がスタンツで、そこで何をするかが最重要みたいなイベント。

 スタンツはクラスごとではなく、クラスに作られた班ごとに行われる。でもって、ちょっと工作してあの人と同じ班にした。委員長ならそれぐらいは朝飯前。班のメンバーが集まってスタンツに何をするかの話し合いになったんだけど、あの人が、


「漫才どうでっか。台本書きまっせ」


 そうしたらあの人と一年が同じだった男連中が、


「山本が書いてくれるんやったら、ウケルと思うわ」

「そうや、そうや」


 他に適当な案も出て来なかったし、反対も無かったから承認として、


「男二人でやるのですか」

「いや、今回は夫婦漫才にしたい」

「つまり男と女の組み合わせですね」

「男は言いだしっべやからボクがする。女の子の方を決めといてくれる。ボクがおったら決めにくいと思うから、今から台本書いてくる」


 女性メンバーだけ残って話し合ったんだけど、


「わたしイヤだ」

「わたしも漫才なんて無理」

「わたしだって」

「わたしも」


 まあそうなるわな。これが坂元相手ぐらいなら態度が変わるかもしれんけど、あの人じゃなぁ。


「漫才をすることは既に承認されている。皆がイヤなのは聞いたが、それではスタンツが成立しなくなる。視点を変えて誰が相応しいかで考えることにする」

「そんなん言われても」

「そうや委員長、時間はどれぐらいですか」

「持ち時間は各一〇分となってる」

「それやったら、それだけの台本覚えなあきませんよね」

「漫才は台本見ながらやるものではない」


 こりゃ、時間がかかりそうと思ったら、話は思わぬ方向に、


「委員長、漫才をするのに適した相手ですが、それだけの台本をすぐに覚えられる基準でするのが良いと思います」

「どういうことだ」

「この中でダントツで早く覚えられるのは委員長です」

「ちょっと待った」

「それに委員長は去年の体育祭で審査員特別賞をもらっています。場馴れもされているかと思います」


 ヤバイ流れだ、


「わたしには漫才は向いておらん」

「でも、それを言いだしたらと先ほど仰ったばかりかと」


 ぐっと詰まってしまい、


「台本を覚える能力が秀でてる点で委員長を推薦します」

「異議なし」

「異議なし」

「異議なし」


 やられた。ここでゴネたら、話がぶち壊しになるし、有効な反論も思いつかへん。


「わかりました。わたしが相方を務めます」


 翌日になってあの人が、


「あのぉ、スタンツなんですが・・・」

「台本出しといて。明日までに覚えておく」


 漫才するのは嬉しくなかったけど、あの人の書いた台本を読むのは嬉しかった。う~む、字は綺麗とは言えへんな。話の流れからすると、ウチがツッコミで、あの人がボケってところかな。ふむふむ、ウチがやるのはちょっと女王様キャラの味付けがあると思ったらエエぐらいみたいや。

 それとこの字数からすると、かなりハイテンポを想定しているな。それ以前にかなりのハイテンションと見て良さそう。リズムでバンバン乗せてく思惑やろな。それはわかるんやけど、うちのキャラとは正反対やんか。でも受けちゃったし、あの人のためだし、どうでもこれは成功させへんとアカン。

 日数も少ないから明日から練習って予定だけど、台本はもう覚えた。問題はどう演じるかや。いつもの調子で話していたら、絶対に失敗するのはわかる。そんなことをしたら、あの人が悲しむだろし、恥をかかせることにもなる。

 これはウチが乗り越えなければならない試練に違いない。これを乗り越えないとあの人に近づけないんだわ。乗り越えさえすれば、絶対に距離は縮まる。それにこれは夫婦漫才。仮初めでも夫婦としてやる漫才じゃないの。夫婦だよ夫婦、恋人じゃないの夫婦なんだよ。

 うちのすべてをぶつけてもやり遂げてみせる。それがきっとあの人の願い、それに応えるのが妻たるウチの役目。きゃ、妻だって、なんかワクワクする。そんなこと考えとったら夜更かししすぎて、


「由紀恵さん、そろそろ起きないと遅刻しますよ」


 初めて寝坊した。授業になっても頭の中はどうやって自分の殻を破り、あの人が望むキャラの相方になれるか、そればっかり考えてた。放課後になり、図書館のミーティング・ルームに。漫才の練習に使うのは本当は良くないと思うけど、他に適当な場所は無いし、隣の部屋ではスタンツの歌の練習してる。


「委員長の芸名ですが、ユッキーにさせてもらいます。ちなみにボクはカズ坊です」

「わかった、とりあえずやるわよ」


 ウチは心に念じた。この漫才は氷姫でも、笑わん姫君でも出来ないんだ。ウチは変わる、今から変わる、この人のために変わってみせる。ここで出来なかった女やない。その瞬間にウチの体の中に何かが起こったってはっきり感じた。


「はぁい、ユッキー様だよ。こら、カズ坊どうしたんや、返事せんかい」


 あの人は口を開け、目が点になり茫然としてた。ウチは、


「まだテンション足りない?」


 たっぷり三分ぐらいは茫然としたままだったけど、やっと気を取り直してくれて、


「言うことありません」


 ひたすら楽しい時間だった。やりながら、


「ここはこう直した方が流れが良くなるわよ」

「そうですね、じゃあ、こっちもこう直して」


 途中から思い切って、


「役柄になりきらなきゃいけないと思うの」

「はい」

「だから練習中はユッキー、カズ坊って呼び合うことにしない」

「委員長さえ良ければそうします」


 ストップウォッチで時間を計りながら、ペース配分と台本の見直しもやった。


「ユッキー、ちょっと一〇分越えちゃうかも」

「カズ坊、それはだいじょうぶ。少々越えても受けさえすれば認めてしまうのが明文館じゃない」

「よくご存じで」


 ウチは笑ってる。漫才しながら笑ってる。笑うだけでなく、嬉しい顔、怒った顔、呆れた顔、どんな顔でも自由自在に出来る。この人のためならウチは出来る。もう間違いない、ウチはこの人と会うために生まれて来たんだ。入学式で感じたのはこれだったんだ。

 この時間が永遠に続いて欲しいと思った。こうやってあの人にユッキーと呼ばれ続けたいと思ってる。そしてウチはカズ坊って呼び続けるの。カズ坊の前ではもう氷姫じゃない、ユッキーなの。可愛いユッキーまでもうちょっとよ。

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