第22話 冷酷の男

「もう一度お願いします」

 薄暗い会議室の中で、やや高めだが鋭く尖った声が響き渡る。

 声を向けられた中年の男は噴き出す汗を拭いながら口籠る。

「は……。はい。あの……」

「は? よく聞こえませんが」

 は……。と男は観念したように姿勢を正し、

「全滅です。部隊は全滅しました。再起可能な兵器はありません」

 報告を受けた男は書類に目を通す。

 男は細身で背が高く、高価なスーツに身を包んでいる。顎も目も切れ長で、全体的に鋭いイメージだ。

「演習があったのは四日前ですよね? 全滅の報を得るのになぜ四日も掛かったのですか?」

「無線機の故障である可能性もありましたので、様子を見るのに一日、現地へ確認を向かわせるのに一日、被害を確認するのに一日かかりまして……」

「一日足りませんが?」

 男の体は震えだす。

「時差でしょ。いちいち細かいのよ」

 会議机についていた少女、真遊海が口を挟む。

 さ、左様で……、と中年の男は声を上げる。

「三日以上の遅れは厳罰とか言ってるから報告が面倒な事になるんでしょ」

 鋭い男は納得いかない様子だったが、下がってよいと中年の男を下がらせた。

「かかかか、これはまた派手にやられたの」

 会議室の上座に据えてあるモニターに映し出された老人が高らかに笑う。

「笑いごとではありません。被害も確かに甚大ですが、問題はそれより……」

 男は書類をめくる。相手に対して何かしらの攻撃を行ったという部分が無い。報告だけを見るなら一方的にやられたという事だ。

 こんな報告を上げるなど正気の沙汰ではない。嘘でも何かしら一矢報いたと添えるものだ。

 それが全くないのは嘘を入れようがないくらい、完膚なきまでにやられたと考えられる。

「間男の仕業かの?」

「被害の規模から見れば有り得ない話でもなさそうですが……。アレが神無月につくとは、ちょっと考えられませんね」

「永遠湖のやつに揺さぶりをかけてみてはどうだ? 関係あるのなら、何か尻尾を見せるかもしれん」

 男はそうですね、と書類を置き、ムスッと腕を組んでいる真遊海に向き直る。

「ところで真遊海お嬢様の彼氏はどうしてます? この話には興味があると思うのですが」

 真遊海は組んだ腕を苛立たしげに指で叩く。

「それが……、今ちょっと喧嘩してるのよ。よくある事よ」

 男はやれやれと頭を振る。

「だから日頃からダイエットを怠るなとあれほど……」

「違います!」

「胸まで落とすなとあれほど……」

「違います。元からです。それにそこまで小さくありません。標準です」

 モニターの老人は笑う。

 老人は鼻にチューブを差し、ベッドに横たわっているようだ。

「ま、永遠湖お嬢様にもできなかった事ですからね。慎重に行ってもらいたいものですが……。それにしても真遊海お嬢様の体でも骨抜きにならない男がいるなど……、本当に高校生なのですか?」

 信じられない……と頭を振る男だが、そっぽを向いたままの真遊海の様子に訝しげな顔になる。

「まさか……。まだセイコーしていないのですか?」

「バカ言ってんじゃないわよ! 露骨なのよアンタは!」

「いや、私は……失敗したのか? と聞いたのですが」

 真遊海は顔を真っ赤にして黙りこくり、老人が大笑いする。

「しかし、由々しき事態には違いありません。単刀直入に聞きます。彼氏は使えるのですか?」

「いいえ」

 真遊海はそっぽを向いたまま端的に答える。

「ではこの案件は、こちらで引き継ぐしかありませんね」

 真遊海はぐっと唇を噛む。

「今回の失態についての責任は……、お嬢様の指示ではなく勝手に動いた者達の為ですから直接的な責任は無いにしろ、監督責任がありますからね。しかしお嬢様は役職的には監督ではなく顧問です。本件が解決するまでの謹慎という形でいかがでしょう」

 老人が黙って頷くのを、真遊海は興味なさそうに一瞥する。

「事の発端である桐谷健二は、地下施設での強制労働に就けますか」

「アイツ、一応アンタの事尊敬してなかったっけ?」

「ま、私は私情を挟む事はしませんが……、そうですね。まだ若い事を考慮して平に格下げして兵役につけますか」

 あまり変わらない、むしろ余計悪いんじゃないか? という表情の真遊海を無視して続ける。

「神無月との交渉役だった常務には製薬会社の献体に志願してもらうとして、演習の指揮官だった森脇は行方知れず。まあ死んでいるでしょうから、次期指揮官は生き残りの中から選ぶのが妥当でしょう」

 顔色一つ変えずに言う。

「生き残っている者は何があったのかを肌で感じ取ったはずです。説明できなくとも自分がやるべき事は分かるでしょう。指揮官には本件に限り全権を与えるとしましょう」

 真遊海は片眉を上げる。

「お嬢様にはアドバイザーとしてその部隊についていてもらいましょう。でも謹慎中ですので部隊長に指示を与える権限はありません。部隊から離れる事があれば速やかに謹慎に戻ってください」

 真遊海は静かに睨みつけたが、男は鋭い目に何か含めたような笑みで返す。

 この男は失敗する事を視野に入れているはずだ。まさかこの機会に自分も始末するつもりなのか? と真遊海は訝しむ。

 確かに冷たく接する事も多いが、そこまで恨まれるとも思っていない。いや、違うか。このするどい眼光を持つ男には情と言うものが欠片もないのだ、と真遊海の頬を汗が伝う。

「では、私は然るべき時に備えて警察機関に根回ししておかなくてはなりませんので」

 と退室する男を真遊海は無表情に見送った。

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